番外編.バズる
その日、娘は家の前で女友達と写真を撮っていた。
「もう一枚いこ」
「さっきのでよくない?」
「目つぶってた」
「誰が?」
「私」
「じゃあ撮り直そ」
二人でスマートフォンを覗き込み、位置を少し変える。
その後ろ。
いつもの塀の上には、桜耳の三毛猫と、金色の毛が混じった四毛猫が並んでいた。
――何をしているんでしょう。
「知らない。写真じゃない?」
先輩三毛猫は興味なさそうに尻尾を揺らす。
――こちらを向けていますが。
「自意識過剰」
どうやら本当に自分たちを撮っているわけではないらしい。
二人の人間は何枚か写真を撮ると、そのまま家へ入っていった。
四毛猫も、すぐにそのことを忘れた。
◇
翌日。
「ちょっと見て」
女友達が娘にスマートフォンを差し出した。
「なに?」
「昨日の写真」
「いい感じじゃん」
「そこじゃなくて、コメント」
女友達は昨日撮った写真を、自分のSNSに載せていた。
友達同士で撮った、何でもない一枚。
ところが、コメント欄には妙な反応が増えていた。
『後ろの三毛かわいい』
『二匹並んでるのいいな』
『猫の方もっと見たい』
『背景が本体』
娘が吹き出した。
「私たちの写真なのに」
「でしょ? ひどくない?」
「でも、かわいいから仕方ない」
「そっち側につくの?」
写真を拡大すると、背景の塀に二匹の猫が小さく写っている。
まだこの大きさでは、片方の猫に金色が混じっていることまでは分からない。
ただ三毛猫が二匹、妙に仲良さそうに並んでいる。
それが猫好きには刺さったらしい。
「猫の写真も上げてって言われてる」
「撮れば?」
「いいの?」
娘は少し考えた。
「家の場所とか分かるようなのはやめてね」
「了解」
「あと、玄関の招き猫は絶対一緒に撮らないで」
「なんで?」
「なんでも」
女友達は怪しいものを見る目で娘を見た。
「……また何か隠してるでしょ」
「偶然ってことにしといて」
「便利だな、その言葉」
◇
その日の夕方。
女友達は、本当に猫を撮りに来た。
「いたいた」
塀の上には今日も二匹。
女友達がスマートフォンを構える。
四毛猫は、その動きを見て少し身構えた。
――今日は、こちらを撮っています。
「そうみたいね」
――どうすれば。
「どうもしなくていいでしょ」
しかし四毛猫は、どうにも落ち着かなかった。
写真を撮られる。
そう意識した途端、背筋が伸びる。
前脚を揃え、尻尾を身体の横へきれいに置く。
首を少し上げる。
「……なんであの子、急に姿勢よくなったの?」
女友達が言った。
娘は口元を押さえた。
「知らない」
「さっきまで普通に座ってたよね?」
「写真慣れしてるんじゃない?」
「野良なのに?」
正確には野良でもない。
招き猫である。
「もっと自然にしてよー」
女友達が言う。
四毛猫は困った。
――自然とは。
「ほら、そういうとこ」
隣で先輩三毛猫が欠伸をする。
写真を撮られていることなど、どうでもいいらしい。
結果。
撮れた写真には、だらりと寛ぐ桜耳の三毛猫と、その隣で妙に凛々しく座る四毛猫が写った。
「まあ、これはこれでいいか」
女友達が投稿する。
『昨日、背景の猫を見せてと言われたので』
それだけ。
ところが。
◇
「……なんか、すごいことになってる」
その夜。
娘の部屋で、女友達から送られてきたメッセージを見ながら、娘が呟いた。
猫を主役にした写真は、昨日とは比べものにならない勢いで広がっていた。
『三毛コンビかわいい』
『桜耳ちゃんと仲良しなのいい』
『右の子、オスじゃない?』
『え、オス三毛?』
『なんか金色混じってない?』
『本当だ、右脚からお腹に金色ある』
『何この柄』
『四毛猫じゃん』
『めちゃくちゃ縁起よさそう』
『招き猫みたい』
最後のコメントを見て。
娘は笑った。
「みたい、だって」
玄関の招き猫は、当然その画面を見ることはできない。
けれど、その日の夜。
『あなた、バズったらしいわよ』
鏡台が言った。
――……ばずった。
『そう』
――何ですか、それは。
『たくさんの人に見られて、話題になることよ』
招き猫はしばらく考えた。
――それは、良いことなんでしょうか。
『場合によるわね』
『よくない場合もあるのか』
桐箪笥が口を挟む。
『知らん人間に顔を見られたんじゃろう? 大丈夫なのか』
――猫の顔です。
『顔は顔じゃ』
鏡台が笑う。
『そんなに心配しなくても、今はみんな写真を載せるのよ』
『なぜ知らん人間に見せる必要がある』
『今はそういう時代なの』
『分からん』
桐箪笥は納得していない。
招き猫も、あまり分かっていなかった。
――それで、私は何をしたんですか。
『何も』
――何も?
