3 過去
僕がローラス王国で最年少の騎士になったのは二年前のことだった。
騎士とは王から領地を預かる代わりに武力を差し出す者のこと。普段は荘園の主として土地を治め、戦時には国の剣となる。その両方の務めを背負う者を騎士と呼んだ。当然ながら僕みたいな平民が簡単になれるものじゃない。
なぜなら騎士の多くは親が土地持ちで、その家の息子は早いうちから従騎士として様々な修行を積む。いわば英才教育だ。そして手柄を立てた時点で、正式な騎士叙任の儀式を受ける。日々労働に明け暮れる平民とは出発点がまったく違うのである。
かといって平民が騎士になる道がないわけじゃない。
領主や貴族が主催する武芸行事にメレーというものがある。これは乱戦とか集団戦と呼ばれる模擬戦で、平たく言うと戦争ごっこだ。馬に乗った数百人が二部隊に別れてぶつかり合う。激しいその模擬戦で皆がばたばたと落馬していく中、なんとかしのいで最後まで残れば勝者となり、運がよければそこから道が開ける。
僕が参加したのは王室が主催する最も大規模なメレーだった。切れないように鈍く加工した剣を持ち、推薦枠の平民として出場した。自信がなかったと言えば嘘になる。
というのも僕の母親はかつて傭兵だった。詳しいことは知らないが、ドラゴンキラーと呼ばれ、フレームヴェイン家でも有数の才能を持っていたらしい。そんな母に暇があれば剣と馬を教わっていた僕は、その大規模メレーでも申し分なく実力を発揮できたのだ。
襲い来る武器を受け流し、敵の体勢が崩れたら斬りつける。いろんな敵がいろんな攻撃をしてきた。でも僕より速く動ける者はいなかった。倒される前に倒し続けた。最後の相手を馬から落とし、敵陣の旗を奪って勝利した瞬間――。人生であのときほど誇らしかったことはない。
わずか十五歳の少年が優勝したということで、観戦していた国王は大いに感激した。
「平民の子にもかかわらず、その腕前……。汝の剣は天賦の才なり!」
そして単独で敵を制する遊撃騎士にふさわしいということで、その場で僕を叙任してくれたのである。小さな荘園も与えられ、母は飛び上がって喜んでいた。
こうしてその日から僕の騎士としての人生が始まったのだ。領地の管理や部下の扱いなど戸惑うことは多かったが、人脈豊富な母の助けもあり、どうにかうまくこなせた。試行錯誤を重ねる中で月日は矢のように過ぎていった。
そんなある日、南方の紅蓮山にベヒモスが出没するという報告を受けた僕は部下たちを連れて討伐に向かった。都市周辺には魔物なんていないが、山深い土地では時折現れる。ベヒモスは人食い熊の数倍の巨体と凶暴さを誇る魔獣で、一般人では手に負えない。そこで気鋭の遊撃騎士である僕の出番となったのだ。
やがて遭遇したベヒモスは確かに途方もなく恐ろしい怪物だった。しかし当時の僕の剣技はこれ以上なく冴え渡っていた。接近した一瞬の隙をついてベヒモスの両目を潰し、視界を奪うことに成功する。巨獣は荒れ狂いながら谷底へと落下していき、呆気なく討伐は終了した。味方にひとりの損害も出さない完璧な勝利だった。
取り返しのつかない不幸が降りかかったのはその帰り道でのことである。
戦いの影響か、ふいに崖崩れが起きて、大量の岩石が部下たちの頭上に降り注いだ。当たれば確実に頭が割れて死ぬ。僕は咄嗟に危うい状況にあった部下のひとりを突き飛ばして助けた。――そしてそれが束の間の栄光の日々を終わらせた。
部下を助けたことで僕自身の回避が遅れて、右手が巨岩の下敷きになったのだ。
「ぐああああっ!」
骨が砕けるぐしゃりという音が今でも忘れられない。
皆は慌てて巨岩をどかして僕の手当てをしたが、なんの効果もなかった。今思えば当然だ。街に戻って医師に診てもらったところ骨が砕けただけではなく、手の腱が断裂していると言われたのだから。つまり僕の右手はもう元に戻らない――二度と剣は握れないということ。唯一の取り柄を失った僕は子供のように声をあげて泣いたものだった。
それがおよそ半年前の出来事である。
以来、僕は静養に専念していた。いや、そんな名目で屋敷に引きこもっていた。荘園の管理を母に任せ、ベッドの上で天井を眺めてぼんやりと過ごす毎日。世界のすべてが灰色に見える絶望の日々だった。
そして現在に至り、話は今日の午後のことになる。ずっと屋敷にいても気が滅入るからと母に言われた僕は、とくに用もなく街へ出かけ、あろうことか助けようとした少女に逆に助けられるという醜態を晒してしまう。馬鹿な話だ。本当にみっともないことだった。
そしてそんな事態を招いた理由は突きつめればひとつしかない。僕はもはや騎士でもなんでもない無能なのに、その自覚が足りなかったからだ。
「……死んだ方がましだな」
その夜、ベッドの上で寝返りを打ちながら心からそう思った。




