連携テスト
東門の前。朝。
セリアが既にいた。壁に背を預けて、目を閉じている。長剣を腰に佩き、薄手の鎧のバックルが朝日を反射している。
……先に来てる。何時から待ってるんだ。こんな几帳面だったっけ。
「おはよう」
「……おはよう」
それ以上の会話はなかった。
セリアが目を開けて、歩き出す。東門をくぐり、森林区画への街道に入った。
二人きりで歩くのは一昨日の帰り道以来だ。あの時は色々あった直後でぼんやりしていたけど、今は——普通に気まずい。
依頼票を開いた。
『東部森林区画 魔獣駆除
対象:鎧蜥蜴群体
推定個体数:十〜十五
ランク:A
備考:鱗が硬質、中級魔法では貫通困難。群れでの挟撃行動に注意』
中級魔法で貫通困難。バグ・スウォームの威力はそこそこあるけど、鱗相手だと心許ない。鱗のない部位を狙うしかない。
「……この魔獣、戦ったことある?」
「何度か」
「攻略法は」
「斬れば死ぬ」
……もう少し情報がほしいんだけど。
鱗が硬質って書いてあるのにどうやって斬るんだよそもそも。
「弱点は?」
「腹と関節。……あと、目」
関節と腹、それと目。目は的が小さい上に動くから後回し。鱗の隙間が広い関節と腹に集中砲火する方が確実だ。足止めして体勢を崩したところを狙う、定石通り。
「群れの動きはどんな感じ?」
「先頭が突っ込んで、残りが回り込む。——挟撃が得意」
短い。でも的確だ。経験が詰まっている。
「他に、気をつけることは?」
「私の前に、立たない」
それ攻略情報じゃなくて安全講習。
「囲まれたら厄介だね。数、多いし——」
「囲まれない。先に全部斬る」
囲まれないって何?
……前提ごと、斬り捨てるのやめてもらっていい?
「正面からだと鱗に弾かれるかもしれない。だから足止めして、体勢が崩れたところを——」
「足止めはいい。私が前に出る」
——作戦会議、終了。所要時間、十秒。
……いやセリア一人で足りるのは分かるけど、こっちもAランクの依頼に来てるんだから、それなりに頑張らないと立場がない。後で「セリアンディエル様についていっただけ」とバレたら、メリルの脳内ランキングで私の名前が「B(要観察)」のカッコ書きに格下げされる。最悪「B(実質C)」表記になる。
掌が、じっとり湿っている。
Aランクの魔物は、これが初めて。セリアがいるとはいえ、後ろで突っ立っている余裕はない。最初から全力で行く。
森に入った。
街道から獣道に逸れると、空気が変わった。湿った土の匂い。木の幹に太い爪痕がついている。新しい。
セリアが足を止めた。
「……来る」
低い声。
低木の向こう——枝が折れる音。地面を這うような、重い足音。
鎧蜥蜴が三匹、扇状に散開しながら現れた。
体長は人の背丈ほど。灰色の鱗が鎧のように全身を覆っている。赤い目がこちらを睨んでいる。
——デカい。
アルミ玉を握った。羽虫の群れを展開する。低木の影に網を仕込んで、踏み込んだ瞬間に関節の隙間へ叩き込む。——あと三秒で完成。
セリアが、走った。
羽虫の網を踏み抜くように駆け抜けていく。
「え——」
光を纏った長剣が一閃。先頭の鎧蜥蜴の首が飛んだ。あの分厚い鱗を、紙みたいに。返す刀で二匹目の前脚を斬り落とし——三匹目が跳びかかった瞬間、左手から放った光弾が頭部を貫いた。
三匹。四秒。
羽虫が散り散りになって宙を漂っている。丹精込めて張りかけた網が、踏み荒らされた跡だけ残っていた。
「……」
「遅い」
セリアが剣を振って血を払った。こちらを見ている。
「——せっかくの包囲網が!!」
