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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
女子会パーティ

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42/50

えへ、バレちゃった?

「……え」



 セリアが、私の顔を見た。

 一瞬だけ。それで何かを判断したように、踵を返した。



「ちょっと待っ――」


「明日、詳しく話す」



 それだけ言って、彼女は去っていった。

 待ってくれ。今のだけじゃ何も分からない。追いかけようとして——足が動かなかった。膝に力が入らない。

 帰り道をどう歩いたか覚えていない。



 眠れなかった。宿のベッドで天井を見つめながら、何度も寝返りを打った。

 目を閉じると、ミルシェの笑顔が浮かぶ。

 「ユズリハちゃん♡」

 屈託のない、あの笑顔。

 今日だって、私の髪に花を挿して嬉しそうにしていた。帰り道に腕を絡ませてきて、「いてくれてよかった♡」と言った。あの体温。あの声。

 あれが全部、演技だったのか。

 ——分からない。分からないけど、ラークとミナの時とは何かが違う気がする。根拠なんてない。ただ、そう思いたい自分がいる。

 でも、その直後に別の記憶が割り込んでくる。ラーク。ミナ。あの二人も笑っていた。仲間だと思っていた。信頼した結果が、あれだ。



 『彼女、魔族だけど』



 セリアの言葉が、頭の中でリフレインする。

 信じたい。でも、信じて間違えるのが怖い。この二つが交互に浮かんでは沈んで、いつまでも決着がつかない。

 結局、一睡もできないまま朝を迎えた。

 鏡を見たら、目の下のクマが三徹明けの顔になっていた。

 三徹はしていない。一晩で三徹分のダメージを叩き出す異世界、スペックが違う。



 ギルドに早く着くと、セリアがすでにいた。

 壁にもたれて腕を組んでいる。



「……昨日の話、聞かせて」



 私が言うと、セリアは小さく頷いた。



「ここでは話せない。ついてきて」



 彼女は歩き出した。私は黙ってその後を追った。

 人気のない路地裏。朝日が建物の影に遮られて、薄暗い。



「あの……本当のことなの?」



 セリアが足を止め、私の方を向いた。



「魔族。間違いない」


「……冗談とかじゃなくて?」


「本当だと言ってる」



 セリアは淡々と言った。



「……なんで今更」


「私の邪魔をしてこなかったから、放置していた。でも……」



 セリアが一瞬だけ言葉に詰まった。



「……あなたが無防備すぎる」



 それだけ言って、セリアは口を閉じた。

 この人は、ラークとミナの時も正しかった。これ以上の説明はない、ということだろう。



「……で、私にどうしろっていうの? いきなりそんなこと言われても」


「どうするかは、あなたが決めればいい」



 セリアが私を見た。



「知らないままでいるより、知った上で判断した方がいい。それだけ」


「…………」



 私は黙り込んだ。私のことを心配してくれてるからこその開示……?

 いや、Aランクの判断だろう。パーティに魔族がいるリスクを放置できなかっただけだ。



「……分かった。ありがとう」


「……礼を言われることじゃない」



 セリアはそっぽを向いた。



 まずは普通にしろ。いつも通り振る舞え。観察しろ。

 そう自分に言い聞かせた矢先だった。ギルドが見えてきた。



 ミルシェとリコがやってきた。



「おはよー♡ 二人とも早いね!」



 ミルシェが手を振りながら駆け寄ってくる。

 私は、その顔を見た瞬間、息が詰まった。

 いつもの笑顔。いつもの距離感。

 背中を冷たいものが這い上がる。心臓が喉元まで跳ね上がって、指先の感覚が遠くなる。

 この子が……魔族……。



「ユズリハちゃん? どうしたの?」



 ミルシェが首を傾げた。



「……なんでもない」


「顔色悪いよ? 大丈夫?」



 心配そうな顔で、私の額に手を当てようとしてくる。

 ——その手が、怖い。

 昨日まで何とも思わなかった。同じ手に引っ張られて、一緒に走って、笑っていた。なのに今は、その指先が近づくだけで、胃の底が縮む。



「だ、大丈夫だって」



 私は慌てて身を引いた。

 ミルシェは不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。



「ならいいけど……無理しないでね?」



 その言葉に、嘘はないように聞こえた。

 本当に、心配してくれている。敵意なんて、微塵も感じない。



 今日の依頼は、森での魔物討伐。簡単な依頼だ。

 なのに、いつもの三倍疲れる。

 戦いながら、ずっとミルシェの横顔を盗み見ていた。剣を振る時の目つき。魔物を仕留めた後の表情。仲間に声をかける時の声色。どこかに綻びがあるはずだ。冷たさが覗く瞬間、人間を見下す目——何でもいい、「やっぱり」と思える証拠が一つでもあれば、楽になれる。

