11 武器
やがて職人通りに到着した。リズの家は通りの角にある武器屋で、看板には交差した剣の図柄と『武具店アデプタス』という店名が書かれていた。アデプタス、と僕は思う。
「リズ……君はあのアデプタス家の人だったのか!」
「そうですけど……。あ、ごめんなさい。言い忘れてましたか? わたしはリズ・アデプタスといいます。でも、べつに普通ですよ。なんの特技もないです。お父さんもお母さんも優しくて善良ですけど、とくに変わったところはありませんし」
リズは少し恥ずかしそうにそう言うが、僕は得心していた。アデプタスは才人が多いことで有名な一族で、幅広い分野で活躍しているのだ。今の宮廷だと書記官や外交官がそうだし、教会にも有名な聖職者がいる。法律家や思想家が多い印象だったが、武具屋を営む者もいたらしい。彼女の聡明さの理由がわかった気がした。
扉を開けて中に入ると、店内には所狭しと武器が並んでいた。奥の机では黒いベストを着た痩せた中年男がランプの光で本を読んでいる。リズが小走りに彼に近づいていった。
「お父さん!」
「お帰り、リズ。おや? なんだね、今日はお友達を連れてきたのかな?」
リズの父親らしき人物が僕をちらりと一瞥した。
「うん、こないだわたしを助けてくれた人! 今日また会えたんだよ。それよりお父さん、あの武器を見せてもいい? 彼にどうしても必要だと思うの」
「あれを? いや、見せるのはべつに構わないが……」
戸惑う父親に、リズは熱っぽく僕の事情を説明した。そして勢いで押し切ったようだ。
彼女はいったん店の奥へ引っ込むと、見たこともない武器を抱えて戻ってくる。近くで見た僕はぽかんと目を丸くした。異様な代物としか言いようがない。
それは右の前腕部を覆う籠手に小型のクロスボウが固定されたものだった。
「リズ、君が僕に見せたかったものって……これかい?」
「はい! 片手で扱える、ガントレット一体型のレバー式クロスボウです! 山羊の脚というレバーの仕組みを応用して、片手で矢が装填できるようになってるんですよ。わたしの発案で父が試作してくれたんです。ただ、残念なことに誰も使いこなせなくて」
「君の発案? すごいもの考えるね……」
さすがアデプタス一族の武器屋の娘だ。きっと他にも世の中には出回っていない様々な珍しい武具を試作しているのだろう。
とはいえ、確かに僕にはうってつけかもしれない。右腕をクロスボウの武器台にしつつ、矢は左手で充填して発射する。これなら右手がまともに開閉できなくても充分戦える。
「この武器を使いこなすには、敵の動きを捉える眼力と卓越した身のこなしが必要です。わたし、エドガーさんにならできると思うんです。だってあの日、暴漢が四人で襲ってきても華麗に全部かわしてのけたんですから!」
「華麗? そうだったかな……」
僕は醜態を晒したと思っていたが、リズには逆に見えたらしい。
ともあれ、僕はリズに連れられて店の裏へ行き、ガントレット一体型のレバー式クロスボウ(長い名前だ)を試し撃ちさせてもらった。僕は五十歩先のりんごをいとも簡単に射抜くことができた。動き回りながら五発撃ち、五発とも命中させられたから適正があるのだろう。やっぱり思った通りだったとリズは興奮して拍手した。
「エドガーさん、すごいすごい! よかったらこの武器、ぜひこれから――」
「ああ、使わせてくれ。ありがとう、リズ。心から感謝するよ」
僕は本気で礼を言った。騎士が剣ではなくクロスボウで戦うのは邪道だと言う者もいるかもしれないが、全然構わない。これは僕なりにこの先を生きていくための証なのだ。
ある部分が弱くなれば他の箇所は強くなる。喪失と獲得は表裏一体。マリスキューの店で〈転変の湯〉を飲んで僕はそのことを知った。つまりこの武器は僕なりの転変の決意表明だ。僕は右手の握力を失ったことで新しい力を手に入れたのだ。
そしてそれは単に武器のことだけにとどまらない。僕は改めてリズの顔を見つめる。
「ん、なんですか?」
「いや、深い意味はないけど……やっぱり可愛いなって」
「へっ?」
僕の漏らした言葉に彼女は大きな目を見開き、頬をみるみる赤く染めていった。
「そ、そんなこと……ないと思います」
そんなことある、と僕も思わず赤くなりながら確信した。
そう、リズは僕の心に新しい何かをもたらしてくれる。彼女がそばにいるだけで、なぜか前向きな意欲が湧いてくるのだ。だったら僕の絶望の日々はもう終わっているということ。いや、じつはとっくに終わっていて、今後は希望の日々が始まるのかもしれない。始まらないかもしれない。
でも今はどちらでも構わない。信じたい方を信じて、少しずつ前に進んでいこう。




