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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第5話】 バーソロミュー(貴族の少年)12歳――森の中のカーバンクル
31/71

1 発端

 カーバンクルの話を聞いたとき、興奮しなかったと言えば嘘になる。正直言ってどきどきした。ぼくには軽い空想癖があって、怖い話や謎めいた伝承に目がない。とくに不思議な生き物の話には昔から心を惹きつけられてきたからだ。


 もちろんこの大陸に今でも魔物がいるのは知っている。でもそれは山奥や深い森の中の話で、普通に暮らしていれば遭遇する機会はまずない。ましてやぼくは貴族の子だから、どこへ行くにもお供がついてくる。結果として怪しい場所に近づくことは許されず、魔物を見るなんて夢のまた夢だった。だからラスリーから話を聞いたとき、本当に胸が高鳴ったのだった。


 言い忘れていた。ぼくの名前はバーソロミュー。読書が好きな十二歳の男子だ。好きな本は寓話集や騎士道物語。六歳のときから教育係の修道士に読み書きを習っていたから、大抵の本はもう読める。

 そしてラスリーというのは一歳年上の従兄弟だ。大人びていて背が高く、剣も馬術も既に一人前。そんな彼にぼくは憧れを抱き、兄のように慕っていた。だから父上がホワイトフォード城へ行くと言ったとき、無理に頼んで連れてきてもらったのだった。


 ホワイトフォードはレナス地方を代々治めてきた公爵家の城で、ぼくが住む森の湖畔の小城から馬で半日もかからない。城主はラスリーの父親のサイラス公爵だ。父上の兄に当たる人だから、ぼくにとっては伯父上になる。

 ラスリーはそのホワイトフォード城で公爵家の後継者にふさわしい者となるべく育てられていた。言い換えれば毎日厳しい英才教育を受けている。その重圧というか心労が溜まっていて、だからこの話をしたのも一種の反動みたいなものだったのだろう、たぶん。


「なあバーソロミュー。君はたくさん本を読んでるだろう? カーバンクルって魔物を知ってるか?」


 ラスリーが栗色の髪を掻き上げながら唐突にそんなことを切り出した。


 そのとき、ぼくらはホワイトフォード城の外廓の見張り台にいた。厚い城壁の中に埋め込まれた天井の低い小部屋で、もちろんぼくらの他には誰もいない。

 城に来てからというもの、ぼくの父上とラスリーの父親をはじめとした大人たちはずっと難しい顔で、とある話し合いを続けていた。ぼくも多大な興味があったが、子供は遊んでいなさいと追い払われてしまったのだ。そんなときラスリーが「来いよ。いいこと教えてやる」と言ってここに連れてきてくれたのである。


「もちろん知ってるよ、カーバンクル。いろんな本に書いてあるからね」


 ぼくはラスリーにうなずいた。


 カーバンクルというのは額に大きな宝石をつけた獣だ。それはあかあかと燃えるように美しく輝く宝石なのだそうで、むしろ宝石が本体なのかもしれない。というのも、どんな獣なのかは本をどれだけ読んでもはっきりしないのだ。猫に似ているとか犬に似ているとか、イタチ説や狐説など文献ごとに様々である。それだけ実際に見た者が少ない、珍しい魔物なのだろう。


「知ってるなら話は早い。なあバーソロミュー。あそこの森が見えるか?」


 見張り台の壁の穴を覗くようにラスリーが促した。ぼくが近づいて穴から外を見ると、ホワイトフォード城の屋根のずっと先に確かに森がある。規模はそれほどでもないが、森は森だ。鬱蒼と茂る枝葉に遮られて奥までは見通せない。


「見えるよ。あの森がどうかしたの?」

「じつは昨日、使用人のひとりが森にきのこを採りに行ったんだ。あの辺の土地はみんな父上のものだけど、木の実やきのこは自然の恵みだから採取を許してる」

「うん」

「その森で使用人が見たっていうのさ。額に輝く宝石を持つカーバンクルを」


 ラスリーの言葉にぼくは驚いて穴から目を離し、さっと彼に顔を向けた。


「ほんとにっ? カーバンクルなんて滅多にいない珍しい魔物なのに……。すごい!」

「だろう?」


 ラスリーは白い歯を見せて笑った。それから真面目な顔で詳細を語り始める。


「その使用人はマシロタケが好物なんだ。あれは森の奥まで行かないと大きいのが採れない。大きいものほど味が濃厚でうまいらしい。だからその使用人はいつもみたいに森の奥へずんずん分け入っていった。そして突然、異様な光景に出くわして立ちすくんだ」


