8 ある男の視点
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その晩、皆が寝静まった頃――。星がまたたく薄明るい夜空の下、生い茂る大麦を掻き分けて奥へ進んでいくふたつの人影があった。
ふたりの外見はそっくりだ。角張った顔に鋭く剣呑な目が印象的な、わし鼻の中年男。煤色の外套をまとって使い込んだ革靴を履き、シャベルとつるはしを持っている。今日は丸太を用意する必要がないから身軽なものだった。そうでなくてはならない。今夜は様々なものを持ち帰る予定なのだろうから。
顔の作りはよく似ているが、ひとりは首元に包帯を巻いている。その男がガブだ。包帯をしていない男の方はゴブという。
似ている理由はふたりが兄弟だからである。首に包帯を巻いた兄のガブが口を開いた。
「くそっ……風が吹くと傷口が痛みやがる。あの野郎、容赦なく急所を狙いやがって」
「俺がいなかったら兄貴はあの世行きだったもんな」
弟のゴブがそう言って口の端を吊り上げた。
「まあな……それは認める。血もなかなか止まらなかった。お前が俺を連れてすぐ逃げてくれたから、とどめを刺されずに済んだんだ。ありがとよ、ゴブ」
「おいおい、何をまともなこと言ってるんだ。らしくねえぞ兄貴。大丈夫か?」
「心配ねえよ。どのみち今夜の仕事は楽なもんだ。あいつはもう歩けねえんだからな」
ガブとゴブは小声で話しながら歩き続ける。目的の場所はもちろん大麦畑の奥にそびえるガーゴイルの巨岩――。正確にはそれが最初にあった場所だ。宝はそこに埋まっているのである。だからこそ彼らは岩を動かしたのだ。
ここ連日、夜通しガーゴイルの岩を見張っていたレナス衛兵団は王女の命令で既に引き上げた。今、深夜の畑に邪魔者は一見もう誰もいない。夜風で大麦が静かに揺れ動いているだけ。宝を掘り返すのには最適な状況だと判断して今夜やってきたに違いなかった。
ガブとゴブが少しずつガーゴイルの岩に近づいてくる。
「ようやく宝が手に入る。今まで待った分、これからはたっぷり贅沢するぞ」
「兄弟で山分け……最高だな」
ふたりが欲深そうに低く笑う。捕らぬ狐の皮算用というやつだ。そろそろ頃合いだと判断してコリンは隠れていた岩の陰から姿をゆらりと現す。
「相変わらず安直なやつらだ」
その声にガブとゴブはぎくりとして固まった。
「コ……コリン! てめえ、どうしてここにっ?」
「見てわからねえのか? お前らのことだから見張りがいなくなったら、今夜すぐに来るだろうと思ってな。前もってここに来て隠れてたんだよ」
そう告げたコリンは二本の松葉杖で体重を支え、添え木と包帯で固められた右足を地面につけないようにして立っている。こんな状態で夜に歩いてくるのは大変だったが、できないことではない。なにせ地の利がある。時間さえかければ充分に可能だった。
「今でも忘れちゃいねえ。あのときは本当に大仕事だった……。三人の連携が抜群だったからこそ、やれたんだ。昔の俺たちはお世辞抜きに神がかってた。それがまさかこんな結末になるなんてな――」
コリンは自嘲的に呟いて思い出す。
あれは十年前のことだ。南の街の地下酒場で、当時まだ尖っていたコリンは盗賊兄弟のガブとゴブに知り合い、大金を手に入れる計画に誘われた。コリンはもともと器用で、様々な細工を得意としている。木工、石工、金工。ちょっとした鍵なら破ることも可能だ。酔った勢いで口を滑らせ、そのことを教えてしまったためである。
コリンの特技を知ったガブとゴブは熱っぽく語った。盗みに入る先は代々のレナス伯が住む伯爵家の本城――当時は先代のフィリップが城主だった――に決めている。なぜなら内通者がいて警備が薄い場所を教えてくれるからだ。それを利用して城に忍び込み、保管庫の財宝を盗むつもりなのだという。
