11 血脈
長い年月が経った。
その後も私は二十年に一度やってくるオルヴォスを魔法で倒し続けていたが、彼は年々手強くなる。どうやら転生を重ねるほどに戦闘能力が強化されるらしい。つい先日は油断もあって、なんと頬に一ミリほどのかすり傷をつけられてしまった。〇・一秒後には元に戻り、彼を爆散させて始末したが、そろそろ真面目に対策を考えた方がいい。
「でも、どうすれば……」
倒した途端に転生してしまうのなら、それができないように精神に干渉して無力化するのが最も手っ取り早い。例えば魔法で眠らせて、何百年も夢の世界で無為の時間を過ごさせるとか、私への敵意そのものを奪い去ることができればいいのだが。
「難しいんですよね……。そういう細々したことは」
私の魔法は引き起こす現象を映像として頭に思い描く必要があり、心理操作じみた真似は苦手だった。いや、苦手というより無理だ。私は昔から他人の気持ちをうまく想像することができない。心や感情という仕組み自体がよくわからないのだ。だったら取り組むべきじゃない。生まれつき不得手なものは、いくら努力しても上達しないだろう。
視点を変えて考える。だったら地面にこれ以上なく深い穴を掘り、その底に突き落として巨大な石のピラミッドで出口をふさぐのはどうだろうか?
いや、それもやはり効果的とは言えない。どこへ閉じ込めてもオルヴォスが自らの意志で命を断てば終わりだ。その時点で転生が発動する。その気になればドラゴンのブレスでいつでも自爆できる以上、彼に意識が残っている限り、つねに転生の機会がある。
「どうしたらいいのでしょう……。困りました」
私は果てしなく深いため息をついた。
悩みを晴らす案が浮かんだのは、ある晩、寝る前の柔軟体操をしていたときだった。
「……そういえば、心理操作はフレームヴェインの得意技でしたっけ」
ドラゴンに催眠をかけられる彼の末裔なら、ドラゴンと融合したオルヴォスを殺さずに処理できるかもしれない。彼の子孫は今どこにいるのだろう?
「いえ、でもそう簡単にはいかないですよね……」
オルヴォスは魔人族だ。身体能力が極めて高く、おまけに魔法も使える。フレームヴェインが催眠術をかけようとしても、その前に攻撃を受けて倒されてしまう可能性が高い。
「そうだ。彼にローラスの戦闘特性が備わっていれば……。ああ、それにアデプタスのような知力もあれば判断能力がぐっと上がるはずです」
勇者ローラス、賢者アデプタス、竜殺しフレームヴェイン――。一緒に魔王を倒した、頼りになる仲間たち。この三人の能力を受け継ぐ者が誕生すれば、オルヴォスをうまく無力化できるかもしれない。
こうして私は下調べに移った。調査の結果ローラスの子孫はもちろん、アデプタスの末裔もフレームヴェインの一族もすぐに見つけることができた。これはいけるのではないだろうか? 優れた植物を交配で新しく作り出すときのような知的な高揚感を覚える。
私は長い時間をかけて、彼らにさりげなく接触しては誘導していった。
とはいっても大したことはしていない。香草湯を飲ませて軽く示唆を与えたり、思わせぶりな言葉をかけただけである。うまくいくかどうかなんて全然わからない。魔法の暴力で無理やり言うことを聞かせるのは、さすがに仲間の子孫たちに失礼だと思ったから、そうせざるを得なかった。世間の道徳から少し外れた(と言われがちな)私なりの倫理である。
最終的には彼らの自由意志を何よりも優先する――。そのルールを計画の中心に据えて実行した。
まずは子供がいないジークハルト十四世の代わりに、王女ソフィアが意中の相手と結ばれることができる流れを作る。城に呼ばれたとき、遠回しに素直になれと促した。
その後、ソフィアの生んだ兄弟が王位を巡る争いに巻き込まれて対立する。弟の息子のバーソロミューは優秀だったから、家を出たら南大陸へ行きたくなるような考えを植え付けた。
やがて大人になったバーソロミューはロムと名前を変えて南大陸へ行き、そこでフレームヴェイン家のユリアナと結ばれて、エドガーという息子が生まれる。
このエドガーは戦闘特性とドラゴン催眠の両方の資質を備えた、極めて優秀な異能戦士だったはずだ。しかし不幸にも若くして右手を負傷して戦えなくなってしまう。
残念だったが、この際だ。彼にアデプタスの末裔のリズという少女を接近させたいと私は考えた。そうすれば三つの血脈がひとつになるかもしれない。もしかすると人類の最高傑作が生まれる可能性もある。ひとまず試してみよう。まずは取引相手のベイコンの仲介で姪のリズをこの店に来るように働きかけ、香草湯をご馳走して親しくなり――。
私の計画は亀の歩みのようだったが、それでも実現に向けて少しずつ進んでいった。
当然と言えば当然かもしれない。なにせ私には無限の寿命があり、いくらでも失敗が許される。うまくいかなくても永遠に続く時の流れの中で何度でも試せばいいのだから。
そんな遠大な試行錯誤の末、ついに理想を体現する者が生まれた。
ローラス王家の戦闘特性にフレームヴェイン家の催眠能力を兼ねそなえた青年エドガーと、アデプタス家の知力を受け継ぐ聡明な娘リズが結婚して、子供が生まれたのである。
その子は幼い頃から知勇兼備で、今では人々に『無双のジーク』と讃えられる傑物なのだそうだ。これはもう、いやが上にも期待が膨らむ。
「頼みましたよ、ジーク……」
私はオルヴォスの隠れ家の情報をある人物に流し、戦いのお膳立てをした。
ある意味、それは人間と魔人族の最後の対決と言えるものになるかもしれなかった。




