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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
女子会パーティ

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40/49

ほら、また質問

 遺跡の下層は、思った以上に広かった。

 蟲の明かりを頼りに、私とセリアは薄暗い通路を歩いていく。

 天井は高く、壁には古代文字らしきものが刻まれている。かつては神殿か何かだったのだろう。今は苔と蜘蛛の巣だらけだけど。



「…………」


「…………」



 気まずい沈黙が続いていた。

 二人きりだと、会話のネタがない。

 普段はミルシェがおしゃべり担当で、場を繋いでくれている。それがいないと、こうも静かになるとは。ムードメーカーが抜けた途端に崩壊する職場の空気だ。なんとか合流できるといいが……。

 ふと、ギルダロウの森からの帰り道を思い出した。あの時もセリアと二人きりで、無言の道のりだった。魔族に騙された直後で、私が泣きそうになっていた、あの朝。

 今は状況がまるで違う。でも、二人きりの沈黙の空気感はどこか似ている。

 光源は私だ。いつの間にか私が前を歩き、セリアが後ろにつく形になっていた。

 しばらく歩いた後、セリアが唐突に口を開いた。



「気になっていたことがある」


「ん? 何が」


「あの時……なぜ砂漠にいたの」



 私は足を止めた。

 心臓が、どくんと跳ねた。振り返ると、セリアが真剣な目で私を見ていた。

 ……ずっと、聞きたかったのか。



「普通の人間が、あんな場所に一人でいるはずがない。装備もなく、水もなく……死にに来たようなものだった」


「…………」


「答えたくないなら、いい」



 セリアは淡々と言った。

 私は少し考えた。ソロンには出自を明かすなと言われている。……まあ、全部話すつもりはない。けど、交換条件があるなら少しくらいは別だ。



「答えてもいいけど、一つ教えて」


「……何」


「魔族の見分け方」



 セリアの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなった。



「……また、その話?」



 呆れたような声だった。前にも同じことを聞いた。あの時は「あなたが無能だから」と一蹴されたけど。



「しつこいのは分かってる。でも、ずっと引っかかってるんだよ。あんたには見えて、私には見えない。その差が何なのか、知りたい」


「……あれはルミナリエルフにしか感じ取れない」


「ルミナリエルフだけ? ……なんで?」



 桁外れの能力だ。探知機能があってもおかしい話ではないが。



「…………」



 セリアは答えなかった。

 ……「にしか」。その一語が妙に引っかかった。私には一生感じ取ることはできないのだろうか。



「……なんでルミナリエルフだけなの」


「見分け方を聞いたでしょう。質問には答えた」



 ……屁理屈じゃん。でも、確かに私が聞いたのは「魔族の見分け方」だ。「ルミナリエルフにしか感じ取れない」――見分け方としては、一応成立している。

 ……まあいい。一度に全部引き出そうとするのは悪手だ。前の仕事で散々学んだ。

 セリアはこちらを見た。



「……それで、あなたの番」



 仕方ないか……。

 私が口を開きかけた時――前方の通路が途切れた。

 広い空間に出た。かつては何かの儀式場だったのだろうか。中央に祭壇があり、周囲には朽ちた柱が並んでいる。



 セリアが剣に手をかけた。



「何かいる」



 私も警戒してアルミ玉を構えた。

 直後、祭壇の裏で何かが動いた。



 ズシャッ……。



 巨大な影がのそりと這い出てきた。

 蜥蜴(とかげ)だ。体長は三メートルほど。全身を覆う鱗が石壁と同じ灰色をしている。額には捻じれた角が一本。赤い目がこちらを睨んでいた。

 遺跡に棲みついた大型魔物――石鱗蜥蜴(せきりんとかげ)だ。



「うわ、でかっ」



 しかもめちゃくちゃこっち見てる。テリトリーに入ったのは私たちの方だけど、目つきが完全にキレている。

 ダンジョン最深部の中ボス配置。Bランクの任務はダテじゃない。ゲームなら引き返してセーブするところだ。セーブ機能はない。リセットボタンもない。



「下がって」



 セリアが剣を抜いて前に出た。 



「私も戦う!」



 守られてばかりじゃいられない。



「……足手まといにならないなら」



 私はニヤリと笑った。



「任せなさい」



 石鱗蜥蜴が動き出した。

 太い尾が床を叩き、巨体が驚くほどの速度で——私に突進してきた。

 足が動かない。嘘だろ、あのデカさでこの速度?