 何も、見つからない。むしろ、人間より人間らしいくらいだ。

 それが一番、怖かった。



「ユズリハちゃん、後ろ!」



 ミルシェの声。

 振り返る間もなく、彼女が私の前に飛び出した。迫っていた魔物を、一撃で斬り伏せる。



「危なかった〜♡ ぼーっとしてたでしょ」


「……ごめん」


「謝らなくていいよ♡ でも、気をつけてね?」



 私を守った。魔族が、人間の私を。

 頭では疑っている。なのに体は、庇われた瞬間、力が抜けていた。ああ良かった、と思った自分がいた。でも消えない疑念。

 ……苦しい。ずっと疑い続けて、それで何が解決する? 私はSEだ。バグを見つけたら、原因を調べる。推測で判断しない。

 今の私に必要なのは、事実だ。



 依頼が終わり、帰り道。私は決心した。

 直接、聞く。



「ミルシェ、ちょっといい?」


「なに?♡」


「二人で話したいことがあるんだけど」


「うん、いいよ♡」



 ミルシェは何の疑いもなく頷いた。

 セリアが私を見た。でも、止めなかった。

 リコが空気を読んで言う。



「じゃあ、私たちは先に帰りますね」


「ありがとう、リコ」



 二人が去っていく。

 私とミルシェだけが、残された。人気のない路地裏に移動した。

 さっき、セリアと話した場所と同じだ。私は深呼吸をして、ミルシェの目を見た。



「……一つ、聞いていい?」


「うん、なに?」



 震える声で、聞いた。



「あなたって……魔族?」



 長い沈黙。ミルシェの表情が、一瞬だけ変わった。

 驚き? 焦り? 

 でも、すぐにいつもの笑顔に戻る。



「えへ、バレちゃった?♡ よく分かったねー」


「……っ」



 あっけらかんと認めた。私は言葉を失った。



「なんで……そんな軽いの」


「だって、本当のことだし♡」



 ミルシェはけろっとした顔で言った。



「ティフリングって話は?」


「嘘だよ? だって自己紹介で『魔族でーす♡』とか言ったら私殺されちゃうじゃん?」



 一瞬だけ想像した。

 ギルドの受付カウンター。ミルシェが満面の笑みで冒険者登録用紙を差し出す。種族欄に堂々と「魔族」、しかもハートまで添えて。受付嬢の笑顔が凍る。隣の冒険者が無言で剣に手をかける。



