表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
ゼロからのリビルド

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/65

明日もいるからね

 というわけで、ミルシェと二人パーティで依頼を回すことになった。

 Bランクに昇格したとはいえ、ハッキングの評価であって戦闘力はCランク相当。だから受けるのはCランク依頼。以前は五人で回していた仕事を、二人で回す。私は後ろから羽虫の群れ(バグ・スウォーム)を刺すだけで良かった頃とは、わけが違う。

 ——一対一なら、確実に仕留める精度は身についた。でも、複数を同時に相手にすると、まだ手が回らない。



「ユズリハちゃん、右! 右から来てる!」


「見えてる——」



 森の中。Cランク依頼、魔狼の群れ討伐。

 木々の間を黒い影が走る。魔狼(ダイアウルフ)が三匹、扇状に散開しながらこちらに向かってきていた。

 ミルシェの索敵能力は優秀だ。気配察知の精度が高く、私がバグ・スウォームを展開するより先に敵の位置を把握してくれる。これも魔族の感覚ってやつか。



 アルミ玉を握り、バグ・スウォームを射出する。

 千の羽虫が先頭の一匹に殺到した。急所に集中、三秒で肉を抉り切る。魔狼が悲鳴を上げる間もなく崩れた。一匹目、撃破。

 一対一なら、もう負ける気はしない。魔力はアルミ玉がいくらでも引き寄せてくれる。

 だが——残り二匹が同時に散開した。二群に割く数は出せる。でも、それぞれを別の標的に追わせて、同時に動かそうとすると——頭がついていかない。



「ミルシェ、左のやつ足止めして!」


「了解♡」



 ミルシェがナイフを抜いて左の魔狼に踏み込もうとした——が、私のバグ・スウォームが展開する軌道と交差しかけて、半歩、足を止めた。慌てて羽虫の進路を絞る。その隙に魔狼が距離を詰め、ミルシェがナイフで横一閃に弾いた。魔族の身体能力なら一撃で仕留めるはずが、踏み込みを止めさせられたせいで、刃が浅い。脇腹を裂かれただけの魔狼が、すぐに体勢を立て直す。

 ……前にパーティが分かれて、セリアと二人で動いた時は、セリアが前線で受けてくれた。私は後ろから蟲を刺すだけでよかった。今は、私の制御範囲とミルシェの動線がぶつかる。お互い、邪魔をしないように動くだけで精一杯だ。

 その間に右の一匹が回り込んできた。樹の幹を蹴って跳躍、こちらの側面を突く動き。

 バグ・スウォームを割こうとして——やめる。両側を同時に追える余裕はない。左はミルシェに賭けるしかない。一群を引き戻して、右に集中し直す。



「ユズリハちゃん、左、刺しきれない!」


「分かってる——っ」



 ミルシェがナイフで二の太刀に入る——が、踏み込みが浅い。私が右に集中している以上、左に羽虫の援護は出せない。援護のないナイフは、外した時に逃げ場がない。だから刃を抑えている。

 私のバグ・スウォームが右の魔狼を捕らえた瞬間、左の一匹がミルシェに向かって跳んだ。



「ミルシェ!」



 ミルシェが横に転がって回避した。魔狼の牙が空を切る。木の根に足を取られかけたミルシェが、転がったまま至近距離で魔狼に火球を叩き込んだ。鼻先に直撃。さすがに効いたのか、魔狼がたたらを踏んで後退する。

 ——今のは危なかった。ミルシェの反応が遅れていたら、牙が肩に入っていた。



「大丈夫?」


「平気♡ ……ちょっとお尻打ったけど」



 二匹を同時に相手にするには、二人だと連携の手数が足りない。私が一匹に集中している間、もう一匹をミルシェが受け止める——でも、私が左を援護できない以上、ミルシェは深追いできない。お互いに片手で戦っているような感覚だった。