 セリアが横から剣を振り、蜥蜴の顔面を叩いて軌道を逸らした。刃が鱗を叩いて硬質な火花が散る。

 ……助かった。心臓がうるさい。

 火花だけ。刃が通ってない。あの鱗、相当硬い。



 石鱗蜥蜴が体を捻り、太い尾を横薙ぎに振った。尾の先端が石柱を掠め、破片が散った。

 セリアは半歩退くだけでかわしている。あの余裕、たぶん一人でも倒せる。ただ、鱗の上から斬り込むには手数がかかる。

 蜥蜴の赤い目が、ちらりとこちらを向いた。まだ私を狙ってる。

 セリアが蜥蜴と私の間に滑り込んだ。振り返りもしない。背中で壁を作っている。

 ……任せなさいって言ったのは私だ。震えてる場合じゃない。

 ――考えろ。

 蛍の蟲の光の中で、蜥蜴の体を見る。鱗は上半身を中心に覆っている。でも関節部は隙間がある。腹も、さっきの突進の時にちらっと見えた地肌は色が違った。

 上からは硬い。なら、下からだ。転ばせればいい。



「足元を狙う! 引きつけて!」



 私は叫びながら、アルミ玉を地面に向けた。



油蟲(バグ・オイル)!」



 石鱗蜥蜴の足元に、油が広がる。

 鉤爪がつるりと滑り、巨体がバランスを崩した。



「ギィィィ……!?」



 ズシン、と重い音を立てて、石鱗蜥蜴が横倒しになる。硬い鱗に守られていない腹が、一瞬だけ晒された。

 ――その時、蟲の光に照らされた腹の地肌に、淡い光が走った。見覚えのある紋様だ。

 考えるより先に、口が動いていた。



「今!」



 セリアが跳躍した。

 空中で体を捻り、剣を振り下ろす。

 狙いは腹――鱗の隙間から覗く、柔らかい地肌。



 ザンッ!



 剣が深々と突き刺さった。

 石鱗蜥蜴が痙攣し、赤い目の光が消えていく。そのまま、巨大な蜥蜴は動かなくなった。

 ……勝った。

 膝から力が抜けそうになった。ずっと止めていた息を吐く。手が震えている。怖かった。めちゃくちゃ怖かった。でも——勝った。

 ……剣って便利だな。転ばせるだけで精一杯の私と、一撃で仕留めるAランク。魔法も剣も使えたら、こんなに苦労しないんだろうな。

 ふと、晒された腹に目がいった。さっき一瞬見えた、あの紋様——蜥蜴の息が止まりかけるのに合わせて、薄れていく。

 ……消える。光が、消えていく。

 手を伸ばしかけて、やめた。何に手を伸ばそうとしたのか、自分でも分からなかった。



「……終わったか」



 セリアが剣を納めながら言った。

 少し間があって、付け加えた。



「……鱗を見て足元に切り替えた判断。前より、早くなった」



 「前より」。

 こいつ、以前の私の戦い方と比べてる。ちゃんと覚えてたのか。



「……見てたんだ」


「……戦闘において状況把握は必要なこと」



 セリアがそっぽを向いた。



「……相変わらず、気持ち悪い魔法ね」


「えー。この前『面白い』って言ってたじゃん」


「気持ち悪いのと面白いのは両立する」


「褒められてる気がしない」



 セリアが、ちらりとこちらを見た。



「……退屈はしない」



 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかの声。

 ……あの夜、酔って寝ぼけながら「面白い人間」と言ったくせに。シラフだと「退屈はしない」まで後退する。褒めてるのか褒めてないのか分からない絶妙なラインを攻めてくる。

