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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第7話】 サイラス(レナス公)42歳――心の中に秘めた針
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8 決着

 そして長い回想を終えた私は我に返った。


 ここはホワイトフォード城の応接室。目の前ではバーソロミューが険しい顔で私を睨みつけている。暖炉で薪がぱちぱちと音を立て、話についてこられなかった様子のヨハンが近くで呆然としていた。


「あなたが父上を殺したんですね、閣下?」


 バーソロミューが私に問うた。その双眸は確信の色を帯び、どんな言い訳も通用しそうにない。父上を殺したお前を決して許さないと瞳が雄弁に主張していた。


「……妻からはもう話を聞いたのか、バーソロミュー?」


 私の問いに、彼は短くあごを引くようにうなずく。


「そうか」


 思った通りだった。公爵である私を殺人者だと告発するのだから、念入りに事前調査をしていないはずがない。ヨハンだけではなく妻にも接触済みだったわけだ。


 無論、だからといって私が殺人者だと立証できたわけではない。あくまでも不在証明が崩されただけで、まだいくらでも言い逃れはできる。できるのだが――。


「……お前の勝ちだ、バーソロミュー」


 私は自分でも驚くほど、あっさりと白旗を上げていた。


「そうだ。あの日アンドリューを殺したのは私だよ。お前の父は人望も実力もある。何より評議会の強い後押しがある。このままだと私は王になれん。だったら殺してしまえと――心奪の魔法師という男にそそのかされて道を踏み外してしまったのだ……」


 私がすべてを打ち明けたのは今にして実感していたからだ。自分の悪王の素質はどうやら本物のようだと。あの夜、心奪の魔法師が私に告げた言葉は真実だったのだと――。


 心奪の魔法師は言っていた。私が王位を継けば悪王となり、世界は災厄に満たされる。人々は嘆き、秩序は乱れ、この世は荒れ果ててしまうのだと。


 冗談ではない。そんな悪王を断じて誕生させるわけにはいかなかった。


 私は間違った人間だ。身の丈に合わない王位を欲した卑劣な男だが、決して国を荒廃させたいわけではない。信じてもらえないかもしれないが、私は生まれ育ったこのローラス王国を純粋に愛している。いつまでも平和な国であってほしい。その望みだけは今でも変わらないし、数少ない本物の気持ちなのだ。いや、本物だと信じたい。


 だからこそ私は懐からガラスの小瓶を取り出して中身をあおる。いつ何が起きてもいいように、あの日から肌身離さず身につけていたものだ。これで悪王誕生を阻止できる。


 バーソロミューが慌てて駆け寄ってくるが、とき既に遅し。私は床に膝をつき、焼けるように熱い胸を押さえる。早くも込み上げるものがあり、口の中に血が溜まり始めた。


「すまない、バーソロミュー……この毒を飲んだら……もう助からん」

「閣下!」

「だが死ぬまでには多少の時間と苦痛を要する。その前に……終わらせてくれないか」


 視線で促すと、バーソロミューははっとして自分の腰の短剣に目をやった。私の唇の両端から黒い血が溢れてあごを伝い、床にぼたぼたと黒ずんだ血だまりを作る。


「頼む、その短剣で楽にしてくれ……」


 心を込めて懇願すると、バーソロミューは強張った真っ青な顔で腰の短剣をゆっくりと抜いた。ヨハンが悲鳴をあげて部屋から逃げ出す。バーソロミューの表情はさらに鬼気迫るものとなり、鋭い短剣の切っ先が私に向けられた。死にかけているせいか、時間の流れが奇妙に引き延ばされ、この世のあらゆる動きが遅くなる。美しく光る刃が自分の胸に緩やかに吸い込まれていくのを眺めながら、私は考えた――。


 バーソロミューは本当に優しい男だ。だからこそ彼はこれから家を出ることになる。理由はどうあれ、結果として私は毒で死ぬ前に彼に刺し殺されるのだから。公爵殺害は重罪である。


 もちろん正当な事情を打ち明けて釈明するか、あるいは法的に争うこともできるだろうが、そのとき対峙するのは私の息子のラスリーだ。バーソロミューとラスリーの関係を考えれば正面切って対決することはまずありえない。私を殺したバーソロミューはラスリーにとって父の仇になるのだ。この構図に心優しきバーソロミューは耐えられないだろう。


 幸いにも、このワンド大陸は縦に長く伸びていて、北大陸と南大陸に分かれている。

 ローラス王国の王都があるこの北大陸と異なり、南大陸は気温が高くて未開の土地も多く、まだかなりの魔物が生息しているそうだが、それでも多くの人々が住んでいる。


 さらには中央街もある。北大陸の中央街と同じくらいの規模で、基本的な街の設計も同じだそうだ。分厚い壁に囲まれているから当然魔物も中に入ってこられない。


 こちらの中央街だと建物の壁の色は赤系統が多いが、南大陸では青系統が多いという。その方が強い日ざしを和らげ、暑さ対策になるらしい。だから時刻を知らせる鐘は北大陸では『赤の塔』で、南大陸では同じものが『青の塔』と呼ばれているそうである。


 聡明で心優しいバーソロミューには、赤よりも青い中央街の方が似合うだろう。


「伯父さん……許してください」


 私の胸に刃を突き立てながらバーソロミューが涙を流した。それを言いたいのはこちらの方だ。ありがとう、と心を込めて私はささやく。そして最後の力を振り絞って続けた。


「南へ……逃げるのだ……。向こうなら、誰も気づくまい……」


 ラスリーとは争わないでくれ――。


 そんな最後の願いを口にする前に私は意識を失い、二度と目覚めることはなかった。


     * * *


 その後、バーソロミューは伯父サイラスの最後の助言に従って南大陸へ向かう。

 名前はロムに変え、自分のことも「ぼく」ではなく「俺」と呼ぶようになった。

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