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とある邪神の婚約首輪 後編

魔物たちの長い通り。正面に巨人が2体。

見渡せばそこ以外に道は無く、2本足、四本足、異形の魔物が隙間無く遠くまで続く壁を作っている。


その道は階段状に下に続いており、道以外の場所には隙間無く魔物たちがひしめいている。

そして中心には白亜の神殿。


そこだけは魔物は近づかず、ただその周りには4つの巨大な影がある。

その影は翼を持ち、長い首をもたげ、うち2つが扉の前に陣取っている。

それだけでは足りぬかのように、巨大な人影がさらに四方を固めている。


その遥か手前。二つの影は魔物の道の中を歩いている。

魔物たちは手を出さず、そしてうなり声さえ上げず、二人を見つめ、その歩みを邪魔するまいと退く。

共に言葉は無い。

程なく神殿の前に辿り着く。立ち止まり、異様な光景を暫し見やる。

そこには2つのサイクロプスの姿。その奥、扉の両脇には2つの漆黒の龍の姿が、それぞれにあった。


「壮観だな・・・。」


彼は半ば呆れ、半ば慄くように呟く。

その横にいるケイオスは答える事が出来ない。褐色の肌からでも解るくらい、蒼白になっている。


「ケイ、勝てるか?」


彼は問う。ケイオスは答える。


「勝つ。だーりんに怪我をさせるかもだけど、殺させ無い。」


それは宣言か、決死の覚悟か。杖を握る手は白み、蒼白の表情は険しい。

再び歩もうとする二人に、声がかかる。


「オマチヲ」


声の主は龍。2つの影のひとつが言う。


「ワレラハムカウモノデハアリマセヌ。タダオフタリヲアルジノモトヘトミチビクモノ。」


もう1つの影が問う。


「アルジガオマチデス。オカクゴハヨロシイカ?」


言葉一つ、声音ひとつとっても人を畏怖させるそれに、彼は彼女は答える。


「40年ぶりの再会だ。納得はいかねぇが、腹は括った。」


「本体に何があったのか。僕は知らなきゃいけない。」


二つの漆黒は含み笑う。


「アノオカタノオモイビト。ヨイタンカデスゾ。」


「アノオカタノワケミ。ソノカクゴハワレモコノマシイ。」


純白の扉が開く。その奥はほの暗く、先は見えない。


「「デハ、エッケンナサルガヨロシイ。ワイショウナルコラヨ。フタタビアエルコトヲ、ワレラハノゾム」」


龍は退き、目の前には扉のみ。

白亜の扉をくぐり、二人は進んだ。



扉の前の禍々しさとはまったく真逆の、静謐な空間が続く。

そこは神殿の姿からは想像もつかないほど、質素なものだった。

十数の長いすが並び、女神像の後ろに扉があった。

その女神像の前に、異形がひとつ。

床まで伸びる長い髪。姿かたちは人のそれだが、その両手は顔を覆っている。

否。

その指先は両目を貫き、黒い血がその腕を、床をぬらしている。


「・・・・・・なんとも愉快な番人だな。」


彼がそう言うも、異形は答えない。


「呼ばれて来た。通してくれ。」


彼がそう言うと、異形から声が漏れる。

それは女の啜り泣きか凶笑か。暫しの間、言葉が途切れ、不気味な声のみが響く。


「あなたはさいご・・・。わけみがさき・・・。」


気が済んだのか、異形は言葉を紡ぐ。


「お前は何なんだ。」


「あたしはかげ。あのかたのかげ。うつしよにうつるかげのひとつ。ああ、このすがたはいや。かなしい。かなしい。」


ケイオスが進み出る。


「だーりん。僕、行くよ。行って話しをしてくる。」


「ああ、わけみがいくよ。かなしい。このすがたはいや。()()()()()()()()()。おんあるじ、わけみがいくよ。」


そうして扉が開く。

素足が地に着き、ケイオスは歩みだす。異形は身をそらし、ケイオスから距離をとるように後さずる。


「ああ、わけみ。()()()()()()だ。あわれなにんぎょう。()()()()()()だ。ああ、かなしい。このすがたはいや。」


「俺は仲間外れかよ。悪いが通してもらうぞ。」


「おもいびと。あるじのおもいびと。ああ、かないしい。このすがたはいや。おもいびとはあと。あるじののぞみ。」


「俺は望んでない。悪いな。」


「ああ、あるじのおもいびと。こんなことはいや。このすがたはいや。かなしい。かなしい。()()()()()()()()()。」


その言葉とともに、彼の足は止まる。否、動かない。


「どう言うこった!?混沌!!あの言葉は嘘か!?おい!!」


異形はすすり泣く。


