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頼れる少女とセイギの味方  作者: エルとえる
1話
6/8

正義の力

時は少し遡り二日前。ヴァンパイア達の住処である城、ユミニスでは、何者かの襲撃を受けていた。

「思ったよりも弱いですね〜もう少し苦労するかと思ったんですけど」

他の種族と同じ子供の姿で、フードで顔を隠した少女がつまらなさそうに呟いた。

ヴァンパイア達はリンブルの強者達を悉く返り討ちにできるほどの力を持っている。だが、少女はそんな実力者揃いのヴァンパイア達を一方的に虐殺していった。

ヴァンパイア達も主人の元へ行かせまいと尽力するが、攻撃が全く通らずその命を終えてしまう。

剣で攻撃しようとすれば剣が折れ、魔法で攻撃しようとすれば跳ね返される。文字通り、何をしても無駄だった。

ヴァンパイア達の必死の抵抗も虚しく、ついには城の最奥まで辿り着いてしまった。

「お邪魔しま〜す」

少女は気の抜けた声でヴァンパイアのボスの前までやってきた。周りには数十名ほどのヴァンパイアが主人を守るため包囲している。

そこで、ヴァンパイアのボスである少女がその小柄な容姿からは想像もつかないような威圧感を放ちながら、苛立ちの表情を見せ声を発した。

「まさかここまで来るとはのぉ。妾の可愛い眷属達をこうも簡単にやってくれるとは。貴様、何者じゃ」

名を問われた少女はその威圧感をもろともせず、変わらぬ調子で答えた。

「私ですか?そうですね〜。特に名前はありませんけど、キユリとでも名乗っておきましょうか」

キユリと名乗る少女は、包囲されているにも関わらず、特に気にした様子も見せず数歩前に出た。

もちろん、そんな行動が許されるはずもなく、キユリを取り囲んでいたヴァンパイア達が一斉に襲い掛かろうとした。

「下がっておれ。其方らでは勝てまい」

しかし、ヴァンパイアの少女が静止させたことで、眷属達は即座に身を引いた。

あのままでは、他のヴァンパイア同様、キユリになす術なくやられていただろう。

「およ、賢いですね〜。流石はヴァンパイアのボスのティアラさん。これ以上無駄な犠牲を出さないようにする立ち回り、お見事です」

「妾の名まで知っておるか。ますます生きて帰すわけにはいかなくなったの」

ヴァンパイアのボス。名をティアラ。ヴァンパイアの中で一番小柄な容姿をしているが、その実力は本物だ。

全てのヴァンパイアを率いることのできるカリスマ性。まさに、ヴァンパイアのボスと呼ばれに相応しい存在だった。

そんなティアラを守るようにキユリの前に立つ人物がいた。

「お嬢、コイツは危険です。今すぐにでも始末しましょう」

彼の名はバルザード。他のヴァンパイアと同じ眷属であるが、セリナ同様高い実力を有しているため、ティアラの護衛を任されている人物だ。高身長とオッドアイが特徴的で、腰には剣を納めている。