 ラスリーが一度言葉を切った。


「使用人がぎょっとしたのも当然さ。なんと森の奥のひらけた場所で、四本足の獣が猛然と走り回っていたんだから! それはもう火を吐くような恐ろしい勢いで暴れていたらしい。木の幹に体当たりしたり、地面を転げ回ったり――とにかく尋常な様子じゃなかったそうだ。そしてその獣の額には真っ赤な宝石が輝いていたっていうんだよ」

「……カーバンクルだ」


 いつのまにか手に汗を握っていた。そんな生き物は他に存在しない。ぼくはつい前のめりになる。


「それはカーバンクルだよ、ラスリー! 一体どんな獣だったのっ? 本だと額に宝石をつけてること以外はよくわからないんだ。犬みたいなやつ? それとも狐? 大きめのリスかなっ?」

「落ち着けよ、バーソロミュー。その使用人も怖くてすぐ逃げ出したから、しっかり見てはいないらしい。ただ、かなり大きかったみたいだぞ。なんでも牛に似てたって」

「牛! そんなに大きいんだ?」

「でもまあ、恐怖は草を幽霊に見せるって格言もあるし、話半分だけどな。平常心で見たら仔犬くらいの大きさかもしれない」


 ラスリーはふっと大人のように肩をすくめた。そして声を潜めて続ける。


「なあバーソロミュー。そいつを見てみたくないか?」

「見たい!」


 ぼくは即座に答えた。絶対見たい。ラスリーが我が意を得たりという顔でうなずく。


「だったら行こう。あの森なら馬ですぐに行ける」

「そうだろうね。だけど……ぼくたちだけで行くの?」


 見たいと即答したのに急に不安が込み上げてくる。子供だけで危なくはないだろうか?


「わかってないな、バーソロミュー。大人がついてきたら冒険にならないだろ?」


 ラスリーの返答に思わずはっとする。冒険――その言葉はぼくの心を激しく掻き立てた。今まで本の中でしか知らなかった冒険をラスリーと体験できる。あまりにも魅力的なその考えは、ぼくの不安や警戒心を一瞬で根こそぎ吹き飛ばしてしまった。


「大人たちは今みんな、死んだ盗人の件で激論を交わしてる。抜け出すなら今だ」


 ラスリーの見解は確かにそのとおりだとぼくにも思えた。大人たちの話し合いはまだまだ続くだろう。じつはぼくの父上がここに呼ばれたのもそれが理由なのだ。


 なんでも先日、ホワイトフォード城の宝物を収蔵する保管庫にひとりの盗賊が侵入したらしい。保管庫の鍵を破るのは極めて困難だが、その盗賊はまず最初に城内に忍び込んで鍵をまんまと盗み出し、それを使って保管庫へ侵入したのだそうだ。まさに凄腕と言うしかない。


 ところがその盗賊は、なぜか保管庫の中で自殺してしまったのだという。


 残された足跡などから、その盗賊が単独で行動していたのは間違いない。宝を奪い合っての仲間割れではなく、たったひとりで保管庫に潜り込み、たったひとりで死んだのだ。この件が発覚したのは盗賊の死後だから、逃げようと思えば充分逃げられたはずなのに。


「わからんな……。なぜわざわざそんな場所で自殺しなければならんのだ?」


 ぼくの父上も城に来る途中、そう言ってしきりに首を傾げていた。本当にまったく見当がつかない様子で、そんな父上からぼくは概要を聞いただけだから、この件の詳細はよく知らない。伯父上なら何か核心に迫る話を教えてくれるんじゃないかとひそかに期待していたのだが、どうも無理なようだった。関係者と頭の切れる部下を集めて、大人たちは大真面目に意見交換の真っ最中である。ぼくらが首を突っ込む余地はない。


 しかし、だからこそ冒険に出かける機会は今しかなかった。


「……行こう、ラスリー!」

「そう来なくちゃな」


 こうしてぼくとラスリーは城を抜け出して厩舎で馬に乗り、カーバンクルが出たという森へ出発したのだった。

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