2 出会い
「誰か、助けてください!」
金髪の少女が二度目の声をあげると同時に僕は駆け出し、気づけば騒動の渦中へ飛び込んでいた。
「どうした? 何があった」
ひとまず尋ねると、金髪の少女は少し強張った表情で口を開く。
「ぶつかってしまったんです、この人たちと。石畳につまずいて転びそうになって、そのまま勢いで……」
「彼らに突っ込んだ?」
「はい、前のめりに……」
「そうか。それは災難だった、本当に」
災難以外の何物でもない。つまずいたことより、ぶつかった対象が最悪だ。それを裏づけるかのように荒くれ者たちが下品な笑みを浮かべて次々と口を開く。
「聞いただろ? そのお嬢ちゃんの方から抱きついてきたんだよ」
「だから、もっと楽しい場所に連れてってやるところなのさ。俺たちは親切だからな!」
男たちが下卑た笑い声をあげる。なるほど、大体事情はわかった。放っておけない危うい状況であることも理解した。こんなとき、相手に告げるべき言葉は決まっている。
「消えろ。今すぐ回れ右してここから立ち去るんだ」
野蛮な真似はやめましょう、などと上品に諭したところで彼らのような連中に通じるはずもなく、弱気を見せれば付け込まれるだけだ。僕は毅然と四人の男を睨みつけた。
「なんだ? やる気か、兄ちゃん。いくら武器を持ってるからって四対一だぞ」
リーダー格の男が威嚇的に言い、僕の右手をちらりと見て続ける。
「大体、そんな右手で剣が抜けるのか?」
男の言葉に、思わず冷水を浴びせられた気分になる。そうだった。緊急のことですっかり忘れていた。いつもの習慣で腰に剣を佩いてはいるものの、今の僕はそれを使えない。
さりげなく自分の右手を見る。左手と比べてやけに青白く痩せこけた右手の甲には、十字状の裂け目のような古傷があった。指は五本ともあるが、思うように開閉できない。腰の鞘から素早く剣を抜くなんて芸当は到底無理だった。
無理? だったらなぜ帯剣しているのかと怪訝に思われそうだが、頭ではわかっていても認めたくない事実が世の中にはある。一種の自己欺瞞だろうか。僕は現状に絶望しているつもりだったが、まだ本当の意味ではそうじゃなかったのかもしれない。
「ガキが! 油断してんじゃねえよ!」
意識の間隙をついて突然リーダー格の男が殴りかかってきた。幸い動きは見えている。僕は拳を紙一重でかわすと彼の後ろへと移動した。だがそこには既に他の男が目を光らせていて、好都合だというふうに飛びかかってくる。僕が素早く身を屈めて避けると、今度は三人目の男が僕の足を捕らえようと地面すれすれの低い姿勢で突進してきた。
「くっ!」
僕は反射的に飛び上がり、そいつの背中を踏んで思いきり前へ跳躍する。しかし着地点には四人目の男が凶暴にぎらつく視線を向けていた。
「この野郎! ちょこまかと逃げやがって!」
四人目の男が両腕を広げて突っ込んでくる。しかし僕はその動きも見切って、強引に体をひねりながら紙一重で避けることに成功した。
危なかった――。なんとか全員の攻撃をしのぎきった僕はふうっと息を吐く。
右手は使いものにならなくても、身のこなしはまだ錆びついていなかったらしい。男たちは「なんだこいつ……」と呟いて呆気に取られていた。
とはいえ、このままじゃ遅かれ早かれやられる。それは火を見るよりも明らかだった。ひとりに掴まれた時点で地面に押し倒され、よってたかって殴られて終わりだろう。なにせ今の僕には戦う手段がない。自分の拳が彼らのような巨漢を打ち倒せるとは、とても思えなかった。剣が使えなければ僕はただ身軽なだけの若者にすぎないのだ。
くそっ、と歯噛みして自らの青白い右手を見る。この手じゃ何もできやしない。今の僕はわざわざ丸腰で猛獣の巣に飛び込んだようなもの。悲惨な結末は避けられそうになかった。しかし、だったらせめて彼女だけでも逃がさないと――。
金髪の少女が素早く声を張り上げたのはそのときだった。
「こっちです! 衛兵さん、悪者を捕まえてください!」
見ると、人だかりの彼方に長い槍を持った衛兵たちの姿がある。中央街の治安を維持する巡回の武装職員だ。街の広さのわりに少人数だから見かけることは少ないが、今こちらに気づいた衛兵たちは威圧的な大声を張り上げて駆けてくる。
「お前ら、何してる! 牢屋にぶち込まれたいのか!」
その声に、暴漢たちは舌打ちをすると「くそっ、ついてねえ」と呟いた。
「でも、衛兵が相手じゃ仕方ねえだろ。面倒なことになる前に早くずらかろうぜ」
「そうだな。鞭打ちの刑はごめんだ」
彼らは素早く身を翻してその場から逃げ出し、あとには僕と金髪の少女だけが残された。安心した衛兵たちは歩調を少し緩めて近づいてくる。どうにか当面の危機は去った。
でも正直、僕は身の置き場がなかった。穴があったら入りたい。それくらい恥ずかしかった。少女を助けに入ったのに実際には何もできず、逆にその少女が衛兵を呼んでくれたおかげで助かるなんて、こんな情けないことがあるだろうか? あまりに無様だった。
「あの……」
彼女がそっと声をかけてくる。駄目だ。いたたまれない。彼女の気づかいを振り払うかのように僕はその場から逃げ出した。