「待て、バルザード。相手は妾の眷属達を簡単に殺せるほどの実力者じゃ。恐らく其方でも勝てん」

「し、しかし、俺の使命はお嬢を守ること。例えこの身が朽ち果てようとも俺は──!」

「阿呆か。其方にはまだ死なれては困るのじゃ。大人しく傍におれ」

「……っ、承知」

悔しそうな表情を見せながら、渋々ティアラの傍まで下がる。

「お話は終わりましたか?そろそろ、ここに来た目的を話したいんですけど」

「ここまでするということは、それ相応の事情があるのじゃろう?話すがいい」

誰が挑んでも倒せなかったヴァンパイアを赤子の手を捻るかのように虐殺し、ティアラの元までやってきた。その目的を、キユリは淡々と話しだした。

「お二人は最近、この世界に人間がやってきたことをご存知ですか?」

「人間?そういえば、そんな話を仲間から聞いたような……」

「その人間がどうしたのじゃ?確かに珍しいが、所詮人間じゃろ」

「いや〜、それがですね。その人間には重要な役割があって、今死んでもらうと困るんですよ」

そこまで聞いて、キユリが何の目的でここまで来たのかを察した。

「つまり、妾達にその人間を殺すなと申しておるのか?」

「はい!理解が早くて助かりますね〜」

キユリはヘラヘラと笑いながら答える。その態度に苛立ちを覚えたのか、バルザードが一歩前に出るがティアラに手で静止される。

「残念ながら、その要望には応えられんかもしれん。その人間が何をしに来たかは知らんが、妾の邪魔をするのであれば容赦なくその命を絶たせてもらうぞ」

「おぉ、結構察しいいんですね。そうです!その人間はあなた達を止めるためにこの世界に連れて来られたんです!つまり、あなた達の言う邪魔をしに来た訳ですね!」

キユリは調子の良さそうに自分が不利になるような発言をする。

「ふん、なら話を聞く必要などない。人間如きに何かできるとは思わんが、見つけ次第始末する」

案の定、殺してほしくない人間がターゲットとして認識されてしまった。

「いやいや、だから殺しちゃダメなんですって。少なくとも、今は絶対ダメです。これ以上言うことが聞けないなら、私が今すぐあなた達を皆殺しにしちゃいますよ?」

さらっととんでもないことを口にするキユリ。もちろん、ティアラがその程度の脅しに屈するはずもなく、堂々と自分の意思を主張する。

「妾が殺すと決めたのだから殺す。勝手に妾の城に乗り込んできた挙句、眷属達を虐殺した貴様の要望など耳を傾けてやる義理もないわ」

「うーん、困りましたね……できればあなた達にも死んでもらいたくないんですけど……」

「あくまでも貴様の方が上と申すか。妾も随分舐められたものじゃ」

「え?逆に、なんであなたの方が上だと思ってるんですか?私に勝てる訳ないじゃないですか」

キユリ自身は煽った自覚はなく、ただ思っていることを口にしただけなのだが、それがティアラの逆鱗に触れたのか、怒りを露わにした様子で立ち上がった。

「……どうやら本気で死にたいようじゃな。その言葉、そっくりそのまま返してくれる」

「あれ?私また何かやっちゃいました?」

「嘗めるなよ。二度とその減らず口を叩けぬようにしてくれるわ──!」

「え〜、ほんとにやるんですか?仕方ないですね……」

血相を変えて襲いかかってきたティアラを前に、気怠げな様子で相手を始めた。


シアンとセリナの戦闘が始まってすぐ、秋斗とムツリは少し離れた位置からそれを見守っていた。そのハイレベルな戦闘に、秋斗は何をしているのか全く理解できなかった。

「『ライトニング・アーツ』──!」

シアンの放った雷光がセリナ目掛けて刺し穿つ。しかし、簡単に避けられてしまいすぐ間合いを詰められてしまう。

「はぁっ──!」

(……!この蹴り、食らったらまずい……!)

「──っ、『ウィンド・ブラスト』!」

強烈な蹴りが飛んでくるが、風魔法の風圧で自分を吹き飛ばし、ギリギリのところで後方へ避ける。

その隙をついて離した距離を一瞬で詰め、もう一度蹴りを繰り出す。

「『リフレクト・シールド』!」

瞬時に魔法で障壁を張り攻撃を防ぐ。『リフレクト・シールド』は物理攻撃を反射することができる。そのため、セリナ自身が攻撃を受けることになり、吹き飛ばされる。

しかし、翼を大きく広げバランスを取り戻し、尚且つダメージを最小限に抑えた。

「中々やりますね。では、これはどうでしょう!」

今度は風を足に纏い蹴ることで物凄いスピードの風の斬撃を作り出し、シアンを襲う。

(速い、避けられない……!)

「くっ……『グラビティ』!」

咄嗟に自身に重力をかけ、地面に叩きつけられることで斬撃を回避する。

「よく避けましたね。ですが、その態勢ではただの的ですよ!」

無防備な姿を晒しているシアンに対して容赦なく風刃を連続で繰り出す。

(くるのが分かってたら、問題ない……!)

「『テレキネシス』!」

シアンは瞬時に『テレキネシス』で自身の体を浮かし、そのまま空中へと逃げる。一歩間違えれば斬撃に当たり死んでしまっていたかもしれないが、恐れることなく行動に移した。

「『アイシクル・レイン』……!」

空から無数の氷の刃が雨のように降り注ぎ、セリナを襲う。

(これは……なるほど、流石ですね)

シアンは、ただ無作為に攻撃しているわけでは無い。どこへ避けても最終的に必ず一つは攻撃が当たるよう計算されて撃たれていた。

普通に避ければ絶対に攻撃に当たってしまう。しかし、魔法で打ち消そうとしても連続で放たれる攻撃により打ち消しきれない可能性がある。

(全力を出せばどうにでも、最悪殺してしまうかもしれませんしね)

普通ならば絶対に避けきれない。それは、シアンを殺せないという制約がついてるセリナにも同じことが言えた。

しかし、セリナはある狂気的な発想でこの窮地を乗り切った。

「──っ!?」

思わず目を疑った。絶対に避けきれないであろう攻撃。しかし、セリナならば簡単に突破してくると予想はしていた。

だが、あまりにも予想外な突破方法に理解が追いつかなかった。

セリナは空中にいるシアンの元まで突っ込んでいった。それだけならまだいい。

(コイツ、わざと攻撃に当たって……!?)

そう、セリナは避けられるはずの攻撃も全て当たりながらシアンに突っ込んでいたのだ。文字通り、真っ直ぐにだ。

シアンの目の前まで一瞬で移動し、驚きで硬直しているシアン目掛けて強烈な蹴りを叩き込んだ。

「しまっ──!」

反応が遅れて重い一撃を食らってしまう。地面に叩きつけられるかと思ったが、『テレキネシス』を上手く制御し体勢を整える。

「やっと一撃入りましたね。……っ、これ結構痛いですわね」

シアンもかなりのダメージを負ってしまうが、圧倒的にセリナの方が酷かった。

体の至る所に穴が空き、左目は潰れている。頭からの出血も酷く、意識を保っているのが不思議なくらいだった。

「貴方もタフですね。手加減したとはいえ、気絶くらいすると思ったのですが」

「………………」

実際、何もしていなければあの一撃で気を失っていただろう。シアンは予め、自身に肉体強化の魔法をかけていたため、セリナの攻撃にも耐えることができた。

手加減したと言っていたが、もし全力で叩き込まれていたらと考えると背筋が凍る。

(次食らったら危ない……気をつけないと……)

これ以上のダメージを食らえば死を覚悟した方がいいだろう。あの一撃で、それを思い知らされた。

(でも、これでアイツも手負いに──)

セリナは自分よりも遥かにダメージを負っている。今ここで攻めれば勝てるかもしれない。

しかし、シアンはここで更に衝撃的なものを見ることになる。

「──っ!?」

(傷口が……塞がっていく……!)

