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頼れる少女とセイギの味方  作者: エルとえる
1話
3/8

旅の始まり

気持ちのいい日の光を浴びながら朝を迎えた。窓の外を見ると既に多くの人々が活動を始めている。しかし、その全てが子供という異様な光景になっていた。

同時に、そんな異様な光景を見て自分が本当に別世界に来てしまったのだと実感する。

もしかしたら夢かもしれない、なんて考えていたが当然そんなことはなかった。

これからどうなってしまうのか。何が起こるか分からない不安な気持ちもあったが、同時に好奇心もあった。

もう一度窓の外を見る。子供の姿になった人々が楽しそうに過ごしている。

ここにいるほとんどが大人だと考えると、不便な体になってしまい可哀想だと思ってしまう。

皆明るく過ごしているが、心の中では元に戻りたいと思う人も多いだろう。

「俺が頑張らないとな」

秋斗がヴァンパイアを倒せば、きっと元に戻るはずだ。そのためには、この指輪に頼るしかない。

セイギの指輪。この世界では秋斗にしか使えない、ヴァンパイアを倒すために必要不可欠な指輪。その使い方を知るため、情報が手に入るかもしれないエルフの森へ向かうことになっていた。

朝食を済ませ出発の準備を終える。

「秋斗さん、そろそろ出発しましょうか」

「準備、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。それじゃあ、行こうか」

それぞれ荷物を持って家を出る。

エルフの森に行くのには数日かかるらしい。なので、秋斗が野宿できるよう色々と準備をしてもらっていた。

「ヴァンパイア以外に悪さをする種族はいないのでよっぽど大丈夫だとは思いますが、できるだけ私達に離れないでくださいね」

「ん、しゅーとは、シアン達が守る」

「あはは、よろしく頼むよ」

すごく頼もしいのだが、二人とも見た目が子供なのでなんだかやるせない気持ちになる。

「そういえば、二人はどれくらい強いんだ?後、どの種族が強いとかってあるのか?」

「基本的にどの種族が強いとかはないですね。強さを求める人は強いですし、戦うのが苦手な人はあまり強くないです」

ということは、ヴァンパイアを倒せる種族がいないのも仕方ないのか。もしいたら、既に問題は解決されているはずだからな。

「ちなみに、シアンちゃんはすっごく強いですよ!一緒にいるだけで頼りになるんです!」

「へぇ〜、そんなに強いのか。シアンは何ができるんだ?」

昨日魔法が得意と言っていたのを思い出す。回復魔法は使えないようだが。

「えっと、大体の魔法なら……」

「シアンちゃんは魔力量がとても多くて、色々な魔法が使えるんですよ!」

「どれだけすごいか分からないけど、すごいなシアン」

「え、えへへ……」

「えへへ〜」

「……なんでシトラスも照れてるんだ?」

さっきから妙にテンションが高い。シアンのことになると興奮気味になっているのは気のせいだろうか?

「シトラスは、シアンなんかより、すごい……本気出したら、大体の人は負ける……」

「そうなのか?」

「いや〜否定はしませんけど……私はあまり戦わない主義でして」

「戦わないって、そもそもリンブルでは争いはないんだろ?」

「大規模な争いはないですけど、喧嘩で暴れる人はいますよ?」

「マジか……」

この世界の喧嘩なんて想像もつかないが、巻き込まれたら無事では済まないのは確かだろう。

「普通は喧嘩の仲裁に力のある者が止めに入るんですが、私は基本見てるだけですね」

「なるほどな……」

「もちろん、喧嘩なんて頻繁に起きるものじゃありませんし、安心してください」

「そりゃよかった。そこら中で喧嘩なんてされたら、俺の命がいくつあっても足りないからな……」

人外達の喧嘩がどんな感じなのか気にならないと言えば嘘になるが、ロクな目に遭わないと思うので考えないことにした。

「ねぇ、しゅーと」

「ん?なんだ?」

シアンの方を見ると、短い腕を精一杯伸ばしていた。

「手、繋ご……?」

「いいけど、なんでだ?」

「しゅーとが、危ない目に遭わないように……」

別に手を繋ぐ必要はないと思うが、シアンが秋斗のことを思ってやってくれたことには変わりないので、素直に受け入れる。

「そういうことか。心配してくれてありがとな」

「ん、任せて」

シアンの言う通り手を繋ぐと、なぜかシトラスが反対側の手を握ってきた。

「じゃあ、こっちは私が貰いますね。私も秋斗さんをお守りします!」

「あはは、シトラスもありがとな」

二人と手を繋いで歩く。傍から見れば、仲のいい兄妹にでも見えているのだろう。

(でも、二人の方が俺なんかよりずっと長く生きてるんだよな)

