2 討伐命令
発端は二ヶ月前のゴールディ伯爵による呼び出しだった。
ゴールディ伯爵は僕の上役に当たる人物で、黒髪を後ろに撫でつけた五十代の男だ。いかにも精力的な風貌で、実際その通りなのは誰もが知っている。というのも彼はローラス王家の代理として南大陸の行政を取り仕切る立場にあるからだ。表の肩書きは『ローラス王国南方総督』。裏では『商会王』とも呼ばれている。彼は南大陸有数の交易組合に絶大な影響力を持つ、清濁併せ持った実力者なのだった。
そんな伯爵が僕たち南大陸の熟練の騎士に招集をかけた。そして総督府の大会議室で、こう告げたのである。
「――心奪の魔法師の居場所を突き止めた」
室内が大きくどよめいた。
「確かな筋からの情報だ。やつは今、紅蓮山の自然洞穴のどこかに潜伏している。地下に眠る溶岩溜まりに魔力を注ぎ、大噴火を誘発するつもりらしい」
騎士たちは息を呑んで声を失った。もちろん僕も驚いて言葉が出ない。心奪の魔法師は伝説的な超常の殺人鬼であると同時に、僕の父の仇でもあったからだ。
ゴールディ伯爵が険しい表情で続ける。
「紅蓮山が噴火すれば、ふもとの穀倉地帯は壊滅する……。民の暮らしは立ちゆかなくなるだろう。情報筋によれば、心奪の魔法師は飢餓と混乱をもたらすことで、再び悪の世を栄えさせようとしているのだという。必ずや止めねばならん。――やつを討て!」
そのような経緯で、僕たちは心奪の魔法師の討伐に向かったのだった。
紅蓮山の山肌には無数の洞窟が口を広げており、どれが敵の潜む場所へ続いているのかは杳として知れない。ここには昔ベヒモス対峙に赴いたことがある。しかしあのときは洞窟の奥まで踏み込んだわけではなく、僕にもまったく判断がつかなかった。
騎士たちは数人ずつに分かれて、手分けして洞窟へ潜る。僕は作戦に同行したジークと妻リズの三人で、山腹にある自然洞穴へと足を踏み入れた。
妻が今回参加しているのは、僕が父の仇を討つための武器を用意してくれたからだ。
普段の僕は右腕に装着したガントレット一体型のクロスボウで戦っているが、剣と比べると、やはり破壊力が圧倒的に足りない。相手が巨大な魔物なら、急所に何本も打ち込む必要がある。それでは心奪の魔法師を討てないと考えた妻は知恵を絞り、一発当てた時点で致命傷になり得る特殊な矢を考案してくれたのである。
矢の名は『内部燃焼ボルト』――。やや太めの矢の中に、松脂と硝石と炭をもとにした粘着性の樹脂が仕込まれている。敵に刺さると衝撃で火打ち機構が作動し、発火して内部で燃え続ける仕組みだ。どんな生き物でも体の内側を焼かれたら耐えられないだろう。
ただしこの矢は取り扱いが極めて難しい。湿気に弱く、衝撃で暴発の危険もあるため、今回だけは作成者の妻が一緒に来てくれたのである。あるいは僕とジークが無茶しないように後方で見守るつもりだったのかもしれない。
僕たちは油ランプを片手に、暗闇の中を慎重に奥へ進んでいった。