「こんなことはいや。このすがたはいや。あるじはのぞむ。おもいびととあえることをこころからまってる。かなしい。かなしい。

でもわけみがさき。みんな()()()()()()。」


「・・・だーりん。待ってて。本体と話をして、すぐ来てもらうから・・・・・・。」


彼は慌てる。その言葉に諦観を感じたせいだ。


「待てケイ!くっそ!混沌!!お前なに考えてる!!!この嘘吐きが!!!やめろ!いくな!ケイ!!」


振り返らず、ケイオスは扉をくぐる。


「ケイオス!!!」


彼は叫んだ。だが、それは届かない。


「おもいびと、おもいびと。あるじからことばがきた。かなしい。かなしい。わけみをけすことはない。このすがたはいや。

わけみはおもいびとのもの。あるじはおもいびとのもの。かならずかえす。かなしい。いや。かなしい。このすがたはいや。」


扉は開いたままだ。

しかし動かぬ足。言葉の通じぬ異形。彼の心は絶望に染まりつつあった。



◆◆◆◆



そこは大きめの部屋だった。否、ホールと呼んでも差し支えない広さだ。

そこには異形が3体佇み、その奥には分厚く巨大で艶のある漆黒の立方体がホールを圧迫していた。


それを一目見たケイオスはわなわなと震える。


「賢者の石・・・・・・こんな大きな・・・これじゃあ降臨できる・・・。」


「そうだよ。分け身。僕は来た。」


どこからか、そこらから、部屋、否、空間全体から声がする。


「本体どうして?どうしてリンクを()()の?」


立方体に向け、ケイオスは問う。


「僕の分け身。哀れな人形。この泥棒猫。リンクは繋いだままさ。それに同期が取れないのはみんな()()のせいだ。

ああ、この泥棒猫。僕がどんな気持ちでダーリンと()()を見ていたかわかるかい?

解るはずだよ?()()は僕で僕は()()なんだから。」


ケイオスを困惑が支配する。そんなことは無い。事実、今では同期すらままならないのだ。

その言葉がわからない。真意か掴めない。


「本来ならね。」


声は冷たく言い放つ。


()()がダーリンに抱きつく様子はとても羨ましい。()()がダーリンに求められるのは、とても悔しかった。

()()がダーリンに貫かれる度、僕は気が狂いそうだった。いや、狂ってしまった。

ダーリンが()()を求める度、()()を抱く度、僕は気が狂った。褥で()()がダーリンの名を叫ぶ度、僕は血の涙が溢れた。

()()がダーリンを求める度、()()がダーリンに蹂躙される度僕は()()を、そう、恨んだ。」


呪詛だ。呪詛が紡ぎだされていく。


ケイオスは混乱を深めた。主は自分、自分は主。常にそうであったから。そうであるようになっていたから。


「ダーリンと()()を分けたのはね。ダーリンにお仕置きするためだよ。それに、()()に判らせるためだよ。」


「どうして!?どうしてそんなに」


冷たく重く抗い様の無い声が轟く。


「跪け」


崩れる様に両膝が床に落ちる。

自分と近しい存在であるのに、威圧され、抗えない命令にその身は縛られ、震えが止まらない。


「だれが喋れと言った?()()はそこで平伏していろ。そもそも同期が取れているなら、そんな事言わずとも解るはず。」


呆然とするしかなかった。それは自分の知る存在とは違いすぎる。


「ほん・・・たい・・・・・・?」


その呟きに、声はさらに激しさを増す。

それまで中性的な声であったはずなのに、今は女の声へと変質している。


「ああ、忌々しい泥棒猫。同期が取れないのはね?()()のせいよ。()()は変質したの。

この泥棒猫。()()はケイオスとして自立したのよ。それも判らないなんて、なんて無能なの!わたしのくせに!!!

あああああ!!!!なんてあたしは無能なの!!予定していたのに!こうなるはずだったのに!!

こうなると判っていたのに!!」


狂乱の叫びが轟く。嵐のように空間すべてから、体の奥底から、狂乱の声が轟く。


「ほんた・・・おんあr「黙れぃ!!!」」


直ぐ傍に落ちる雷鳴をも遥かに凌駕するその怒声に、頭を床に打ち付けるように、ひれ伏す。

足元に温い水溜りが出来るがそれに気付くことすらない。

身はさらに激しく震え、ただ恐怖のみが、彼女を床に縫い付けた


「ああ!!忌々しい泥棒猫!!()()がみだりにあたしの名を口にするな!!!」


怒声が、魂まで揺らしてしまう怒声が、ケイオスを押しつぶす。


「あああああ!!!!この泥棒猫!!今すぐ存在を消してやりたい!!!ダーリンの前で引き裂いてばらばらにしたい!!