こんなに可愛らしい見た目をしていても、秋斗よりも力があるし、秋斗よりも長く生きている。そんな二人に守られていると言う安心感と、この二人よりも強い敵がいると言う恐怖で心がぐちゃぐちゃに乱されそうだった。

「何かあったら、すぐ言って。シアン、頑張るから……!」

「きゃ〜!やる気いっぱいのシアンちゃんも可愛いよ〜」

「お、おい!シアンに抱きつきたいなら俺を挟むな!歩きにくいだろ!」

(でもまぁ、今は余計なことは考えなくてもいいか)

たまに休憩を挟みながら、三人で楽しく話しながら歩いていると、いつの間にか日が沈みかけていた。

それなりの距離を歩いたため、秋斗の足は悲鳴を上げようとしていた。

「近くに泉があるので、そこまで行ったら今日は休みましょうか」

「悪いな。俺のペースに合わせちまって」

「大丈夫ですよ。元々数日はかかりますし、ゆっくり行きましょう」

少し進むと、綺麗な泉が見えてきた。

夕陽に照らされ、泉が宝石のようにキラキラと輝いて見える。

「こんな綺麗な場所で休めるなんて、心も体も癒されそうだな」

「ふふっ、そうですね」

荷物を置いて、野宿の準備を始める。

「秋斗さん。お疲れのところ悪いんですけど、いいですか?」

「そんな気を遣わなくてもいいぞ。手伝いでもすればいいのか?」

「実は、泉の近くには美味しい果実が実りやすいんです。なので、シアンちゃんと一緒にいくつか果実を取ってきてほしいんです」

「なるほど。なんでもいいのか?」

「害のある果実はないと思いますが、シアンちゃんがいれば大丈夫ですよ」

「分かった。じゃあ行くか」

「ん」

シアンと一緒に果実を探しに木の多い方へと向かう。

シアンはあれからずっと秋斗と手を繋いでいるが、本人が離そうとしないのでそのままにしていた。

少し歩くと、所々に美味しそうな果実が実っているのが見えてきた。

「お、あれか?」

「うん。たくさんある」

「うーん、でもちょっと高いとこにあるな」

手を伸ばしただけでは届かない高さにあるため、簡単には取れそうにない。

「俺がシアンを肩車したら届くか?」

「肩車?」

「知らないか?シアンが俺の肩に跨ってそのまま担ぐんだ」

「……こう?」

「そうそう。そんじゃ立ち上がるぞ」

シアンが想像以上に軽く、簡単に担ぐことができた。

「……高い」

「怖いか?」

「ううん、大丈夫……」

そのまま果物が実っている木まで近づくと、手を伸ばせばなんとか届く高さまで近づけた。

「取ったらそのまま落としてくれ。後で全部運ぶから」

「ん、分かった」

言われた通り果物を取っては落とすを繰り返す。数分後には秋斗の足場が果物だらけになっていた。

「よし、これだけあればいいだろ。そろそろ降ろすぞ」

シアンを降ろすためにしゃがもうとすると、頭をポンポンと叩かれた。

「どうした?」

「……もう少し、このまま」

「え?なんでだ?」

「……このまま」

これ以上肩車をする必要はないのだが、なぜか降りようとしない。肩車が気に入ったのだろうか?