三秒前の私の集中力を、返せ。
……傍から見たら、低木の影にしゃがんで虫を放ってただけの不審者じゃん、私。前の世界なら通報案件だ。
「……何」
「そこ罠張ってたの!! 誘い込んで関節狙うつもりだったのに!」
「罠を張る前に終わる。遅い」
「そっちが速すぎるんだよ!!」
「足止めはいいと言ったでしょ」
セリアが、視線を逸らした。
それから——目が細くなった。
「……合わせて」
「どうやって? どうやって合わせるんだよ!?」
「合わせて」と言った本人が、一ミリも合わせる気のない顔をしている。
——四秒で全部斬り終わる相手に、どう合わせろと。私が罠を組み終わる前に、戦闘の方が先に終わってる。
十分ほど歩いた。次の群れを見つけた。四匹。さっきより一回り大きい個体が混じっている。
——今度こそ連携する。先に動かない。セリアが踏み込む方向を見てから、援護に回る。
セリアが構えた。視線は、右の二匹。——右から斬る気だ。
なら、左は私が止める。油蟲で足を止めて、バグ・スウォームで鱗の隙間を削る。
「セリア、左は私が止める! 右、お願い——」
今度は、ちゃんと声に出した。——なのに「お願い」の先を言い終わる前に、剣風が吹いた。
左。私が止めるはずだった左側。セリアが既に斬り終わっていた。左の二匹は撒きかけの油の上に転がっている。右の二匹は——頭を光弾で撃ち抜かれて、遠くに転がっている。羽虫はまだ展開すらしていない。また一瞬で全てが終わった。
「なんで左!? 右行くって構えてたじゃん!」
「あなたが仕掛けてる方を潰した。待つより早い」
「味方の獲物まで横取りすんな!!」
地面の油は撒きかけのまま染み込んでいくだけ。羽虫になる前の魔力が、宙に解けて消える。虚しい。
「……ねえ」
「何」
「私、必要? この依頼」
「いる」
「どこが」
「……数合わせ」
数合わせ。それは知ってる。戦力として聞いてるんだけど。
「いや、強いのは分かるんだけどさ……一応私たちってパーティじゃん? なんで毎回突っ込むの。後衛と合わせてくれれば——」
「私が前に出てるのは」
セリアがこちらを見た。赤い目が、真っ直ぐ。
「あなたが前に出られないから」
「……ぐうの音も出ない」
正論だ。完璧な正論だ。私は後衛。前に出る能力がない。だからセリアが前に出ている。それ自体は正しい。
——でも前に出たら私の魔法の出番がない。「あなたの戦い方は、把握してる」のなら、活かす方法もあるはずだろ。
さらに奥。
三度目の群れ。五匹。大きい。
——もう罠は張らない。
アルミ玉を握ったまま、羽虫を展開しなかった。セリアが走り出すのを待つ。先に動いてもらって、こぼれたやつを拾えばいい。
セリアが剣を抜いた。構える。……動かない。こっちを見ている。
「……遅い。何もしてないじゃない」
「張ったら、また無駄になるでしょ!! 張れば『遅い』、張らなきゃ『何もしてない』——どっちにしろ私が悪いの!?」
セリアが——一瞬だけ、目を見開いた。
それから、口元が、ほんのわずかに緩んだ。
五匹の鎧蜥蜴が、左右にゆっくり散開していく。挟撃の構えだ。囲み終わるまで、おそらく十数秒——口論している場合じゃない。
「……好きにして」
セリアが言った。
「……は?」
「好きにやって。合わせるから」
今までの「合わせて」はどこに行った。
「……本当に? 今度はちゃんと、私が出すまで待ってくれる?」
「……やってみなければ分からない」
信用できるかこの人。
好きにやってと言うなら——!
