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とある邪神の婚約首輪 前編

星が降り、異界よりの来訪者が現れ出でて40余年の時が過ぎた田舎町。

日が焼け、夜の帳が降り始めようとする頃。

町の一角にある少し大きな、3層建ての建物のドアが開く。

食事と酒の臭いが混ざり合い、喚く者、笑う者、罵る者、泣く者、それらの声が混ざり合う場所。


冒険者ギルド。


そこには数多の命知らずや一攫千金を、武勇を求め名声を求める者が集う。

誰もが憧れる花形。誰しもがなれる夢の手段。

それに憧れる者達の喧騒が溢れかえる。



「おー、主様のご帰還だぞー!」


粗野なだみ声が響き、皆がドアを見つめる。

そこに立つのはさえない風体で初老の男が一人。少し大きめの背嚢を担ぎ、草の匂いをさせている。

帯剣している以上冒険者には違いないが、どこにでも居る、良くて中堅の雰囲気だ。


「あるじのおっさんー、今日も草摘みかー!?」


その声に哄笑が響く。


「おーう。上物の群生地を見つけたんで持ってきたぞー。リンツの野郎に渡せば、20日はポーションの心配は要らんぞー。」


なんとも間の抜けた声に、しかし、場から歓声が上がる。

やいのやいのと囃子立てる皆をよそに、彼は併設されている窓口へと歩いていく。

その少し後ろから、彼の胸の高さにも満たない背丈の少女が杖を胸に小走りに追いつく。

その衣服は白と黒がアンシンメトリに配置され、腰から上を覆い隠すもその素足は扇情的なまでにむき出しである。

漆黒の黒髪はもはや蒼と言ってもいい色身をし、その肌は褐色ながら瑞々しい色艶をしている。


「ケイちゃーん!今日も可愛いねー!!」

「お人形みたーい!初めて会うわ!!」

「ケイちゃん愛してるー!」


ケイと呼ばれた少女は見向きもせず、彼に突っかかった。


「主殿は気遣いが足りぬと、あれほど申しておるではないか!」


少し息が上がってはいるが、少し拗ねた様に男に告げる。


「足で歩くからだろ?いつもみたく浮きゃあいいじゃねえか。」


そういう彼の声音は、先ほどと何も変わらない。怒るでもない、からかうでもない、淡々とそう告げる。


「たまには自分で歩きたくもなるのじゃ!今日の夕日はすごく美しいと言うのに、主殿ときたら目もくれず戻りおって。

そもそもこんないい雰囲気じゃのに、手も繋いでくれんとは何事じゃ!?」


「柄じゃねーんだよ。ほい、今日の収穫と依頼書。それから「主殿!妾は無視かえ!?」」


「・・・・・・あのな?」


彼はしゃがみこむと、少女と同じ目線になる。そしてぽん、と頭に手をあて撫でる。


「お外にはこわーい衛兵さんがいるんだよ?お前とお手手つないで帰ったら、速攻牢屋行きになるんだよ。

お前何度俺をそういう目に会わせたい訳?」


「そんな事は知らぬし、第一ぶち込まれたのは2回だけじゃろうが。」


「新人が来る度そんな目に会うんだよ!それに4回だ、よんかい!」


「主が風体に気を使わぬせいじゃ。妾のせいではないわ。それよりかいぐりするのはやめい!幼子扱いするでない!」


「あのー・・・・・・あるじさん?ケイちゃん?」


おずおずと間に割って入ろうとするのはこのギルドの受付嬢。愛くるしい顔立ちでありながら、実力は上位冒険シャに匹敵するという。


「ちゃん付けするでないわ!この乳お化け!」

「いい加減主呼ばわりはやめてくれ!この乳お化け!」

「酷い!!?」


哀れ、乳お化けといわれて受付嬢は両腕で豊満な胸隠そうとするが、それは無駄な抵抗だった。

余計に煽情的に見え、外野から歓声と怨差の声が上がる。