「でも、これじゃあ果物全部運べないぞ?」

「こうするから、いい。『テレキネシス』……」

シアンが魔法の名前を呟くと、落ちている果物が宙に浮きだした。

「え、そんなことできたのか?それ使えばもっと楽に集められたんじゃ……」

「ん、いこ」

「……まぁいいか」

表情は見えないが、この状況を楽しんでいることは雰囲気で伝わってきた。

シアンを肩車しながら、宙に浮いた果物と一緒にシトラスの元へ戻る。

「あ、おかえりなさ……って、何してるんですか?」

「ちょっと色々あってな……」

「わざわざ『テレキネシス』まで使うほどの量じゃないと思いますけど……」

「あ、あはは……」

案の定シトラスから変な目で見られたが、肩車の方にはツッコまないらしい。

「それじゃあ、後は私がやりますから、二人はゆっくりしていてください」

「いいのか?手伝いくらいするぞ?」

「好きでやっていることですから大丈夫ですよ。秋斗さんはシアンちゃんに構ってあげてください」

「シトラスがそう言うなら……」

せめてシトラスの邪魔にならないよう、少し離れた場所まで移動する。

「なぁ、シアン」

「なに、しゅーと」

「シトラスってどんなやつなんだ?シアン大好きっ子ってことしか分かってないんだよな」

肩車をした状態のままシアンに質問する。

「……シトラスは、すごく優しい。いつも周りに気を遣ってる。強くて、頭も良くて、シアンの自慢の友達……」

「シトラスってすごいやつなんだな」

恐らく、手伝いを拒んだのもシトラスの優しさからだろう。秋斗の足が限界に近いことを理解して、気を遣ってくれた。

「……でも、自分のことは後回し。だから、ちょっと心配……」

「………………」

その言葉が、なぜか自分にも言われているような気がした。

いつも自分のことは二の次で、他人の心配ばかりする。自分の限界を無視して、ボロボロになりながらも救いの手を差し伸べようとする。それが、日本にいた時の秋斗だった。

それは、今も変わってはいない。死ぬかもしれない危険な旅。それでも、自分の命をかけてこの世界の人々が助かるのなら、どんなことだってしようと思っている。

「しゅーとも、無理はダメ……なんとなく、シトラスと似てるところある……」

「流石シアンだな。よく分かってる」

シアンの洞察力は鋭い。きっと、これから自分が無理をしていたらすぐに気付いてしまうだろう。

「でも、俺は無理することをやめない。いや、やめられないってのが正解かもな。生き甲斐なんだよ。人助けをするのが。それと、癖になってるのもあるかな」

癖は簡単には治らない。小さい頃から爪を噛んでいたり、箸の持ち方がおかしかったりしても、そのまま成長してしまえばすぐには治せない。癖というのはそういうものだ。

「でも、もし本当に限界がきた時は、助けてくれるか?」

「……ん、任せて。でも、できれば無理をする前に、教えて欲しい……」

「あはは、気をつけるよ」

今の秋斗は一人じゃない。自分を助けてくれる仲間がいる。それだけで、心が少し軽くなった気がした。

「食事の準備ができましたよー」

「分かった、すぐ行く」

シトラスに呼ばれ、肩からシアンを降ろす。

「流石に飯の時は降りないとな」

「……分かった」

残念そうに秋斗の肩を見つめるシアンを慰めながら、食事を済ませた。


日も落ちて辺りが闇に包まれる。

月の光が泉を照らし、夕方とはまた違った景色が堪能できた。

「シアンちゃん、寝ちゃいましたね」

「疲れてたんだろ。ゆっくりさせておこう」

歩き疲れていたのか、シアンはシトラスの膝の上に頭を乗せてすぐ眠ってしまっていた。

「それにしても、秋斗さんとシアンちゃん、もう仲良くなってますね。二人ともすごく楽しそうにしていました」

「シアンが人懐っこいだけだと思うけどな」

「いえいえ、シアンちゃんがこんなにも簡単に心を開くのは稀ですよ」

「そうなのか?全然そうは見えなかったが……」

出会った時から、シアンは秋斗に積極的に話してくれている。いつも無表情の割にはかなり友好的な印象だ。

秋斗の知っているシアンだけを見たら、シトラスの発言に疑問を持ってしまうのも仕方のないことだった。

「シアンちゃんは、過去に色々あって人と関わることに消極的になってしまっていたんです」

シアンの頭を撫でながらそう話す。今のシアンからは想像もできない話だった。

「少しずつ立ち直ってきて、今では普通に話せるくらいには回復したんです。でも、やっぱり警戒心が強くて、初対面の人には心を開くのに時間がかかってしまうんですよね」

「それなら、なんで俺には簡単に心を開いてくれたんだ?」

「それは私には分かりません。ですが、シアンちゃんが秋斗さんののことを心から信頼していることだけは分かります」

出会ったばかりの人のことを信頼するのは簡単なことじゃない。人の心に対して敏感なシアンだからこそできることだろう。

「秋斗さんからは、本当に邪な気持ちが感じられません。そういうところが、シアンちゃんが信頼する理由なのかもしれませんね」

「そう正面から言われると流石に恥ずかしいな……」

少しは自覚しているが、やはり褒められると恥ずかしい気持ちになる。感謝の言葉なら何度も聞いたことがあるが、自分自身が褒められることはあまりなかったので変な気分だった。

