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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第7話】 サイラス(レナス公)42歳――心の中に秘めた針
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2 甥の話

「それで話というのは?」

「そうですね、何から話せばいいか……」


 ふいにバーソロミューが懐から小さく畳んだ布を取り出して開いていく。布は複数重ねられ、やけに何度も折り畳まれていた。広げたそれを両手に乗せてこちらに近づける。


「閣下、まずはこれをご覧になってください」


 なんだろう? とくに何の変哲もない白い布に見えるが――。私が手を伸ばして触れようとすると彼は素早く口を開く。


「ああ、触ってはいけません。よく見てください。布の上に針があるでしょう?」

「うむ? ああ……確かに」


 よく見ると、布の中央には小さな針が載せられていた。親指の半分ほどの長さで、先端には黒ずんだ樹脂状のものが少量こびりついている。


「これはただの針じゃありません。なんだと思います?」

「そうなのかね? さて……ちょっと見当もつかないが」

「材料が骨なんです。金属ではなく、骨を削って作った針なんですよ。鳥の骨を刃物で切り取って削り、研磨用の石で精密に加工したものです。この国ではなく、南方で作られる特殊な用途の針なのだとか」


 バーソロミューの口調は珍品の披露にしては、どこか意味深に感じられた。


「ふむ、南方由来ということは中央街の異国人から手に入れたものか? しかしなぜ、わざわざ骨で針を……。なんに使う針なのだ?」

「ある意味では自分としても頭痛の種です。この針の存在を知ってよかったのか、それとも知らない方が幸せだったのか……」


 バーソロミューは不思議な発言をすると、再びその針を載せた布を幾重にも慎重に折り畳んで懐に収めた。そしてふいに「おっと、いけない!」と声をあげる。


「すみません閣下、ひとつ申し遅れていました。今日は最初にお礼を言わなくてはと思っていたんです。先日は我が父、アンドリューの追悼の式にお越し頂いて、ありがとうございました」

「ああ……構わんよ。他ならぬ弟だ。私が行かない理由はない」


 急に頭を下げられて、私はわずかに面食らいながらも沈鬱な面持ちでうなずいた。

 バーソロミューの父親で、私の弟でもあるアンドリューは先月に亡くなったのである。


 その件はレナス地方の民なら既に知らない者はいない。落馬事故という死因だけではなく、このような事細かな経緯までもが世間に広まっている。


 ――その日、アンドリューの居城であるセイラン館の近くの森で小火騒ぎが起きた。

 幸いにも火はすぐに消えて大事には至らなかったが、現場に駆けつけた者たちの中に城主のアンドリューの姿もあった。貴族としての責任ある振る舞い。結局はそれが裏目に出たとしか言えない。興奮冷めやらない人々が放つ独特の空気に当てられたのか、アンドリューの馬は突然暴れ出し、彼を地面へ振り落とした。頭部を強く打ったアンドリューはそれから数日にわたって苦しみ、やがて天に召された――。


 そんな不運な悲劇としか形容できない話が皆に知れ渡っているのである。


「あれが起きたのは先月の十三日か……。まるで昨日のことのようだ。弟の不運を思うと、その日、妻と一緒に呑気に過ごしていた自分がどうにも歯がゆくてならない。やりきれんよ。本当に痛ましい事故だった……」


 私は深々と嘆息して頭をゆっくりと横に振った。


「ぼくもあの日、父の隣にいなかったことが悔やまれてなりません。ただし、その場合は違う人間が死ぬことになったのかもしれませんが」

「どういう意味だね?」

「本当のことを言います。馬の試し乗りは口実です。じつは今日ここに来たのは、その件で思いもよらない事実がわかったからなんです」


 バーソロミューが一度言葉を切った。


「父の馬を詳しく調べたところ、小さな針が刺さっていました。先ほどお見せした、骨でできた針です。街の異国人たちに聞いて回ったところ、針の先端に付着していたのは植物性の毒だという話でした。南方の部族が暗殺に使う極小の吹き矢なのだそうです。金属の針だと毒が変質してしまうし、よく染み込まないから骨を材料にするのだとか」

「なんだと! だとしたら……」

「そうです。父の落馬は馬が暴れたせいですが、それは吹き矢で毒針を打ち込まれたからに他なりません。あれは事故じゃない。何者かによる暗殺だったのです」


 実際には父本人を狙ったはずである。しかし狙いが外れて馬に当たり、結果としてあのような死に方になった。毒の量は人間を殺すのには十分だが、馬を殺すには不十分で、だから父の愛馬は暴れ狂っただけで死なずに済んだのだとバーソロミューは語った。


「そんな馬鹿な……。とても信じられん」

「しかし閣下も今ご覧になったでしょう? 物証があります。残念ながら事実なんです。父は殺されたんですよ、暗殺者に」

「……なんということだ」


 私は額を片手で押さえて天を仰ぐ。だったらこれはどういうことになるのだ?


「バーソロミュー……今の話が事実だというなら、君の周囲には危険人物が――。君の父上を亡き者にした暗殺者がいることになるぞ? その場に一緒に駆けつけたセイラン館の部下たちの中に……」

「ええ、素直に考えればそうなります」


 バーソロミューがうなずく。私の指摘など彼には今さらだったようだ。この落ち着きぶりを見る限りだと既に暗殺者の目星がついているのかもしれない。


 誰を疑っているのだろう? 亡きアンドリューは知謀に長けた部下を何人も抱えていたが、その中から絞り込むだけの材料を持っているということか。案外、南方の武器の扱いに通じた者に心当たりがあるのかもしれない。午後の応接室に沈黙が落ち、暖炉の中で薪が爆ぜるぱちぱちという音だけが、やけに大きく耳に残った。

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