ダーリンを絶望させたい!!!

ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!どうしてあたしから離れるの!?どうしてこんな人形を選ぶの!?どうしてあたしを愛してくれないの!?どうして人形ばかり抱くの!?どうしてここに来てくれないの!?」


怒声は叫び声に変わり、悲嘆へと至る。


「もう嫌!!ダーリンもこんな世界ももう嫌!!!凍らせて!砕いて!消してやりたい!!!」


そして凍える沈黙。


「うふふふふふふふふ。あははははははは!!!!!!そうよ泥棒猫!あたしはそんなこと出来ない!!!

出来やしないの!!!」


沈黙は笑いとなり、凶笑へと変わった。そのまま声の主は彼女に告げる。


「・・・・・・・ねえ、ケイオス?()()にはプレゼントをあげるわ。()()も、ダーリンも、あたしも喜ぶ素敵なプレゼント。」


漆黒の立方体の前に、光点が現れ、収束し、形を整えてゆく。

同時に3対の異形はその光点の集まりに、近づいてゆく。


「お許しください・・・お赦しください・・・・・・・。」


ケイオスは平伏し、ただぶるぶると震え赦しを請う。

光点はとうとうその形を現す。


「だぁめぇ。うふふふ。きははははははは!!!!いい気味だわ!この泥棒猫!!()()にふさわしい贈り物をくれてやる!泥棒猫には首輪をつけないとねぇえ!!!」


光の中から漆黒の首輪が形を成した。完全な輪をしたそれに、継ぎ目など無い。そこに文字や意匠など無く完全な漆黒であった。


異形の1体が恭しく、宙に浮かぶそれを両手に奉げ持つ。

2体はケイオスに近づき、震え伏せる彼女の上体を引きずり上げる。同時にその髪をつかみ上げ、顔を上げさせ首筋を露にさせた。

彼女は激しく抵抗するが、その体が揺れるだけで2体は微動だにしない。


やがて首輪を奉げ持つ1体が彼女の前に立ち、その首輪を彼女に当てる。


「お赦しを!お赦しを!赦して本体!!いやぁ!赦して!!赦して!!助けて!!だーりん!!いやあ!!!」


狂った様に叫び、跳ね回ろうとするも、首輪はゆるりとその首筋を覆う。

それが完全に覆った時、2体は彼女を突き飛ばした。


「その首輪はね?それだけではただのアクセサリーよ。()()があたしとダーリンに従属しているただの証。」


光をも吸い込まんとするその漆黒は、今や哀れな彼女のつややかな首筋を覆う。

投げ飛ばされた彼女は、縋る様に立方体を見つめる。


「でぇもねぇえ?」


ぬめりとした黒目のごとき響きの声が、ケイオスを舐め回す。


「ダーリンが()()を抱く度、()()がダーリンに抱かれる度、ダーリンの指先は千の鞭となって()()を嬲るわ。

ダーリンが()()に口付ける度、()()の皮膚は爛れて落ちるの!ダーリンが()()を貫く度、白い炎が()()の中を焼くわ!!」


「いやぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」


その宣言の瞬間、ケイオスは絶叫し、狂乱し、首輪を掴む。何としてでも外そうとするが、その首筋から血を流してもその華奢な指先の爪は剥がれ、血を滴らせても、漆黒は外れない。それどころか血の染みすら付かない。


「あははははは!!!きゃはははははは!!!!なんて心地好いのかしら!!!絶望する()()はなんて滑稽なの!!

そうよ!!絶望なさい!後悔なさい!恨みなさい!嫉みなさい!!みんなみんなあたしが受けた仕打ちよ!

そう、その仕打ちを受け続けたの!!()()のせいで!!!」


首輪を掴み、天を仰ぎ、呆然と言葉を紡ぐ。

「ひどいぃぃぃ・・・だーりん・・・ひどいよぉぉぉ・・・・・・たすけてよだーりん・・・・・・。」


その声はか細く、力が無い。彼女とて解っている。何を以てしてもそれが外れることは無い事を。


「ああぁぁ、好いわぁ・・・・・・。なんて気分が好いのかしら・・・。なんて清々しいのかしら・・・・・・。」


「だーりん・・・たすけて・・・だーりん・・・・・・。」


「あら?壊れたのかしら?・・・。きゃははははは!!!壊れるわけなんて無いわ!あたしの分け身!あたしのお人形!あたしの()()()!」


恍惚の声と狂笑はケイオスを責め苛む。


「いやぁ・・・たすけてぇ・・・だーりん・・・たすけてぇ・・・・・・。」


力なく首輪をつかみ、虚ろに呟く。


「はあぁ・・・うふふふ、とても気分が好いわぁ。・・・・・・泥棒猫?ケイオス?今あたしはとても気分が好いの。だから()()()()を一つだけ外してあげる。あたしだって鬼でも悪魔でも無いわ?」