「そういえば、シトラスって魔法とか使えたりするのか?」

「私ですか?一応少しは使えますよ。シアンちゃんと比べたら全然ですけど」

「俺、魔法について全然知らないんだが、どんなことができるんだ?」

「そうですね。基本的に魔法はなんでもできますね。シアンちゃんがやっていたように物を浮かせることもできますし」

そう言ってシトラスが人差し指を立てると、先日やってくれたように指先からライターくらいの火が出てきた。やはり、魔法は何度見ても感情が昂る。

「このように、何かを出すこともできます。ただ、便利な魔法ほど魔力を使いますし、簡単なもの以外は実践レベルに使うのは難しいんですよね」

「それって、俺も覚えれたりするのか?」

「残念ですが、それは無理だと思います。そもそも、魔力がないと魔法が使えないので」

もし使えたら便利だと思ったが、やはり無理らしい。

「逆にいえば、魔力さえあればなんとかなるのか?」

「まぁ、そうですね。魔力量にもよりますが、火や水を出すくらいならできるようになると思いますよ」

「なら、この指輪が使えたら俺も魔法が使えるようになるのか?」

セイギの指輪には莫大な魔力が込められているらしい。その魔力を使えば、魔法を使うことができるのだろうか。

「どうでしょう?やってみないと分かりませんが、難しいとは思いますね……」

「そうか……ちょっと気になったから使ってみたかったんだが、無理ならしょうがないか」

「まだ確証はないのでなんとも言えませんけど、それもエルフの森に行けば分かるかもしれませんね」

秋斗だって男だ。魔法が使えたら格好いいだろうなくらいは思ったりする。もしかしたら、魔法が使えるようになるかもしれない。そう考えると、エルフの森へ行くのが少し楽しみになった。

「もし、エルフの森に行って何も収穫が無かったらどうするんだ?」

何が分かるに越したことはないが、現実的に考えるとなんの情報も得られない可能性の方が高い。

その場合、一度帰るのか別の場所に行くのかどちらか聞いておきたかった。

「そうですね……私としては帰っても仕方がないので、別の場所で情報収集をしようと思っているんですが。秋斗さんのことを考えると一度帰った方がいいかもしれませんね」

「いや、そういうことなら情報収集を優先しよう。気を遣ってくれてありがたいが、今は少しでも情報を手に入れる方が先だ」

「秋斗さんがそういうのなら……でも、何かあったらすぐに言ってくださいね?」

「分かってる。余計な心配かけないように気をつけるよ」

少しは無理をするだろうが、体を壊さない程度に無理をすると決めているので大丈夫だ。

(まぁ、無理してるのがバレればすぐ止めてくれるだろうけどな)

今日シアンとそんな話をしたのを思い出す。慣れないうちは無理かもしれないが、少しは他人に頼ることを意識して行動できるようにしていこう。

「つい話込んじまったな。明日も早いしそろそろ寝るか」

「そうですね。それでは、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

美しい星空を眺めながら、ゆっくりと深い眠りへ落ちていった。


翌日、雲一つない快晴の中、昨日と同じように三人手を繋いで歩いていた。

リンブルに来て既に三日が経っていた。最初は困惑しかなかったこの世界だが、今は徐々に受け入れつつある。

とはいえ、まだまだ驚くべき出来事はたくさんある。この世界に慣れていくのには時間がかかりそうだ。

「結構歩いたな」

「かなりいいペースで移動できてますね。これなら、明後日には着けそうです」

それでもまだ二日かかるらしい。シトラスはいいペースと言っているが、秋斗のペースに合わせているせいで遅くなっているのは確かだろう。

「悪いな、俺のせいで」

「どうして謝るんですか?」

「しゅーと、何か悪いこと、した?」

「いや……移動遅いの申し訳ないなと思ってさ」

秋斗がいなければ、もっと早く着いているだろう。休憩の回数も時間が経つほど増えていくし、今だけ人間であることが申し訳なくなる。

「別に、私達はそんなこと気にしてませんよ?」

「そう言ってくれるのはありがたいんだけど……」

ここまでの疲労のせいでネガティブになっているのか、嫌なことばかり考えてしまう。

「……速く移動、できればいい?」

「え?そ、そりゃあ、できるに越したことはないけど……」

「ん、分かった。シトラス」

「まぁ、秋斗さんが言うならやりましょうか」

意味深なやり取りが秋斗の不安を煽る。

人間である秋斗に超人的な身体能力も体力もあるわけがないので、これ以上ペースを上げるのは不可能なはずなのだが。

すると、シアンは秋斗に向けて手を向け、『テレキネシス』を使った。

「うおっ!う、浮いてる!?」

突然浮かされ焦る。これでどうやって移動を速くするのだろうか。

「しゅーと、そのままシトラスに掴まって」

「え?こ、これでいいか?」

言われるがまま、シトラスの肩に掴まる。一体、これから何をするのか不安で仕方なかった。

「シトラス、ちょっとだけお願い」

「はーい」

シトラスはシアンを小さな腕でがっちり掴むと、四つの翼を広げた。

「秋斗さん。しっかり掴まっててくださいね」

「え?」

次の瞬間、空を飛んだシトラスがものすごいスピードで移動を始めた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

秋斗の情けない断末魔が響く。

シアンの『テレキネシス』のお陰で落ちる心配はないみたいだが、そんなことを考えている余裕はなく、振り落とされないようにシトラスに必死にしがみついていた。

(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!)