「噛み合わない……」


「え、私と?♡ 寝室では噛み合うと思うけど♡」


「戦闘の話。連携も、指示の手数も、私の頭の回転も」



 結局、三匹仕留めるのに思った以上に時間がかかった。Cランクの依頼だ。五人パーティなら、その半分の時間で終わっていた相手だ。



「はぁ……疲れた」


「お疲れ♡ でも楽しかったね♡」


「楽しかった……かな。胃が痛いんだけど」



 ミルシェがにやにやしながら、私の顔を覗き込んできた。

 ……そういえばミルシェ、人の苦しんでる顔が大好きだと、前に言っていた。胃痛で渋ってる私の顔も、たぶん好物に入っているんだろう。



「死ななきゃ十分だよ♡」



 死ななきゃ……か。

 ——ユーゴの顔が、頭をよぎった。

 頬の筋肉を、持ち上げる。笑った形を作って、ミルシェに返した。



「そういえばさっきの火球、いつから使えるようになったの?」


「え? 最初から使えるよ♡ 魔力がないと擬態なんてそもそもできないし♡」


「……知らなかったんだけど」


「前はフィルが援護してくれたし、リコちゃんが補助に回ってくれたから♡ 私はナイフ振るだけで良かったんだよ♡ 今は二人だけだから、火力も足さないと回らないし♡」


「……それ、もっと早く言ってよ」



 とはいえ、効率を無視できない性分だ。結局私が二群以上の同時制御を身につけることが大事になってくる。

 ——いっそ、セリアがいたら、と思ってしまう。あの人なら、Cランクの魔狼三匹なんて一瞬で片付ける。前衛も後衛も一人でこなせる人がいれば、私とミルシェの噛み合わなさなんて、そもそも問題にならない。

 でも、セリアは最近ギルドに来ていない。「いたら」の仮定に意味はない。



 帰り道、露店で買ったパンを齧りながら歩いた。粉っぽくて、塩気の強いやつ。

 ……おにぎりが、食べたい。

 あの三角形の、フィルムを斜めに引っ張る感触。指先につく塩。



「ユズリハちゃん、おにぎり……って何?♡」


「……なんでもない」



 ギルドに戻って依頼の完了報告をした。

 受付はメリルだった。私の報告書を受け取る時はにこやかだったのに、ミルシェが横に並んだ瞬間、表情が事務的になった。報酬の銀貨を渡す手つきも、ミルシェの方だけ雑だ。

 メリル……あからさまだな。

 銀貨五十枚。二人で割って二十五枚ずつ。五人で割っていた報酬を二人で取れるのは悪くない。



「ユズリハちゃん、次どれにする?♡」



 ミルシェは気にしていないふうに掲示板を眺めている。

 と——横から声がかかった。



「あの、すみません。ユズリハさん……ですよね?」



 革鎧に剣をいた、知らない冒険者だった。「Bランクの魔法使いを探してて」と切り出される。断ると、入れ替わりでまた一人。今度は弓使いの女。それも断ると、三人目が並びかけた。



