4 医師の死
しばらくの間、泣き出したり叫んだりといった混乱した状況が続いた。雇用主が死んだのだから当然だろう。皆が落ち着くのを待つ間、私は辺りを静かに観察した。
ペトル医師は七十代、今は夜のためにあつらえた長い麻布の衣を着ている。つるりとした禿頭と皺の刻まれた優しそうな顔が印象的な好人物だったが、それは現在も変わらなかった。変わってしまったのは二度と起き上がらないことだ。これほど悲しいことはない。
(ん?)
ふと私は気づく。ペトル医師の枕元の白いシーツが湿っているように見えた。そっと手のひらで触れたあと、念のために匂いも嗅いでみる。なるほど……と心の中で呟くしかなかった。まったく、なんということだろうか。私は波風立たない平凡な日々を愛する中立主義者だというのに。何事もないことに至上の価値を見出しているのに。
いつのまにか私の眉間には皺が寄り、頬を一筋の汗がすべり落ちていく。
やがてバーベッジが腹をくくったように大きく深呼吸した。
「仕方ない。悲しいことだが、誰であれ年にはかなわないんだ。老いで自然に死んだ以上は安らかに天国に行ったと考えるしかあるまい」
「そう……ですよね」
ルイ少年も泣き顔でうなずく。
彼らがその結論に至るのは当然だった。ペトル医師には外傷がないし、高齢なのも事実である。普通の人間には寝ている間に自然死したようにしか見えないだろう。そもそも我々が扉を壊して中に入るまで、施設内にはペトル医師ひとりしかいなかったのだ。付け加えるなら部屋には遺書も残されていないし、どう見ても自殺ではない。
「悪いが、修道院に連絡してくれるか。人を呼んできてくれ」
バーベッジの言葉に、通いの修道女が「かしこまりました」と答えて駆け出そうとする。その瞬間、私の思考は千々に乱れて大いに煩悶した。
私は面倒事が本当に嫌いだ。問題に巻き込まれることはもちろん、問題の存在を認めること自体に強い抵抗がある。もちろんこの状況でもそれを貫くことは可能だった。いつものように振る舞えばいい。それでいいと思います、何も関わっていません、私は中立です、などと他人行儀に言っておけばいいのだから。簡単なことだ。
しかし例外も存在する。私にも見て見ぬふりのできない状況がひとつだけあった。
それは人命が関わる場合――。誰かが無下に命を絶たれたとき、口をつぐんで誤魔化すことだけは絶対にできない。自らの意志に反して死んだ者が目の前にいるのに、もしも私までが背を向けたら一体誰がその哀しき魂を天国へ解き放ってやれるだろう?
逃げるわけにはいかない。私はベイコン・アデプタス。知恵ある血族の末裔だ。無力な死者が今こそ伝えたいであろうことを汲み取る力が私にはある。
「待ってください」
私は修道女を呼び止めて冷静に続けた。
「その前にひとつ聞いてほしいことがあります。これは自然死ではありません。ペトル医師は何者かによって殺されたのです」
「な、なんですって?」