普通なら断るところだが、酒の勢いもあってコリンは引き受けた。そしてその後は一世一代の覚悟で周到な計画を練ったのである。
やがて実行の夜が来て、苦心の果てにコリンはどうにか保管庫の鍵を破った。自分で言うのもなんだが、奇跡のようにうまくいったのだ。ガブとゴブがしっかり陽動を引き受けてくれたこともある。こうして三人は目論見通り、財宝を盗み出すことに成功した。
「やったな、コリン! うおお、宝石に王冠に……どれもこれもすげえ値打ち物だ!」
「ああ、我ながらよくやったもんだ。でも浮かれるなガブ、ゴブ。ここからが辛抱だ」
「わかってるって!」
今後のことは前もって打ち合わせ済みだった。
財宝が盗まれたことはすぐに発覚し、激怒したフィリップは大々的な調査を命じるだろう。盗んだ財宝……とくに貴金属を金に換えれば必ず足がつく。しばらく寝かせなくてはならない。十年待って、ほとぼりが冷めてから使おう。
そんな事前の計画にのっとって、三人はランパシー村の大麦畑の隅のトネリコの木の下に宝の箱を埋めた。もともとコリンがこの村出身で、土地の事情に通じていたからだ。
それから三人は山へ入ると、事前に目をつけていた球形の巨岩を落とし、とある方法を使ってトネリコの木まで運んだ。勢いをつけすぎて衝突し、木は半ば倒れてしまったが、うまい具合に財宝を埋めた土の上に岩を設置できた。抜け駆けで誰かがこっそり掘り返したりできないように巨岩でふたをしたわけである。そして十年後に皆で掘り出そうと約束して、ガブとゴブは土地を去ったのだった。
コリンは宝の番人として、この村に溶け込んで暮らすことを心がけた。溶け込みすぎて子供たちに必要以上に慕われて、岩に恐ろしいガーゴイルの顔を彫って子供よけにしたりもした。そうやって細々と対策しながら年月が過ぎるのを待ち続けたのである。
先代レナス伯フィリップは息子のマクシミリアンと違って才覚に欠けたらしく、盗人を見つけることができなかった。なにせガブとゴブの尻尾さえ掴めなかったのだ。心労のせいか早くに亡くなった。こうしてコリンは何事もなく今まで暮らしてこられた。
そして七日前の夜のこと――。ついに約束の十年が経ってガブとゴブが訪ねてきたのである。
「ようコリン、元気そうじゃねえか。約束は覚えてるよな?」
「ああ、もちろんだ」
十年ぶりの再会だが、旧交をあたためるような間柄でもない。コリンは無駄話もせず、ガブとゴブを深夜の大麦畑へ案内した。トネリコの木は既になくなっているものの、財宝は岩の下にちゃんと埋まっている。そう説明したとき、ガブとゴブが妙な具合に目配せしたのが、今にして思えば兆しだったのかもしれない。まあ、もはや後の祭りではあるが。
巨大な岩をたった三人だけで動かすのには工夫がいる。
まずは岩の前に丸太を何本か並べ、その後、てこになる長い棒を岩の下に差し込み、ぐっと押し上げて丸太の上に乗せるのだ。あとは押すだけで丸太が車輪のように回り、上の岩がごろごろと進む。岩が進むに従って、後ろの丸太を前に回して再利用する。
ガブとゴブが岩を押す役で、コリンは後ろの丸太を前に持っていく作業を担当した。
しかしそれが罠だった。突然ガブとゴブが豹変して、猛然と岩を押したのだ。岩の進行方向にいたコリンは危うく潰されて死ぬところだったが、間一髪で身をひねってかわす。
いや、かわしたつもりだった。
「ぐわあああぁっ!」
不覚にも回避が一瞬遅れ、コリンの右足は巨岩の下敷きとなって潰された。
「うぐうう……。ガブ、ゴブ! お前ら何しやがる?」
「よく避けたもんだ、さすがコリン。このやり方なら必ず殺せると思ってたのによ」
「なんだと?」
「意外と察しが悪いな。宝は俺たち兄弟が山分けすることにしたんだよ! この十年、お前を楽に殺せる計画も練ってたのさ。おとなしくあの世に行け、コリン」
ガブとゴブは腰の短剣を抜き、岩に右足を潰されて動けないコリンに近づいてくる。
