5 彼が語った話
この大麦畑の持ち主はコリンという今年で五十歳になる男だ。昔は尖っていた時期もあったが、今ではすっかり真面目な働き者になり、雨の日も風の日も畑に出るのを欠かしたことがない。また、子供たちにも親切で、持ち前の器用さを活かした玩具をしばしば作ってあげていた。木彫りの動物や人形などだ。おかげでずいぶん懐かれて、村でも指折りの善人として皆に慕われているのである。
さて、話は少しばかり前に遡る。
今から十年前、近くの山で落石があった。いや、落ちてきたのは石というほど小さくはない。岩と表現した方が正しい。途轍もなく大きく、そして球形に近かったその岩は斜面で勢いを増し、なんとコリンの畑までごろごろと転がってきたらしい。
岩は畑の脇に生えていたトネリコの木にぶつかって止まったようだ。しかし衝撃で木は半ば折れてしまって撤去することになり、丸い巨岩だけがその場に残ったのである。
こんなに大きな岩が畑にあったら目障りで仕方ないだろう――村人たちは皆でどかすことを提案した。ところが当のコリンは意外にも首を横に振った。
「いやいや、これも何かの縁に違いない。せっかくだから魔除けにしようと思う。二度と山から災いが転がってこないように」
そしてコリンは翌日から畑仕事の合間を縫い、巨岩をノミで彫り始めた。そういうことが得意な器用な人物なのだ。最初は何を彫っているのか誰にもわからなかった。
しかし少しずつ形が明瞭になっていく。それは悪魔じみた奇怪な顔だった。
「なんでこれが魔除けなのかって? はは、可愛らしい天使を彫ったところで悪いものも恐れやしないだろう。怖いやつらだって怖いやつが怖い。そういうものさ」
コリンは岩にノミを振るいながら、したり顔でそう語ったものである。
やがて数年も経つ頃には彫刻は完成の域に達し、巨岩はすっかりガーゴイルの頭部へと様変わりしていた。その外観はじつにまがまがしく迫力があり、コリンに懐いている村の子供たちも恐れて近づかないほどだった。
――と、そこまでが遠い過去の話である。
肝心の異変が起きたのは、つい七日ほど前のことだ。その日の朝、まだ薄暗いうちに早起きの農夫が何人か畑に出ると、大麦畑の方から衰弱した細い声が聞こえてきた。
「た……助けてくれぇぇ……」
慌てて行ってみると、畑にはコリンが倒れていた。どういうわけなのか、右足の膝から下がガーゴイルの巨岩の下敷きになっている。
「大丈夫か、コリンさん! 何があったんだ?」
「ガーゴイルが……ガーゴイルの岩が襲ってきた……」
異様な言葉に農夫たちは固まったが、コリンは必死の形相で続けた。
「夜中に妙な声が聞こえた気がして、畑の様子を見に行ったんだ。するとガーゴイルの岩が動いてた……。信じられないことに、ごろごろ転がって動き回ってたんだよ! 俺は夢でも見てるのかと思った。だからもっと近くで確かめようとした。ところが近づいていくと突然あの岩が俺の方に転がってくるじゃないか。びっくり仰天して尻餅をついた。そのまま転がってきた岩が右足を潰して、このざまだ……。気が済んだのか、それで岩はぴくりとも動かなくなったが」
あまりにも常軌を逸した異常な話だった。
とはいえ、コリンの右足が岩の下敷きになっているのは事実である。そして落ち着いて辺りを見渡すと、ガーゴイルの岩がいつもの場所から少し離れた位置に移動していることがわかった。地面にも動いた痕跡が残っている。岩の重みで土がぺしゃりと押し潰されて踏み固められた道のようになっているのだ。脇には土塊が飛び散っている。
ガーゴイルの巨岩は確かに転がって移動したのだ。他に考えようがなかった。
そもそも岩は並みの大きさではない。人間ならゆうに十人分の重さはあるだろう。最終的には村から呼んできた力自慢の若者たちが七人がかりで岩をほんの少しだけ持ち上げ、それでやっとコリンの右足を引っ張り出せたのだから。
「ありがとう……助かった、みんな。おかげで命拾いした……本当に助かった……」
涙ながらに礼を言ったコリンは、幸いにも命に別状はなく、ひどい状態なのは右足の膝から下だけだった。治るかどうかはわからないが、皆に安静にしているように言われて今は家で寝たきりで過ごしている。足の痛みと――そしておそらくは夜中に岩が動き回っていたという不可解な謎に悩まされながら。