 ……まあ、こいつが「退屈しない」と思ってくれてるなら、悪い気はしない。



 石鱗蜥蜴を倒した部屋の奥に、上へ続く階段があった。

 私たちは階段を登り始めた。長い階段だ。途中で何度か曲がりながら、上へ上へと続いている。



「……さっきの話の続き。なんで砂漠にいたの」



 セリアが、前を向いたまま言った。

 さっきの話。……ああ、砂漠の件か。

 ……きつい。もう十段は登ったのに、まだ先が見えない。

 悟られるな。さっき格好つけた手前、階段ごときで息を上げていいわけがない。

 私は呼吸を整えて、口を開いた。



「……気づいたら、あの砂漠にいた。自分で……選んだわけじゃない」


「……どういう意味」


「そのままの意味。……気がついたら、砂漠の……真ん中に立ってた。装備も……水も……なかったのは、準備する暇が……なかったから」



 息切れを隠しながらも言葉を繋げる。嘘は言っていない。ただ、全部は言っていないだけだ。

 ……まあ、これくらいならソロンにも怒られないだろう。たぶん。



「……話すか、歩くか、どっちかにしたら」


「両方……やってる」


「できてない」



 ……返す言葉がない。

 数段、無言で登った。セリアが先に口を開いた。



「気がついたら砂漠に……? 意味が分からない」


「私も……分からない」



 本当に分からないんだ。仕方ない。

 セリアは数歩、黙ったまま歩いた。



「……そう」



 セリアの歩調が、半歩だけ遅れた。すぐに元に戻る。

 それだけだった。納得したわけじゃないだろう。「気づいたら砂漠にいた」なんて、普通は信じない。でも、追及しなかった。

 階段は、まだ続いていた。足が重い。太腿が熱を持ち始めている。

 ——顔に出すな。息を吐くタイミングを足音に合わせろ。

 しばらく登った後、セリアがぽつりと呟いた。



「……ずっと、引っかかっていた」


「何が」


「あなたの魔法。魔法使いは、誰かの真似をする。師匠の、そのまた師匠の型を受け継いで」



 そこで一拍、間が空いた。



「師匠は万象の大賢者(グラン・セイジ)でしょう」



 ……嫌な予感がする。



「……まさか、あの人も蟲を?」


「いや……ソロンは蟲使いじゃない」



 息の合間に、なんとか否定した。万象の大賢者が蟲を出す姿を想像して、少しだけ面白かった。ソロンが聞いたら怒るだろうな。



「……なら、あの変質はあなた固有のもの。どの型で出しても蟲になる」



 改めて他人に言われると地味にくる。「どの型で出しても蟲になる」。事実だけど。事実だけど傷つくんだが。

 返事をしたい。したいけど、息が足りない。短く答えろ。



「……否定できない」



 セリアがちらりと私を見た。

 目が合う。……なんだよ、その目。



「……歩調が落ちてる」



 バレた。

 セリアが前を向いた。こいつ、息ひとつ乱れてない。同じ階段を登っているとは思えない。

 もう隠す意味もない。私は盛大に息を吐いた。



「……ちょっと、待って……はぁ、はぁ……」


「…………」


「いや待ってって……階段長すぎない? これ設計した……古代人、体力おかしいでしょ……はぁ、はぁ……」


「……普通」


「普通じゃない。Aランク基準で物を言わないで」



 セリアが足を止めた。振り返りもせず、ただ立ち止まった。

 ……待ってくれてるのか。

 私は膝に手をついて、数秒だけ呼吸を整えた。



「はぁ、はぁ…………。おっけ、もういい。行ける」


「…………」



 セリアは何も言わず歩き出した。ただ、さっきより少しだけ歩調が遅い。

 ……合わせてる。何も言わないのが、逆にきつい。「大丈夫?」って聞かれた方がまだ楽だ。

 ゆっくりした歩調に慣れた頃、不意にセリアが口を開いた。



「……さっき。祭壇の文字を見て、変な顔をしていたけど」



 見られてたのか。落ちる直前の間抜けな場面だけじゃなくて、その前の表情まで。

 このエルフ、観察力が無駄に高い。



「……別に。変な顔なんてしてない」


「……千年以上前の碑文。目を向ける人間はいる。でも、あなたは内容に反応していた」



 ……詰んだ。

 読めたことを自分から言うつもりはなかった。どう転んでも面倒な話題だ。



「……読めたの?」