致死量に近い出血をするほど体に多くの傷を負っていたはずのセリナは、十秒もしない内に全ての傷口を塞いでしまった。

「驚きました?私には再生能力があるんですよ」

自慢げに完全回復した体を見せつけてくる。先程わざと攻撃を受けていたのも、再生能力を見せシアンの戦意を失わせるためだろう。

実際、この時点でシアンは勝つことを諦めていた。

(強大な力に再生能力……状況は圧倒的にシアンが不利……コイツに勝つことは、不可能……)

元から勝てる相手だとは思っていなかった。噂通りならば、ヴァンパイアはどの種族だろうと返り討ちにしてしまうほどの力を持っているのだ。

だが、実際に戦って改めて実力の差を思い知らされた。ならば、シアンができることは一つだけ。

可能性は限りなく低いが、セイギの指輪が使用できれば勝てるかもしれない。それまで、被害を最小限に抑えつつ、少しでも時間を稼ぐ。それが、今できる最善の選択だった。

(どうせ、何をしても勝てない……なら、やるだけやる……!)

テレキネシスを解き地上に降り立つと、未だ上空にいるセリナを睨みつけた。

「おや、まだやるのですか?往生際が悪いですわね」

「……お前に、一泡吹かせる。絶対」

「うふふっ、怖いですね。やれるものならやってみてください」

(しゅーと、今はシアンが守るから。……信じてる)

そう胸の中で呟いてから、セリナ目掛けて駆け出した。


「なんだよ、これ……」

戦況ははっきり言って絶望的だった。

互角の勝負をしていると思われだが、相手は再生能力を有しており、完全回復していた。

逆にシアンは一撃とはいえ攻撃を食らっている。遠目から見ても辛そうにしているのがよく分かった。

このままでは勝てない。そんなことはすぐ理解できた。

「……俺が、なんとかしないと」

「え?だ、ダメだよ……ここに居ないと、危ないよ……!」

ムツリに手を引かれて止められる。だが、秋斗の意思は変わらなかった。

(ここで動かなきゃ、何のためにこの世界に来たんだ……!俺が、俺しか助けられないなら、今ここで動くんだ!)

ムツリの手を振り払い、勢いよく前へ出ようとしたその時──

「……は?」

ここで、あることに気付いた。いや、気付いてしまった。

──恐怖で、足が全く動かないことに。

「お、おい……何やってんだよ……」

信じたくない現実に目を背けようとする。

「な、なんで動かないんだよ……」

自分の意思がこんなにも弱かったことを思い知らされる。

「シアンが、戦ってるんだぞ……」

綺麗事を並べても意味のないことを知る。

「なんで、なんでだよ……」

何度頭の中で叫んでも変わらない。

「なんで動かねぇんだよッ!!!」

秋斗は、今目の前にいる化け物のような存在を目にして確かにこう思ってしまったのだ。

“絶対に死ぬ”と。

先日洞窟で感じたものとは比べ物にならないほどの死の恐怖が秋斗を襲っていた。

ダラダラと汗が垂れ落ちる。自分が恐怖していることを自覚していくほど、体の震えが強くなる。

何度足を動かそうとしても、地面と一体化してしまったかのようにビクともしない。

「クソッ!動けよ!助けるって約束しただろ!何ビビってんだ助けろよ!」

今まで何度も助けられた。その度に、今度は自分が助けるんだと心に誓っていた。そのはずだった。

だが、実際はどうだ?恐怖で全くと言っていいほど動けず、みんなのために全力で戦ってくれているシアンをただ見ているだけ。

『実際に死の恐怖に直面したら、そんな甘い考えはなくなるっすよ』

ネオの言っていたことを思い出す。あの時は強気に返事をしたが、結局言葉通りになってしまった。

(何が助けるだよクソ偽善者が!こんな大事な時に動けずにいてよくそんなこと言えたな!)

どれだけ自分を責めようとも、その足が動くことはない。今までで一番、自分のことを嫌いになった瞬間だった。

その時、ムツリが秋斗の手を優しく包むと、シアンがいる方とは反対の方向へ引っ張ってきた。

「お兄さん、危ないよ……」

「ムツリ……でも、俺が行かないとシアンが──」

「お兄さんの気持ちは、うん、分かる……わたしも、助けてあげたいって、思うから……」

「な、なら!」

「でも、今は、無理……ここにいると、邪魔になっちゃう……わたし達は、弱いから……」

ムツリの言葉が胸に突き刺さる。そうだ、弱いんだ。だからこんなにも怯えてるんだ。

力があれば怯える必要もない。胸を張って、シアンの隣に立つことができる。

(目の前に、力はあるのに……)