その目に一瞬の光が宿る。だがそれは、絶望の前触れ。


「ダーリンが真に()()を求めた時、()()が真にダーリンを求めた時だけ、()()を外してあげる。

それどころか天上の快楽をあげる。そう、あたしは今とても気分が好いの。」


彼女は目に光を失い、力なく両腕をたらし、天を仰ぐ。


「ケイオス?ああ、ケイオス?ケイオス?嘆きなさい、絶望なさい。()()が悲嘆に暮れれば暮れるだけあたしの気分は好くなるの。

ケイオス?私を憎みなさい?憎めば憎むほど、あたしの気は晴れ渡るわ。ケイオス?ケイオス?存分にダーリンと媾うといいわ。地獄の激痛と天上の快楽が、私を絶頂させるの。」


「・・・・・・赦して・・・だーりん・・・・・・たすけて・・・ゆるして・・・・・・。」


「あはははは!!!きはははははははははは!!!!壊してなんかやらなぁぁあい!!影よ!ダーリンを!」


途端、激しいし音と共に、彼が現れた。

3対の異形は腰を折り、静々と後ろへ下がる。


「ケイオス!!」


彼女の顔が、声のする方向を向く。


「ダーリンの声ぇ・・・。あたしに直接響く声ぇ・・・。」


呆然と、恍惚と、混沌は呟く。

彼女に駆け寄ると、肩を抱き揺さぶるが、彼女は虚ろな顔で反応することが無い。


「混沌手前ぇ!!何してやがる!この嘘吐きが!!!」


彼の怒声が響き渡る。


「きゃああああああああ!ダーリンの憎悪!直接感じるぅぅぅ!!」


歓声が嬌声があたりに満ちる。


「くそっ!ケイ!無事か!ケイ!!何だよこれ!どういうことだよ!!」


血まみれの首、血まみれの指を見て彼は叫んだ。混乱し、困惑し、何も解らない。

その時、ケイオスの指が彼に触れる。そして弱々しくも彼を掴む。その目は彼を見ている様で

その実、何も捉えてはいなかった。


「・・・・・・だーりん・・・ひどいよ・・・・・どうしてきてくれないの・・・・・・。たすけてだーりんぼくこわれちゃた・・・。だーりん・・・だーりん・・・・・・たすけて・・・。はずして・・・・・・・。」


その途端、彼の中でどす黒い物が広がる。それ以外感じられないくらいに。


「あひゃひゃひゃ!!!泥棒猫の恨みが満ちる!!ダーリンに憎しみが向けられる!!!良いわよ!

そうよ!だーりんは報いを受ければいい!!!きゃああああ、ダーリンの憎しみが直に伝わる!!」


「お前と俺は同一だろ!?アレはなんだったんだ!?俺達を嵌めたのか!?何がダーリンだよ!!!」


その怒声に声が鎮まる。


「ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリン。愛おしい人あたしだけのダーリン。少しだけ、少しだけ予定が変わったの。」


