番外編.恋バナ
始まりは、いつもの放課後だった。
「ねえ、覚えてる?」
六人で集まって話していた時、女友達が突然言った。
「何を?」
「前にあんたが気になってた男の子」
娘の顔が少し曇る。
「……忘れたいんだけど」
「三毛ちゃんたちにフシャーされた人」
「具体的に言うな」
他の四人が興味を示した。
「なにそれ?」
「猫に嫌われたの?」
「そう。それで後から、やっぱりちょっとアレな人だったって分かったの」
「ちょっとじゃないでしょ」
娘が訂正する。
人によって態度を変える。店員への態度も悪い。複数の女の子に似たようなことを言っていた。
結局、付き合う前に距離を置いて正解だった。
「だからさ」
女友達が得意げに言った。
「あの猫たち、人を見る目あると思うんだよね」
「猫が?」
「特に四毛ちゃん」
「なんで?」
「知らない。でもあるの」
娘は嫌な予感がした。
「まさか」
「今度、誰か気になる人いたら会わせてみれば?」
「やめなよ」
「面白そう!」
他の友達が乗ってしまった。
「私、ちょうどいるんだけど」
「早いって!」
こうして。
本人の知らないところで。
四毛猫の仕事が一つ増えた。
◇
一人目。
「この人」
娘の友達が、同じ学校の男子を家の近くまで連れてきた。
事情を知らない男子は、いつもの塀の上にいる二匹を見て笑った。
「猫いるじゃん」
「うん。この子たちよくいるの」
男子は近づこうとする。
四毛猫は静かに見ていた。
――今日は知らない人が多いですね。
「また連れてきたね」
先輩三毛猫が言う。
男が手を伸ばした。
「おいで」
四毛猫は動かない。
「触らせてくれないな」
さらに近づく。
先輩猫の耳が伏せられた。
四毛猫も、何となく落ち着かない。
男は笑いながら言った。
「猫って、懐かないとつまんないよな」
その言い方。
その声。
四毛猫の毛が少し逆立つ。
「フシャーッ!」
全員が固まった。
女友達だけが小さく頷いた。
「……出た」
「出たじゃない」
娘が小声で言う。
男は「なんだよ」と笑ったが、それ以上猫には近づかなかった。
数日後。
「あの人、やめとく」
一人目の友達が言った。
「なんで?」
「ちょっと距離置いて見てたら、束縛すごそうで」
「ほら!」
女友達が勝ち誇る。
「四毛ちゃん当たった!」
「猫のおかげだけじゃないでしょ」
「でもきっかけにはなったじゃん」
娘は否定できなかった。
◇
二人目。
今度の男子は、猫を見ると立ち止まった。
「触っていい?」
「この子たちが来たらね」
娘の友達が答える。
「そっか」
男はしゃがまず、手も伸ばさない。
ただ少し離れた場所に立っていた。
四毛猫はしばらく観察する。
――あの方、何もしませんね。
「猫が嫌なら近づかないだけじゃない?」
先輩猫が言う。
そのうち四毛猫の方から少し近づいた。
男が驚く。
「来た」
でも触らない。
四毛猫は匂いを嗅いだ。
特に嫌な感じはしない。
「にゃあ」
男が笑った。
「返事した」
女友達が小さく拳を握る。
「にゃあ判定」
「そんなもの作るな」
娘が即座に止めた。
その後。
二人目の友達は、その男子と付き合い始めた。
今のところ、特に問題はないらしい。
◇
三人目。
「今度こそ何もないでしょ」
友達が言った。
「すごく優しい人だよ」
確かに。
娘たちの前では、優しかった。
笑顔。
話し方も穏やか。
猫にも無理に近づかない。
娘は女友達を見る。
「普通じゃん」
「四毛ちゃんは?」
全員の視線が猫へ集まる。
――またですか。
「人気者だね」
先輩猫が笑う。
男が娘たちと話している。
ただ。
四毛猫には少し気になることがあった。
友達が話している時。
男は笑っている。
でも、友達が別の誰かと話し始めると。
ほんの少し。
顔が変わる。
視線。
雰囲気。
四毛猫には、それが妙に引っかかった。
男がこちらを見る。
「猫、かわいいな」
一歩近づく。
「フシャーッ!」
また出た。
「ええ!?」
三人目の友達が叫ぶ。
「なんで!?」
女友達は真剣な顔になった。
「一回、距離置いて見てみよ」
「猫だけで!?」
「猫だけじゃないって。念のため」
後日。
「……ちょっと怖かった」
三人目の友達が言った。
「何が?」
「二人でいる時、友達と出かける話すると機嫌悪くなるんだよね」
「ほら!」
女友達がまた言う。
「だから猫だけで決めるなって」
娘は言うものの。
少しずつ。
自分も四毛猫の反応を気にするようになっていた。
◇
四人目。
その男子は、最初から猫に興味がなかった。
「猫、平気?」
「別に。嫌いじゃないよ」
それだけ。
塀の前を通る時も、猫をじろじろ見ない。
四毛猫が近くへ来ると、
「こんにちは」
とだけ言った。
――こんにちは。
「にゃあ」
娘が吹き出す。
「返事した」
「賢いな」
男はそれ以上何もしなかった。
四毛猫も嫌な感じはしない。
先輩三毛も普通に毛づくろいを続けている。
女友達が囁く。
「にゃあだね」
「だから判定じゃないって」
四人目の友達は、少し照れながら笑った。
◇