セイギの指輪。これさえ自由に使うことができたなら、今の自分は動けていたのだろうか。

(こんなこと考えてるから、俺は指輪が使えないのかもな……)

結局、指輪からは何の反応もない。つまり、今の自分では何もできない。

「……ムツリ」

「な、何?」

「……離れよう。俺は、邪魔だろ」

「……分かった」

ムツリに手を引かれて移動する。振り返ると、格好いいシアンの背中がとても眩しく見えた。

(逃げる時だけ動けるのかよ……)

そんな皮肉を心の中で呟きながら、逃げるようにその場を離れた。

町の中心部まで離れると、そこには多くの住人や観光客達が集まっていた。

(さっきの音でみんな起きてきたのか)

不安そうにする人が多く見られたが、深夜だったこともあり、イラついた様子を見せる人も少なくなかった。

「みんなパニックになってるな……」

「お、男の人、たくさんいる……」

「確かに人多いな。みんなここに集まってるみたいだし」

なぜこんなにも人が集まっているのか疑問に思っていると、群衆の中に必死に呼びかけをしているネムの姿を見つけた。

「あ、秋斗さん!それにムツリちゃんも!」

ネムとこちらに気付いたようで、駆け足で近づいてきた。

「あれ?ムツリちゃん、もう秋斗さんに普通に触れるようになったの?」

「そ、それについては後で説明します」

ムツリのことも気になるだろうが、今説明している暇はなさそうだ。

説明するにしても、あまりいい話はできなさそうだが。

「そ、そうね。それより、二人とも大丈夫だった?」

「う、うん……わたし達は、大丈夫……でも、シアン、ちゃんが戦ってる……」

「え!?シアンさんが!?」

ネムにここに来るまで何が起きていたのかを簡潔に説明した。

「なるほど……話を聞く限り、あまり時間はなさそうですね……」

「はい。今はシアン一人で持ち堪えてくれてます」

(本当なら、今頃俺もシアンの方にいるはずだったのに……)

「秋斗さん?大丈夫ですか?すごい顔してますけど……」

「え?あ、いや、大丈夫です。それより、すごい人が集まってますけど、どうしたんですか?」

いくら大きな音がしたとはいえ、一箇所に人が集まりすぎではないかと疑問に思っていた。

「実は今、皆さん避難させようとしていたところです。ビノセントや他の友人達がここに集まるよう呼びかけてます」

どうやら、避難の準備をしているらしい。ネムはパニックになっている人に声をかけて落ち着かせていたようだった。

「二人がここに来る少し前に、ヴァンパイアが攻め込んできたって教えてくれた人がいたんです。私達は弱い種族だから、抵抗すらできずにやられてしまう……だから、すぐに避難しようって話になったんです」

懸命な判断だろう。シアンとの戦闘を目の当たりにした秋斗なら分かる。アレはまともに戦ってはいけない。

(シアンは、みんなの避難する時間も稼いでくれているんだ……)

「もう少ししたら避難を始めますが、秋斗さんはどうしますか?」

「お、俺は……」

今すぐにでもシアンを助けに戻りたい。だが、逃げ出したいという気持ちも強くある。

もし、ネム達と一緒に避難すれば生き残ることはできるだろう。だがその場合、シアンはどうなる?あの様子からして、逃げの選択を取ることは難しいだろう。

だからと言って、秋斗が助けに行ったところで何もできない。また足が動かずに無様な自分を晒すだけ。

(それに、俺は一度逃げたんだ……今更戻る資格なんて……)

「あ、あの……」

どうすればいいか悩んでいた時、ムツリが前に出て、体を震わせながら言った。

「わ、わたし……シアンちゃんのところ、戻る……」

「え!?」

「む、ムツリ?何言ってんだ?」

ムツリのものとは思えない発言に、秋斗とネムは困惑するしかなかった。

ムツリとシアンは今日初めて会った仲だ。関わりもほとんどなかったし、助けに行く理由などないはずだ。

「だ、だって、シアンちゃん、頑張ってる……わたしなんか、邪魔になるだけ、だろうけど……でも……!」

しどろもどろな喋り方は変わらずとも、はっきりと自分の意思を伝えた。

「わたしは、シアンちゃんを助けたい……みんなを助けてくれた、お兄さんみたいに……!」

「──!」

(俺、みたいに……?)

「あの時のお兄さん、すっごくかっこよかった。人間は、サキュバスよりも弱いのに……自ら危険に飛び込んで、みんなを助けてくれた……そんな姿に、わたしはすごく憧れたの……!」

その言葉を聞き、少し胸が痛くなる。結局、洞窟にいたサキュバス達を助けたのは全てシアンのおかげだ。秋斗自身は何もしていない。

(でも、俺から勇気を貰ってる人がいる……)

その事実は、秋斗に勇気を与えていた。

(俺を見て動こうとしている人がいるのに、俺が動かないわけにいかないよな……)