 墓まで持っていくと決めたんだ。絶対に言わない。



「……大した内容じゃなかった」


「嘘。顔に出てる」



 こいつの目、X線か何かか。

 セリアが無言でこちらを見ている。問い詰めるわけでもなく、ただ静かに見ている。

 ……この沈黙、圧が強い。尋問より精神にくる。



「………………エルフは貧乳、って書いてあった」



 負けた。秒で墓から掘り返された。



 沈黙。

 淡い光だけが、揺れている。

 ……長い。怖い。



「…………は?」



 反応が、遅れてきた。



「『森の民として合理的な体型であり』とか、もっともらしい理由まで──」


「…………」



 セリアの表情が凍った。

 いや、凍ったというより処理落ちしている。



「……ごめん。忘れて」


「……私は、ある方だけど」



 …………。

 何の申告だよ。



 セリアが、すっと目を細めた。



「……さっき。胸、見たでしょ」



 ……バレてた。



「見てない」


「視線が下がった」


「見てない」


「……次覗いたら斬る」



 古代遺跡の地下で、千年前の落書きのせいで斬られるところだった。

 くだらなさすぎて、少し笑ってしまった。

 セリアも──小さく息を吐いた。笑ったのか呆れたのか、暗くて分からなかった。



 永遠に続くかと思った階段を登りきると、見覚えのある通路に出た。

 空気が変わった。湿った冷気が薄れて、乾いた風が通り抜ける。上層だ。



「……ミルシェたちと合流できるかな」


「通路は一本道。上にいれば会える」



 セリアは迷いなく答えた。さすがに構造は把握しているらしい。

 並んで歩く。蛍の蟲の光が、二人分の影を壁に落としていた。



「……声がする」



 セリアが足を止めた。



「二人ともー! いるー!?」



 ミルシェの声だ。



「いる! こっち!」



 数秒後、通路の向こうからミルシェとリコが走ってきた。



「良かったぁ! 心配したんだよ!」



 ミルシェが私に抱きついてきた。

 ……ちらりと、セリアの視線がミルシェに向いた。



「怪我はありませんか?」



 リコが心配そうに聞く。



「大丈夫、なんとかなった。でっかい蜥蜴の魔物がいたけど、倒した」


「大型魔物!? 二人で!?」



 ミルシェが目を丸くした。



「セリアと連携してなんとか」


「へぇ〜♡」



 ミルシェが意味深な笑みを浮かべた。



「二人とも、なんか仲良くなった?」


「「なってない」」



 私とセリアの声がハモった。



「また息ぴったり♡」


「……偶然」



 セリアがそっぽを向く。ミルシェはニヤニヤしている。リコも「ふふ」と笑っていた。



 遺跡を出ると、夕暮れの空が広がっていた。

 茜色に染まった雲が、ゆっくりと流れていく。



「依頼完了ですね。報告書は私が書きますね」



 リコが言った。合流前に記録してくれた壁面のスケッチもある。報告としては十分だろう。

 ……祭壇のことは、伏せておこう。



「ありがとう、助かる」



 私たちは遺跡を後にして、馬車乗り場へと向かった。

 ミルシェとリコが前を歩き、私とセリアが少し後ろ。

 ……今日はやけにセリアが質問してくる日だった。砂漠のこと、魔法のこと、古代文字のこと。普段は他人に興味がない顔をしているくせに。

 珍しいこともあるもんだ、と思っていたら。



「……何ぼーっとしてるの」



 ……ほら、また質問。

 横を見ると、セリアが並んで歩いていた。いつもは後ろか前にいるくせに。



「別に。ぼーっとしてただけ」



 問いかけに対する応答としては適当すぎるか。



「……それは見れば分かる」



 ぐうの音も出ない。

 セリアはそれ以上追及せず、そのまま横を歩き続けた。

 ……今日一日を振り返っていた、とは言えなかった。蜥蜴との連携。「退屈はしない」。階段で歩調を合わせてくれたこと。砂漠のことを、追及しないでくれたこと。

 別に大した理由じゃない。今日はいろいろあったから、ぼんやり反芻していただけだ。ちらりと横を見た。夕焼けに照らされたエルフの横顔が、いつもより柔らかく見えた。

 ……まあ、悪くない一日だった。

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