「なぁ。いつになったらちゃんと名前で呼んでくれるんだ?乳お化け。」


「妾はおぬしより年上なのだぞ?いい加減ちゃん呼ばわりはよさぬか、この乳お化け。」


「何で今日はそんなに絡んでくるんですか!?二人とも!あんまり酷いと会議に上奏しますよ!!」


ギルド職員の最高の切り札。上奏。

これを受けたものは、ギルド会議や町議会にかけられる。そこで黒の判定が下りれば、もうそこに居られない。

仮に無実となっても、醜聞は町一帯にくまなく広がり、依頼を受けることもままならず、最悪、自ら町を出るしかないのだ。

涙目で二人をめねつけながら、受付嬢はキッと酒場を睨んだ。


「皆さんもです!」


その言葉に囃し立てていた者たちは途端に静かになった。


「あー・・・。すまん・・・。」


さわさわとした声がする中、彼は立ち上がると頭を下げた。


「言い過ぎた。お嬢「名前!」・・・・・・リンシアすまん。俺()が悪かった。」


リンシアは視線をケイに向ける。言い訳無用の佇まいだ。


「・・・妾は主殿に寄り添う身。主が謝罪するなら、また、妾も謝罪しよう。我ケイオスの名において、リンシアに謝罪する。すまなんだ。」


こちらも彼に従うように、小さな背を曲げる。

リンシアは小さくため息をつき、軽く目じりを拭うといつもの表情を見せた。


「解りました。謝罪を受け入れます。・・・でももう二度と言わないでくださいね?」


にこりと笑うリンシアに三白眼でケイオスがつぶやく。


「・・・・・・『持つもの』の宿命じゃ・・・「ケイちゃん?」」


そこに彼が小さな頭に拳骨を下ろす。こんと軽い音がして、ケイオスは頭を抑え後さずる。


「酷いのじゃ!主殿!」


「お前が悪いんだろ・・・・・・・。悪いな、リンシア。」


そう言うと天を仰ぎ、深く嘆息する。ケイオスは頭を抑え、涙目で彼を睨む。

リンシアは軽くため息をつくと、姿勢を正し真面目な顔で告げた。


「今日の報酬は明日まとめてお支払いします。情報提供もその時に。それより『大神殿』から使者様がお待ちです。

()()()までお越しください。」


途端、彼から表情が消え、ケイオスは顔を歪めた。



この町のギルドは、規模はそう大きくない。

3階まで上がってきた三人は、その先に大きなフルプレートの鎧像を2つ見つめた。

そこには扉があり、その像はまるで扉の番人の様に、極厚の剣を下につき不動の構えを見せていた。


「よりにもよって、調査院かよ・・・・・・。」


純白に青の複雑な意匠が施されたそれは、儀典兵然としている。

近づけばその体躯は彼の頭を軽く超え、天井にも付きそうな程だ。

三人は扉の前に立って、リンシアが声をかける。


「大神官様、お二人がお越しになりました。」


その声は幾分震えているようにも聞こえる。その証左に彼女の額には汗がにじんでいる。

実力者の彼女をして、そうさせるのは一体どのような人物か。


「・・・・・・お入りください。」


静かで優しくも、冷たい声女性の声がかかる。

途端、2つの像は動き出し、扉を開ける。


「邪魔するぞー。」


彼はリンシアを押しのけ、間延びした声をかけながら中に入っていく。

ケイオスもその後に続き、リンシアもまた、後に続こうとするが


「ご苦労様でした。貴女は、そのまま勤めを果たしなさい。」


女性の声がシンシアを遮る。リンシアは一瞬ためらった後、頭を垂れ、戻っていった。

部屋の奥には同じ2体のフルプレートの鎧像と、その前に純白の修道服をまとい、黒のベールをつけた女性が座っていた。


「お待ちしておりました。リュウヘイ様。ケイオス様。」