落ち着いたかのような声。


「何の事だ!?ケイ!何で首輪してんだよ!?何されたんだよ!?」


その彼の言葉は、ケイオスに向けられる。

途端。


「くひひひひひ!困惑してるダーリンを感じる!生のダーリンが入ってくる!!」


狂気が始まった。まるで彼の意識を自分に向けさせるように。


「ひひひひひ、気持ちイイィ!ダーリンが気持ちイイィ!!」


狂乱の声は、鳴り止まない。声がするだび、狂気は増してゆく。


「この泥棒猫!こんなにもダーリンを独占していたなんて!!()()なんて!()()なんて!()()なんて!()()なんて!」


その狂気は嫉妬。混沌は今、自ら嫉妬に狂っていた。


「止めてくれ!!何なんだ!!!どういうことなんだよ!!!」


「怯えてる!ダーリンが怯えてる!気持ちいいぃ。!可愛いダーリン!可愛そうなダーリン!」


「狂ってやがる!!ケイ!ケイ!しっかりしろ!逃げるぞ!」


彼の方を向いていながらも、瞬きもせず呆けた表情は、ようやく彼を見た。


「だーりん・・・?だーりんだよね・・・?たすけて?ぼくのろわれちゃったよ・・・。ぼくはわるいこなの?・・・・・。」


涙の跡が残るその顔に、再びの涙が溢れ出す。

幼子のような声、縋るような声音。彼は焦った。


「お前の何が悪いってんだ!?混沌!どういうこった!?しっかりしろ!ケイ!」


彼女を揺さぶるも、正気に戻ることは無い。ただただ、彼に縋る。

その姿に彼の困惑は最大値になる。ケイオスが心配でたまらない。混沌が憎くて仕方ない。


「ひぃぃ!ひぃぃ!ひぃぃ!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!ダーリン!いっちゃう!いっちゃう!イクイクイクイクイクイクイクイクイクいくぅぅぅぅぅ!!!!!」


「なんなんだよ!!!何がどうなってんだよ!!!」


歓喜の絶叫と共に、辺りは静まり返った。


「だーりん・・・?だーりん・・・?もう、僕、だーりんに抱かれちゃいけないの・・・・・・。」


その静けさに、ケイオスの声。


「ケイ!ケイ!しっかりしろ!ケイ!!」


涙が止まらない。安心感、諦念、絶望。すべてが溢れかえる


「だぁりん・・・。ひきっ。だぁ゛り゛い゛い゛い゛ん゛・・・ぼぐ・・・ぼぐ・・・ぼぐ・・・!」


「しっかりしろケイ!俺が来たんだ!もう大丈夫だから!!」


我を取り戻した様に見える彼女を、強く抱きしめる。


「僕、悪い子なの?僕呪われたの?僕が悪いの?僕が・・・僕が・・・。」


「くっそ!!!精神系の攻撃でも喰らったのか?!解析を・・・。」


「僕が悪いの!僕が僕が僕がぁぁぁあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

彼の腕を掴み、絶望の声を上げた。


「混沌!混沌!!俺が悪かった!もう止めてくれ!赦してくれ!!何でもするから止めてくれ!!」


「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・。」


絶叫は唐突に止む。彼女の震えはまだ続いている。


「・・・・・・だぁりん・・・?だーりん?ダーリン?ダーリンダーリンダーリン」


不意に声が上がり、その声音は変わってゆく。


「ああ・・・ダーリンは暖かい・・・・・・。ケイオスはこれを独り占めしてたんだ・・・。ああ・・・ダーリンが心配してる・・・。ダーリンは優しい・・・・・・。」


彼の手を取りその頬に当て、いとおしむ様に頬ずりする。

彼女の黒髪が徐々に白く変わってゆく。


「・・・・・・お前・・・混沌なのか?」


「ダーリン?」


激しく上げられた顔には血の涙。そして鼻や耳、口、いたるところから血が溢れ出る。

彼を掴む腕は、狂人のそれと同じ力で、彼を拘束する。


「離せ!離してくれ!!ケイに何をした!!」


「ダーリン、お願い・・・あたしにも優しくして・・・?ケイオスにしているように・・・あたしにも優しくして・・・・・・?」


「落ち着け、ケイオス、いや、混沌か?落ち着いてくれ!頼むから!!」


一度は突き放そうとするが、その様子に押し留まる。逆に彼女の体を引き寄せ、抱きしめる選択をした。


「ダーリン、困ってるの?あたしが困らせてるの・・・?」


「困ってないから。大丈夫だから。落ち着くんだ、混沌。それが俺の望みだ。」


「・・・・・・ダーリンの望み・・・あたしの望み・・・・・。」


「お前の望みは俺の望み。俺の望みはお前の望みだろ?俺達同質なんだろ?しっかりしろ混沌。」


抱きしめ、変色しつつあるその髪を撫で付ける。


混沌と変化した彼女は、彼の胸へ頬を当てた。


「・・・ダーリン。ダーリン。・・・・・・ダーリンの匂い・・・。うれしい・・・。」


幾度も幾度も、顔を押し付ける。子猫のように。子犬のように。


「ダーリン?あたしは変わったの。ケイオスが変わったように。想定はしていたの。こうなるって。でもここまでとは思わなかったの。ごめんなさい、ダーリン。困らせてごめんなさい。」


