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魔法千年の孤独――マリスキューの店で聞いた話によると…  作者: ウニ
【第1話】 エドガー(遊撃騎士)17歳 ――元天才の絶望
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9 推理

 リズと僕を先頭に大勢の人たちがついてくる。犯人の家に向かっているところだった。バートラムの死体は修道士たちに保全してもらっているから、烏につつかれる心配はない。


 リズが歩きながら皆に説明する。


「最初から不自然な点はいくつかありました。一番気になったのは服です。バートラムさんの服は大きさがちぐはぐで、着ていたら苦しそうなものでした。それはバートラムさんと普段あまり接点のない、大して親しくない人が着替えさせたからだと考えられます」


 確かに腹囲がまるで合っていなかったな、と僕は思いながら彼女の話に耳を傾けた。


「バートラムさんの胸はくり抜かれていたのに服に切れ目や破れ目はなく、血もついていませんでした。殺してしばらく経ってから着替えさせたのでしょう。だからバートラムさんを着替えさせたのは犯人で、それは彼と普段あまり接点がない人だということです」

「うん、その考えは筋が通ってる」


 僕は彼女にうなずいた。しかし、だとすると次のような疑問が生まれる。

 そいつはバートラムを殺したあと、なぜわざわざ服を着替えさせたのだろう?


「他人の服を着替えさせるのって意外と大変です。それが死体となると余計手間のかかる作業だと思います。魔法を使える人が、わざわざそんな真似をするでしょうか? わたしはちょっと腑に落ちません。急場をしのぐためにとりあえず手に入れたと思われる、大きさの合っていない服を着せたわけですし……。そもそも魔法が使えるのなら、せめて大きさくらい合った服を着させそうなものです。エドガーさんはそう思いませんか?」


 リズが隣を歩く僕に顔を向ける。


「なるほど、言いたいことはわかった。魔法師でもなんでもない普通の人があり合わせの服に着替えさせたから、大きさが合っていなかったと」

「はい。きっと犯人は何よりもまず、服を処分したかったんだと思うんです」

「服を……? それはどういうわけで?」

「元の服は犯人にとって、極めて不都合な状態になってしまったんじゃないでしょうか。これはあくまでも仮説ですけど、犯人を特定できる目印がついてしまったんだと思うんです。例えばその人しか持っていない塗料や特殊な薬を服にこぼしてしまったとか、殺した弾みで血の手形をつけてしまったとか……」


 血の手形、と僕はその発想に驚く。確かにそんなものが服にべたべた付着したら犯人は放置しておけない。手形なら照合できるからだ。もしも指に目立つ特徴があった場合はなおさらだろう。しかし服なら単に脱がせるだけでもいいんじゃないだろうか。


「どうして古い服を処分したあと、また新しい服を着せたのかな? 裸の死体は気がとがめたんだろうか?」

「いえ、犯人の目的はもっと打算的だったと思います。そのために死体と周辺に手を加えた。その発想と作為こそが犯人像と密接に関係してくるんです」

「発想と作為? どういうことだい?」

「つまるところ犯人はこの殺人を心奪の魔法師の仕業に見せかけようとしたんです。服の上から魔法で心臓が抜き取られたかのように見せたかった。だからこそ死体の周りに魔方の痕跡じみた小細工を施したんですよ。赤い紐で死体を囲んだり、石を置いたり、でたらめな文字を残したり、煤を撒いたり……。あんなの子供だましです。あり合わせのもので怪しい儀式を演出しようとしたんです」


 僕は思わず目を見開く。あれはそういうことだったのか。死体の周りに散らばっていたのは偽装の小道具。言われてみれば身近で簡単に手に入るものばかりではあった。


「だったら犯人と心奪の魔法師はどういう関係なんだ? 濡れ衣を着せようとしたってことだろう? 何かの因縁? それとも恨みでもあったりするのか?」

「いえ、恨みとかではなく、たぶん結果から逆に考えただけじゃないでしょうか。たまたま心臓をひと刺しで殺してしまい、他にはどこにも傷がない。だったら胸の中身だけをくり抜いて服を着替えさせれば、伝説の心奪の魔法師が服の上から魔法で心臓を奪ったというふうに受け取ってもらえるのでは……。その着想から始まったんだと思います。何よりもまず大前提として、犯人にはその技術があったからこそ思いつくことができたんです」

