4 森の中
「なあバーソロミュー」
「なんだい?」
「さっきの飲み物……香草湯だっけ。あれを飲んだとき、ふと思ったんだけどさ」
ラスリーが話し始めたのは森に入ってずいぶん歩いてからだった。
頭上に黒雲のように広がる枝葉のせいで森の中は薄暗く、マリスキューの姿はとっくに後ろに消えてしまって見えない。辺りは静かで鳥の声すら聞こえなかった。まるで季節が変わったかのような湿った涼しさの中、靴底が沈み込む柔らかな土の上をぼくとラスリーは緊張気味に黙って歩いていた。そんなとき、彼が唐突に口を開いたのだった。
「あれは……そんなに何度も飲みたいものじゃなかったな」
「え、どうして? ラスリーの口には合わなかった?」
ぼくは隣を歩く彼に顔を向けて訊いた。正直なところ賛成できない。自分としてはとても美味しいと感じ、何杯でも飲みたいと思ったのだが。
「そうじゃないさ。味も香りもよかったよ。でも……なんだろうな。あのマリスキューって人の話を聞いたせいか、どうも素直に美味しいと思えなくて」
「ラスリー?」
「そう思っちゃいけない気がしてさ」
ラスリーの横顔にはどこか苦悩の色が滲んでいた。
彼がそんなことを言う理由はわかる気がした。香草湯そのものは美味しかったと彼は思っている。でもきっと飲んでいる間にぼくと同じことを考えたのだろう。
先ほどマリスキューは言っていた。リューリ草は離別によって大きく開花する。別れは成長に欠かせない肥料だと。そしてそのことが人間にも――ぼくらにも当てはまるような口ぶりで話を結んでいた。
もしかすると、いや、間違いなくラスリーはぼく以上にマリスキューの言葉が心に響いたのだと思う。だって彼は公爵家の嫡男なのだから、切実さがぼくとはまったく違う。自らを取り巻く状況を、少なくともぼくよりは遙かに実感をもって理解しているはずだ。
ラスリーと距離を取れとぼくが父上に釘を刺されている以上に、彼は自分の父親に強く言われているのかもしれない。ぼくと友達でいるのをやめろと。いつか争うことになるかもしれない相手だから逆にけん制しておけ、みたいなことを。
もしかすると今日こうしてぼくを森に誘ってくれたのは、それに反抗する意思表示のためだったりするのだろうか?
「ラスリー……」
何を言うべきなのか、ぼくにはわからなかった。続けるべき言葉を探したが、どうしても見つからない。だからただ黙って歩いた。気持ちを表現する語彙が見つからないというよりは自分の感情そのものがうまく把握できない。今は何をどう感じるのが正しいのか、それはぼくの本当の心のあり方か? 人間にとって本当の気持ちってなんだろうか。安易に言語化することで何か特別なものが失われてしまいそうな気がしたこともある。
やがて隣を歩くラスリーが静かに口を開いた。
「悪かったなバーソロミュー……変なこと言って。前言を撤回する。あの香草湯は美味しかったよ。嘘じゃないさ。何度でも飲みたいって、本当にそう思う」
「わかるよ」
ぼくは必要以上に大きくうなずいて言い継ぐ。
「わかる。今度またふたりで飲みに行こう。あの人、店をやってるそうだから」
「君、よく覚えてるな。そうだ、確かにそんなことを言っていたな」
「一緒に他の香草湯も飲もう。じつはさっき飲んだ一種類しかないのかもしれないけど」
「はは、そんなわけないだろ」
ラスリーが可笑しそうに言った。ぼくもつられて少し笑い、急に森に陽光が差し込んだように雰囲気が明るくなる。たわいもない話をしながら、そのまま歩き続けた。