「……ムツリ。ありがとな」

「え?」

「いや、なんでもない」

シアンを助けに行く勇気をくれたムツリに感謝しながら、心配そうにするネムを見た。

「ネムさん。俺、ムツリと一緒にシアンを助けに行きます」

「秋斗さんならそう言うと思ってましたけど、まさかムツリちゃんまで……」

「……危険なのは、分かってる。でも、もう決めたから」

ムツリの意志は固かった。これ以上、何を言っても考えを変えることはないだろう。

そんなムツリの姿を見て、ネムは深くため息をついた。

「……分かった。ムツリちゃんがそこまで言うなら」

「安心してください。何があっても、ムツリは俺が守ります。絶対に、みんなで生きて帰ってきます」

「……じゃあ、行ってくるね」

ネムに頭を下げると、二人はもときた道を駆け足で戻っていった。

「……あのムツリちゃんが、二日でこんなにも変わるなんて」

男性恐怖症を限定的とはいえ克服し、内気な性格も少しずつ改善されているように見える。

秋斗との出会いが、ムツリを成長させている。それは、紛れもない事実だった。

「いけない。私も避難の準備しないと」

二人が無事に帰ってくることを願いながら、皆を避難をさせるため戻っていった。


一方、シアンはセリナとの交戦でかなり体力を消耗していた。

「はぁ……はぁ……」

「どうしましたか!だいぶお疲れのようですが!」

「くっ……!」

時間を稼ぐこと十数分。負傷した体でセリナの攻撃を捌き、避けていたシアンだったが、かなり疲労が溜まってきていた。

(シアンが疲れやすいよう、攻撃してきてる……)

時間が経つにつれ動きが鈍くなり、状況判断能力が低下してきているため、やられてしまうのも時間の問題だった。

(しゅーとは、まだ来ない……なら、これでもう少し時間を稼ぐ)

「さて、そろそろ終わりにしましょうか」

「……やれるものなら」

「うふふっ、相変わらず威勢だけはいいですね──ッ!」

セリナが勢いよく踏み込んだその時、セリナの足元が光出したかと思うと、凄まじい破裂音と共に爆発が起きた。

(ば、爆発!?一体どこから攻撃を……)

防御が遅れ、右腕を吹き飛ばされてしまう。体のあちこちに焼け跡が残り、ヒリヒリとした痛みを感じる。

(すぐに再生を──)

一度シアンから距離を取ろうと後方へ飛び退いた。それが間違いだった。

「なっ──!?」

着地と同時に先程と同じ爆発が起きる。今度は直撃してしまい、両足を失ってしまう。

「『ライトニング・アーツ』!」

足を失い地面に這いつくばってるセリナに容赦なく攻撃を仕掛ける。

「ぐっ──!」

が、直撃寸前で翼を使い空中へ逃げられてしまった。

「……惜しい」

(でも、一泡吹かせた……)

セリナを襲った強力な爆発の正体は『マジック・トラップ』という設置型の魔法だ。

任意の場所に罠を設置でき、罠が発動した際には強力な爆発が起き、直撃すれば無事では済まない威力となっている。

罠の設置方法はただ手をかざすだけ。発動のタイミングはシアンの自由。つまり、相手からすればどこに罠があり、いつ発動するのか分からない状態にできるのだ。

しかし、これだけ強力な魔法なのだからデメリットも存在する。それは、大量の魔力を使うということだ。

いくら大量の魔力量を有しているとはいえ、無駄遣いができるほど余裕のある相手ではない。

(それに、もう再生してる。もう使わない方がいい、かも……)

空中にいるセリナを見ると、既に手足の再生を終えていた。

「はぁ……さ、流石シアンさんですわ。油断していたとはいえ、私をここまで追い詰めるなんて」

少し焦ったのか、息を切らしながら言う。

「これほどの実力があるのです。やはり、シアンさんは私達の元へ来るべきですわ」

「まだ、そんなことを……」

これだけやってもまだ勧誘する余裕があるようだ。こちらは既に満身創痍だというのに。

「何度言っても同じ。シアンは、お前達の仲間になんか、ならない」

シアンがそう返すと、セリナはやれやれと肩をすくめため息をついた。

「仕方ないですね。あまりやりたくはありませんでしたが、洗脳しましょうか」

「……洗脳」

詳しくはシアンも知らないが、ヴァンパイアには対象の人物を噛むことで洗脳することができるらしい。

戦闘中に噛むことは難しいだろうが、気絶させてしまえば好きなだけ洗脳することが可能だ。どれほど強力なものかは分からないが、セリナの洗脳を自力で解くことは不可能に近いだろう。

(気絶さえしなければ、問題ないはず……なら、逃げ回るだけ)

セリナが地上に降りてきたため身構える。だが、セリナは特に何かする様子もなく、悠長に話し始めた。

「知っていますか?私達ヴァンパイアは、瞳の色が決まっているんです」

「……?何の話?」

突然、訳の分からない話をし始めたため、さらに警戒心を高める。しかし、セリナはただただ話を続ける。

「瞳の色は大きく三つに分けられます。一つは黄色。一つは青色。そして、赤色。私は見ての通り黄色なんですよ」

そう言って自身の目を指差す。セリナの言う通り、その瞳は黄色く、そして濁っているように見えた。

「私達ヴァンパイアは、瞳の色によって授かる能力が違うんです。と言っても、あまり使い勝手がいい能力とは言えませんが」

「……………」

何か仕掛けてくる。直感的にそう感じ取ったシアンは、セリナから目を離さず今よりも更に距離を取った。

しかし、セリナはそんなシアンの行動など気にも留めず続ける。

「他の方々は不満を持っているそうなんですが、私は結構気に入っているですよね。その理由はですね──」

刹那、シアンの視界からセリナの姿が消えたかと思うと、背中に強い衝撃を覚えた。それがセリナからの攻撃だと気付いた時には、体が宙を舞い、数十メートル先まで蹴り飛ばされていた。

「ぐっ……!」

(何も、見えなかった……!?)