ずかずかとソファーの前に歩き、憚ることなく、不遜な態度でどかりと座る。ケイオスはそのすぐそばに、そっと腰を下ろした。


「それは15年前にシュグラスのダンジョンで死んだ奴の名前だ。」


「ではどのように?」


「好きに呼んでくれ。」


「・・・そうですね、では皆に習って主様とお呼びしましょう。」


暫しの逡巡ののち、軽く手を打つとその女性はそう話した。

しばし沈黙が降りる。女性は動じることもなく佇み、彼とケイオスは憮然としながらも沈黙を続ける。


「・・・・・・そこまで私どもが嫌われているとは思いませんでした。」


女性はそう告げると、小さくため息をつく。


「嫌ってなんかないさ。あんたには世話になっている。ただただ、煩わしいだけだ。」

「そうですか・・・。」


彼は腕を組み、女性を見据えた。


「ミニストレヤ調査官。何しに来た。」


「旧交を温めに。と、したい所ですが、急を要する事案が。」


「あんたが動くほどのか?」


「・・・ケイオス様?」


「もう結界は施しておる。語るが良い。」


「ご配慮、感謝いたします。」


優雅な所作で軽く頭を垂れる。


「まずは結論から。ダンジョン()()の依頼です。」


「穏やかじゃないね。もう俺も歳だ。その手の依頼は断ってるんだが?」


「初めから説明いたします。よろしくて?」


「どうぞ」


「半年前、教皇様が発狂なされました。他にも大司教が数名死亡。司祭が十数名狂死しました。」


大事(おおごと)だな。」


大事(おおごと)なのは混沌の神殿です。大司祭が狂乱の末司祭数名を殺害、その後狂死。他に複数の司祭が発狂。信者50名あまりが狂死の異常な事態です。」


小さくため息をつくとさらに背筋を伸ばし、告げた。


「その際、大神殿で神託が降り、混沌の神殿でも神託らしき言葉が確認されました。」


「俺達が聴いてもいいのか?」


「話さなければ事が進みません。・・・・・・教皇様は『混沌、沸き立つ』、と。その後無残な最期を・・・・・・。

混沌の神殿では、『深い森、半日、待つ』と。」


「嫌な予感しかせぬな・・・。」

「同感だ。」


「神託が降りて一月後、深遠の森、半日の場所にてダンジョンが確認されました。

型は露天。式は神殿。混沌の気配を確認しました。」


露天型とはダンジョンが構造物状に生成され、神殿式とは文字通り、構造物が神殿であるという事。

混沌の気配とは、そこの主が混沌の神であるという事を示す。


「そんなのは、俺の手に余る。S級を全員召集しろよ。」


両手を軽く挙げ降伏のしぐさ。初めからそのつもりは無いと言うかのようだ。

彼の無礼な態度に取り合わず、ミニストレヤは佇まいを変えることなく、問う。


「・・・・・・混沌の領域を無手無傷で歩く、ダンジョン()()()の貴方でも難しいのですか?。」


「露天型で神式。神罰形じゃねぇか。バチはかぶりたくねぇ。それから()()()っていうな。」


両手を頭の後ろに組み、天を仰ぎながらも、ちらとケイオスを見やる。


「妾もその規模だと鎮めきらんのう・・・。」


(おとがい)に手を当てケイオスが呟く。その二人をベールの奥から見つめるミニストレヤ。

背を伸ばし、凛とした姿勢からは何も伺えない。


「・・・・・・。判りました。・・・・・・ところで主様?『だーりん』と言う言葉に覚えは?」


「・・・・・・さぁな・・・。」


天を仰いだ姿勢のまま、視線だけミニストレヤを見やり、答えた。

無礼極まりない態度だが、彼女は何も反応する事無く続けた。


「狂乱した者達は男女一人の例外も無く、この言葉を紡いでおりました。女の声で。如何様な意味なのです?」