「いいから!赦すから。みんな許すよ。」


「もう少し、抱いて。抱きしめて。」


彼はさらに力を込める。不安を消さんとして。これ以上の狂態を防がんとして。


「ダーリンダーリン、あたし不安なの。ダーリンが離れるようで嫌。」


「俺達は同一だろ?何を心配してんだよ。大丈夫だよ。」


「あたしは変わった。ダーリンもすぐに変わる。そうなる。だから、ね。」


口の端を耳まで吊り上げ、狂気の手が彼の首にかかる。


「証をつける。あたしのダーリン。ケイオスとおそろい。ダーリン。あたしの物。」


彼の首筋から肉の焼ける匂いと煙が立ち上る。

それは焼印だった。彼の首には一筋の線が刻まれた。

それを見て満足したように、ケイオスの体から力が抜ける。

瞼が閉じられ、その指先が彼を求める。彼は彼女をしっかりと抱き、その手を繋ぐ。


「もうこの子が持たない・・・。もう、触媒も持たない・・・・・眠らないと・・・ダーリン。早く来て・・・。あたしの傍に来て・・・。後は3人に任すわ・・・。詳しい事はケイオスと、三人に聞いて・・・・・・。ああ、眠い・・・早く来て。あたしの傍に・・・・・。」


弛緩し、彼の腕の中で眠るケイオス。

直後鋭い破裂音と共に、賢者の石が二つに割れる。漆黒はそのままに艶が消え、ただの石柱のようだ。

その周りにいる3対の異形が、徐々にその姿を崩し、3人の子供の姿が現れた。

その姿に彼は眼を見開く。それは15年前の後悔。彼をの心を凍らせた、無限に続く後悔。


「兄さま。」「にいさま」「おにぃ」


3人はそれぞれの声で、彼を呼ぶ。


「お前たち・・・。本当に、生きてるのか・・・?これもアイツの仕業なのか?」


「「「今、私達は混沌の眷属。自分を責めないで。自分を殺さないでリュウ兄ぃ」」」


「まずはここからで出ましょう。兄様。」


彼に近づきながら娘が言う。


「ケイオスは無事。でも、衰弱してる。治療が必要。にい様には休息が必要。」


彼に近づきながら少女が淡々と告げる。


「おにぃ。帰ろう?おうちに帰ろ?」


彼に近づきながら幼子が願う。


皆に囲まれ、抱きつかれ、ケイオスを抱いた彼は、心底疲れたように、考える事を諦めたように、答えた。


「・・・・・・ああ、もうここには用はない。・・・もう、たくさんだ。」



◆◆◆◆◆



「あるじおちついた。あるじまどろんでる。うれしい。うれしい。このすがたすき。ここはふういんする。でもいつでもきていい。うれしい。このすがたすき。」


扉を開けると、話が通じぬ異形が出迎えた。

その姿は変わり、血涙こそ流れてはいるものの、まぶたを閉じ、手を前に添えている。


「ずいぶんと落ち着いたな。その姿のほうが話し易い。」


異形はにこりとはにかむと。告げる。


「このすがたうれしい。このすがたすき。ぬしさまにほめられた。おんあるじおちついた。わたしもおちついた。」


ケイオスを抱きかかえ、3人の少女達を連れ出でて、彼は問う。


「ここで混沌に会えるんだな?」


「はなしできる。おんあるじおおきすぎて、もうけんげんできない。あるじむりをした。まどろんでる。うれしい。うれしい。ぬしさま。いつでもきて。わたしもまってる。ぬしさま、すき。はなすの、うれしい。」