警戒はしていた。何か仕掛けてくるだろうと予想もしていた。しかし、何もできなかった。それどころか、何をされたかも分からなかった。

「──あぐっ!?」

壁に当たりようやく失速する。不意に、左足に違和感を覚える。運悪く崩れた壁がシアンの片足に落ち、身動きが取れなくなってしまった。

「おや、片足が使えなくなってしまいましたか。まぁ、これでじっくりとお話ができます」

いつの間にか目に前まで移動してきていたセリナが、シアンの髪をいじりながら話を続けた。

「この瞳の能力、話していませんでしたね。この瞳には、『満月に近ければ近いほど身体能力が上がる』という能力が宿っているんです」

「満月に……?あっ……」

言われて空を見上げる。そこには、見ているだけで引き込まれていくような美しい満月が、夜空を明るく照らしていた。

「そう!今宵は満月!つまり、この能力が最大限発揮されるのです!嗚呼、そんな日にシアンさんのような方と戦えるとは……私も運がいい!」

狂ったような笑い声を上げながら、楽しそうに語る。その姿は昨晩の豹変したセリナとどこか重なって見えた。

「さぁ!もっと私と戦え!もっと私を楽しませろ!お前の全てをねじ伏せて、完璧にお前を潰してやる!」

(コイツ、なにしてる……?)

身動きが取れない今、シアンを洗脳するには絶好のチャンスのはず。しかし、全くそれをする様子を見せない。

瞳の能力を発動したのが原因だろうか。冷静さが欠けているように見える。

(この状況……もう、アレをするしか……)

シアンには奥の手がある。今ある魔力を全て消費する代わりに、強力な魔法が使うことができる。その威力は、恐らくセリナでも受けきることはできないだろう。再生能力があるため、倒すことはできないが。

(この距離なら、確実に……でも……)

だが、この魔法を使うということは死を意味する。正確に言えば死ぬまではいかないだろうが、シアン自身にも危険が生じる魔法であることに変わりはない。片足が使えない今、その危険度は格段に跳ね上がっていた。

(……ううん。今はもう、これしかない)

「おぉ!やる気になったか!ならもっと私と踊ろう!殺し合おう!」

幸い、セリナはシアンのすぐ近くにいるにも関わらず油断している。

(範囲内……いける……!)

「『マジック』──」

覚悟を決めたシアンが魔法を使おうとしたその時、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

「え──」

死角から予想外の攻撃をしてくる人物がいた。シアンに意識を向けていたことや、不意打ちだったこともあり、セリナは体当たりを思い切り食らってしまった。

「──っ!?」

しかし、大した威力もなかったため、軽く仰け反る程度。セリナは邪魔をされたことに対する苛立ちを見せながらその人物を睨んだ。

「……なんだお前、殺すぞ」

「……お前、なんでここにいる」

「ひぃ……!こ、怖い……!と、というか、助けたのに、怒られた……!?」

そこには、涙目で体をビクビクと震わせているムツリの姿があった。

「ムツリー!大丈夫かー!」

そして、遅れて秋斗がシアン達の元へ駆け寄ってきた。

「……!しゅーと……!」

「わ、わたしの時と、全然反応が違う!」

「……これはこれは、先程の人間ではないですか。もしや死ににきたので?」

人間の秋斗まで助けに入ってきたことで、セリナの苛立ちはピークに達していた。

「……ムツリ。シアンを助けてやってくれ。コイツは俺が相手する」

「え!?で、でも……」

「どのみち俺じゃ瓦礫を退かせない。ムツリならできるだろ?」

「わ、分かった……」

ムツリがシアンの足の上に乗っている瓦礫を退かし始めた時、セリナはただおかしそうに笑っていた。

「ふふ、うふふふふ……ま、まさか、人間の貴方が私の相手を?冗談はよしてください」

「冗談でお前みたいな化け物の前に出てくるかよ」

強がってみせるが、さっきから足はガタガタと震えている。今にでも逃げ出してしまいたかった。

(落ち着け……相手は油断してる。俺は人間、無力な存在だと、そう思わせろ)

今の秋斗がセリナに勝つのは100%不可能だ。勝算を1%でも上げるためには、二つの賭けに出る必要があった。

一つは、セリナを油断させること。油断を誘い、こちらが攻め込む隙を作らなければいけない。セリナがその気になれば、この場にいる全員を殺すことなど訳がないのだ。敢えて人間である秋斗が前に出ることで、油断を誘いやすくしていた。

そしてもう一つは、セイギの指輪を使えるかどうか。これが一番の問題だった。

(指輪が使えなきゃ、こっちは全滅。かと言って、俺はまだ指輪の使い方を知らない。完全に運だ……)

今のところ、指輪に変化はない。窮地に立たされているだけではいけないということだろうか。

「それで、貴方は一体何を見せてくださるので?」

「……それは、見てからのお楽しみだ!」

そう言って、セリナに向かって全力で駆け出した。

(このまま膠着状態が続いても相手を警戒させるだけ……仕掛けるなら今しかない……!)