「……それはまあ、うん」


「でしょ?♡」



 笑っていた。でも、次の瞬間。



「で、ユズリハちゃんはどうする? 私のこと殺す? 冒険者さん」



 笑顔のまま言った。

 冒険者さん。ミルシェがそう呼んだのは初めてだった。その一言で、空気の温度が変わった。

 心臓が跳ねる。握った拳の中に汗が溜まる。

 目の前にいるのは魔族だ。通常なら始末対象。冒険者としての正解は、ここで剣を抜くことだ。——でも。



「……殺さないよ。さっき私を助けた相手を殺す理由がない」


「そっか♡」



 ミルシェの肩から、ほんの少し力が抜けた。



「魔族の子供ってね、たまーに人間を殺したいって気持ちが全然ない子が生まれるの♡ 超レアだけど。で、それが私」



 ミルシェは自分の頭のてっぺんを触りながら言った。

 そんなことあるんだ。魔族にも親がいて、子が生まれる。——考えてみれば当然だけど、考えたこともなかった。



「……角は擬態できないの?」


「角だけうまく消えないんだよね♡」



 ミルシェが前髪をめくって、小さな角を見せた。



「人間を殺したいって気持ちが全然ないって言ってたけど、それは本当?」


「うん、思わないよ♡ めんどくさいし」



 めんどくさい。

 命のやり取りを「めんどくさい」で片付けるな。



「ユズリハちゃんのこと、殺したくないよ? 嘘じゃないよ」


「……信じていいの?」


「信じるかどうかは、ユズリハちゃんが決めて♡」



 ミルシェが笑った。



「でも、私はユズリハちゃんのこと裏切らないよ。約束する」



 その声に、嘘の色はなかった。



「でもね」



 ミルシェの目が、すっと細くなった。



「人間の苦しんでる顔とか、困ってる顔とかは……実は大好き♡」


「……っ」



 サドですか。



「ねぇ、ユズリハちゃん♡ 見せてくれる? 苦しんでるところ」



 ぞくり、と背筋が震えた。

 一瞬だけ見えた、魔族の本性。甘い声なのに、どこか粘つくような響き。

 でも、すぐにいつもの調子に切り替わった。



「あはは、怖がらせちゃった?♡ ごめんね」


「……魔族っぽいな」


「でしょ?♡ これでも一応、魔族だから」



 私は、少しだけ力が抜けた。



「……驚かさないでよ」


「だって、ユズリハちゃんの困った顔、可愛かったんだもん♡」


「ねぇ……見せてくれる? 本当の姿」



 私は言った。今見ているのは擬態越しの姿だ。それじゃ足りない。



「え、いいの?♡」


「全部見てから今後どうするか決めたい」


「……分かった」



 ミルシェが目を閉じた。空気が、変わった。

 彼女の目が開く。瞳が、赤く輝いていた。透き通った、宝石みたいな赤。

 肌に淡い紋様が浮かび上がっていく。そして、前髪の奥から覗く小さな角が、ほんの少しだけ大きくなっていく。白くて、内側にゆるく曲がっている。



「どう?♡」



 息を呑んだ。

 人間じゃない。体が、そう訴えている。これが生きている「魔族」の姿。

 でも——表情は、いつもと同じだった。屈託のない笑顔。



「……怖い?」



 角を両手で隠すように触れている。無意識なんだろう。



「…………」



 怖くない。

 見た目は怖い。それは嘘じゃない。

 でも、この目は。私を殺そうとしている目じゃない。ただ不安そうに、私の反応を待っている。それだけだ。



「……怖くない」


「ほんと?♡」


「うん。なんでか分かんないけど」



 ミルシェが嬉しそうに笑った。



「良かったぁ♡ 嫌われたかと思った」


「嫌ってないよ。……たぶん」


「たぶんって何♡」


「……ミルシェの両親って、今どうしてるの?」



 聞いてから少し後悔した。踏み込みすぎたかもしれない。

 でもミルシェは少しだけ間を置いてから答えた。



「……生きてると思う。たぶん」



 いつもの調子じゃなかった。



「でも、もう会ってない」


「……なんで?」


「私のお父さんもお母さんも、人間を殺すことしか考えてないの」



 ミルシェは角を触りながら言った。



「怒ってるとか、憎んでるとかじゃないよ。ただ、それしかないの。殺すこと以外の感情が……ないの」


「…………」


「子供を作るのも、種を増やすため。私を産んだのも、そう。嬉しいとか、愛おしいとか……たぶん、なかったんだと思う。魔族はみんなそう」



 馬車の中で聞いた言葉が蘇った。

 『繁殖目的』。『愛してるみたいなのは……なかった』。

 あの時は軽い調子で、あっけらかんと話していた。

 でも今、目の前のミルシェは笑っていない。



「私はね、なんでか分かんないけど……人と一緒にいると楽しいって思っちゃうの。おかしいよね。魔族なのに」


「…………」



 おかしくない。そう言いたかった。

 でも、ついさっきまでこの子を疑っていた口で言えるほど、私は厚かましくない。



「お父さんたちと一緒にいられなくなったのは、嫌われたからじゃないよ」



 ミルシェが空を見上げた。



「嫌うっていう感情も、たぶんないから」


「…………」


「ただ……根っこが違うの。同じ場所にいるのに、同じものを見てないの。言葉は通じるのに、何も伝わらないの」



 ……想像しようとした。感情のない親の元に生まれて、自分だけが違う。それがどれだけ孤独か。

 想像しきれなかった。



「ねぇ、ユズリハちゃん」