「俺が知っているような口ぶりだな?どういう了見だ?」


「さあ?女の勘・・・とでも申しましょう?」


小首を傾げ、韜晦するように答えるミニストレヤ。

しかしながらその挑発に彼は乗らなかった。


「あんたにしてはえらく胡乱な言い方だな。もっと理詰めで外堀を埋める言い方するだろ?いつもなら。」


「あら、いつに無く激しい物言いですね?。まあ、良いでしょう。良いですとも。」


ころころと笑いながら、ミニストレヤは続ける。


「初めて貴方にお会いした時に聞いた言葉と、「だーりん」と言う言葉。語感が()()()()()()のが最初の根拠ですわ。

「それに・・・」


手をケイオスに軽く向ける。

彼女からは何も窺い知る事は出来なく見えた。表情は変わらず、その態度もいつもどおりのはずであった。

だが、彼女の片手は彼の服を握っていた。


「・・・・・・それだけで決め付けるのか?」


「いいえ?これは確信です。当時、貴方の世話をしていた者からも()()()()()()()()もの。」


その言葉に彼は思わず顔を覆った。


()()から何十年経ったと・・・・・・何人廃人にしやがったこの糞アマ・・・。」


「ふふふふふふ」


彼女は罵倒されたことにも何の関心も示さず、指を数本上げた。

隠す事無く、誰はばかる事無く…


「実際のところ、根拠としては弱いものでした。ですが私には確信がありました。貴方が関係していると。

そしてケイオス様のそのご様子と貴方のその態度。これで確定です。」


「そういうとこだ。俺がお前を嫌うのは。」


「皆を嫌ってはいないのですね。それは良い事です。安心しました。」


「今すぐくたばれ。この魔女めが・・・。」


身じろぎもせず呪詛を紡ぐが、それが彼女に届くことは無かった。


「困りましたね。私は愚直に使命を全うするのみですのに、どうにも疎まれがちです。それに魔女とは心外ですね?

これでも敬虔な信徒の端くれとして生きておりますのに。」


居住まいを正し、彼女は言う。


「事はここに至り。主様、ケイオス様。私の権限により『大神殿』は貴方達にダンジョン踏破を『命令』します。」


「糞が!!」


まるで爆発したかのように立ち上がると、激しい足音を立て、立ち去ろうとする。

その背中にミニストレアの涼やかな声がかかる。


「あらあら、うふふ。・・・私どもは教会におります。準備が出来次第、お越しください。」


何も言わず、彼はドアを蹴破ると早足で立ち去る。その後ろをケイオスが慌てて追いかける。

壊れた扉はそのままで、4体の鎧像と一人はただ静かに佇む。

ミニストレアは扉に向け、呟いた。


「だーりん・・・ダーリン・・・・・愛おしい人・・・。とてもいい言葉ですね・・・。私もお慕いしておりますのよ?。」




「やっぱりダメだよ。だーりん。うまくいかない。」


二人の常宿の一室で、少女が言う。

若干の焦りが含まれているのは、気のせいか。


「しばらく前から、ロスが目立ってたんだけど、今はエラーが帰って来るようになったんだ。」


沈み込んだ顔で、くたびれた顔で、彼は問う。


「リンクは生きてんだろ?生データは?」


「・・・・・・それがね・・・。ただ解析するだけではダメで、バイナリレベルからぐちゃぐちゃになってるんだ。」


「結果は?」


「・・・・・・。笑い声・・・・・。」


沈黙。

重い沈黙が二人の上に圧し掛かる。

男は頭を抱え、首を振る。


「どうなってんだ・・・?訳がワカらねぇ・・・・・・。」


少女は申し訳なさそうにうつむく。


「俺の望みはアレの望みなんだろ?こんなの望んじゃいねぇぞ・・・。なあ、お前とアレは同一なんだろ?