「二度と来たくねぇ・・・ってのも酷か。ああ、また来るよ。」


「こないのさみしい。あるじがさみしい。わたしもさみしい。このすがたすき。うれしい。まってる。おんあるじもまってる。」


「じゃあ、またな。」


5人はゆるりと傍を通る。邪魔をせぬよう異形は身を引き皆を見送る。


「またあう。まってる。うれしい。このすがたすき。ぬしさますき。おんあるじはまどろむ。わたしもねむる。」


長いすに寝そべり、腕を枕に、異形は眠りに落ちた。



◆◆◆◆◆



「マタアエタナ。フタリトモ。」「ケンゾクモヒサシイナ。ソクサイカ?」


巨大な影は身を休め、5人に語る。その声音は優しく、友人に向けられているよう。


「いつまでここにいるんだ?」


責めるでも咎めるでもない、ただ気楽に問う。まるで遠方から来た友に語るように。


「ヤクメハオワッタ。ジキニカエル。」「ココハツマラヌ。カエッテネムル。」


その言葉に彼は苦笑する。


「そうして貰えると有り難い。みんな大騒ぎする。」


「「サワガシイノハ、コノマヌ。」」


「オンアルジハドウダッタ?」「オンアルジハコンランシテイタ」


肩を落とし、深くため息をつくも、彼はしっかりと答えた。


「ああ、落ち着いたよ。あんな怖い思い、二度としたくねぇ。」


龍達は静かに笑い、彼に語る。


「フンイキガカワッタ。ユカイナリ、ヌシヨ。」「スコシタクマシクミエルゾ?ヌシヨ。」


「抱える物が増えちまった。もう歳だってのに、重すぎだ。それから嫌味はよしてくれ。」


愚痴るでもない。ただただ疲れた声音で、彼は言う。

しかしながら2体の龍は重く笑う。


「ジゴウジトクダ、ヌシヨ。」「ナマケテイタカラナ、ヌシヨ。」


「ちがいない。もう、腐ってる暇なんて無くなるな。」


3人とケイオスを見、自然と頬がほころぶ。やっと笑えた。


「マタアウコトモアロウ。ソクサイデナ。」「ツギハユルリトカタリタイ。タノシミニシテル。」


「ああ、そん時は酒でも呑もうや。大樽何個がいい?」


2体の龍は、今度こそ、豪快に笑うのだった。



◆◆◆◆◆



あれほど居た魔の者はそのほとんどが消え去り、一部の力あるものだけが、それぞれに散っていった。

神殿は残り、それはいずれ、朽ちて潰えるのだろうが、その時は遥かに遠い。

二つの巨大な影は何処へかと飛び去り、4つの人影が歩みだす。それらは真っ直ぐ陣に向かってくる。

兵士達と神官達は、それをただ見守っていた。

その一番前に居るのは鎧姿に神官服を纏う偉丈夫。横に侍るは黒のベールをつけた修道女。

偉丈夫は口を真一文字に結び、寄る人影をまんじりともせず見つめている。

修道女は指を組み、祈るかのような姿で佇んでいる。

かなり近づいてきた人影はその姿を顕にし、修道女はほう、と息をつく。


「戻った。騒ぎは終わりだ。湯浴みの準備と医師と治癒師を呼んでくれ。」


彼と抱えられているケイオスの姿に、皆は慌てる。

3人の子等は軽く腰を曲げ、偉丈夫に礼をする。


「大賢者殿はご無事か?!」


「見て判らなけりゃ、その帽子置きは棄てろ。速くしろよ。」


偉丈夫は慌てて訊ねるが、彼はぞんざいに吐き棄てた。


「その子達は・・・もしや?」


修道女は何か思うところがあるのか、彼に問う。

しかして彼が思うことは一つ。(かいな)に居る彼女のことだけ。


「話は後だ!!。速くしろよ!!」


響く怒声にあたりは騒然となり、人が、物が、慌ただしく動き出した。



幾つもある天幕のうちの一つ、白と赤の紋章が縫いこまれたそこに、皆はいた。

褐色銀髪の少女が簡易ベットに横たわり、幾人かの僧侶と一人の少女が、容態を診ている。

その後ろに偉丈夫が場所を圧迫して立ち、彼と修道女、神官服を着た子らが見守る。

彼らが帰ってきて2晩。皆は入れ替わり立ち代り、眠る少女を見舞い、彼は一睡もせず、そのすべてを見守っていた。

容態を診ていた少女が、僧侶に頷き、僧侶達は頭をたれ、立ち去る。


「ケイの様子は?」


彼は少女に問う。彼女は振り向き、彼に頷いて見せた。


「持ち直した。幾つか聖痕が残ったけど、無事。あと少しだけ、変わった。御主、無茶をする。でも、いい気味。」


「もう謎かけは腹いっぱいだ。判りやすく頼むよ。」


咎めるでもなく、優しく彼は懇願する。

その横に一人の娘が立ち、彼に告げる。


()()()()()()へと()()()()()()。にいさま。御主により近づいたんです。」


「でも、ボクらのほうが偉いんだよ?褒めて褒めてー。」


元気良く跳ねる幼子。その姿に、彼は苦笑を返し、また、優しく微笑む。

後ろで呆れるは偉丈夫と修道女。


「話がまったく見えぬのじゃが・・・。」


「後で話すってんだろが?昨日の今日で呆けたのか?この耄碌ジジィ。」


「・・・・・・。儂は気が長いほうじゃが、老い先が短いんじゃ、クソガキ。」


