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帰りたすぎるアラサーSEの異世界ハッキング  作者: 風丸
バグだらけの挑戦者

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34/50

バグだらけ

 宿に戻った私は、ベッドに突っ伏した。



「蟲以下」



 セリアンディエルの言葉が、頭の中でリフレインする。

 悔しくて、眠れない。枕に顔を埋めた。このままじゃ終われない。



 ギルドで受け取った報酬は、銀貨三百枚。私の取り分だ。Bランククエストの報酬は金貨十五枚。五人で分けて一人三枚。それとは別に、道中で倒した魔物の角の買取分も受け取った。

 今までの地道なEランク・Dランク依頼が馬鹿らしくなるくらいの大金だ。

 即席パーティではあったが、しばらくはこの体制で進めていくらしい。次のクエストは一週間後。ミルシェがこの間は「準備期間♡」と言っていた。

 つまり、一週間の猶予がある。報酬のおかげで生活費の心配もない。宿も少しだけグレードアップした。トイレが部屋についてる。文明の勝利だ。

 この一週間を、魔法開発に全振りする。



 ……眠れない。なら、頭を使う。

 帰りに買った属性相関の本を開いた。



 翌朝、ソロンの家を訪ねた。



「新しい魔法を開発したいんです」



 ソロンは白髭を撫でながら、私の話を聞いていた。



「ほう。セリアンディエル様に負けたか」


「認めたくはありませんけど……」



 私は項垂れた。

 師匠は呆れたような、でもどこか楽しそうな目で私を見ている。



「ルミナリエルフと腕試しなど、お主の度胸には驚かされるな。で、どうする気だ」


「正面からの火力勝負じゃ勝てません。だから、搦め手を考えます」


「ほう?」


「あいつは強い。魔法も剣術も、私より遥かに上です。実戦経験でも……」



 私はノートを広げた。昨夜、眠れないまま書き殴った分析メモだ。



「魔法を使うには、詠唱がいります。短くても、一瞬の集中は必要です」


「そうだな」


「剣を振るには、足場がいります。踏ん張れなければ、剣は振れない」


「うむ。続けろ」


「つまり……攻撃じゃなくて、妨害です。詠唱を邪魔する。足場を奪う。戦う前に、戦える状態を崩す」



 ソロンは目を細めた。



「……悪くない発想だ」


「ありがとうございます」


「だが、実現できるかは別の話だぞ」


「分かってます。だから、実験させてください。次のクエストまで一週間あるんです」


「一週間?」



 ソロンの眉が上がった。



「また一週間で新魔法を作る気か。……普通の魔法使いなら、一つ作るのに数ヶ月、あるいは数年かかるぞ」


「えっ……そんなに?」


「魔法の構築には、魔力の流れを『見る』必要がある。だが、普通は見えん。手探りで、何度も失敗を繰り返しながら形にしていく」


「……」


「もっとも、お主は羽虫の群れ(バグ・スウォーム)を1週間で仕上げてきたがな」



 ソロンが、私の手の中のアルミ玉を見た。



「お主のその玉のおかげか、お主の構築力のおかげか。……まあ、好きにしろ。荒れ地は使っていい。ただし、怪我をしても自己責任だ」


「ありがとうございます、先生!」



 ソロンの家の近くにある荒れ地。

 周囲に人家はなく、多少派手な魔法を使っても問題ない場所だ。ここで魔法の鍛錬を何度も行ってきた。バグ・スウォームもここで開発したんだ。

 ……とは言ったものの。

 搦め手の前に、一つだけ試しておきたいことがある。以前から温めていたアイデアだ。



「自動追尾する氷のミサイル……」



 私はアルミ玉を握り、脳内でコードを組み始めた。

 バグ・スウォームは火属性だから水に弱かった。なら、氷属性に変えればどうだ?

 基本構造は同じでいい。私が「1」の力でバルブを開けて、アルミ玉が「100」の魔力を外から引っ張ってくる。質より量。小さな氷の弾を高速連射する。

 脳内で、設計図を書き換える。

 


 『属性:火 → 属性:氷』

 


 変数を一つ置換するだけ。簡単だ。

 バグ・スウォームのロジックはそのまま流用できる。追尾機能も、障害物回避も、時間差攻撃も。全部そのまま使える。

 違うのは、出力される弾の属性だけ。

 ……よし、できた。と思った。

 最初の三回は不発だった。魔力の流れが氷属性に馴染まず、途中で霧散する。アルミ玉越しに見える術式を睨みながら、一つずつ原因を潰していく。四回目で、ようやく形になった。