何か解んねぇか?感じ方でも勘でもいいから、何かないか?」


「本体が今何をしているかなら、少し・・・。」


男は少女を見つめた。少女は男の目を見られずにいた。


「・・・・・・。踊って、笑ってる・・・・・・。」


「とうとう壊れたのか?」


「そう定義できない。だーりん達の思考と感性では、僕らを定義できない・・・・。

読み取れたのは、笑い、期待、・・・・・・恨み・・・・・・。」


「何もしてねぇし、そう思われる心当たりがねぇ。ますます解んねぇぞ・・・。」


「だーりん、僕怖いんだ・・・。なんだか本体が制限をかけているようなもどかしさがあるんだ。

だーりん、だーりん。僕怖いよ・・・・・・。」


「それは本体もか?」


「本来は・・・そう、狂乱してると言っていいと思う。」


手を下ろすと、深く深くため息をつき、万策尽きたと言わんばかりに少女の名を呼ぶ。


「ケイ、おいで。」


その言葉にケイの肩が跳ね、おずおずと男のそばによる。


「ケイ。俺は怒っちゃいねぇ。混乱してるだけだ。もっと混乱してるのは、お前のほうだろうしな。」


男は膝を叩くと、ケイをそこに座らせた。

そしてふわりと抱きしめる。


「腹を括るしかねぇな。どうせ混沌のダンジョンだ。行って入って辿り着いて、帰るだけの簡単なお仕事だろ。」


髪を撫で付けながら、優しくケイに話しかける。

それは、もしかすると自分にも言い聞かせているのかもしれない


「それにダンジョンでは慌てた奴から死ぬ・・・だよね。」


顔を上げ、男を見つめる。少しばかり瞳が潤んでるのは恐怖ゆえか。


「死ぬ気はしねぇが、こればっかりは解らん。だから、お前に期待している。お前が俺の武器なんだ。」


ケイは男に体を預ける。


「僕はだーりんのチート。絶対に傷つけさせない。死なせない。

ねぇ。だーりん。・・・・・・抱いて。今日は壊れるまでシて。怖くてたまらないんだ。」


そう言うなり男にむしゃぶりつく。男はそれを当然のように受け止め、夜は深く深く更けてゆく。




何回かめの明け方前。日が昇ろうかとしている、小さな町の小さな教会。

その門の前に、6頭立ての漆黒の馬車がいた。掲げてあるペナントは青と白の複雑な文様。

御者台には2体の鎧像。馬車後方にも2体の鎧像。

その前に、3人の男女がいる。


「幾分と遅くなりましたのですね?主様。」


ミニストレアはとがめる風でもなく、二人に話しかける。


「この町とはこれで最後だ。長く世話になったし、後始末も色々あんだよ。」


「妾も親しい者達が居るゆえな。別れは寂しいものよ。」


少しばかりの雑嚢を携え、二人はからりと言う。


「まあ。今生の別れではないのですし、行き過ぎではないのですか?」


「おふざけは無しにしようぜ、ミニストレア。混沌の神罰だ。察しろ。」


「妾はいささか長く生きすぎた。頃合であろうよ。」


「・・・・・・。やはりそうでしたか・・・。大神殿としても想定はしておりましたが・・・。」


深いため息と共に、ミニストレヤは顔を伏せる。

そっと両手を伸ばし、二人の手をとる。優しく、優しく、そっと手をとる。


「大神殿は、私は、死地に赴けと言いました。しかしながら、私はお二人に戻ってきて頂きたいのです。優秀な駒としてではなく、かつてお二人を見守った者として。

どのような事があろうと、どのような事になろうと、お戻りください。そして私を罵って下さい。」


ベールからは何も伺えない。しかし、その言葉は心からの言葉に、二人は聞こえた。


「・・・・・・約束はしねぇ。俺らは帰ってくる。これで借りはチャラだ。ミニストレヤ姉。」