「技術?」

「はい。熟練の手腕で肉を切り、骨を切断し、心臓を切除して血の処理もしていましたから。肉の専門家が扱ったからこそ、あんなにきれいな死体だったんです」

「え? それって……」


 ぎょっとする僕に彼女は落ち着き払って続けた。


「ちょっと話が変わりますけど、心奪の魔法師がこの街に来たという話をわたしたちは肉屋のハンスさんからしか聞いていません。そのハンスさんは流し芸人のバドさんから聞いたと言ってましたけど、実際にはバドさんは知りませんでした」


 そうだ、その件は僕も内心引っかかっていた。先ほど心奪の魔法師の話で大騒ぎになったとき、バドはこう言っていた。――『この街は平和が売り物だろ。そんなのが出るなんて聞いてねえよ!』と。

 つまりバドは何も知らなかった。それは肉屋のハンスが嘘をついたことを意味する。


 僕は後ろについてきているバドに直接訊いて確認してみた。すると、肉屋には最近行ってないからハンスにも会ってないよ、という答えが返ってきた。

 こうしてハンスの嘘が実証された。ではなぜ彼は嘘をついたのか? 心奪の魔法師がこの街に来ていることにしたかったから――としか今は考えられない。

 たぶん僕たちだけではなく、様々な人にそう言っていたのだろう。流し芸人のバドは街のどこにいるのか予測できないから、彼の名前を都合よく利用したのだ。


「ハンスさんは他にも嘘をついていました。覚えてますかエドガーさん? 最初に会ったときハンスさんは『岩塩の専門店が安売りをしていると聞いてたっぷり買った』というようなことを言ってましたけど、今日は休みでしたよね?」

「あっ!」


 言われて思い出す。この地区に来る前に市場を通ったが、あちこちで値引きが始まって混雑していた。肉屋に魚屋に果物屋にパン屋。酒屋まで便乗して客を呼び込んでいたが、岩塩の店には本日休業の貼り紙が出ていて休みだったのである。


「岩塩の店は休みだったのにハンスさんはなぜ買ったと嘘をついたんでしょう? そこで話がつながってきます。あのとき、ハンスさんは布をかけた大きな荷車を引いてましたよね? 布の下にあるものを隠したくて咄嗟にそれらしい嘘をついたのでしょう。肉の保存に塩が欠かせないのは皆によく知られた事実だろうと思って……」


 岩塩の店が休みだったとも知らずに、とリズは静かに付け加えた。


「わたしたちは布の下には岩塩があるのだと素直に受け取りました。でも実際には死体が積まれていた……。ハンスさんは、心奪の魔法師に殺された被害者に仕立て上げたバートラムさんの死体を遺棄しに行くところだったんです。しばらくしてわたしたちが路地裏で再びそれに出くわして、今に至るわけです」


 リズの話に僕は深い衝撃を受けた。そうか――あのとき、布がかけられていて見ることができなかったが、荷車にはバートラムの死体が載っていたのか!

 ぞっとすると同時に、普段は人懐こくて優しいハンスの豪胆さに驚嘆した。


「バートラムさんの爪の間には木のくずが挟まってました。あれは荷車に積むときに引っかかって挟まったものだと思います。物証ですから、あとで確かめましょう。また、皮膚から木と油が混ざったような匂いがしましたけど、あれも荷車のものじゃないかと。長年使い込んだハンスさんの荷車の匂いが運搬中の死体に移ってしまったんだと思います」

「なるほど……納得した。何もかも合点がいったよ」


 もはや犯人はハンスしか考えられない。そしてリズがじつは極めて聡明な少女だったことに僕は静かに感服した。後ろについてくる人々も同様らしく、反論は一切出なかった。

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