「『凍てつく刃よ、我が敵を追え』――氷結連弾(フロスト・ミサイル)!」



 指先から、冷気が放たれる。

 空気中の水分が凝結し、氷の結晶が生成されていく。完璧だ。これが私の新魔法――。



「……ん?」



 氷の結晶が、妙な形に集まり始めた。

 六角形の結晶が胴体を作り、薄い氷膜が左右に広がって——。

 それはまるで――。



「……蜂?」



 私の目の前に浮かんでいたのは、氷でできた蜂のような何かだった。

 透明な体。薄く広がった氷の羽。そして、ブーン、という羽音まで聞こえる。



「なんで蜂みたいな形になるの!?」



 私の叫びを無視して、氷の蜂(仮)は標的に向かって飛んでいった。

 荒れ地に立てておいた木の的に命中し、瞬時に凍りつかせる。

 かなりすんなりいった……追尾性能は申し分ない。威力も問題ない。

 でも。

 冷静に考える。氷は火で溶ける。

 セリアンディエルの業火(ヘルフレイム)の前では、一瞬で蒸発するだろう。



「……やっぱり、火力じゃない。ソロンに言った通り、妨害に舵を切ろう」



 元素魔法で真正面から勝負しても、勝てない。

 やはり発想を変える必要がある。



「見事な蟲だったな。バグ・スウォームの属性を変えたのか」



 背後から、ソロンの声がした。観察しに来たらしい。



「え、蟲じゃないです! 氷です! たまたま蜂みたいな形になっただけで……!」


「氷の羽に羽音。どう見ても蟲だろう」


「蟲じゃないってば!」



 私は頭を抱えた。

 なんでこうなるの。氷のミサイルを作りたかっただけなのに。

 魔法の名前は……。

 氷のミサイル。フロスト・ミサイル。いや、どう見ても弾じゃない。羽があって、羽音がして、追尾する。

 ……蜂だ。認めたくないけど、蜂だ。

 変数名は中身と一致させろ。命名規則の基本だ。

 ——氷蜂(フロスト・バグ)



 翌日。

 私は第二の魔法に取り掛かった。



「次は、足場を奪う魔法だ」



 セリアンディエルは接近戦も強い。剣術は私の比じゃない。

 でも、剣を振るには足場がいる。転んだら、剣は振れない。詠唱も乱れる。



「摩擦係数をゼロにする床……」



 私は脳内でロジックを組み立てる。

 摩擦とは何か。物理的には、二つの物体の接触面における抵抗力だ。

 原因は表面の凹凸。ミクロレベルで見れば、どんな平面もギザギザしている。そのギザギザが噛み合うから、滑らない。

 なら、ギザギザを消せばいい。


 

 『if 地面がデコボコ → 平らにならす』


 

 ……いや、これだと地面そのものを変質させることになる。魔法の難易度が上がる。

 もっとシンプルに。


 

 『地面の上に、摩擦係数ゼロの膜を生成する』

 