「おぬしはいけ好かぬ。何より主殿の敵になりうる。だが、今の言葉に嘘は無かった。

誠に癪に障るが、主殿を生きて、おぬしの前に連れてこよう。まあ、妾も約束はせぬがな。」


そんな二人にミニストレヤはただただ、頷いた。

二人の手を離すと、凛とした佇まいで二人に告げる。


「さあ、参りましょう。お乗りください。」


それを彼は制する。


「時間が惜しい、ケイオス。」

「転移陣展開。」


3人と馬車の周りに、おぼろげな光と共に、文様が浮かび上がる。


「・・・・・・さすがは混沌の大賢者・・・。失伝魔法でしょうに・・・。」


「おぬしの驚愕は、溜飲が下がるのう。それに失伝などしておらぬ。おぬしらが不甲斐ないだけじゃ。」


にぃと笑う少女。この光景にミニストレヤは何も出来ずにいた。


「返す言葉もございません。ですが座標は・・・?」


「おぬしとの去り際に()()おる。堅牢ではあったが、まだまだぬるいわ。」


「まあ!」


その姿にケイオスはからからと笑う。


「実に愉快!いつぞやのお返しじゃ。」


そんな3人はやがて光に包まれる。

光芒が消え失せ、見回せば鎧兜を纏った者達が、呆然とこちらを見ている光景が広がっていた。

そこは多くの天幕の中でも、一際目立つ場所の前だった。

そこに掲げられている旗は大神殿の物。白と赤の図案が施されている鎧を持つ兵士達が騒然となる。


「静まりなさい!」


ミニストレアの声が響く。そう大きい声音ではないが、何らかの効果を乗せているのか、ざわめきが収まる。

豪奢な天幕より、鎧姿に法衣を纏い、剃髪でもしているのか、きれいな頭皮を曝し、豊かなひげを蓄えた偉丈夫がのそりと歩み出る。


「なかなか派手な登場じゃな。ミニストレア。」


彼女は腰を深く曲げ、礼をする。


「大神の大神官様。お二方をお連れしました。」


「お連れしたというより、連れてこられたと言うべきかの?まこと大賢者殿には驚かされる。」


気を害した風でもなく、むしろ面白い物が見られて楽しいとでも言いたげなその声音に、不遜な声がかけられた。


「狸ジジィもかわらねぇな。そもそもあんた歳食うのかよ?」


呵呵と笑うその姿は、挑発に乗る風でもなく、むしろやんちゃな孫に会ったときのようだ。


「大神様より召し上げの知らせが来ぬのでな?生き恥を曝しておるところよ。

生意気なところは昔と変わらぬが、しかし、ぬしは老けたのう。何を生き急いでおる?」


「俺は俺の望むまま生きているだけだ。あんたらには借りがあるから付き合ってんだよ。まあ、今回でチャラだ。」


ひげを撫でつけ、偉丈夫はいう。


「それ程であるか?今回は。混沌の物の怪を使役できるおぬしでも、危ういか?」


「そういうとこだぞ、狸ジジィ。神罰形の何たるか、あんたが俺に教えたんじゃねぇか。」


沈黙。皆が問答に聞き入っている。

神罰。伝承にしか存在しない形態。それは神の怒りとも称される、過酷なものだった。

そして事の大きさゆえに、事情を知らぬ者たちは聞き漏らすまいとする。


「・・・ふむ。そうであるな・・・・・・。まこと、不甲斐ない年寄りですまぬ。散らすは我の命の方であるのになぁ・・・。」


そして頭を垂れた。

あたりからは先ほどとはまた、違ったざわめきが起こる。


「・・・・・・。今回だけは素直に聞いとくよ、狸ジジィ。だけど死ぬ気はさらさらねぇよ。俺達は生きて帰る。」


「・・・・・・ミニストレヤ。大賢者殿は何と?」


「妾も向かうぞ?大神官。そも妾は主殿の剣じゃ。剣が主を捨て、どこに寄る辺があろうか。」


彼の左に並び、胸を張るケイオス。

