3 意外な事情
マリスキューの披露の会が終わって皆が帰ったあと、私は城に戻る前にジーク兄様を呼び止めた。先ほど飲んだ〈心灯の湯〉の影響かもしれない。そういうことにしておこう。
「ねえジーク兄様、ちょっと訊いてもいい?」
「面倒な話でないなら、なんでも答えよう。妹よ」
「マクシミリアン伯爵のこと、何か聞いてる?」
「……マクシミリアン?」
ジーク兄様は形のいい眉をじつに珍妙な具合に曲げて、私の顔をまじまじと見た。まるで弁解するかのように私の口が素早く勝手に言葉を紡ぎ出す。
「大した用があるわけじゃないわ。ただ、最近ずっと宮廷に姿を見せないから、どうしたんだろうと思って。今日だってそうよ。理由を知らない?」
「お前、前にあいつのことを厄介者だって言ってなかったか?」
「言ったわよ。でも決して嫌な男だとは思ってない。だからこそ厄介者なのよ」
私の言葉に面食らったかのようにジーク兄様はしばし黙った。
「ふうん」
「……ふうんって?」
「ただの相槌だ。ただ、あいつなら今、大変みたいだぞ。端的に言うと窮地に陥ってる」
「窮地に? 何があったのっ?」
思わず身を乗り出す私にジーク兄様は「ガーゴイルに手を焼いている」と答えた。
「ガーゴイル……って、あのガーゴイル? 弱い魔物の?」
さすがに意表をつかれて私はまばたきした。
ガーゴイルは太古の昔に魔人族が生み出したという魔物の一種だ。コウモリと低級の竜を混ぜ合わせたような怪物で、背中の翼で空を飛べる。大きさは成人男性の半分程度だから大して強くはなく、人里には滅多に現れない。せいぜい山のふもとの村に夜にこそこそ飛んできて食べ物を盗む程度の小物だ。武器を持った男が数人もいれば倒せる。
ところがジーク兄様はしかめ面でかぶりを振った。
「残念ながら普通のガーゴイルじゃない。桁外れに大きい『巨大ガーゴイル』だ。出現した場所はレナス辺境のランパシーの村。なんでも大人の男の三倍以上の大きさで、まともに太刀打ちできる相手じゃない。どう処理するべきかマクシミリアンも悩んでいて、食事もろくに喉を通らないそうだ。先日届いた書状によるとな」
「そんなガーゴイルが……」
新種だろうか、あるいは神の気まぐれによる異形か。いずれにしても一大事だ。もしもそんな怪物にマクシミリアンが不覚を取ったら――。
自信過剰で迂闊な彼なら充分あり得る。巨大ガーゴイルの鋭い爪に引き裂かれて今にも殺されそうな彼の姿を想像していると、急に居ても立ってもいられなくなった。
「……私、今から行ってくる! ジーク兄様、あとのことはうまく誤魔化して!」
「おい、ソフィア?」
「頼んだから!」
ジーク兄様の制止の声を振り払い、私は脇目もふらずに駆け出した。