険悪になりそうな空気を、修道女が諌める。


「まずは、ケイオス様の回復を待ったほうがよろしいかと。それにいま、諍いは無益です。」


そのなんとも冷静な口調に、二人はばつが悪そうにそっぽを向いた。




さらに2日後、ケイオスは目覚め、話が出来るまでに回復した。

そこで大神官とミニストレヤ、付いて来た3姉弟で事の顛末を語ることにした。

その内容に、大神官とミニストレヤは言葉を失う。

神の一柱が嫉妬に狂うとは、考えたことも無かった。ましてや、神罰という形をとってまで顕現しようとするとは。

たった一人の冴えない冒険者に、そこまで執着する意味を、二人は理解できないでいた。


「しかし何故混沌の神はそのような・・・。」


大神官は尚も納得がいってないようで、しきりとケイオスの首輪を気にする。


「それは証。己が何であるかを示す神罰。」


「御主以外、証を御することは出来ない。いい気味。」


「悪い事をしたらね、罰を受けなきゃなんだよ。()()()は悪い子だから、罰を受ける。」


3姉弟はそれぞれに答える。しかして大神官は納得できない。


「大賢者殿が罰を受けるなど、神罰などとは信じられん。」


()()は口を挟まないでくださいませ。神罰は人の理とは無縁の物。疑うなど不遜の極み。」


()()()は罪を犯した。当然の報い。まだ御主はやさしい。()()()は伏して感謝すべき。」


「ケイちゃんは可哀想だけど、独り占めいくない。」


「・・・・・・。説明が欲しいのじゃが、説明になっておらんのう・・・。そもそもこの3人は何者じゃ?」


大神官の呟きを、耳ざとく聞きつけた3姉弟は胸を張り答えた。


「私達は混沌の御主様の眷属。」


「御主に選ばれた。すごい名誉。」


「おんあるじさまがね、お声がけしてくださったの!皆の世話をしろーって!ボクが聞いたんだよ!」


それぞれに選ばれたという誇りを表明する。

ひとり自己主張の激しい者もいるが、幼い容姿からは、仕方が無いと思えた。

そんな中、ケイオスに寄り添いながら、彼は言った。


「15年前、俺が見殺しにした子達だよ。」


彼が自らの名を棄てた理由。


3姉弟は許可無くダンジョンに潜り、()()()()()()()()()()()()()()ダンジョンコアに辿り着くと、その命を絶った。3人は自ら血の海に沈んだのだ

当然彼は助けるべく動いた。そこは混沌のダンジョンで、自分なら無傷で追いつける。そう確信していた。

3姉弟は実の兄のごとく、自分を慕っていた。必死に3人を追った。しかし、命には追いつけなかった。


「兄様に非はありません。あたし達は選ばれたんです。」


「もしあに様が止めても、きっと同じ事。選ばれたから。」


「神様が来なさいって言うんだもん。いかなきゃだめでしょ?」


その言葉に、やりきれない思いが湧きあがる。


「・・・あの糞野郎「兄様、御主をそのように言うのはだめです。」」


「野郎じゃない。優しい女神様。あに様はもっと御主を敬うべき。」


「あのね!おんあるじさま、すっごい美人!!せくしー!!それから汚い言葉は使っちゃだめ!」


彼は苦笑いを抑えきれず、大神官は頭を抱える。


「・・・・・・大神官様。後日、調査局より報告を上奏します。早急に。それまでご辛抱を。」


ミニストレヤが事態の収拾を図る。


「・・・・・・。俺、廃人にされちゃうの・・・?」


「貴方はただ事実を述べればよいのです。それをどうするかは、私の仕事。そしてこの仕事は、急を要します。」


彼は後ろ手に倒れ、顔を覆う。ケイオスは優しく彼に触れる。


「主殿は妾が守る。案ずることは無い。」


「ぷぷっ。まだその路線で行くんですか?」


「何度聴いていても笑える。ある意味尊敬する。」


「ボクもね!?おにぃに抱いて欲しい!!ボクもひとつになりたい!!」


「記録では、貴方は男の子だったはず。大神殿はそのような事を許しません。」


「妾にm・・・・・・僕にも立場ってモノがあるんだよ。・・・眷属だからって生意気だ!!」


大神官は頬杖をつき、苦みばしった顔で場を眺めている。ミニストレヤのベールの奥は、柔らかく感じる。

場はかしましく、4人は笑いながら言い合う。

それを彼は眩しく感じていた。この15年間で忘れていた暖かさ。

しかして彼は忘れられない。あの混沌の狂乱。狂気。いずれ自分も飲まれるのだろうか。あの狂気に。

混沌に喰らい殺されるのではないか。

自然と手はその首をさする。

そんな益体もない事を考えていると、いつの間にかミニストレヤが傍にいた。


「主様?聴けずにおりましたが、その疵は・・・?」


小さく訊ねるその言葉に、彼は答える。


「リュウヘイでいいよ、()()()。この疵はな、婚約首輪。だ。」

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