5 香草店
それから僕とリズは角を曲がって彷徨い小路に入った。
彷徨い小路は異国人が集まる裏通りの商店街だ。僕はあまり来たことがない。先ほどのハンスの話もあり、僕は警戒して辺りに目を配っていたが、怪しいと思えばなんでも怪しく見える。異国情緒に翻弄されて歩いていると、やがてリズが足を止めた。
「ここです」
通りの奥まった場所に小さな店があった。飾り気のない木造の古い建物で、外壁の白い塗料がところどころ剥げている。彷徨い小路に溶け込むような地味な外観だった。
とはいえ、仄かな甘い匂い、樹木の匂い、煙のような匂いなど、様々な香りがうっすら漂ってきて、どこか冒険的な気分を刺激する。
「全然知らない店だ。えっと……『マリスキュー香草店』」
木彫りの看板の文字を僕は読み上げた。香草とは薬草の中でも香りや風味がよいものを指す。つまりここは主にハーブを取り扱う薬草店なのだと思うが。
「マリスキューってなんだ?」
「あ、それは店主の名前です。ちょっと待っててください。先に荷物、届けてきます」
荷物は正面ではなく裏口から配達する決まりらしく、リズは店の後方へ素早く走っていった。残された僕はとくにすることもなく辺りを見物していたが、やがてそれにも飽き、いつしか先ほどハンスから聞いた話を反芻している。
心奪の魔法師――。殺した相手の心臓を食らう伝説の殺人鬼にして、何百年も生き続けている超常の存在。本物の魔法使いでもある。この世界に魔法なんて使える者は基本的に存在せず、ほとんどが自称魔法師の詐欺師だが、どういうわけかそいつだけは別なのだ。実際、異様な長寿を保っている。なぜ魔法を使えるのだろう? おそらくはかつて滅んだ古の魔人族の末裔だからではないかというのが識者たちの意見だ。
しかし僕にとってそこは重要じゃない。心奪の魔法師はいつか倒すべき怨敵である。
なぜなら父を殺した仇だからだ――。
父は僕が物心がつく前に、心奪の魔法師に心臓を奪われて殺された。幼い頃から母に繰り返しそう聞かされていたのである。なぜそんなことになったのかは母にもわからないそうだが、父は優秀な戦士だったらしいから、その心臓を食って己の血肉にしたかったのかもしれない。
そして、だからこそ今の僕の絶望は深かった。
僕は騎士として剣の腕を磨き、いつか父の仇を討とうと考えていた。具体的な計画はまだ立てていなかったが、そいつを探し出して倒すのが人生の最終目標だった。しかし右手が不自由になって剣の道が絶たれた今、その夢も失ってしまったわけである。
改めて自問せざるを得ない。これから僕はなんのために生きていけばいいんだろう?
そのとき、迷える者を我に返らせるかのように突然ごおんと鐘の音が響く。鐘の音はその後もごおんごおんと続き、全部で八回鳴った。
「……小休止の時刻か」
中央街の中心には青の塔と呼ばれる文字通り青い鐘楼があって、鐘を鳴らして皆に時間を知らせてくれる。王国が定めた不定時法によるものだ。今は八回鳴ったから正午を過ぎてそこそこ経った休憩の時間ということ。もちろん無視しても全然構わないのだが。
まもなくリズが店の裏から走って戻ってくる。
「お待たせしました! ちょうどひと休みの時間ですね。エドガーさん、どうぞ中へ。マリスキューさんが飲み物を出してくれるそうです」
「え、飲み物? なんの飲み物だろう」
「配達した香草で作ったものです。一緒にご馳走になりましょう!」




