7 目覚め
冷たいベッドの上で私は目を覚ました。
部屋の中は夕陽で赤みを帯びた橙色に染まっている。
心臓が壊れたみたいにどくどくと激しく鼓動を打ち鳴らしていた。身を起こすと背中に謎の痛みが走る。頭もぼうっとしていて何か胡乱な悪夢でも見ていたかのようだった。
「そうだ。ロムのところへ行かないと」
――いや、違う。
意識が混乱していて、思い出せることと思い出せないことが混在しているが、ここはしっかり向き合った方がいい。【何かが違う】。私の直感がそう告げている。これは自分が本当にまずい状況に陥ったときにだけ働くフレームヴェイン家特有の勘だ。詳細は不明ながら今の私は追いつめられているらしい。
なぜ?
おそらく――知っているからだろう。私はこれから何が起きるのか知っている。理屈ではなく、ただ単にわかるのだ。断片的な記憶ではあるが、予知の力など持っていない以上、それは既に経験したことがあるからに他ならない。
私はロムに静寂の泉へ来てほしいと手紙で呼ばれていて今から会いに行く。そしてそこで誰かに何かをされて――その内容は思い出せない――再びベッドで目を覚ます。
いや、今まさに目覚めたところなのだ。私は同じことを何度も繰り返しているのだ。
しかし、どうしてそんなことが? 私は何者かに攻撃を受けている? 時間を反復させる魔法でもかけられたのだろうか? そんな魔法は聞いたこともないが、存在しないとは言い切れない。この大陸には底知れない悪しき力を持つ魔法師だっているのだから。
例えば心奪の魔法師。これは何百年も生きているという超常的な殺人鬼だ。常軌を逸した力を持つ彼や、その仲間になら、時間を操る魔法の使い手がいるのかもしれない。
そういえば以前、ロムからこんな話を聞いたことがある。
「心奪の魔法師は単に心臓を奪うだけじゃない。人間の内なる闇に付け込んで悪心に染め上げることもできる。時と次第によっては、その方が多くの人の運命を歪められるだろうからね。そんな邪悪なやつを生かしておいてはいけない……絶対に」
妙に思い詰めた言い方で、あのときは私も少し不安になってしまったほどだった。もっともロムはすぐに笑顔で取り繕って誤魔化していたが。
ともかく、これが魔法攻撃の一種だという可能性もないわけじゃない。慎重に行動しなくては。そしてなぜ同じ出来事が繰り返されているのか、仔細に検討しなくては。
抜け出す方法はあるはずだ。私はそろりと立ち上がって部屋の出口へ向かう。
廊下に出て、粗い布の敷かれた階段を下りていくとき、ふと声が聞こえた気がした。
――手すりにまたがって降りてはなりませんよ。
「お母さん……?」
思わず呟くが、もちろんそんなはずはない。幻聴だ。私の母はとっくに死去している。
しかし改めて考えると母はどうして死んだのだろう? 思い出せないが、私はまだ若いし、両親を亡くすには早すぎる。生きていても全然おかしくないのに。
眉間に皺を寄せて考え込みながら階段を下りた私は、例によって館の外へ向かう――。
いや、向かわない。
踵を返すと、厨房へ続く長い廊下を歩き始めた。そこへ行ったところで母がいるわけでもないが、あえて普段とは違う行動をしてみよう。何か変化が起きるかもしれない。




