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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
女子会パーティ

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副支部長の名指し

 ミルシェの距離が、昨日からさらに近くなった。

 ギルドに着くなり腕に抱きつかれた。昨日からこの調子だ。

 昨日の今日だから、仕方ないのかもしれないけど。



「昨日は楽しかったね♡ ご飯も美味しかった♡」


「うん。……ご飯はね」


「ねぇ、昨日の私の気持ち、ちゃんと届いた?♡」


「……届いてる」


「好きなのは、ほんとだよ?♡」


「それ、声大きいって」



 小声のつもりだろうが、セリアの耳には届いているはずだ。

 あまり聞かれたくない。セリアはミルシェが魔族だと教えてくれた人だ。私が魔族に襲われかけたことも知っている。あれは忠告だったんだろう。

 ……にもかかわらず、その魔族と距離を縮めている。しかもミルシェの擬態が急に安定した。セリアが気づかないはずがない。

 ふと目をやると、セリアは何か考え事をしているように見えた。



 今日の依頼は、街道沿いに出没するワーウルフの討伐だった。

 さて、どう戦うか……。五日間の練習で、森鼠の殺意の呼び出し口を切るのは試した。命令はそのまま残しても、呼び出し口を塞げば空を切り殺意を封じ込められる。

 ただし、試したのは下位の魔物だ。ワーウルフの術式がどれだけ重いかは、まだ試してない。一匹に相応の時間がかかる上に、消耗もそれなりにくる。戦闘中ならその場で殺した方が早い。コスト計算したら、答えは決まってる。

 前職でもあった。毎日五分で終わる手作業を自動化するために、徹夜で八時間かけてマクロを組んで、翌日に仕様変更でその作業自体が消滅するやつ。

 ……いつ使うんだろうな、この能力。まあミルシェのためになったと思えばそれでいっか。



「ユズリハちゃん、左♡」


「見えてる」



 ミルシェが背中に張りついている。文字通り、背中がくっつくほど近い。

 動きが、普段と違う。重りを下ろした体は私の予測より一拍速くて、私が踏み出す前に半歩先に立っている。前衛として完璧——なんだけど、近すぎる。



「ミルシェ、ポジション」


「えー♡ だってユズリハちゃんの近くがいい♡」


「仕事中な?」



 草むらから、低い唸り声が漏れた。

 茂みから飛び出してきたのは、ワーウルフが三頭。ぎらついた赤い目。

 先頭がミルシェに飛びかかる。ミルシェの腕が、ふっと後ろに振られた。風圧だけでワーウルフの頭が横に弾かれ、そのまま地面に激突する。骨の砕ける音。一撃。

 ——もう片方の手は、私の袖を掴んだままだった。



「……それ、外して戦って」


「えー♡ 片手で足りるし♡」


「足りてても、腕は離してよ」



 二頭目が私に跳ぶ前に、氷蜂(フロスト・バグ)で脚を凍らせた。全身凍結まで魔力を回すのは、ミルシェがいる前で勿体ない。崩れたところを、ミルシェがもう一度片手で薙いで終わり。あっさりすぎる。