ざわめきは感嘆の声に変わり、そして静まる。

大神官は二人の前に向かい、立ち、そして膝を突いた。

その瞬間、周りの者達も一斉に膝をつく。


「大賢者殿・・・嗚呼、大賢者殿。この老害めを存分にお嗤いくだされ。罵ってくだされ。大神様より生を授かりながら長く生き恥を曝すこの愚か者を打擲なされませ。」


その姿にケイオスは鼻を鳴らす。


「そう思わばこそ、すでに罰は受けておるというもの。妾から言う事は無い。のう?主殿。」


「立てよジジィ。あんたらしくねぇ。不遜に哂えよ。豪胆に語れよ。大体、死ぬ前提で話してんじゃねぇぞバカヤロウ。」


「・・・ぬしはほんに口が悪い・・・。我が子よ、我が孫よ・・・。本心から、ぬしらの帰還を待っておるぞ。」


膝を突きながらも呆れ顔で笑う大神官。


「あんたと血が繋がってなくて、心底良かったと思ってる。」

そう言い放つ。それはまるで憎しみがこもっている様に聞こえるが、その実、彼の顔は笑っている。


苦笑ののち、大神官は立ち上がった。


「厚顔にして不遜、まこと、わしに似てしもうたのう・・・。」


「躾が行き届いてたんでな。さて、おしゃべりは終わり「伝令!!!!」」


遮るように怒鳴り声が響く。

皆は一斉に立ち上がり、中には剣に手をかける者すらもいる有様。

先ほどの表情を一変させ、この場で最高位に立つ者の顔と声で、それを迎える。


「何事ぞ。」


駆け込んでくるのは軽装備の兵士。

息が上がり、よろけながらもその前に座す。


「ダンジョン周辺に動きあり!・・・・・・魔物の群れが()()。その数ざっと一万五千!!うち4つの影はドラゴンかと思われます!!」


辺りは静まり返る。伝令の荒い息だけが、その場にある。


「また、巨大な人型の影も複数確認!!サイクロプス級と思われます!!」


「・・・・・・これが・・・神罰・・・・・・。」


誰かの呟きが聞こえる。呆然とも絶望とも取れる声音。その中で、2人だけが表情を変えず、ただ淡々と言う。


「心配要らんよ。なあ?」


「む。主殿の言うとおり、無用な事じゃ。そも神罰といえ過剰すぎる。国が幾つ滅ぶやら。」


からからと笑うケイオスに、彼女の主は言う。


「じゃ、行ってくるわ。」


大神官と皆に軽く手を上げ、歩み始める二人にミニストレヤが声をかけようとする。


「今止めると、本当に国が滅ぶぞ?」


歩みを止めず、彼はそう言う。振り返らず、片手を挙げ、去る。

その横には、僅かに宙を浮き共に進むケイオス。

彼らが進む先にいる兵達は、自然と道を譲り、彼らを見送る。

誰もが信じられないと言う眼をし、期待のまなざしを向ける者達ちもいる。

ただ歩く二人の後を追う者はいない。彼らが歩いた後には、人だかりが割れ、道が出来ている。

やがて陣の先端にやってきた二人の前に、雲霞のごとき魔の者達が見えてくる。


「すごい歓迎っぷりだな。」


「・・・この量。この瘴気の集まり。やはり神殿には彼の方が居られる様じゃな。」


「・・・・・・じゃあ、暫くは生き延びられるってもんかな。」


二人は歩みを止めず、陣を置き去りにして、魔物の壁の前へと進む。

無言のまま二人は進む。

しばらく何事も無く、そう、()()()()()魔物達に近づいて行く。

そして


「だーりん・・・・・・。僕、怖いよ・・・。本体が怖いよ・・・・・・。」


「ああ、・・・・・・俺も怖くてしかたねぇ・・・・・・。」


そう呟く。

途端、二人の前に、魔物たちの道が出来上がった。

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