4 ローラス
二週間が経った。
その日も私は例によってレジスタンスの拠点にある自分の部屋で本を読んでいた。
光源は壁にいくつも取り付けられたランプ。部屋の隅には真新しいベッドがある。不老不死になったせいか、私の肉体は〇・一秒ごとに初期状態へとリフレッシュされ、汚れることがない。飲食や排泄も必要なかった。頭が疲れたときは眠るが(なぜか脳は初期化されない)、体から老廃物が生成されないため、ベッドは新しいままなのである。
この世界に呼び出されたあの日以来、私はここで魔法の勉強を続けていた。たまに外出することもあったが、外では基本的にすることがない。
学習の教材は、壁際の本棚にずらりと並んでいる百冊近い魔法書だ。これはローラスが提供してくれたもので――会話と同様に読み書きも問題なかった――もとはレジスタンスが魔人族から盗んできたものらしい。人間の著作は一冊もない。あくまでも魔人族が魔法を使うための手順と、それによる人間の利用方法などが書かれている。
だからこそ興味深かった。こんな本は元の世界では逆立ちしても読めないだろう。今は好奇心の赴くがままに読み続けるべきだった。
正直に言うと、これ以上何も読まなくても魔法の使用法そのものは理解している。
この世界の魔法は生命エネルギーを神へと捧げ、その後はどんな事象を発生させたいのか、脳裏に具体的な光景を思い描くだけでいい。それだけで奇跡は発現する。面倒な儀式や詠唱は必要ない。もっとも脳裏にきめ細かく映像を思い描く方がよほど難しいという考え方もあるが――幸いにも私は頭の中で物事を具象化するのが得意だった。それに加えて今は不老不死で、寿命は無限。だから魔法は使おうと思えばいつでも、いくらでも使える。仮に魔人族が今ここに攻め込んできても、むざむざ殺されることはない。
「魔人族……か」
私はぱたりと本を閉じ、ふと虚空に視線を向けた。
魔人族の蛮行は既に何度もこの目で見ている。ローラスとともに偵察に行ったのだ。
レジスタンスの拠点を出て、小一時間ほど歩いたところに広大な畑がある。そこで大勢の半裸の男女が鍬や鋤を持って過酷な農作業に従事させられていた。彼らは鎖のついた首輪をつけられ、管理番号を肌に刻まれて、人間の尊厳をすっかり剥奪されていた。
話によると全員、豚と同じ小屋で飼育されているのだという。
「なんてひどい……」
私は岩陰に隠れてその光景を見たのだが、さすがに深いショックを受けた。じつは私は意外と感受性が豊かだったのかもしれない。
「彼らはまだましな方です。ああやって労働力として生かされているのですから……。ひどい場合は人間として生きていくことすらできない」
ローラスが苦渋の滲む表情で呟いた。
「どういう意味ですか?」
「一番残酷なのは魔法の実験台にされることです。全身を凍らされたり、生きたまま分割されたり……。ひどい場合は動物や植物と融合させられたりする。魔人族はぼくたち人間をごみ同然の存在だと思ってるんだ」
絶対に許せない、とローラスは真剣な顔で呟き、ぎりっと歯噛みした。そして私に顔を向けて正面から目を合わせる。その瞳には純粋で激しく美しい怒りの熱が宿っていた。
「ぼくは必ず魔人族から人々を解放する……。そのために命を賭けて戦います。できることなら、あなたもぼくの思いを理解し、ともに戦ってくれると嬉しい」
「……わかりました」
そういうことなら協力せざるを得ない。いや、自分の意志で戦おう。私は元の世界では冷血とか無感情などと皆によく揶揄されていたが、決して人間が嫌いなわけではない。ただ少し人間味が乏しいだけだ。同じホモ・サピエンスとして、罪のない多くの男女が虐げられるのを黙って見ているわけにはいかない。
「ローラス、あなたに約束します。私が魔法でこの世界から魔人族を駆逐すると」
私が抑揚のない声で告げると、ローラスは目を丸くして驚き、それから声を出さずに涙を流して喜んでいたものだった。




