2 経緯
「それはまあ……その通りです」
若干たじろいで答えるローラスは豪奢な金髪が目を引く、精悍な雰囲気の男だ。古代が舞台の洋画に出てきそうな勇ましい風貌で、年は二十代だろう。体にぴったり合った革の胴着と黒いズボンと革靴を身につけ、腰には剣を帯びている。彼の後ろには部下のような男がひとり、影のようにひっそりと控えていた。
私はいつものように表情ひとつ変えずに切り出す。
「ともかく、まずは確認させてください。元の世界の本来の私は、おそらく持病の発作で死に、その魂だけが――魂の存在は肯定せざるを得ないようです――あなたたちの手でこの世界に呼び出された。そして肉体を再構築されて今ここに立っている。そういうことですね?」
私は大学で着ていた私服ではなく、見たこともない純白のローブをまとっていた。仕組みはわからないが、衣服も再構成されたのだろう。今のところはそう考えるしかない。
「まさしくその通りです。我々が戦っている敵はあまりにも強大極まりない……。そしてあなたは我々人類に残された最後の希望なのです!」
ローラスが真剣な顔で熱く訴えかけるが、私は真顔で首を傾げざるを得なかった。
「理解できません……。私はただの学生です。見たところ、あなたたちは極めて原始的な武装勢力のようですが、なぜ私を? 言っておきますが、私の肉体は脆弱で、運動能力も低い方です。こと物理的な争いにおいては戦力になり得ません。一体何を期待して呼び出したのですか?」
「それはもちろん、魔法を使えるからさ」
ふいに声をあげたのはローラスの背後に影のように控えていた男だった。癖のある茶色い髪をもしゃもしゃと無造作に伸ばし、薄汚れた暗い色のローブを身につけた三十代くらいの軽薄そうな男である。大物ぶった歩き方で前に出てきて私と目を合わせた。
「あなたは?」
「おっと失礼。自己紹介が遅れたね。俺はメルキアデス・アデプタス。仲間たちには賢者アデプタスと呼ばれてる。ローラスの右腕さ。そして君はサラサ……そうだね?」
「真里須更紗です。呼び方はご自由にどうぞ。では賢者らしく要領よく説明してもらえますか。なぜ私を呼び出したのか、そして魔法が使えるとはどういう意味なのでしょうか?」
私が尋ねると、自称賢者のアデプタスは指を軽く鳴らした。
「うん、いい質問だ。でもそれにはまず俺たちの敵のことから説明しなくちゃならない。その方が要領がいい――たぶんね。退屈かもしれないが、聞いてくれ。この世界がどうなってて、俺たちがなぜ殴り合ってるのかをさ」
それから身ぶり手ぶりと時折珍妙なジョークを交えてアデプタスが語った話を私なりにまとめると、次のようになる。
もともとこのワンド大陸には、ごく少数の人間が牧歌的に暮らしていた。ローラスやアデプタスが生まれる前の話だから、どこまで信憑性があるのかは不明だが。
ともあれ、楽園の終わりは唐突に訪れる。前兆のない嵐のように魔人族と名乗る異形の軍勢が襲来したのだ。
魔人族の姿は簡単には説明できない。人間に似た者もいるが、基本的にはなんでもありだからだ。巨人もいれば小さな者もいる。頭に雄牛のような角を生やした者もいれば、両手の代わりに巨大な翼を持つ者、はたまた蜥蜴を思わせる長い尻尾を伸ばした者もいる。その姿はじつに多種多様で、おそらく私が元いた世界で言うところの悪魔に近い存在なのではないだろうか。別世界から来たという彼らは、あっという間に人間たちを打ち負かして世界を手中に収めた。生き残った人間たちは魔人族に従属する種族として、以後は家畜も同然の扱いを余儀なくされる。それほどまでに力の差は圧倒的だった。
魔人族は魔法を使うことができたからだ。
魔法とは、ひと言で言うなら「神の代行行為」である。神は時折この世の法則を超えた奇跡をもたらすが、それと同じことが魔法によって可能になるのだという。
当然ながら自由にいくらでも使えるわけではなく、支払うべき代償は高くつく。それは自らの寿命である。魔法とは命を対価として神に差し出す行為なのだ。
目の前の敵を瞬時に絶命させるような「小さな奇跡」には、百年ほどの寿命が必要。
一方、地形を操って理想の集落や巨大建造物を創造するような「大きな奇跡」には、八百年ほどの寿命が必要になるらしい。
魔人族の寿命は長い。それを支えるのは極めて密度の高い生命エネルギーであり、神に支払う対価となるほど高品質だ。だからこそ彼らは神の御業の代行としての魔法を使うことが許される。生命エネルギーの質が低く、寿命が百年にも満たないこの世界の人間には最初から手の届かないものなのだった。
また、魔法を使えば他の生き物同士をかけ合わせて魔物と呼ばれる新しい生命体を生み出すことができる。さらに自分がその魔物と融合すれば、新たな異形の力の獲得も可能である。彼らの外見が千差万別なのはそのためだ。つまるところ魔人族の圧倒的な戦力はすべて魔法に起因する。
だったら魔法を無制限に使える者を味方につければいい――。
そんな考えのもと、私こと真里須更紗の魂がこの世界に召喚されたという話だった。