 ミルシェが私を見た。

 いつもの甘い語尾がない。不安でも、悲しみでもない。もっと静かな、諦めに似た何か。



「人間を殺したい魔族と、殺したくない私。……共存できると思う?」



 気の利いた言葉なんて、出てこなかった。



「……だよね」



 ミルシェが小さく息を吐いた。



「冒険者になったのはね」



 少しだけ間があった。



「ありのままの私でいられる場所が、ここしかなかったから」



 あの夜の声が蘇った。

 『え? 報酬に決まってるじゃーん♡』

 冒険者になった理由。帰り道で聞いた、ミルシェの答え。

 あれは表面上の言葉だった。



「魔族の中にいたら、殺したくないのに殺すのが当たり前の場所で、ありのままの私じゃいられなかった。人間の中にいても、魔族だってバレたら終わり」


「…………」


「冒険者って、名前と実力があれば何も聞かれないでしょ? ……ここだけだったの。私が私でいられる場所」



 私は黙って聞いていた。

 何を言っても、軽くなる気がした。

 ……この子はずっと、一人でこれを抱えてきたんだ。笑って、ふざけて、何でもないふりをしながら。



「……あはは、ごめんね♡ 暗い話しちゃった」



 ミルシェの声に、いつもの甘さが戻る。

 でもさっきの表情を見た後だと、この切り替えが逆に痛い。



「暗くないよ」


「え?」


「暗い話じゃない。……教えてくれて、ありがとう」



 ミルシェが少しだけ目を見開いた。

 そしていつもより小さな声で言った。



「……うん♡」



 しばらく、二人とも黙っていた。

 ミルシェはまだ擬態を解いたままだった。少し大きくなった角が、夕暮れの光を受けている。



 その時、私は無意識にポケットの中のアルミ玉を握っていた。

 癖だ。緊張すると、つい握ってしまう。

 瞬間、視界が変わった。



「……え?」



 ミルシェの体に、何かが見える。

 文字のような、記号のような、光る線。体の中に張り巡らされた、複雑な模様。

 コードだ。生きたコードが、ミルシェの体の中で脈打っている。

 魔物と同じ――?



 私は目を凝らした。

 何がどう流れて、何を制御しているかが至近距離で見える。仕組みだ、これは。

 その流れを追っていくと……何箇所か、同じ動きを繰り返している部分がある。

 光の線が、何かに手を伸ばしている。でも、その先には何もない。空を掴んで、戻ってきて、また伸ばす。それを何度も、何度も繰り返している。

 そのたびに小さなノイズが走って、周囲のコードが揺れていた。

 ……何を呼んでるんだ、これ。私は無意識に手を伸ばしていた。空振りを繰り返している部分に、指先で触れるように、そっと。



「ひゃっ……!」



 ミルシェが小さく声を上げた。

 びくん、と体が跳ねる。



「え」


「な、なに今の……っ」



 ミルシェが自分の体を抱くようにして、頬を赤くしている。



「ちょ、ユズリハちゃん、今なにした……?」


「いや、ちょっと触っただけ……!」


「触っただけって……っ、変なとこ触んないでよぉ……♡」



 変なとこって言われても、見えてる光の線に触れただけなんだが。

 ……でもミルシェの反応を見ると、体の中の術式に触れるのは、本人にとってはかなり直接的な刺激らしい。



「ご、ごめん……」


「もう……びっくりした♡」



 ミルシェが潤んだ目でこちらを睨んでいる。

 睨まれてるのに声が甘いせいで、全然怖くない。



 私はアルミ玉を見つめた。この玉を握ると、見える。魔物の体にあるコード。そして、その中のおかしな部分。

 さっきの空振り。呼び出そうとして、見つからなくて、また呼ぶ。あれは角の擬態とは別の話だ。もっと根の深いところで、ミルシェの中の何かが欠けている。

 ……殺意か? さっきミルシェは言った。「殺したいって気持ちが全然ない」と。もしあのコードが殺意を呼んでいるなら、見つからないのは筋が通る。

 でも、推測だ。比較対象がない。普通の魔族のコードを見ないことには、確かめようがない。

 私の頭の中で、何かが繋がりかけていた。角ウサギ。他の魔物。そしてミルシェ。共通する仕組み。

 バグ。

 魔物も魔族も、同じコードで動いている。そして私にはその中身が見える。



「ユズリハちゃん? どうしたの?」



 改めてミルシェが不思議そうに私を見ている。



「……ちょっと確認したいことがあるんだ。分かったら話す」



 私は言った。



「え、なになに? 気になる!」


「まだ分かんないんだよ。もうちょっと調べたい」


「えー、教えてよ♡」


「だから、分かったら!」


「ケチ♡」



 ミルシェが頬を膨らませた。

 さっき「人間の苦しむ顔が好き」と言っていたのが嘘みたいな、子供っぽい仕草だ。

 私は小さく笑った。怖さは、もうなかった。

 魔族だって知った。本性も見た。でも、怖くない。この子は、ラークやミナとは違う。

 根拠を言語化できないけど、そう思えた。



「じゃあ、またね♡」


「うん。また」



 ミルシェが手を振って去っていく。

 私はその背中を見送りながら、アルミ玉を握りしめた。

 


 明日。ソロンに聞いてみよう。

 あの空振りが本当に殺意なのか。もしそうなら——その呼び出しを止められるのか。

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