なんてことだ。ここまで来て裏切られるとは――。さすがに死を覚悟したが、彫刻用のノミを一本だけ腰のベルトにぶら下げていることに気がついた。コリンは素早くノミを投げつけ、するとそれが兄のガブの首元に命中する。
「ぐはっ?」
ガブの首の付け根から勢いよく鮮血が噴き出した。これは一刻を争う怪我だと判断したのか、弟のゴブの行動は速かった。兄を背負って一目散に逃げ出したのである。
「助かった……か」
こうしてなんとか生き延びたコリンは翌朝、早起きの農夫たちに助けられたのだった。
その後はガーゴイルの岩が動いたという奇怪な噂を広めて現レナス伯マクシミリアンとレナス衛兵団を引っ張り出した。夜通し彼らに見張ってもらうことで、ガブとゴブが宝に近づけないようにしたのである。
しかしそれも今夜で終わった――。今やレナス衛兵団の姿はなく、夜の大麦畑にはコリンとガブとゴブの三人がいるだけ。そしてガブとゴブは今から死ぬ。
「俺の投げ物の腕は知ってるよな? 今夜はこの前とは違う。武器はたっぷり持ってきたからな。少しでも動けば、俺の投げる刃物が容赦なくお前らの喉に突き刺さる」
コリンは腰にぶら下げた大量のノミとナイフをふたりに見せながら言葉を続けた。
「お前らのせいで俺の右足は駄目になっちまった……。これはもう治らねえだろう。死んで償ってもらうが、最初から急所には当てねえぞ。じわじわ苦しめて殺してやる」
「ひっ……ひいいいっ!」
コリンの飛び道具が相手では勝ち目がないとわかっているらしく、すっかり怯えたガブとゴブはその場にへたり込んで命乞いを始める。
「た、頼むコリン! 昔のよしみだ。命だけは助けてくれ!」
「駄目だ」
そしてコリンが今まさにノミを投げつけようとした瞬間だった。ふいに鋭い声が響く。
「そこまでだ。全員、武器から手を離しておとなしくしろ!」
ぎょっとして声の方向を見ると大麦畑の中に人が立っている。驚くべきことに、それはレナス伯マクシミリアン――彼の隣にはソフィア王女もいた。否、それどころではない。今や至るところに人影が立って自分たちを取り囲んでいる。レナス衛兵団だった。
「な、なんで……? 王女の命令で引き上げたんじゃなかったのか?」
コリンが唖然として呟くと、マクシミリアンが人を食ったような笑みを浮かべた。
「あれは芝居だよ。悪者どもを罠にかけるために王女殿下に頼んだんだ。我々が引き上げたら動くのはわかっていたからね。今夜も部下にお前をひそかに見張らせていた。松葉杖をついて大麦畑に向かったと聞いた時点で、皆で先行して隠れてたんだよ」
その言葉にコリンは愕然とする。してやられた。自分が岩の陰に隠れる前に、マクシミリアンと部下たちは既に大麦の茂みに身を低く沈めて動向をうかがっていたのか。
マクシミリアンが飄々とした調子で続ける。
「岩を丸太で動かしたのは最初からわかってたよ。定番の方法だし、土がぺしゃりと押し潰されて一本の道になっていたからだ。つまり動き回っていたという発言は嘘になる。ではなぜお前は嘘をついたのか? なぜ足を潰されたのか? 岩の下に隠したものを回収しようとして悪い仲間と揉めたとか、そんなところじゃないかと見当をつけていたんだ」
「……くそがっ!」
逆上したコリンは瞬間的にノミを投げつけたが、素早く王女の前に出たマクシミリアンが長剣を抜き、一太刀で切り払った。
「残念ながら抵抗しても無駄だ。今から全員拘束する」
思わずその場にがくりと崩れ落ちたコリンと、へたり込んだガブとゴブに向かってレナス衛兵団の精鋭たちが近づいてくる。
終わりだ、とコリンは思った。こんなに長年待ったのにすべては水の泡――。
結局、宝は持ち主のもとへ帰るようだった。
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