3 屋内
やがて遠くから誰かが三人ほど我々のもとへ近づいてくる。私と同じく利用者だろうかと思っていると、訊きもしないのにバーベッジが「心配するな、ベイコンさん。通いの修道女と雑用係と掃除夫だ」と教えてくれた。
話によるとバーベッジの管理下で働いている者たちらしい。修道女は全般的な手伝いを担当し、雑用係は力仕事や使い走りをこなし、掃除夫は掃除が専門だということだった。
つまりバーベッジとルイ少年、それからこの修道女と雑用係と掃除夫。そしてペトル医師という計六人でこの浴場治療院は成り立っているわけだなと私は頭の中でまとめる。
さておき、彼らは相談した末、埒が明かないと判断した。扉を壊すことになり、ルイ少年が近所の家から斧を借りてくる。バーベッジがそれを力いっぱい扉へ振るった。
「ふん! ふんっ!」
バーベッジが豪腕で斧を振るうたびに深い切り込みが入る。木製の扉は水分を含んでいるせいか乾いた衝撃音ではなく、鈍くて重い音がした。
やがて斧の刃が内側のかんぬきの芯を捉え、低い断裂音がする。バーベッジは続けざまに斧を振り下ろし、扉の蝶番の部分を左右両側とも完全に切り裂いた。肩で押すと、扉は残骸とともに屋内へ倒れ込む。湿った空気が一気に外へ吐き出された。湯気ではなく夜の名残のような淡い冷気だった。
屋内は時間が凍りついたかのように静まり返り、扉が壊されたのになんの反応もなかった。人っ子ひとり出てこない。
「誰もいない……そんなはずはない」
私は静かにひとりごちた。床に散らばったかんぬきの残骸がその証明になる。かんぬきというものは外からはかけられない。今、屋内には必ず誰かがいるのである。
「おや?」
ふと気づいた。床に落ちている折れたかんぬきの一部に、まるで釘で引っ掻いたような小さな傷がついている。何本も……目立たないが、ずいぶんたくさん刻まれていた。建物の中から見て右端に当たる部分にそれが顕著な気がする。どうすればこんな傷がつくのだろう? まあ元からそういう木材のかんぬきだったのかもしれないし、今はそんな些細なことを気にしている場合ではなかった。
「先生! ペトル先生ーっ!」
ルイ少年が奥へと走り出して階段をのぼっていく。私たちも彼を追いかけ、皆で木の階段をぎしぎしと軋ませた。二階の廊下を少し進んだところに扉があり、ルイ少年が開け放って中へ飛び込む。我々もそれに続いたが、刹那はっと息を呑んで立ち止まった。
そこはペトル医師の寝室だった。薄暗い部屋の壁際に四柱式の大きな寝台があり、他に目立つものはない。不気味なほどの静寂が漂っていて、何か不吉な予感を掻き立てる。ルイ少年が寝台のカーテンを勢いよく開けると、そこにはペトル医師の姿があった。
「先生!」
寝ているわけではあるまい、と私は悪寒の中で考えた。安らかに瞼を閉じてはいるが、ペトル医師はぴくりとも反応しなかったからだ。それに――胸が上下していない。
「先生! 先生っ!」
ルイ少年が寝台の上のペトル医師の体を激しく揺さぶる。しかし事態は変わらなかった。やがて少年を押しとどめると、バーベッジがペトル医師の口元に真剣な顔を近づける。
「……息をしてない」
死んでる、とバーベッジが低い声で言った。ルイ少年は真っ青になり、通いの修道女と雑用係と掃除夫も血の気を失って固まった。