 これだ。地面を変えるんじゃなく、地面の上に「滑る層」を作る。水魔法の応用だ。薄い水膜を張って、摩擦を殺す。

 私はアルミ玉を握り、地面に向けて魔力を放った。いつもの手順だ。午前中いっぱい試行錯誤して、ようやく安定した出力にたどり着いた。



「『大地よ、その摩擦を失え』――滑床(スリップ)!」



 荒れ地の地面が、変化し始めた。

 土が滑らかになり、テカテカと光り出す。



「よし、これで……」



 私は目を疑った。

 地面一帯に広がっているのは、透明でテカテカした油のような液体だった。触ると、ぬるぬるする。



「…………」


「ほう、これは……」



 ソロンが近づいてきて、しゃがみ込んで観察している。



「油蟲の分泌液に似ておるな」


「油蟲?」


「この世界ではそう呼ぶ。お主の世界では……ゴキブリ、だったか」



 私の体が硬直した。



「やめてください! その名前はNGワードです! 私の中では『G』で登録されてるんです!!」


「G? ……ふむ、では『G汁』と呼ぶか」


「最悪のネーミングセンス!!」



 師匠は不思議そうな顔をしている。この世界の人には、あの生物への嫌悪感が分からないのだろう。羨ましい。



「……とにかく、効果を確認します」



 私は恐る恐る、油の上に足を乗せた。

 ツルッ。



「うわっ!?」



 盛大に転んだ。

 背中を強打して、息が詰まる。



「自分の魔法でダメージを受けてどうする……」



 ソロンが淡々と言った。



「うぅ……」



 私は仰向けのまま、空を見上げた。

 青い空に、白い雲が流れている。なんで私は異世界まで来て、ゴk……油蟲の分泌液のようなものに滑って転んでいるのだろう。人生って、ままならない。

 でも、効果はある。これを踏んだら、絶対に転ぶ。

 あのクソエルフも例外じゃない。セリアンディエルが油を踏んで、優雅に転ぶ姿を想像する。

 あの氷みたいな顔が、驚愕に歪んで。シャンパンゴールドの髪が、地面に叩きつけられて。

 ……あいつは絶対「きゃっ」とか言わないな。無言で転んで、無言で立ち上がって、無言で私を殺しに来そう。

 でも、一瞬でも隙が生まれれば、それでいい。



「……名前、どうしよう」



 私は立ち上がり、油を避けながら安全地帯に戻った。

 油蟲の分泌液。つまり、バグ。

 ……いや。滑床スリップ。最初に考えた名前の方がいい。響きもスマートだし、妨害魔法らしい。

 でも、目の前の現実を見る。てらてら光る油膜。水膜を作ったはずなのに、出てきたのは蟲の分泌液。

 ——これを「スリップ」と呼ぶのは、ちょっと違う。

 油蟲(バグ・オイル)。……二つ目もこれか。



 三日目。

 一日一つのペースで新魔法を作っている。異常な早さ。

 理由は分かっている。アルミ玉だ。こいつが魔力を増幅し、魔力の流れを「見える」形にしてくれる。普通の魔法使いが手探りで積み上げる工程を、私は目で見て確認しながら進められる。

 それに、魔法の構築はプログラミングとよく似ている。条件を決めて、手順を組んで、動かして、直す。前の世界で何年もやってきたことだ。道具と手順が噛み合えば、速度は跳ね上がる。

 私は第三の魔法に取り掛かった。



「次は、詠唱を妨害する魔法だ」



 魔法には詠唱がいる。短くても、一瞬の集中は必要だ。なら、集中できない状況を作ればいい。

 以前考えたアイデアがある。「敵の鼓膜にだけ黒板を引っ掻く音を再生し続ける」。

 あの不快な音を聞きながら詠唱できる人間は、多分いないはずだ。



 私はアルミ玉を握り、脳内でロジックを組む。

 音は空気の振動だ。つまり、風魔法の応用で作れるはず。

 特定の周波数の振動を作り出せば、特定の音になる。



 黒板を引っ掻く音の周波数は、確か2000〜4000ヘルツくらいだったはず。人間が最も不快に感じる帯域だ。その不規則な振動を、相手の耳元で直接発生させる。自分の手元で音を出すんじゃなく、風魔法で空気を操って、離れた場所に振動を生み出す。

 これを止めるまで鳴らし続ける。相手が発狂するまで、永遠に。

 ……我ながら、性格の悪い魔法だ。

 まずは実験だ。標的は……あの木にしよう。



「『風よ、不快なる音を運べ』――騒音(ノイズ)!」



 結果。



「ジジジジジジジジジジジジジジジジジ……!!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」



 私はその場でのたうち回った。

 うるさい。死ぬほどうるさい。鼓膜が破れる。脳が揺れる。

 なんで!? 木を標的にしたのに、私の耳元で鳴ってるんだけど!?



「と、止め……『解除』!!」



 音が止んだ。耳がキーンとしている。

 静寂が戻った荒れ地で、私は膝をついた。



「なんで……標的を指定したのに……」



 冷静に考える。

 ああ、そうか。初回発動だから、座標指定がうまくいかなかったんだ。デフォルト値が「術者の位置」になっていたらしい。

 ……バグだ。私の魔法にバグがあった。皮肉すぎる。

 それに、音もおかしい。黒板を引っ掻く音を作ったはずなのに、さっき鳴っていたのはどう聞いても蝉の大合唱だった。



「なんで蝉なの……黒板の音が良かったのに……」


「見事な蝉時雨だな」



 ソロンの声が、かろうじて聞こえた。 

 ……また来てる。三日連続だ。



「蝉時雨って言わないで! 風情があるみたいに聞こえる! これはただの騒音!」


「お主の魔力には、蟲を呼ぶ性質でもあるのかもしれんな」



 呪いじゃん……。薄々気づき始めてたよ。



「先生、もしかして暇なんですか?」


「失礼な。わたしは多忙だ」


「じゃあなんで毎回見に来るんですか」


「……」



 ソロンが、珍しく言葉に詰まった。



「……お主が怪我をせんか、確認しているだけだ。自己責任とは言ったが、死なれては寝覚めが悪い」


「…………」



 不器用か。

 私は少しだけ、胸が温かくなるのを感じた。

 でも、それを悟られるのは癪なので、わざと大げさに溜息をついた。



「心配なら素直にそう言えばいいのに」


「心配などしておらん! ただの暇潰しだ!」


「さっき多忙って言いましたよね?」


「…………帰る」



 ソロンは顔を背けて、足早に去っていった。

 ……なんか可愛く見えて来た。


 