 残り一頭——セリアの剣が、その魔物を斬った。——が、浅い。普段のセリアなら一撃で仕留めている相手だ。

 無言で剣を振い直し、二撃目で仕留めた。何事もなかったかのような顔をしているが、あの人が手間取る相手じゃない。

 なんか今日、噛み合ってないな。



 気がつけば、ワーウルフは全部地面に伏していた。



「……これ、Bランク依頼だよね」


「うん♡」


「もう、終わった……」



 依頼を終えて、帰り道。

 私とミルシェが並んで歩いていると、後ろからリコとセリアの声が聞こえた。



「セリアンディエル様」


「何」


「ミルシェさんとユズリハさん、最近すごく仲良しですよね」



 私は思わず耳をそばだてた。



「……そうね」


「なんだか、ずっと一緒にいますよね……」



 まあ、否定はできない。

 隣のミルシェが、にまーっと笑った。

 そして、振り返った。



「ねぇねぇ♡ 私たちお似合いだと思わない?♡」



 後ろの二人に向かって言い放った。

 おい。



「ちょ、なんでそうなるの?」


「えー♡ ユズリハちゃんは嫌なの?♡」


「別に嫌じゃないけどさ……」


「じゃあ♡ もしかして恋人ってやつになれちゃったりする?♡」


「ならないから。話広げすぎ」


「もー♡ なんで♡ 女の子同士も悪くないかもよ?♡ だめ?」


「だめじゃないよ。誰が誰と一緒にいようが、本人が幸せならそれでいいと思う。——ただ、私を勝手にその話に入れないでって話よ」


「えー♡ でも、恋人っぽくない?♡」


「話聞いてる?」



 ミルシェが「ぶー♡」と唇を尖らせた。が、目は笑っている。

 ——本気なのか、からかいなのか。この子は、時々分からなくなる。



 セリアの足音が止まった。



「……ありえない」



 短く、冷たい声だった。



「あ……すみません、変な話題振っちゃいましたね」



 リコが慌てて謝る。

 セリアは答えなかった。追い抜きざま、視線がこちらを掠めていった。

 そのまま歩き出し、私たちを追い越していく。その背中が、いつもより速く遠ざかっていく。



「……なんか、怒ってる?」



 ミルシェが小声で言った。



「さあ……」



 私は首を傾げた。

 ——ありえない、か。何がありえないんだ。女同士がありえないのか。それとも、魔族と人間の組み合わせが。

 ……どっちにしろ、事実じゃないから関係ない。

 ——関係ない、は嘘だな。魔族のこと、忠告してくれたのはセリアだ。それを無視して仲良くしてる光景は、あの人からしたら腹が立って当然か。



 なんか引っかかったまま、ギルドに戻った。

 見覚えのある姿があった。



「やあ、戻ったよ」



 フィルだ。

 「二週間ほど」と聞いていたがずいぶんと戻るのにかかった。スケジュール遅延の理由を、悪い方向に想像してなかったと言えば嘘になる。——でも、戻ってきた。良かった!

 短く整えた銀髪に、エルフ特有の切れ長の目。美しさは健在。

 ——だが、左腕が包帯で吊られている。歩き方も、わずかに右足をかばっている。顔色も良くない。



「フィル! ……その腕、どうしたの!?」



 ミルシェが駆け寄る。



「大したことない。少し手こずっただけだ」



 フィルは笑って見せたが、額にうっすら汗をかいている。

 大したことない、という顔じゃない。



「お疲れ様でした。……大丈夫ですか?」


「無事で良かった。……無事とは言い難いけど」



 リコと私も、それぞれ声をかけた。

 セリアは先に着いていたが、少し離れたところに立っていた。



「……お疲れ様」


「ああ、セリアンディエル様も。留守中、ありがとうございました」



 フィルが頭を下げる。

 セリアは、無言で頷いただけだった。

 私はフィルに向き直った。



「……何にやられたの」


「魔族だ。討伐任務で、想定より上の個体に当たった」



 魔族。

 Bランクのフィルが、ここまでやられるのか。

 ちらりと、隣のミルシェを見た。いつものように笑っている。……この子も、魔族だ。

 ふと、フィルの視線がミルシェの額で止まった。



「……ミルシェ、角は?」


「ユズリハさんが手術で取ったそうです」



 リコが真顔で答えた。

 やめてそれ言うの。咄嗟の冗談だったのに。



「手術? ユズリハは医者じゃないだろう」


「医者じゃないけど魔法使いなので」


「説明になってないぞ」



 フィルが片眉を上げた。



「……切ったのか」


「……魔法で」


「血は」


「魔法で」


「傷の閉じは」


「魔法で」



 フィルが、吊られていない方の手で額を押さえた。



「……魔法、万能だな」


「魔法いえーい」



 苦しい……。苦しい……!



