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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
ゼロからのリビルド

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秤に乗る

 ユーゴを失った任務から、まだ十日と経っていない。

 帰還してから数日、宿に篭っていた。動けなかった、と言うのが正確かもしれない。

 数日経って、協会から報酬の受け取りに呼ばれた。革袋の金貨は、思っていたより重かった。受付が「お疲れさまでした」と事務的に言い、書類に「完了」の判が押されて、それで終わりだった。

 ——金は、手の中にある。なのに、何も埋まらない。



 ギルドの扉を押した。

 朝の冒険者ギルドは、昼ほど騒がしくない。酔っ払いのマッチョたちがジョッキをぶつけ合う前の、比較的まともな時間帯。受付カウンターに並ぶ冒険者も少なく、酒臭さもまだ控えめだ。

 今日来たのは、Bランク昇格試験のためだ。キリヤの推薦があるおかげで、内容は実技免除、面接と書類審査のみ。通知は帰還後すぐに回されていたが、私の側が動けず、ここまで時間が空いた。

 ……要はコネ昇進。前職でも見たやつだ。まあ、今回は私が恩恵を受ける側だから、素直に乗っておこう。



 受付カウンターに昇格試験の申請書を持っていくと、見慣れない受付嬢がいた。

 栗色の髪をきっちりまとめた、いかにも「接客のプロ」という笑顔の女性。名札には「メリル」と書いてある。



「昇格試験のお申し込みですね。——あら、そのペンダント……魔法協会の認定魔導士でいらっしゃいますか?」



 メリルの目が、首元の魔導通信石に止まった。



「え……はい」


「まぁ! 魔法使い様なんですね! ではお手続きを——現在のランクは……」



 メリルが私のプレートを確認した。C。

 その瞬間——笑顔の形は同じだった。口角の角度も、声のトーンも。でも、目だけが、一瞬冷えた。



「Cランクさんがご昇格試験ですか? 推薦があるとはいえ、頑張ってくださいね♡」



 笑顔は完璧だ。声も丁寧。でも——「頑張ってくださいね」の声に、「どうせ落ちるけどね」が混じってるタイプの口調。

 なにこいつ。鼻につく言い方だな、じゃあお前何ランクなんだよ。……嫌味のSランクか?



「はい、ありがとうございます」



 私はにこやかに受け取った。この手の人間は相手にしない方がいい。笑顔で塩対応、基本だ。

 メリルに案内されて、奥の面接室に通された。

 石壁に囲まれた小部屋。木の机と、向かい合う椅子が二脚。窓がない。面接室というより取調室に近い。

 面接官はギルドの中堅職員らしき男性で、手元にキリヤの推薦状を広げている。白髪交じりの髪に、分厚い眼鏡。淡々と書類を捌くタイプに見える。



「ユズリハさん。キリヤンサス殿からの推薦状、拝見しました。辺境任務での功績、高く評価されています」


「はい。……ありがとうございます」


「まず、簡単に自己紹介をお願いできますか」



 ——えぇ、ここにきてジコショウカイ?



 自己紹介。面接の定番中の定番。てか何を今さら自己紹介する必要があるの? キリヤからの推薦状に全部情報載ってるだろうが。



「……ユズリハと申します。魔法協会認定の魔法使いで、現在Cランクの冒険者として活動しています。えと、得意分野は……魔力操作系の攻撃魔法です」


「ありがとうございます。では、冒険者を志した理由を教えてください」



 志望動機まで聞くの? これただの昇格面接だよね? 採用面接じゃないよね?

 ……本当のことは言えないからそれっぽいことを言っておくか。



「自分の魔法を最も活かせる場がギルドだと考えました。依頼を通じて経験を積みながら、対魔族の知見を深めていきたいと思っています」



 するする出てくる、テンプレ回答。「御社の事業に魅力を感じ」のバリエーション。体が覚えている。



「なるほど。……冒険者になる前のご経歴は?」



 囚人……とは言えない。

 前の世界も含めて良いのならシステムエンジニア。この世界に存在しない職業。

 ぼやかすか……。



「……事務方の仕事を」


「事務?」


「はい。目に見えないものを組み立てて、動かなくなったら原因を調べて直す……みたいな、そういう仕事です」



 面接官が首を傾げている。

 どう説明しろと。「人間が手で書いた呪文みたいなものを、箱の中で動かす仕事です」とか言ったら余計分からないだろ。



「……概念的な構造物を設計・保守する専門職でした」


「…………」



 面接官の目が完全に死んだ。でもメモは取っている。真面目な人だ。



「では、パーティの件についてですが——」



 ——パーティ、か。

 帰還した日に受付で聞いた、一人ずつの「いない理由」が、頭をよぎった。



「現在あなたのパーティが機能していない状況は、こちらでも把握しています。Cランク以上の依頼はパーティ必須ですので、昇格後の編成について、お考えをお聞かせください」


