6 最終作戦
三か月が経った。
戦機は熟したと判断した勇者ローラスが号令を下し、私たちはついに魔人族の支配を終わらせる最終作戦の実行に移った。
作戦内容はいたってシンプルで、敵の本拠地に少人数で潜入し、魔人族の王――魔王を討ち取るというもの。各地のレジスタンスから兵力を集めた大軍団が正面から攻撃を仕掛け、その派手な動きに敵の注意が向いている隙に私たちが一気に魔王を倒す。
潜入するのはレジスタンス選りすぐりの精鋭で、私とローラスとアデプタスとフレームヴェインの四名だ。これが最後になるかもしれないから一応説明しておこう。
ローラスは本名アルカディオ・ローラス。言わずと知れたレジスタンスのリーダーで、「勇者」の異名を持つ近接戦闘の達人である。彼はもともと魔人族の実験で生み出された人間らしく、戦闘特性と呼ばれる高い運動能力もそれに由来する。上位の魔人族とも互角に戦うことができる彼は人間からすれば、まさしく勇者以外の何者でもない。
アデプタスことメルキアデス・アデプタスの異名は「賢者」。自称賢者でもあるが、実際かなり頭が切れるから侮れない。魔人族の装置を解析して私を召喚したことからも、その才覚はあきらかだ。彼もまたローラスと同様の実験体らしく、オリジナルの様々な武器や防具を作って私たちを支援してくれる。
最後のひとり、アウレリャノ・フレームヴェインもまた、魔人族の実験体だ。彼の異名は「竜殺し」。ドラゴンを催眠状態にして始末することに特化した稀有な能力者である。
魔人族は魔法で作った様々な生き物――魔物を従えているが、その中でも最も強力で厄介なのがドラゴンだ。ドラゴンはあまりにも強い力を持つため、しばしば裏切って魔人族を襲う。そんなときの始末役として「竜殺し」は生み出されたらしい。
竜殺しの催眠術にかかったドラゴンは自我を失い、死ねと命じられれば即座に死ぬ。だから私たちが潜入先でドラゴンに遭遇してもフレームヴェインさえいれば安全だ。私の魔法は、発生させたい現象を頭にリアルに思い描く必要があるため、心理操作じみたことは苦手である。よって彼は貴重な存在なのだった。
そして最後に私こと真里須更紗だが――。
魔人族からは「マリスクイーン」と呼ばれている。私の苗字にかこつけて、悪意の女王を意味する異名をつけたようだ。略称は「マリスQ」。
響きが気に入ったため、最近では自分でもそう名乗っている。サラサ・マリスQなんてアガサ・クリスティーみたいで素敵だと思うから。
――と、そんなことを考えているうちに、敵の本拠地である魔王城に到着した。
立ち止まっている暇はない。そして今や私はどれだけ全力疾走しても疲れない体だ。そのまま突き進んで、中央の螺旋階段を三人の仲間とともに駆けあがる。途中で現れた魔人族の戦士たちは私の視界に入った途端、約一秒で魔法の餌食となって絶命した。
まもなく魔王城の最上階に至る。
「とうとう辿り着きましたね……」
私は誰にともなく呟く。そこは恐ろしく天井が高くて広い、まさに王の間だった。青白い炎を灯した巨大な燭台が薄暗い空間に点々と屹立している。もう雑兵はいないので、長く伸びた赤絨毯の上を私たちはゆっくりと奥へ進んでいった。
「ここまで這い上がってきたか。卑小な虫けらどもよ」
やがて地の底から響くような低い声でそう言ったのは、すさまじい大きさの玉座に腰かけて頬杖をついた魔王――。その姿は全身が針金のような黒い毛で覆われた異形の巨人だった。身長はおそらく十メートル以上ある。阿修羅のように頭が三つあり、どれも恐ろしい形相だった。背中にはコウモリを思わせる翼が生え、水牛のような角も生えていた。
「勘違いするなよ、虫けらども。お前たちは我らが踏み殺すために生まれてきた下等生物にすぎん。ここまで辿り着くことができたのは、あくまでも偶然だ」
魔王は嘲笑的にそう言うと、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
「虫けらが死ぬのは悲劇ではない。単なる自然の摂理だ。さあ、かかって来るがよい。思いあがったお前たちの心を今ここで叩き潰してや――」
ピシッ。
その瞬間、魔王の全身が凍りつき、物言わぬ氷の塊と化した。あ、やっちゃったと私は思う。魔王の話が長く、内容的にもありふれたものだったから途中で飽きてしまった。時間の無駄だと思って適当に聞き流しつつ、魔法を使う準備をしていたのだが、ついうっかり発動させてしまったのである。ともに魔王と対峙していたローラスたちが横で唖然としているので、いかにも意図的に倒したかのように私は勇ましい表情を作って口を開く。
「――《第九氷結》」
私が自作の魔法名を呟いた直後、氷の塊になっていた魔王が粉々に砕け散った。
魔人族は心臓を複数持っている。そして心臓ひとつが百年の寿命を司る。彼らは寿命が少なくなると、他者の心臓を奪って食うことで補充できるのだ。異様に長寿なのはそのためである。心臓は最大九つまで体内に搭載できるということだが――。
私は今、魔王の心臓を九つ同時に凍らせて破壊した。この攻撃に耐えられる魔人族は存在しない。ローラスもアデプタスもフレームヴェインもまだ驚きで口がきけないようだが、最終決戦が既に終わったのは事実である。初対面の挨拶の途中で、魔王は死んだ。
人類は戦争に勝ったのだった。




