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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
女子会パーティ

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38/49

百年の恋路

 ギルドの前で、フィルが旅装束姿で待っていた。



「魔法協会から正式な任務要請が来た。二週間ほど、パーティを離れる」


「えー、残念♡」



 ミルシェが肩を落とし、リコが「お気をつけて、フィル様」と丁寧に頭を下げた。



「四人でも問題ないだろう。なんせ、セリアンディエル様がいるんだ。……くれぐれも無理はするなよ」



 フィルが去っていく背中を見送った。

 ……なんだろう、この心細さ。まだ数週間しか一緒にいないのに。

 ミルシェが呟いた。



「女子だけになっちゃったね♡」



 セリアンディエル、リコ、ミルシェ、そして私。

 ……ミルシェが言ってた『女子パーティ』、本当になってしまった。

 唯一のストッパーがいなくなった。残ったのは距離感バグ女と、人間嫌いの無愛想エルフと、元囚人(誤解)の蟲使い。

 まともなのは大人しい妖精だけだ。……リコ、荷が重いけど頑張ってくれ。



 依頼ボードの前で、四人で顔を突き合わせる。

 Cランクの採取依頼は簡単すぎるし、Bランクの討伐はフィル抜きだとリスクが高い。

 リコが一枚の依頼書を手に取った。



「Bランクの遺跡調査はどうでしょう。戦闘メインじゃないので四人でもやれそうですし、報酬も悪くないです」


「お宝あるかな♡」



 ミルシェが目を輝かせる。

 セリアンディエルは興味なさそうに腕を組んでいる。



「遺跡調査でいいんじゃない? あなたにとっては退屈かもしれないけど、探索の方が四人でもやりやすいし」



 私がセリアンディエルに言うと、彼女は少し眉を動かした。



「……別に。退屈とは言ってない」



 言ってないけど、顔に書いてあったぞ。「早く終わらせたい」って。



 目的地の遺跡まで、馬車で二時間。

 揺れる荷台の中で、女子四人が向かい合って座っている。

 フィルがいた時とは、明らかに空気が違う。なんというか……緩い。

 フィルがいると、みんな無意識に背筋を伸ばしていた気がする。今は全員、姿勢が崩れている。ミルシェなんか膝を抱えてうとうとしてるし、リコは荷物にもたれかかってる。

 セリアンディエルだけ相変わらず姿勢が良いけど、あれはたぶんデフォルトだ。



「フィル様いないし、今なら女子トークし放題だよ♡」



 ミルシェが楽しそうに言った。



「女子トークって、何話すの?」



 前職の女子トークは『残業何時間?』と『あの上司マジ無理』がツートップだった。この世界だとどうなるんだ。『昨日の魔物キモかった』とかだろうか。業界は違っても、結局ストレス源の悪口で回ってる可能性はある。