「……信頼できる相手を見つけて、早めに編成するつもりです」



 「入社後に資格を取得する予定です」と同じ言い回し。予定は未定、でも面接では確定っぽく言う。



「……なるほど。次に、推薦状の内容について確認させてください」



 面接官が推薦状に目を落とした。眼鏡の奥の目が、何度か同じ行を往復している。



「辺境任務で、魔族の術式を解析し、無力化した、と。……これは、どういう意味でしょうか」



 キリヤは見たままを書いたのだろうが、「術式を解析して書き換える」なんて、普通の人間には意味が分からないだろう。



「対象の体内にある術式——魔法の構造を読み取って、暴走の原因になっている部分を特定し、分析、除去しました」


「……術式を、読み取る?」


「はい」


「…………」



 面接官のペンが完全に止まった。眼鏡の奥の目が、私と推薦状の間をもう二往復した。

 さっきの「概念的な構造物」に続いて「術式を読み取る」。眼鏡の奥で、瞬きの間隔が長くなっていた。



「……推薦状の内容は信用するということで、先に進みましょう」



 理解を諦めた顔だった。私のSEとしての業務内容を理解できない人にこれを理解できるはずないよ、分かってた。



「ここで一つ確認なのですが……」



 面接官が推薦状とは別の帳簿を開いた。ギルドの内部記録らしい。ページをめくって、指が一行で止まる。



「ギルドの記録に……あなたの通り名の欄があるのですが」


「え……? 通り名?」



 ——嫌な予感がする。



「『地下牢の殺戮者(ジェノサイダー)』と記載されています。これは……」



 終わった。

 あのハッタリがここに来て刺さるのか。よりにもよって昇格面接で。



「それは誤解です。一切殺してません」


「しかし記録では——」


「ハッタリです」


「……ハッタリ、ですか」



 面接官がメモを取った。



「いや何をメモしてるんですか?」


「いえ、本人申告として記録しておかないと……」


「じゃあ『取り下げ希望』って書いてください!」


「……取り下げ、ですか」


「お願いします!」



 ……いや。「殺戮者(本人申告:ハッタリ、本人より取り下げ希望)」って書かれたら、それはそれで完全におかしい。



 面接官が帳簿を閉じた。

 そして——推薦状と帳簿を交互に見た。



 前職:不明(本人曰く「概念的な構造物を設計・保守する専門職」)。

 特技:術式を読み取る(意味不明)。

 通り名:殺戮者(本人曰く「ハッタリ」、本人より取り下げ希望)。



 この面接官の頭の中に、今どんな人物像が出来上がっているのか。本当に考えたくない。



「……では、長所と短所を教えてください」



 まだ続くの? これ答える意味あるの? 冒険者ランクの昇格に長所と短所とか関係ないだろ。

 もう何を答えても怖がられる気がするが、ここで黙るわけにもいかない。



「長所は……えと、状況分析と、複数の手段を組み合わせる柔軟性です。短所は……単独行動に偏りがちなところです。今後はパーティでの連携を——」


「分かりました。最後に、何か質問はありますか」



 食い気味に来た。早く終わらせたいのが伝わってくる。じゃあ最初から聞いてくんな。



 ……逆質問。「特にありません」は意欲がないと見なされる。かといって的外れな質問をすると印象が悪い。



「掲示板の依頼、ランク別に分けて貼ったり、報酬順・期限順で並べたりする予定はありますか」


「……並べ替え?」


「現状だとランクも報酬も期限もごちゃ混ぜで、受注ミスの原因になりませんか」



 面接官の顔に「この冒険者は何を言っているんだ」と書いてある。

 ——しまった。逆質問で職場環境の改善提案をするタイプ、一番嫌われるやつだ。



「あ、いえ。……特にありません」


「そうですか……では——」



 面接官が推薦状をもう一度見た。キリヤの署名を確認するように。それから——疲れた目で、深く、頷いた。



「推薦状の内容と合わせて……問題ないと、判断します。——おめでとうございます、Bランクへの昇格を認めます」



 通った。その場で合格とはよほど好印象だったんだろう――なわけあるか。

 問題ないと言いながら、大いに問題を感じている顔をしていたが——とにかく通った。キリヤの署名が全てを押し通した。

 面接時間、体感十五分。面接官の心労は計り知れない。申し訳ない。



 面接室を出ると、廊下の空気がやけに冷たかった。石壁から滲む湿気が肌に張り付く。

 ——ついにBランク。フィルと同じだ。

 その先には虚ろの迷宮(うつろのめいきゅう)がある。魔導書が眠るAランクのダンジョン。地球に帰る道は、あそこにある。

 ——まだ遠いな。でも、昨日よりは近い。

 ——キリヤは協会の戦力が欲しいから私をこのランクに上げたんだろうが……私は、帰り道が欲しい。利害は重なる。でも、使えるものは使う。




 受付に戻ると、メリルが新しいプレートを用意していた。

 「B」の刻印が刻まれている。——ランクが上がっただけなのに、プレートの質感が明らかに違う。こっちは仕事ができそうな光り方をしている。



「おめでとうございます! Bランクへの昇格、素晴らしいですね!」



 ……ん?

