↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/20

番外編.猫と龍

 その猫を見かけたのは、ただの偶然だった。


 白い龍のピアスをつけた男――白は、住宅街を歩いている途中でふと足を止めた。


 古い家の前。


 塀の上に、二匹の三毛猫が並んでいる。


 一匹は桜耳の雌猫。


 もう一匹も三毛猫。


「珍しいな」


 白が目を細める。


 雄の三毛猫だった。


 それだけでも珍しい。


 けれど、白が足を止めた理由はそこではなかった。


「……いや」


 猫の形をしている。


 触れれば、おそらく普通の猫と同じように温かく、毛も柔らかいのだろう。


 だが。


 あれは猫ではない。


 本体は別の場所にある。


 そこから意識を伸ばし、猫の姿を形作っている。


「付喪神が実体化してる」


 白は少しだけ感心した。


「珍しいもの見たなぁ」


 それ以上、近づくことはしなかった。


 害のあるものには見えない。


 むしろ三毛猫の付喪神は、時折家の方を見たり、道の先へ顔を向けたりしている。


 誰かを待っているようだった。


 白には、その家の方にもう一つ気になるものが見えていた。


 薄い、黒いモヤ。


 人にまとわりつく厄の気配。


 今すぐどうこうなるほど濃いものではない。


 まだ形にもなっていない。


 白は少し眺めたが、手を出すほどのものではないと判断した。


「まあ、いいか」


 必要になれば、その時に考えればいい。


 白は再び歩き出した。


    ◇


 塀の上。


 三毛猫姿の招き猫は、遠ざかっていく男の背中を見ていた。


 ――あの人。


「なに?」


 先輩三毛が欠伸をする。


 ――今、こちらを見ました。


「人間なんだから猫くらい見るでしょ」


 ――そうではなくて。


 何と言えばいいのか分からない。


 猫を見る目ではなかった。


 珍しい三毛を見る目でもなかった。


 もっと奥。


 猫の姿の向こう側まで見られたような。


「気にしすぎ」


 先輩三毛は興味を失った。


 ――そうでしょうか。


「それより」


 先輩の耳が動く。


「来たよ」


 招き猫も道の先を見る。


 娘が歩いてくる。


「あ、今日もいる」


 娘が笑う。


「三毛ちゃん、ただいま」


「にゃあ」


 招き猫はいつものように返事をした。


 白い龍のピアスをつけた男のことは、それきり気にしなかった。


    ◇


 それから、少し経った日のこと。


 白は足を止めた。


「あれ?」


 何かが変わった。


 以前、あの家の方に見えていた黒いモヤ。


 薄くまとわりつき、少しずつ形を持ち始めていた厄。


 それが。


「……消えた」


 きれいになくなっている。


 白は少し眉を寄せた。


 厄は、理由もなく消えるものではない。


 誰かが払ったか。


 あるいは。


 本来、その人へ降りかかるはずだったものが、別の形で終わったか。


 白はしばらく考えた。


 そして。


 あの日、塀の上にいた三毛猫を思い出した。


 雄の三毛。


 実体化していた付喪神。


 家の方を気にして。


 誰かの帰りを待っていた猫。


「……ああ」


 白は小さく笑った。


「あの猫が頑張ったんだな」


 どうやって。


 何があったのか。


 白は知らない。


 猫が傷ついたことも。


 娘を車から庇ったことも。


 その傷が、本体の陶器にまで残ったことも。


 何も知らない。


 ただ。


 あの付喪神なら。


 守りたい誰かのために動いたのだろう。


 それくらいは想像できた。


「なら、いいか」


 白はそれ以上追わなかった。


 自分が手を出す必要はない。


 あの家には。


 ちゃんと守っているものがいる。


 白はまた歩き出した。


 夕陽を受けて、白い龍のピアスが小さく光った。


 龍と猫。


 二つの物語は、ほんの一瞬だけ交わった。


 互いの名を知ることもなく。


 言葉を交わすこともなく。


 ただ、それぞれが。


 自分の大切なものを守っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。