 私が聞くと、ミルシェが身を乗り出した。



「普段聞けないこと! ……ねぇねぇ、セリアンディエル様♡ 何百年も生きてると、恋愛の感覚も全然違うんですか?」



 あ、そっち? それにしてもストレートに聞いたな、この子。

 でも、確かにそれは気になる。種族が違えば寿命も文化も違う。恋愛の仕組みだって、人間と同じわけがない。



「気になる」



 私も身を乗り出した。

 セリアンディエルは少し間を置いてから、ぽつりと言った。



「……エルフは、そもそも繁殖力が低い」



 ミルシェが口をぱくぱくさせた。



「恋バナ振って一言目がそれ……♡」


「事実から話した方が早い」


「夢がないなぁ!?」



 セリアンディエルはミルシェのツッコミを完全にスルーして続けた。



「百年に一度、子を成せれば良い方。だから……恋愛に対して、人間ほど焦りがない」



 あぁ、そういう繋がりか。意外と話してくれるものなんだ。

 百年に一度。……回数の問題なのか、確率の問題なのか。

 詳しく聞きたいが、確実にセクハラになるのでやめておく。

 ただ、生物学的に考えれば理にかなっている。代謝が低くて長寿。子を残す必要性が低い。急ぐ理由がない。エルフは数ではなく個体の寿命で種を維持する戦略なんだ。



「じゃあ、ゆっくり関係を築く感じ?」



 気づけば、面接官みたいなテンションになっている。



「……普通は、数十年かけて相手を見極める。珍しくない」


「数十年……」



 私は思わず呟いた。

 数十年って、私の人生の大半じゃん。

 それを「相手を見極める期間」に使うって、どういう感覚なんだろう。



「告白までに五十年とかかかるわけ?」


「……そういうこともある」


「気が長すぎない? 人間だったら相手が死んでるよ」


「だから人間とは合わない」



 セリアンディエルが短く言った。

 ……何気ない一言なのに、妙な引っかかりがあった。「合わない」って言い方。理屈じゃなくて、経験から出た言葉に聞こえた。

 五十年かけてようやく好きになった相手が、あと二十年で死ぬ。逆もそうだ。しわくちゃのおばあさんになっても、隣のエルフはいつまでも若いまま。

 合わない。確かに、合わない。



「ミルシェはどうなの。ティフリングの恋愛事情」



 ミルシェは一瞬、いつもの笑顔のまま固まった。



「ティフリングは……うーん。ちょっと複雑かも」


「複雑?」


「うちの両親は、恋愛っていうより……繁殖目的だった、かな。種族を存続させるための関係で、いわゆる『愛してる』みたいなのは……なかった」



 ミルシェの声から、いつもの甘さが消えていた。

 膝を抱えたまま、窓の外をぼんやり見ている。



「だから、恋愛ってよく分かんないんだよね。周りもそんな感じだったし。愛情の示し方、教わってないから」



 あっけらかんとした口調。けど、その明るさが逆に痛い。

 ……こいつがやたら人にくっつくのは、もらえなかったものを、無意識に求めてるからなのでは。

 だがそれを口に出すのは野暮だ。

 ふと、セリアンディエルがミルシェの方を見ていた。

 いつもの無表情。……でも、組んだ腕の指先が、わずかに二の腕に食い込んでいた。



「リコちゃんは♡ 妖精族ってどうなの?」



 ミルシェが自分から話題を変えた。この空気を引きずりたくないんだろう。

 リコが少し照れたように答えた。



「妖精族は……相手の魔力に惹かれるんです」



 顔でも金でも肩書きでもなく魔力。



「魔力? 見た目でも性格でもなく?」


「はい。容姿や性格よりも先に、魔力の相性を感じるというか……。近くにいて心地よい魔力の方がいると、自然と惹かれていきます」


「へぇ……体質みたいなものなんだ」


「寿命は二百年ほどですから、エルフほどゆっくりではないですけど……一度好きになると、深いですよ」


「素敵♡ 身体が勝手に好きって決めてくれるんだ♡」



 リコがはにかんだ。

 一度好きになると、深い。……なんだろう、その言い方。妙に実感がこもっていた。

 エルフ、ティフリング、妖精、人間。四種族が同じ馬車に乗っているのに、誰も他の種族の恋愛事情なんて知らない。案外そんなものなのかもしれない。

 エルフは時間をかけて見極める。妖精は魔力で惹かれ合う。ティフリングは──教わる機会すらなかった。

 仕組みは全員違う。でも、「誰かを好きになる」という出力だけは同じらしい。

 ……らしい、としか言えない。

 前からうっすら思っていたことを、また思う。私には、その回路自体がないんじゃないか。

 前の世界でもそうだった。周りが恋人の話で盛り上がるたびに、一人だけ字幕を読んでいるような感覚があった。仕組みは理解できる。でも自分の中に同じものが動いている感覚がない。寂しさを感じなかったわけではない。どうして自分だけ、と孤独に思うこともあった。