 さて。

 私は再度、詠唱を試みた。今度は座標を明確にイメージして――。



「ジジジジジジジジジジジジジジジジジ……!!」



 木の周囲で、蝉の大合唱が響き渡った。

 ……よし、今度は成功だ。私の耳元では鳴っていない。

 でも、それでも十分うるさい。距離があっても、この音量は脳に響く。

 この騒音の中で詠唱できるか? 無理だ。絶対に無理だ。

 効果は、抜群だ。



「……蝉騒(バグ・ノイズ)



 もう諦めた。蝉も蟲だから「バグ」で合ってる。

 私は蟲使い。認めたくないけど、認めざるを得ない。

 使えるものは使う。蟲だろうが油蟲だろうが蝉だろうが、勝てばいいんだ。



 残りの四日間は、三つの魔法の精度を上げることに費やした。

 座標指定の精度、発動速度、持続時間。実戦で使えるレベルまで、繰り返し練り込む。

 そして最終日の夜。

 私は宿の机に向かい、成果をまとめていた。



 新魔法①:氷蜂(フロスト・バグ)

  効果:氷のみたいなものが自動追尾して対象を凍結

  備考:火で溶ける。対セリアンディエル用としては不採用。

 

 新魔法②:油蟲(バグ・オイル)

  効果:地面に油を展開、対象を転倒させる

  備考:自分も滑る。注意。あの生物の名前は言わない。


 新魔法③:蝉騒(バグ・ノイズ)

  効果:蝉の大合唱で対象の集中を乱す

  備考:自分もうるさい。敵が至近距離にいない時に使う。



 油蟲(バグ・オイル)は足場を奪える。蝉騒(バグ・ノイズ)は詠唱を妨害できる。

 あのルミナリエルフの「火で焼いて水で流す」に対する、有効な回答になっているはずだ。



 私はノートに戦略を書き込んだ。



 【対バカエルフ戦略】


 第一段階:油蟲(バグ・オイル)で足場を奪う

  → まず転倒させれば剣術封じ。詠唱も乱れる。


 第二段階:蝉騒(バグ・ノイズ)で聴覚を攻める

  → 蝉の騒音で集中を削ぐ。詠唱妨害。


 第三段階:羽虫の群れ(バグ・スウォーム)で本命の攻撃

  → 足場と集中を奪った状態なら、対処が遅れるはず。


 第四段階:土下座させて『参りました』と言わせる


 第五段階:一番高いご飯と酒を奢らせる



「……ふふふ」



 セリアンディエルの顔を思い浮かべる。「蟲以下」がどれだけやれるか、見せてやる。

 ——と、ニヤニヤしていたのも束の間。

 冷静に考えれば、こんなに上手くいくわけがない。相手はAランクだ。足場が悪くなった程度で転ぶか? 騒音くらいで詠唱が止まるか?

 経験の差が、そのまま対応力の差になる。私が思いつく程度の搦め手は、あいつにとっては「よくある妨害」の一つかもしれない。

 でも、正面から戦って勝てる相手じゃない。搦め手が通じなかったら?

 ……その時は、その時だ。考えても答えは出ない。やれることをやるしかない。

 窓の外から声が聞こえた。



「ユズリハちゃーん!」



 ミルシェだ。

 窓を開けると、下の通りにミルシェが立っていた。夕暮れ時だというのに元気いっぱいだ。



「次の依頼、明日だよ♡ 準備できてる?」


「……できてる」



 ——クエストの準備か、対セリアンディエルの準備か、自分でも分からない。

 私は窓から身を乗り出して答えた。



「詳細は?」


「明日ギルドで説明するって♡ 楽しみにしててね!」



 ミルシェは手を振って、夕暮れの街に消えていった。

 私は窓を閉めた。



「……よし」



 準備は整った。

 実戦投入する新魔法は二つ。どちらも不本意な形だけど、効果は折り紙付きだ。

 まずは第三段階まで辿り着くこと。その先のことは、その時に考える。

 私はノートを閉じて、明かりを消した。

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