 メリルの声のトーンが、さっきと全然違う。



「何かあればいつでもご相談くださいね! Bランクの冒険者様には優先的にお席をご案内しておりますので!」



 目がキラキラしている。笑顔の厚みが三倍になっている。声に艶が出ている。

 ——この人、さっきと顔が違くない?

 さっきまでの「頑張ってくださいね」が嘘みたいだ。あの微笑みの下にあった冷たい膜が、きれいに剥がれている。代わりに貼られたのは、「お客様は神様です」の最上位版。

 ……CランクとBランクの間に、この人の中では相当でかい壁があるようだ。



 新しいプレートをしまい、依頼掲示板の方へ目を向けた。

 Bランク向けの依頼が並んでいる。報酬の桁が一つ上がっている。

 ——報酬は、命への掛け金だ。ユーゴで、それを知った。

 それでも私は、もう一度この秤に乗ろうとしている。



 受付の前を、ミルシェが横切るのが見えた。

 すれ違いざまにメリルへ「お疲れ様です♡」と声をかける。メリルは目を上げずに「お疲れ様です」とだけ返した。さっき私に向けていた笑顔の艶も、丁寧な敬語も、影も形もない。

 ミルシェは気にした風もなく、にこにこと私の方へ歩いてくる。

 ——ミルシェがカウンターに行くと、応対する側の温度が一段下がる。ミルシェがCランクだからか?

 メリル……肩書で人を選ぶタイプか。性格の悪い女ってのは、どこに行っても湧くんだな。



「ユズリハちゃん、おめでとう♡ Bランクだって? すごーい♡」



 いつもの甘ったるい声。角のない額、安定した擬態。変わらない笑顔。

 ——隣で黙っていてくれた時が嘘みたいに、いつも通りだ。この子のこういうところに、何度か救われている。



「ありがとう。推薦のおかげだけど」


「推薦だって実力のうちだよ♡ 認められたってことでしょ?」



 返事に詰まる。「認められた」という言葉が、上手く受け取れない。



「ねぇ、皆いないし……次の依頼は二人で回さない?」



 フィルは怪我で療養中。リコは看病でフィルの隣にいるらしい。セリアの行方は、誰も知らない。

 残ってるのは、ミルシェだけ。新しい仲間を探す気にもなれないから、消去法だ。



「……うん、そうだね」


「じゃあ早速依頼選ぼ♡」



 ——と、その時。ギルドの入り口が開いた。

 入ってきたのは女性の冒険者だった。まっすぐ受付に向かい、メリルに声をかけた。



「セリアンディエル様は最近いらしてる?」


「いえ……最近はギルドにはお見えになっていないですね。……ずっと、お一人で何か追ってらっしゃるって聞いたのだけど、依頼の記録までは、私どもには……」


「そう……。また来るわ」



 女は少し残念そうに——いや、かなり残念そうに踵を返した。出口に向かう背中が重い。



 ミルシェが私の耳元に顔を寄せた。



「あの人、よく来るんだよ♡ セリアンディエル様セリアンディエル様って。ちょっと怖い♡」


「……ガチ勢か」


「ガチ勢だよ♡」



 ……あの人がよく来てるって、ミルシェはどうして知ってるんだ。

 考えるまでもない。毎日ここに居着いてるからだ。



「……ミルシェも、いつもギルドいるよね?」


「暇なんだもん♡」


「自覚あるんだ」



 セリアが来れば場が静まるのは、この街では日常だ。通りで大名行列を引き連れていたこともある。でも——いなくなっても通い詰めるのは、ちょっと怖い。

 ……依頼を受けていない、か。

 今何をしているんだろう。気にならないわけじゃない。

 Bランクのプレートが、ポケットの中で硬い音を立てた。

 後ろのテーブルから声が聞こえた。「蟲使いがBに上がったらしいぞ」「あのCランクの?」「推薦つきだってよ」——おい、本人に聞こえてるんだけど。

 振り返るか迷っていると、横からミルシェが顔を出した。



「ユズリハちゃん、Bランク様♡ これでどの依頼でも選び放題だね♡」


「依頼が選び放題でも、私の戦力はCランクのままだけど」


「大丈夫♡ 私が前で頑張るから、ユズリハちゃんは後ろでカッコよく決めてよ♡」


「役割分担が雑すぎる」



 ミルシェが掲示板に飛びついて、片っ端から依頼票を物色し始めた。背伸びして、上の段に手が届いていない。

 「これにしよ♡」と差し出してきた一枚を覗き込む。——森。Cランク。魔物三匹。

 ……二人だしこのくらいが丁度良いかもしれない。

 欠けた席のことは、後で考える。

 今は、目の前の一枚だ。

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