アルミ玉を握り直した。深呼吸。
半ば自棄だった。羽虫を——全部出した。
千どころじゃない。ありったけ。アルミ玉がかき集める魔力に任せて、バグ・スウォームを全力でばらまいた。森の中に黒い霧が広がるように、羽虫が四方八方に散っていく。
群を分けて操る器用さは、まだない。なら分けない。全部まとめてぶつける。罠じゃない。ただの面制圧。精度を捨てて、密度で押す。
羽虫の大群が鎧蜥蜴たちを包み込んだ。鱗の隙間に潜り込み、脚を炙り、視界を塞ぐ。五匹の動きが、ばらばらに乱れた。
——しまった。撒きすぎた。火の羽虫だ。セリアごと巻き込んでいる。突っ切るなら、火傷では済まない——
セリアが走った。
羽虫の中を、駆け抜けていく。
——羽虫を、避けている。斬っていない。光、風——何を同時に走らせているのか分からない。剣と全身から漏れる魔法が、迫る羽虫を片端から逸らしていく。羽虫の流れを読んで、密度の薄い隙間を縫うように動いている。千を超える火の羽虫が飛び交う中を、肌の一寸も焦がさずに走り抜けている。
嘘だろ。
五匹は羽虫に翻弄されている。それぞれ違う隙を晒していた。セリアはその中から、仕留めやすい瞬間を選んでいる。
一匹目——羽虫に足を取られた瞬間、剣が白く閃いた。関節の隙間を、正確に。
二匹目——羽虫が視界を塞いだ隙に、背後から。
三匹目——羽虫に怯んで動きが止まった一瞬を、光弾で。
四匹目、五匹目——羽虫が追い立てた先に、セリアがいた。
十五秒。五匹、全滅。
失った羽虫——ゼロ。セリアにも火傷ひとつない。
「……は?」
セリアが剣を下ろした。息一つ乱れていない。
「……何、今の」
「合わせた」
「最初からやってよ!!」
セリアが肩越しにこちらを見た。その視線が、いつもより長い。
「あの数。今までと違う」
「……」
「あの玉のおかげ?」
「まぁそうだけど」
「もっと出しても良かったんじゃない?」
セリアが、ほんの少しだけ顎を上げた。挑むみたいに。
……売られた喧嘩は、買う主義だ。
「……上等だ。次はもっと撒いてやる」
あれ以上出してもいいだと。それでうまく連携できると? ——化け物だ。やっぱり化け物だ。
でも——認めざるを得ない。
さっきの十五秒。羽虫が追い立てて、セリアが仕留める。初めて、二人の動きが噛み合った。
自棄で適当にばらまいただけだ。戦術なんてない。でも——形になった。
残りの掃討に移った。
さっきの要領で、羽虫をばらまいて、セリアが突っ込む。セリアは羽虫の密度が高い方向に敵を誘い込む動きまで見せ始めた。
——羽虫を、利用している。
最後の一匹が倒れた時、セリアが剣を鞘に収めた。
振り返らずに言った。
「……今のは、悪くなかった」
「……なんだよそれ」
帰り道。
街道を並んで歩いている。行きよりは——少しだけ、距離が近い。
何も言わない。でも気まずくはない。行きと同じ沈黙のはずなのに、重さだけが抜けていた。
ギルドに戻った。
扉を開けた瞬間、視線が集まった。
あのセリアンディエルが——誰かと一緒に依頼から帰ってきた。そういう目がギルド中にある。
依頼完了の報告を済ませた。メリルの手が丁寧だ。セリアが横にいるだけでサービスの質が上がる。
報酬の革袋が、ずっしり重い。Cランクの頃とは世界が違う。
カウンターを離れると、フィルたちがいた。ミルシェが手を振っている。
「おーおかえり♡ どうだった?♡」
「ずっと蟲を量産してるだけの女になってた」
「え♡ ……どういうこと?♡」
「私が魔法放った時には、もう全部斬って終わってた」
「あ〜♡ セリアンディエル様、容赦ない♡」
セリアは何食わぬ顔で掲示板に向かった。
フィルが腕を組んでいる。
「噛み合わなかったか」
「噛み合わないというか、私が必要なのか分からなかった。——でも最後は合わせてくれたよ」
「合わせた? あの方が?」
フィルが少し驚いた顔をした。
「ユズリハちゃん♡」
ミルシェが小声で耳打ちした。
「セリアンディエル様、掲示板見てるフリしてこっち見てるよ♡」
振り返った。セリアは掲示板に目を向けている。そして——目が合った。セリアが、ぱっと視線を戻した。
「はぁ……まだ信用されてないんでしょ。今日、足引っ張ったし」
……「悪くない」とは、言ってくれた。でも、あれは最後の方の話だ。そこに辿り着くまでの私は、罠を潰されて突っ立っていただけ。
「目、合ったよね♡」
……合ったからって、何だっていうんだ。ミルシェに背を向けて、ギルドを出た。
外の空気が冷たい。夕暮れの通りに、帰路を急ぐ人たちの足音が響いている。
ポケットの中のアルミ玉に触れた。今日一日で、この玉の使い方が少しだけ変わった気がする。
私の魔法は「倒す」ものじゃなく、「動かす」もの。
セリアは、一人で十分回せる人だ。
でも——あの十五秒だけは、私一人でも、セリア一人でも、絶対に出せなかった。
明日、もっと探そう。私たちにしかできない、噛み合い方を。