『塀に座ってた』
――それだけで。
『それだけで』
招き猫はますます分からなくなった。
『“いいね”もたくさん付いてるみたい』
鏡台が続ける。
――いいね。
『褒められてるってこと』
――福を招いたということでしょうか。
『それとは違うと思うわ』
即答だった。
少し残念だった。
『でも、“映える”らしいわよ』
――はえる?
『写真にした時、見栄えがいいってこと』
『毛ならもう生えとるじゃろ』
桐箪笥が言った。
『その生えるじゃないわよ』
――難しいですね。
『そのうち覚えるわよ』
鏡台は、なぜか少し得意げだった。
――鏡台さん、詳しいですね。
『あの子、よく私の前でスマホ見てるもの』
なるほど。
長年、人間の顔を映してきた鏡台は、今ではスマートフォンの画面まで映しているらしい。
『この前なんて“フォロワー増えた”って言ってたわ』
『ふぉろわーとは何じゃ』
『あなたは知らなくていいわ』
『なぜじゃ』
桐箪笥の声が少し不満そうになる。
招き猫は思った。
自分が猫として外の世界を覚えている間にも。
家の中の先輩たちは、それぞれ別の形で現代を覚えているらしい。
◇
翌日。
招き猫はいつものように塀の上へ実体化した。
先輩三毛猫が隣にいる。
「有名猫」
開口一番、そう言われた。
――やめてください。
「昨日、人間があんたの写真ずっと見てたよ」
――先輩も写っています。
「私は普通の猫だから」
――私も猫です。
「四毛猫でしょ」
――……。
そこへ娘が帰ってきた。
「あ、いた」
いつものように塀へ近づく。
「四毛ちゃん、バズってるよ」
――聞きました。
「にゃあ」
「あ、返事した」
娘が笑う。
「『幸運を呼びそう』だって」
招き猫は少し驚いた。
――なぜ分かったのでしょう。
「見た目じゃない?」
先輩三毛猫が言う。
娘には聞こえない。
「あとね」
娘がスマートフォンを見ながら続けた。
「『招き猫みたい』だって」
招き猫は黙った。
娘と目が合う。
娘の口元が少しだけ緩んだ。
「惜しいね」
――惜しいですね。
「にゃあ」
娘が吹き出した。
「ほんと、返事いいなあ」
しばらくして娘は家へ入っていった。
先輩三毛猫がこちらを見る。
「で、有名になった感想は?」
招き猫は考えた。
昨日と今日で。
自分自身は何も変わっていない。
塀に座って。
娘の帰りを待って。
隣には先輩猫がいる。
それだけだった。
――よく分かりません。
「だと思った」
先輩猫は欠伸をした。
「まあ、いいんじゃない?」
――何がですか。
「みんな見て、ちょっと嬉しくなったんでしょ?」
招き猫は少し考える。
写真を見た知らない誰かが、かわいいと言った。
珍しいと驚いた。
幸運を呼びそうだと笑った。
それで。
ほんの少しでも誰かが楽しい気持ちになったのなら。
――それも、福でしょうか。
「知らない」
先輩猫はいつものように答えた。
「でも、そう思うならそうなんじゃない?」
風が吹く。
三毛と四毛。
二匹の毛が揺れる。
招き猫は、少しだけ胸を張った。
「またその座り方してる」
――写真を撮られるかもしれませんので。
「だから普通にしてなさいって」
その日の夜。
『今日も“いいね”増えてたわよ』
鏡台が報告した。
――そうですか。
『お前さん、調子に乗っとらんじゃろうな』
桐箪笥が言う。
――乗っていません。
『本当か?』
――はい。
少しだけ。
写真を撮られる時の姿勢には、自信がついたけれど。
それは黙っておくことにした。