「モテてるね♡」


「……Bランクってだけでこれか、すごいなランクの力」


「自覚ないの最強だよね♡」


「なにが?」


「なんでもない♡」



 よく分からんがBランクの魔法使いって肩書きは、それなりに需要があるらしい。

 ミルシェと二人では戦力ではまだ心許ない。パーティを組んだ方が依頼が楽になる。それは分かっている。でも——実力がBランクに見合ってないのにパーティなんか組めるか。

 それに、ミルシェの角を隠す事情もある。

 ……知らない人間と組むのは、今は無理だ。心境的に余裕がない。



 ギルドを出た。ミルシェと並んで通りを歩く。

 ……さっきのメリルの態度が、引っかかっている。ミルシェは何も言わなかった。気にしていないのか、慣れているのか。どちらにしても、放っておく気にはなれない。

 通りの薬屋が目に入った。足が止まる。



「ミルシェ、ちょっと待ってて」


「え、何買うの?♡」


「ちょっとした消耗品」



 薬屋に入り、棚を眺める。傷薬、解毒剤、胃薬……あった。



「……『痔によく効く軟膏』」



 待っててと言ったのに、ミルシェがいつの間にか隣にいた。私の手元を覗き込んでくる。



「ユズリハちゃん、痔なの?♡」


「ちょっ! 違う。これは……まあ、ちょっとした贈り物」


「自分に?♡」


「違うから!!」


「じゃあ誰に?♡」


「秘密」



 ミルシェが不思議そうな顔をしているが、追及はしなかった。



 翌朝。ギルドの開館前に、こっそり忍び込んだ。

 受付カウンターのメリルの席。引き出しの上にそっと、包みを置く。中身は痔の軟膏。添えるのは小さな紙切れ一枚。



『冒険者を相手にする日々、お疲れさまです。座りっぱなしも辛いですよね。お大事に』



 それだけ。差出人なし。

 これで十分だ。あとは人間の想像力が勝手に仕事をする。



 通常の開館時間に、何食わぬ顔でギルドに入った。

 ミルシェと並んで受付に向かう。今日も依頼を受けに来た、いつも通りの朝——のはずだった。



 受付周りが、ざわついていた。

 受付カウンターの裏手から、くぐもった声が漏れ出している。朝の静かなギルドに、嫌でも響く。

 メリルが顔を真っ赤にしている。耳の先まで赤い。隣のスタッフが何か言いかけては口をつぐみ、また言いかけては目を逸らしている。カウンター越しに見える他のスタッフも、書類を持つ手が完全に止まっていた。全員の視線が、メリルの手元に——正確には、包みに——集まっている。



「だ、だから! これは私のじゃないんです! 誰かが勝手に——」


「……うん、分かってるよメリルさん。分かってる」


「その顔やめてください! 本当に違うんです!」



 メリルの声が裏返っている。

 手に握られているのは——見覚えのある包みと、見覚えのある紙切れ。

 周囲のスタッフが絶妙な「触れちゃいけない」空気を醸し出している。気遣いの笑顔が逆に残酷だ。一人の女性スタッフが「つらいよね、冒険者さん相手だと座りっぱなしだもんね……」と小声で呟いて、メリルの顔がさらに一段赤くなった。