「……留守中、何かあったか?」


「ぼちぼち」



 私は曖昧に流した。

 ミルシェが魔族だってこと、フィルには言うつもりはない。魔族にやられて帰ってきた直後に、言えるわけがない。



「そうか。まあ、無事なら何よりだ」



 フィルは深く追求しなかった。

 そして、表情を改めて言った。



「実は、一つ話がある」



 全員が注目する。



「魔法協会から、任務依頼が来ている」


「魔法協会から?」



 私は聞き返した。



「正確には、副支部長からの直接指名だ」



 フィルが、私を見た。



「『(むし)使い』のユズリハを、名指しで」


「……え、私?」



 なんで私が名指しされるんだ。



「副支部長が、お前に興味を持っているらしい」


「副支部長……キリヤさん?」


「そうだ」



 認定試験の時に声をかけてきた、あの長身のエルフだ。出自を聞かれて冷や汗をかいたのを覚えている。ソロンが割り込んでくれなかったら、どうなっていたか。

 なんで、あの人がわざわざ私を。

 ふと、セリアの気配が変わった。

 さっきまでの不機嫌とは違う。もっと——鋭い目だった。



「もしかして知り合い?」



 私が聞くと、セリアは少し間を置いてから答えた。



「……昔の知人」



 それ以上は言わなかった。

 エルフは長く生きる。「昔」の範囲が人間とは違うんだろう。色々あるのかもしれない。



「任務の詳細だが」



 フィルが続けた。



「先日の認定試験の合格者三人を対象とした任務だ。護衛としてキリヤンサス殿もつくらしい」



 合格者三人。

 あの試験の時に見かけた、眼鏡の女性と、背の高い少年。あの二人と、私、か。



「……つまり、私はこのパーティを離れるってこと?」



 言葉にすると、実感が湧いた。

 セリアも、ミルシェも、リコもいない。知らないメンバーで、知らない任務。

 隣で、ミルシェが息を呑むのが分かった。



 断れるかといえば、断れない。魔法協会からの召集は、認定魔導士にとって本業だ。無視すれば資格剥奪もあり得る。認定試験の時にそう釘を刺された。

 それに、協会の任務は基本的に対魔族だ。フィルの左腕が目に入る。Bランクがああなって帰ってくる任務を、認定されたばかりの新人にやらせるのか。



「期間は?」


「二週間から一ヶ月。辺境の村への派遣任務だ」


「泊まり込み? 二週間から一ヶ月って、幅がありすぎない? 何が終わったら帰れるの」


「それも含めて、明日の説明になるだろう」



 要件が不明確なまま工数だけ仮押さえ。炎上案件の入り口だ。



「報酬は?」


「……そこ先に聞くのか」


「宿と食事は出る?」


「知らん」


「移動の交通費は?」


「……あのな」


「……報酬は確認すべき」



 セリアが壁にもたれたまま、ぽつりと言った。

 フィルが「あなた様もですか」という顔をしている。

 大事なことだろ。命がけの案件で待遇を確認しない方がどうかしてる。

 最長一ヶ月だぞ。結構長い。



「そのうち魔導通信石に正式な召集が届くはずだ。明日、協会で詳細を聞くことになっている。ユズリハ一人で行ってくれ」



 首元のペンダントに、無意識に手が触れた。認定試験の時に渡された社畜の首輪——もとい、魔導通信石。あの時は「蟲使い」の称号を一方的に叩きつけてきた。今度は何を送りつけてくるんだか。



 沈黙が落ちた。

 フィルの説明が終わっても、誰も何も言わなかった。



「……やだ」



 ミルシェが、小さく言った。

 甘さが、ない。



「ユズリハちゃんがいなくなるの、やだ」


「いなくなるわけじゃないよ。任務が終わったら戻る」



 ——生きて帰れば、の話だけど。

 さっきのフィルの姿が、頭をよぎった。名前も知らない相手と、命がけの任務か。

 ミルシェが、私の袖をきゅっと掴んだ。

 何も言わない。ただ、指先に力がこもっている。



「ユズリハさん……お気をつけてくださいね」



 リコが、静かに言った。



「うん。ありがとう」



 セリアは、何も言わなかった。

 壁に寄りかかったまま、腕を組んでいる。

 フィルが、場をまとめるように言った。



「俺もしばらくは動けない。……すまないが、パーティとしての活動は当面難しくなる」



 フィルが、吊られた左腕に視線を落とした。

 リーダーが負傷、私は離脱。残るのはセリアとミルシェとリコだけか。



 帰り道。

 私は一人で歩きながら、考えていた。

 魔法協会の副支部長、キリヤさん。認定試験以来、音沙汰ないと思っていたら、これか。

 副支部長自ら護衛につくあたり、新人の実地教育も兼ねているんだろう。前職で言うところのOJTだ。

 ……まあ、お偉いさんが現場に出てくるOJTは、大抵ただの研修じゃ済まないんだけど。



 ふと、さっきのミルシェの顔が浮かんだ。

 袖を掴んだ時、声の甘さが消えていた。あの子が素の声を出すのは珍しい。

 一ヶ月か。……あの子にとっては長いだろうな。

 私にとっても、このパーティを離れるのは初めてだ。



 セリアは最後まで何も言わなかった。

 ……さっきの話題を引きずってるのか、それとも私の離脱はパーティ事情で口を挟む話じゃないと思ってるのか。

 後者だろうな。あの人は、仕事と感情を分ける人だ。



 私は溜息をついた。

 なんか今日、引っかかることが多い。

 セリアの「ありえない」。キリヤさんの名指し。フィルの怪我。……全員エルフじゃん。

 一個一個は小骨みたいなものだ。大したことじゃない。でも、まとめて刺さると地味に痛い。



 ……とりあえず、明日だ。

 明日、魔法協会に行けば、少しは見えてくる。

 私は宿に向かって歩き出した。

 喉の奥の小骨は、取れそうになかった。

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― 新着の感想 ―
フィルさえ大怪我するような任務なら、 ミルシェとセリア抜きで、ユズリハが五体満足で戻れるとは思えないんですよねぇ( ̄ᗜ ̄;) 慎重さが明らかに足りてないですから
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