 世界が変わっても、それは変わらなかった。バグじゃなくて、最初から実装されていない機能。



「ユズリハちゃんは♡」



 ミルシェの声で、顔を上げた。

 ……こうやって言葉を交わしていると忘れがちだが、このパーティで人間は私だけ。エルフ、ティフリング、妖精ときて、最後に人間の番。

 異世界から来た私が「人間」を代表して答えていいのか微妙だが……。

 ただ、姉ちゃんとエイランを見ていると、世界が違っても関係ないんだなとは思う。言葉すら通じないところから始まって、二年で家族になった。あれはたぶん、理屈じゃない。

 ……姉ちゃんには、あるんだよな。私にはない、その回路が。



「人間は……人それぞれかな。みんなと比べると寿命も短いし、のんびりしてる余裕がないから、わりと勢いで突っ走るんじゃない?」



 我ながら雑な回答だ。

 ──あれ。

 三人が顔を見合わせている。ミルシェが口元を押さえて、肩を震わせ始めた。



「……何」


「ユズリハちゃん……人間の恋愛観なんて聞いてないよ♡」


「え?」


「人口の大半が人間なんだから、そんなの皆知ってるって♡」



 リコも困ったように微笑んでいる。セリアンディエルに至っては、呆れたように目を逸らしていた。

 ……あ。

 聞かれてたのは、「人間」じゃなくて「私」か。



「ユズリハちゃん自身のこと教えて♡」


「私? そういうのはあんま興味ないなぁ」


「えー、嘘♡」


「嘘じゃないって。昔から仕事の方が楽しかったし……そもそも、あんまり人に興味ないというか」


「人じゃないなら良いの?」


「え、いや、そういうわけでも……」


「もったいない♡ ギルドで結構見られてるの気づいてないでしょ」


「は? 見られてないよ」


「見られてるよ♡ 依頼書読んでる時とか、チラチラ見てる人けっこういるのに」


「ユズリハさん、私も気づいてました……」



 リコまで言う。

 ……それは「地下牢の殺戮者」の風評被害だろう。もしくは「蟲使い」の悪評。あるいはAランクのセリアンディエルに暴言吐いてるやべー奴っていう噂。最悪、元Sランクのソロンと飲み歩いてる謎の新人っていう珍獣枠。

 どの枠でもいいけど、好意的な視線なわけがない。

 セリアンディエルが腕を組み直した。……退屈なんだろう。



「人に興味ないって、セリアンディエル様みたい♡」



 ミルシェがニヤニヤしている。



「……一緒にしないで」



 セリアンディエルが即座に言った。いつもの調子だ。



 馬車が揺れる。窓の外の木々が、少しずつ深くなっていた。

 会話が自然と途切れた。車輪が石を踏む音だけが、しばらく続いた。

 セリアンディエルが、不意に口を開いた。



「……興味がないのとは、違う」



 え?

 さっきの「一緒にしないで」の続きか。



「長く生きれば……失う痛みも知る。簡単に誰かを好きにはならない」



 誰も、何も言わなかった。

 馬車の振動だけが、やけにはっきり伝わってくる。



「セリアンディエル様は、好きになった方いるんですか?」



 ミルシェが聞いた。

 空気を読んでいないわけじゃない。読んだ上で、あえて踏み込んでいる。この子、そういうところがある。

 セリアンディエルの表情が、ほんの一瞬だけ強張った。

 でも、すぐにいつもの無表情に戻る。



「……昔の話」



 ……え。いたんだ。あのセリアンディエルに?

 誰にも興味を示さず、誰の誘いも断って、「簡単に誰かを好きにはならない」と言ったこのエルフが、誰かを好きになったことがある。

 どんな相手だったんだろう。数十年かけて見極めて、それでも選んだ相手。

 ……なのに、「昔の話」としか言わない。

 終わったんだ。その恋は。



「どんな方だったんですか?」



 リコが控えめに聞く。

 セリアンディエルは窓の外を見たまま、動かなかった。

 何を見ているんだろう。流れる景色か、それとも、もっと遠いものか。

 長い沈黙の後、セリアンディエルは小さく息を吐いた。



「……もう、いい」



 静かな声だった。

 なのに、喉の奥がきゅっと締まった。

 空気が変わった。さっきまでの柔らかさが、一瞬で凍っている。



「ごめんなさい、聞きすぎました」



 ミルシェが珍しく素直に謝った。

 リコも「すみません……」と小さく頭を下げる。



「……別に」



 セリアンディエルはそれきり黙った。窓の外を、じっと見ている。景色が流れているのに、その目は動かなかった。

 口を開きかけて、やめた。好奇心で触れていい沈黙じゃなかった。

 しばらく、風が木々を揺らす音だけが続いた。



 ふと、セリアンディエルの横顔に目が止まった。

 この前の酒場では、ワイン一杯で撃沈して、「褒めてる」とか「目の前で死なれるのは嫌」とか、普段なら絶対に言わないことを言ってたのに。今はもう、完全に壁の向こうだ。

 百年の恋路。数十年かけて誰かを好きになって、それでも「昔の話」としか言わない。

 私にはない感情で、何十年も誰かを想い続けて、それが終わった。あの一言の奥に何があるのか——恋をしたことがない私には、分からなかった。

 ……こいつの時間軸で考えると、私なんて通行人Aだ。



 馬車が速度を落とし始めた。森の向こうに、石造りの影が見えている。

 セリアンディエルの目が、すっと細くなった。

 さっきまでの余韻は、もうどこにもなかった。

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