 別のスタッフが眉を寄せた。



「あー……メリルさん、最近トイレ長いと思ってたんですよ……」



 また別のスタッフが善意の顔で身を乗り出した。



「私の知り合いの薬剤師、もっと強いの知ってますよ」



 もう一人が後ろからやってくる。



「無理しないで休んでくださいね、座布団持ってきますから!」



 メリルの声が裏返った。



「だから違うって言ってるじゃないですかぁ!!」


「何かあったんですか?」



 私はにこやかに受付に立った。メリルが一瞬こちらを見たが——私の顔には何の含みもない。Bランク冒険者の朝の挨拶。



「な、何でもありません! ご依頼ですね!? どうぞ!!」



 メリルが過剰な笑顔で対応してくる。包みを引き出しに叩き込む音がした。

 隣でミルシェがこちらを見ている。



「ユズリハちゃん」


「ん?」


「……昨日の薬、あれ——」


「さあ? 何のこと?」



 ミルシェの目が、す、と細くなった。それから——ぷっ、と噴き出した。



「やるじゃん♡」


「何が?」



 知らない。私は何も知らない。

 ……脆弱性ってのは、技術じゃなくて人間の羞恥心にあるんだよ。



 その日の依頼も、まあ、なんとかこなした。



 帰り道。

 夕暮れのギルドを出て、宿までの道を歩く。ミルシェが隣にいる。

 通りには露店の片付けの音と、帰路を急ぐ人々の足音。オレンジ色の光が石畳に伸びて、人の影だけが長い。日中の喧騒が、少しずつ底に沈んでいく時間帯だ。

 メリルの一件で笑った余韻は、もう薄い。一つ角を曲がるごとに、口元の力が抜けていく。

 今日も依頼をこなした。——死ななかった。二人とも無傷で帰ってきた。それだけで十分だ。

 ……十分なはずだ。

 あの日の重さは、薄れてきた——気がしていた。それでも、時折、ユーゴの顔がふと浮かぶ。

 ミルシェがさっきから、何か言いたげにこちらをちらちら見ている。



「ねえ、ユズリハちゃん」



 ミルシェが、私の方を見ていた。ふだんの笑顔がなかった。



「……無理に笑わなくていいよ」



 足が止まった。



「え? ……無理してないよ」


「してるよ。協会から帰ってきてから、ずっと」


「そうかな……」



 依頼中は集中していた。メリルにいたずらしている時は楽しかった。ミルシェとの掛け合いは、いつも通りだった。

 でも——「いつも通り」の自分を演じている感覚が、ずっとある。

 ……「時折」のはずだった。あの子(ユーゴ)の顔が浮かぶのは、思っていたより、頻繁だったのかもしれない。

 顔の筋肉は動いている。声も出ている。受け答えもしている。でも、それだけだ。中身が——ついてきていない。



「……ミルシェには、分かるんだな」


「私だからね♡」



 甘い声音が戻った。でも——少しだけ柔らかかった。

 ミルシェがまた歩き出した。半歩先。振り返らない。急かさない。いつもより少しだけ歩幅を狭くして、私が追いつける速度で。

 石畳を踏む二人分の足音だけが、しばらく続いた。

 ……ミルシェは何も聞かない。問い詰められたら黙り通せたと思う。

 でも——分かったうえで、何もせず、ただ隣にいる。

 それが、一番きつい。



 気づいたら、口が動いていた。



「……魔法協会の任務で、仲間が一人死んだ」



 ミルシェの足音が止まった。



「ユーゴって子。私より年下で、真面目で、すぐ熱くなる子だった」



 石畳に視線を落とす。視線の端で、ミルシェがじっと聞いているのが分かる。



「認定試験に合格したのが人生で一番嬉しかったって、笑ってた。ユーゴが守ろうとした村の子が、夜のうちに消えて……。『俺が見張ってたのに』って、ずっと自分を責めてた。私はそれに、何も言ってあげられなかった」



 息を、吸う。



「……あの子が、目の前で、死んだ。止められ、なかった」



 声は震えなかった。涙も出なかった。

 それ以上は、言葉にならなかった。

 次の瞬間、腕を引かれた。ミルシェが、私の体に腕を回して、ぎゅっと引き寄せた。



「ちょっと……ミルシェ、通行の邪魔だって」



 華奢な腕のくせに、力が強い。



「知らない」



 甘さも軽さもない。

 短い沈黙のあと、ミルシェがもう一度、小さく続けた。



「……痛かったら、ちゃんと言って」



 ただ、それだけの声だった。

 振りほどこうとは——思わなかった。

 ミルシェの手が、私の背中に回っている。栗色の髪が頬に触れる。少しだけ、煙と汗の匂いがした。今日の戦闘の名残だ。

 ——温かい。この子は、ただ腕の力で、ここにいるって言っている。

 いつもなら、こういう時こそ覗き込みたがる子なのに。今は、目すら合わせない。

 軽口は、出てこなかった。それでも、腕だけは伸ばしてきた。

 それが——ずるい。泣けたら楽なのに、と思った。前の私なら泣けていた。今は——蓋が開かない。

 涙は、出ないまま。しばらくそうしていた。



「……ありがと」


「うん」



 ミルシェが腕を解いた。

 何事もなかったみたいに、隣に並び直す。



「ユズリハちゃん」


「ん」


「明日もいるからね」



 飾りのない声だった。



 ——それから、ミルシェがやっと、私の顔を覗き込んだ。



「……ちょっとは、楽になった?♡」


「……うん。届いた」


「よかった♡」



 宿の前で、ミルシェと別れた。



「また明日ね♡」


「……ああ、また明日」



 部屋に入って、ベッドに座った。

 ポケットからBランクのプレートを取り出す。金属板が、窓から差し込む月明かりを鈍く反射している。



 寝よう。

 目を閉じた。——暗闇の中に、赤い目が浮かんだ。トールじゃない。

 あの、冷たくて、鋭い赤。

 セリアの目だ。

 最近ギルドに来ていない。何をしているのか、分からない。

 セリアがパーティにいれば、戦力的にだいぶ楽になるのに。



 ……明日も、いないんだろうな。



 そう思いながら、意識が沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