1 思い出の店
その店の光源はあちこちに吊るされたランプとろうそくだけだから、薄明るくて心地いい。十六年前に初めて来たときと同じだった。ここだけは何も変わっていない。
奥の台の上には薬草の束がずらりと陳列され、棚には色とりどりの液体が入ったガラスの小瓶や素焼きの壺が所狭しと並んでいる。漂うのは様々な草花や熟した果実の香り。それから鼻につんと来る松脂と、はちみつの甘い匂い。
「懐かしいな……」
店の隅の椅子に腰を下ろした僕――エドガー・フレームヴェインは小さく呟いた。
目の前にはワイン樽の上に丸い木板を敷いたテーブルが置かれ、対面では僕の妻が同じように懐かしそうに目を細めて店内を眺めている。
「なんだかあの日のことを思い出しますね……」
妻の名はリズ。十六年前に出会って恋人同士になり、それから三年後に結婚した。もとは武具屋の娘だが、今では僕が騎士として預かる荘園の管理を、その優れた頭脳で見事に支えてくれている。拡張できる帳簿を作り、農民が働きやすい制度を整え、さらには新しく始めた羊の放牧なども順調だった。何をやっても優秀な人なのだ。
もちろん利発なだけじゃない。連れ添って長いが、美しさも変わらない。長い金髪と整った顔立ちに、今では大人の包容力を感じさせる大らかな魅力が加わった。
実際のところ、僕もリズも大人になったのである。彼女は一児の母で、子供も今や十三歳なのだから。
しかもその子は途轍もなく強く聡明で、十三歳の若さにして既に『無双のジーク』という異名で呼ばれている。父としては誇らしくも照れ臭いが、その実力は本物だった。筋骨隆々の成人が三人いても力比べでは勝てない。ほとんどの魔物はジークの愛用する鉄塊のような大剣で瞬殺されてしまう。実際、先日も大きな手柄を立てたのだが――。
「そういえば遅いな。ジークのやつ」
ふと思い出して僕は呟いた。
もともと今日はこのマリスキュー香草店で一緒に香草湯を飲む予定だった。手柄を立てたお祝いに、美味しい飲み物をご馳走しようと思ってのことだ。ここは中央街でも知る人ぞ知る名店なのである。ちなみに中央街の正式名は『ローラス・サウスセントラル・ロイヤルシティ』だが、長すぎて誰もその名では呼ばない。
先ほど通りを歩いていたときのことだ。急にジークが用事を思い出したから先に行っていてほしいと言い出した。昔から少し気まぐれな性格なのである。すぐに済ませて店に行くからと言うので、こうして妻とふたりで到着を待っているのだが。
「買い物でもしてるんでしょう。あの子は武器のたぐいに目がないから……。でもいいじゃないですか。急ぎの用事もありませんし、ゆっくり待ちましょうよ」
「それもそうだな」
僕はうなずき、ジークが今回立てた武勲について思いを馳せる。