それから。
六人の間で、妙な言葉が流行り始めた。
「四毛判定」
娘は頭を抱えた。
「誰が言い始めたの」
「私」
女友達が手を挙げる。
「やっぱりあんたか」
「でも2フシャー、2にゃあだよ?」
「統計みたいに言うな」
「結構当たってるじゃん」
「四毛ちゃんは恋愛相談所じゃないんだけど」
別の友達が言う。
「じゃあ、にゃあされたら付き合っていいってこと?」
「それは違う」
女友達が即答した。
娘が見る。
「急にまとも」
「にゃあだからって絶対安全じゃないでしょ」
「じゃあフシャーは?」
「即アウトでもない」
女友達は少し考える。
「フシャーされたら、一回冷静になって距離を置く」
「ほう」
「その間に、その人の普段の態度とか、周りへの接し方を見る」
「それで?」
「何もなかったら気にしなくていい」
「意外とちゃんとしてる」
「でしょ?」
友達の一人が笑う。
「じゃあ四毛ちゃんって、警告灯みたいなもの?」
「そうそう!」
娘は呆れた。
「猫を恋愛のパラメータにするな」
その夜。
話は当然、付喪神たちにも伝わった。
『あなた、恋愛相談まで始めたの?』
鏡台が楽しそうに言う。
――始めていません。
『良縁を招く猫か。招き猫らしいではないか』
桐箪笥まで言う。
――私は相手を選んでいるわけではありません。
『でも嫌な人には威嚇するんでしょう?』
――嫌なので。
『十分じゃない』
鏡台が笑う。
招き猫は納得できなかった。
――私は家族に福を招くために。
『悪い縁を遠ざけるのも福ではないか?』
桐箪笥の言葉に。
招き猫は黙った。
否定しきれない。
◇
それから少し経った日のこと。
女友達が、珍しく落ち着かなかった。
「どうしたの?」
娘が聞く。
「別に」
「なんかあるでしょ」
「……実はさ」
「うん」
「ちょっと気になる人がいる」
娘は固まった。
「お前もか」
「その言い方やめて」
「で?」
娘は嫌な予感がした。
「まさか」
「四毛判定、お願いしていい?」
「自分で作ったルールに自分から行くの?」
「参考程度だから!」
「めっちゃ緊張してるじゃん」
「してない!」
◇
数日後。
その男が家の近くまで来た。
女友達は。
明らかに緊張していた。
「普通にしてればいいんだよね?」
「誰に聞いてるの」
「いや、確認」
「四毛ちゃんは保証会社じゃないからね」
「分かってる!」
塀の上。
四毛猫と先輩三毛。
男が近づく。
「この子が例の猫?」
「例の猫って言うな!」
娘が突っ込む。
四毛猫は男を見る。
特別、何かがおかしいわけではない。
ただ。
近づいてくる。
匂い。
声。
歩き方。
女友達への視線。
四毛猫はじっと見た。
女友達もじっと見る。
「……どう?」
娘が呆れる。
「猫に聞くなって」
男が少し笑った。
「なんか面接されてる気分」
女友達が答える。
「大丈夫。参考程度だから」
「何の?」
四毛猫が一歩近づく。
男も手を伸ばす。
その瞬間。
「フシャーッ!」
女友達の顔が固まった。
「……」
娘も黙る。
男も手を止める。
そして。
隣から。
「フシャーッ!」
先輩三毛まで続いた。
「二匹とも!?」
女友達が叫んだ。
男は苦笑する。
「俺、猫に嫌われてる?」
「いや、その……」
女友達は何も言えない。
しばらくして男は帰った。
残された女友達は、塀の前でしゃがみ込んだ。
「……どうしよう」
娘が隣に立つ。
「自分で言ってたじゃん」
「何を」
「フシャーされたら?」
女友達は黙る。
「ほら」
「……一回、冷静になる」
「うん」
「少し距離を置く」
「うん」
「周りへの態度とか見る」
「よくできました」
「他人の時と自分の時じゃ全然違うんだけど!」
娘が笑う。
「だから恋愛なんじゃない?」
「笑うな!」
塀の上。
四毛猫は少し困っていた。
――私は別れろとは言っていません。
「でも嫌だったんでしょ?」
先輩三毛が聞く。
――はい。
「じゃあ、それでいいじゃん」
――そういうものですか。
「知らない」
いつもの答えだった。
娘が四毛猫を見る。
「四毛ちゃん」
――はい。
「責任は取らなくていいからね」
「にゃあ」
女友達が顔を上げる。
「何その返事!」
娘がまた笑う。
「ほら。四毛ちゃんは保証会社じゃないから」
「分かってるって!」
しばらくして。
女友達は立ち上がった。
「……でも」
「なに?」
「フシャーされたら、一回冷静になれ」
「自分で作ったルールでしょ」
「今めちゃくちゃ重みある」
娘は笑った。
その日から。
六人の間には、妙な格言が一つ増えた。
――気になる相手を連れていって、もし四毛猫にフシャーされたら。
別れろ、ではない。
諦めろ、でもない。
ただ。
**一度、冷静になって距離を置け。**
もっとも。
当の四毛猫は。
――私は招き猫なのですが。
「ちゃんと福招いてるじゃん」
先輩三毛が言う。
――そうでしょうか。
「悪い縁から離れるのも福でしょ」
四毛猫は少し考えた。
娘たちが。
笑いながら帰っていく。
――なら。
それも。
悪くないのかもしれない。