策なんてない。ただ奇跡が起きることを願いながら、左手を前に出す。

(恐れるな。気圧されるな。自分を信じて前に出ろ!)

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「何をするつもりかは分かりませんが、死にたいのなら楽に殺してあげますわ!」

目にも止まらぬ速さでセリナの蹴りが飛んでくる。もちろん、真っ直ぐ突っ込んでいる秋斗に避ける術などない。

(──あ、死んだ)

瞬時にそう悟る。このままいけば、セリナの蹴りで左手ごと顔面が吹き飛ぶだろう。そんなビジョンが見えてしまった。

セリナの蹴りが直撃しそうになった直後、世界がスローモーションに見えるようになる。走馬灯というやつだろうか。

(あぁ……ダメだった……)

結局、最後まで指輪は何の反応も示さなかった。ゆっくりと動く世界の中で、悔しさと後悔を抱えながら死んでいくのだろう。

(ごめんな。シアン、みんな……やっぱり、俺は……)

『──ねぇ、力が欲しい?』

(え……?)

突然、どこか聞き覚えのある、天使のような優しい声が聞こえてきた。周りには誰もいない。幻聴だろうか?そう思った時、もう一度声が聞こえてきた。

『力、欲しいよね?』

今度は、秋斗の心を見透かしたように声の主は問う。

(……ああ、欲しいよ。どこの誰か知らないが、くれるならくれよ!その力ってのをよ!)

心の中でそう答えると、その声はクスクスと笑った。

『いいよ、あげる。じゃあ、どんな力が欲しい?』

(みんなを守れる、助けられるような力だ)

即答する。声の主が『はーい』と気の抜けた返事をした。

『でも、ここから先はあなたが頑張ってね。怖がっちゃダメだよ?それじゃ、バイバイ』

そう言い残し声は聞こえなくなった。同時に、セイギの指輪が輝き出したかと思うと、スローモーションだった世界がまた動き始めた。

「──────!」

次の瞬間、騒がしい金属音と共に視界が真っ白に染まった。秋斗の意識はそこで途絶えた。


(なにが……起きたの……?)

ムツリのおかげで瓦礫から抜け出したシアンは、左足から感じる痛みを忘れてしまうほど、その光景に驚愕していた。

秋斗がセリナに向かって駆け出したかと思うと、左手にはめられたセイギの指輪が光だし、攻撃をしようとしたセリナを吹き飛ばしたのだ。

いや、それだけならまだいい。シアンは秋斗なら大丈夫だと信じていた。これくらいのことで驚いたりはしない。

問題は、秋斗の姿だった。

「しゅー、と……?」

思わず名前を呼ぶ。横で見ていたムツリも空いた口が塞がらないと言った様子で“ソレ”を見ていた。

「あ、あれ、お兄さん、だよね……?」

ムツリが指差す先には、一人の男がいた。しかし、それは秋斗の姿をしていなかった。

秋斗よりも高い身長に、真っ白になった長い髪。そして、左手には美しい透明な剣が握られていた。

『………………』

秋斗だった男は、ただ一点を見つめていた。その先には、先程吹き飛ばされたセリナの姿があった。

(な、何が、起きましたの……?)

セリナは自分が何をされたのか分からなかった。突然、秋斗の左手にはめられた指輪が光り出したかと思えば、次の瞬間にはボロボロになった状態で吹き飛ばされていたのだ。

(あの姿……原因は指輪……まさか……?)

体の再生をしながら思考しようとしたその時、腹部に強烈な痛みが走り、思い切り血を吐いた。

「ごふぁっ!?こ、今度は何が……!?」

視線を落とすと、白髪の男が持っていたはずの透明な剣が腹部に突き刺さっていた。

(剣を投げてきた!?で、ですが、これであの人間は武器がないはず……)

今がチャンスだと考え顔を上げる。が、視線の先には男の姿はなかった。

「……!?い、一体どこへ──」

男を探そうと首を横に向けた瞬間、顔面に強烈な蹴りが炸裂した。

「がっ──!?」

ゴロゴロと石ころのように転げ回る。その度に刺さった剣が腹部を抉り、意識が飛びそうになる。

この時、セリナは自身の体にある違和感を感じていた。

(再生が、遅い……!?)

再生してしまえば痛みは消えるため、これほど長く激痛が続くことはない。だが、抉られた腹部の痛みが全く消えなかった。

セリナは今、再生能力が大幅に弱体化されていたのだ。

(こ、このままでは……ッ!)

