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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第3話】 ベイコン(栽培師)33歳――中世密室殺人
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7 探索

 足の裏にひんやりと湿った石の感触が伝わる。


 浴場治療院の一階の奥にある石作りの浴場だった。無理をすれば三人同時に入れる程度の広さの楕円形の浴槽が壁際に四つ並んでいる。壁には拳ふたつ分ほどの大きさの通気口があった。湯はバーベッジに頼んで抜いてもらったから、いずれの浴槽も空だ。その空の浴槽のひとつに今、私は靴を脱いで裸足で立っている。


 もちろん、ただじっと立っているわけではない。観察して探している。何を?

 それは秘密の抜け道だ。先ほどペトル医師の金が盗まれているのを知った私は皆にこう告げたのである。


「殺人者を特定してペトル医師の無念を晴らすためには謎をひとつ解かなくてはなりません。殺人者はどうやって施錠された建物から逃げたのか? しかも金の詰まった鉄の箱を持って。それがわかれば殺人者も自ずと明らかになるはずです」


 逆に言うと謎が解けなければ、建物に出入りできないのに殺せるはずがないと言い張ることができる。金の入った鉄箱を持ち去った以上、正体は施設の関係者――今ここにいる誰かなのはほとんど確実だというのに。


「まあ理屈ではそうなるんだろう。俺もやっぱりその点が不思議だ。この施設に出入口はひとつしかない。そして扉には厳重にかんぬきがかかっていたんだからな……」


 バーベッジの言葉に私は軽くうなずいて応じる。


「そうです。普通はそこで引っかかります。しかし、だからこそ盲点なのではないでしょうか? じつはこの施設にはペトル医師も知らない……おそらくは殺人者しか知らない秘密の抜け道があって、じつは正面の出入口を使う必要はなかった。こう考えれば謎は楽に解けると思うのです。直感ですが、私は浴槽のどこかにその抜け道が隠されていると考えます。バーベッジさん、すみませんが調査に協力してください」


 バーベッジは私の頼みを断らなかった。そんな経緯を経て、私は空になった浴槽の中で先ほどからずっと秘密の抜け道を探しているのだったが。


「ない……」


 私は低い声でぼそりと呟いた。


 ないものは、やはりない。いくら探しても、浴槽の石を押しても引いても、秘密の抜け道は一向に見つからなかった。そもそも浴槽の中に探すべき場所など大して存在しないのだ。ここなら湯でさりげなく誤魔化しが効くから間違いないと思ったのだが。

 いや、間違いないと断定すること自体が推理においては間違いなのだろう。今の自分は視野狭窄に陥っている。少し気分を変えた方がいい。


 私は浴槽を出ると屋内を裸足でぺたぺたと歩き回り始めた。こうしていると頭がほぐれて良案を思いつくことがあるのだ――たまにだが。バーベッジもルイ少年も他の三人も、呆気に取られたような視線を私に向けているが、今は気にしない。

 最初はぐるぐると大きく円を描くように歩き、やがて目が回ってきたので普通にぶらつくことにする。この建物で秘密の通路がありそうな場所はどこだろうか。視線を遮るための衝立を横切り、木の長椅子の横を通りすぎて、湿った石の床をひたひたと歩き続ける。


 やがていつのまにか施設の入口まで戻ってきてしまった。斧で破壊された木製の扉と、叩き割られたかんぬきが辺りに散らばっている。

 近づいて足元のそれらをなんということもなく眺めていたとき、ふと気づいた。


「なんだこれは?」


 壊れた扉とかんぬきの残骸に混じって床に白い毛が落ちている。一本ではない。屈んで念入りに観察すると、入口付近だけで全部で五本も落ちていた。灰色のものもある。

 つまんで鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。濡れた干し草のような香りがした。


「この匂い……。そうか……私はとんでもない勘違いをしていたようだ」


 そもそも秘密の通路なんて必要なかったのだ。私は足早に施設の奥へと引き返す。

 そして浴槽の前で話をしている関係者だち――ルイ少年、バーベッジ、修道女、雑用係、掃除夫に順番に目をやり、その中のひとりに静かに指を突きつけた。


「殺人者は……あなたです」

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