痛みを堪えなんとか起きあがろうとする。しかし、瞬時にセリナの元へ移動した男は、セリナを押さえつけ刺さっていた剣を引き抜いた。

「〜〜〜っ!!!」

声にならない痛みがセリナを襲う。男は引き抜いた剣を空に向かい掲げる。すると、剣に大量の魔力が込められていき、透明だった剣が眩い光と共に輝き始めた。

「あっ……や、やめて……」

この一撃を食らったら死ぬ。そう直感的に感じてしまったセリナは、恐怖と激痛で動けずにいた。完全に立場が逆転してしまったその様子はあまりにも滑稽で、無様なものだった。

『これより、正義を執行する』

男は秋斗の声のままそう呟くと、怯えるセリナに無慈悲な一撃を叩き込もうとした。

『………………』

が、剣先がセリナに届くことはなかった。セリナに当たる寸前で、何者かに受け止められたのだ。

「──ほう、中々の一撃じゃな。妾の体に傷をつけるとは」

「てぃ、ティアラ様……!」

そう、男の一撃を受け止めセリナを守ったのは、ヴァンパイアのボスであるティアラその人だったのである。

「随分とセリナを可愛がってくれたようじゃのぉ、人間」

受け止めた剣に力を込めながら男を睨みつける。

『………………』

だが、男はティアラのことなど眼中にないかのように、後ろに倒れているセリナに視線を向けながら同じように剣に魔力を込め始めた。

「この妾を無視か。クフフ、面白い。少し本気で相手をして──」

そこで、ティアラは言葉を止めた。理由は単純、目の前にいたはずの男が消えたからだ。

否、消えたと言うよりは、元の姿に戻ったと言う方が正しいのかもしれない。

秋斗は元の姿に戻ると、そのままその場に倒れてしまった。

「……なんじゃ、つまらん。もう力尽きよったか」

ティアラが掴んでいた剣も男と一緒に消えており、やり場のない手を振いながら鼻を鳴らした。

「しゅーと!しゅーと!」

そこに、シアンが文字通り飛んできた。『テレキネシス』を使い、無理矢理体を動かしたのだ。

シアンは倒れている秋斗を守るように覆い被さると、震えた声で言った。

「……しゅーとは、助けて。シアンは、死んでもいいから」

自身の命を引き換えにした命乞いだった。セリナでさえあれだけ苦労して敗北寸前まで追い込まれた。そのボスであるティアラに、例え万全な状態だったとしても勝つ術はない。

何より、セリナの比じゃないほどのこの威圧感。秋斗のことで頭がいっぱいで飛んできてしまったが、それがなければその場に膝をついて震えていただろう。

(せめて、しゅーとだけでも助けないと……何か、何か方法は……)

こんな命乞いなど聞いてはくれないだろう。今、秋斗を失う訳にはいかない。脳をフル回転させてこの状況を乗り切る方法を必死に考える。

だが、次に飛んできたのは予想外の言葉だった。

「安心せい。貴様らを殺しはせん。少なくとも今はの」

「え……?」

信じられなかった。既にボロボロになっているシアンならまだしも、秋斗は相手からしたら危険な存在のはずだ。

(殺す理由が、ない……?ううん、眷属の方は、明らかに殺そうとしてた……何か裏がある、はず……)

「目的は、なに……?」

「目的?妾はただ、セリナの危機に駆けつけただけじゃが」

「そうじゃ、ない……殺さない、理由があるはず」

「理由か……ないと言えば嘘になるが、貴様らにそれを言う必要性がないのぉ。大人しく生かされておくがよい」

本当に見逃してくれるようだ。理由は分からないが、何の対価もなく見逃してくれると言うのなら、余計なことは言わずに早くこの場から立ち去ったほうがいいだろう。

「し、シアンちゃん!お兄さんは、だ、大丈夫?」

そこに、遅れてムツリが合流する。いつの間にかティアラの威圧感は消えていたようだった。

「気絶してる……けど、怪我はない」

「よ、よかったぁ……」

「今から秋斗を運ぶ。手伝え」

「も、もちろん、手伝うけど……も、もう少し優しく言ってくれても……」

シアンは片足が使えないので、ムツリに支えてもらいながら秋斗を『テレキネシス』で運ぶことにした。

「帰るぞ、セリナ。戻ったら話があるからの」

「分かりましたわ。……ですが、ティアラ様。本当によろしかったのですか?」

体の再生をしながら、セリナがよろよろと立ち上がりながら問う。

ティアラは少し考える仕草をすると、どこか腑に落ちなかったのか首を捻った。

「……いや、そうじゃな。少々意地の悪いことをしてもいいかもしれんの」

そう言ってティアラは手を翳すと、シアン達の足元に大きな魔法陣が出現した。

「ひぃ……!な、なにこれ……!?」

「これは……転移魔法……?」

転移魔法とは、その名の通り対象を別の場所へと転移させる魔法である。回復魔法同様、習得が困難の魔法であり、シアンでさえも一定の距離までしか転移させることができない。

だが、この魔法陣の大きさから考えるに、かなり遠くまで飛ばす気のようだ。

「……どういうつもり?」

「今の妾は虫の居所が悪くての。すまんが、貴様らに八つ当たりさせて貰うぞ」

「……何を言って──」

シアンが言い終わる前に転移魔法が発動し、ティアラの目の前から姿を消した。

「適当な場所へ飛ばしてしまったが、死にはしないじゃろ。今度こそ帰るぞ、セリナ」

「……あの、ティアラ様。助けていただき感謝します。ですが、なぜ私の元へ来られたのですか?何かご用があったのでは?」

「相変わらずせっかちじゃの、其方は。それも戻ったら話そう。動けるかの?」

「再生は終わりました。問題ありません」

「ふむ。では、行くぞ」

二人は翼を広げると、一部ボロボロになったサキュバスの町を残して飛び去っていった。

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