自分よりも小さい女の子に涙目になりながらしがみつくその様は、今まで生きてきた中で一番恥ずかしいものだった。

同時に、リンブルに来て初めて死の恐怖を感じた瞬間だった。

数分後、数時間にも感じられた移動がやっと終わった。

「ふぅ……流石にこの体で抱えて飛ぶのは疲れますね」

シトラスは思い切り背伸びをして体をほぐしていた。

「しゅーと、大丈夫?」

「はぁ……はぁ……だ、大丈……はぁ……」

心の方は全く大丈夫ではないのだが、叫びすぎで疲れてまともに返事ができなかった。

心臓がバクバクと鳴っている中、どうにか落ち着きを取り戻す。

「こ、こんな速く移動できたのか……」

「安心してください。秋斗さんが気を失わないように速度は落としましたから」

「……嘘だろ?」

あれで速度落としてるなら、本気を出したらどれだけ速く動けるんだ?音速なのか?

「これだけ速く移動できるなら、最初からやっておけばよかったんじゃないか?」

数分移動しただけでキツかったので秋斗としてはありがたいのだが、あの移動方法なら数時間もすれば着いてしまうのではないだろうか。

「確かにこの移動方法ならすぐ着くかもしれません。ですが、さっきの移動方法を使わなかったのには理由があります」

シアンを抱きかかえたまま、理由を話す。

「一つは秋斗さんに危険が及ぶということです。シアンちゃんが落ちないようにしているとはいえ、万が一ということもありますから」

「なるほど……」

二人からしてみれば秋斗が死ぬことは何が何でも避けたいことだ。安全な移動ができるのならそちらを優先するだろう。

「そして、もう一つはお互いのことを知るためです」

「お互いのこと知る?」

「はい。私達はこれから長い付き合いになると思います。徒歩での移動であれば会話ができる時間も多いですし、親睦も深められます」

「それに、しゅーとにここでの生活を、慣れてほしかった」

ここに来るまで二人から色々な話を聞けたし、二人のことも少しずつ分かってきた。もしあの移動方法を使っていたら、二人のことを何も知らないままだっただろう。それに、これからこの世界で生きていくのだから、外での生活も多くなると考えられる。そのための経験を少しでも多く積んでおくことに越したことはない。いざという時に何も出来ないのも困るからな。

「そこまで考えてくれてたのか。ほんと、二人には感謝しなきゃな」

ただ速く移動したいという浅はかな考えを持っていた自分を殴りたい。指輪について知りたいがために、焦りすぎていたようだ。

「ところで、どれくらい移動したんだ?かなりの速度だったが」

「正確には分かりませんが、今日中には着けるくらいには移動できたと思いますよ」

「そんなに移動したのか……」

「そのままエルフの森まで行ってもよかったんですが、秋斗さんが辛そうでしたので」

また気を遣わせてしまったらしい。しかし、今回ばかりは感謝の気持ちの方が大きかった。

あのままもう数分でも移動していたら、心臓が止まっていた自信がある。それくらい、あの移動には恐怖を感じた。

「飛んでいる時に湖があるのが見えたので、そこまで行ったら休憩しましょうか」

シトラスの提案で休憩を取ることにした。

シトラスが見つけたという湖付近までやって来ると、荷物を下ろしてすぐにその場に倒れた。

「疲れた……」

「お疲れ様です。長めに休憩しようと思うので、ゆっくりしててください」

「そうさせてもらうよ……」

疲れが溜まり何をする気にもなれないので、何も考えず空を眺める。

しばらくボーッとしていたが、喉が渇いてきたので水を汲みに行くために起き上がった。

「おーい、そこにいる人ー」

すると、誰かが声をかけながらこちらに近づいてくるのが見えた。

「誰でしょうか?」

「知り合いじゃないのか?」

首を振る二人。どうやら知り合いではないらしい。

そんなやり取りをしている内に、声をかけてきた人物が目の前まで来ていた。

「どうもっす。ちょっと珍しい人が見えたんで声かけちゃいました」

「えっと、君は……」

「ああ、自己紹介まだでしたね。自分はネオって言うっす。見ての通り獣人っす」

ネオと名乗った少女は、短い銀髪に空色の瞳している女の子だった。しかし、驚くべきなのは少女の手足と頭。手足は獣の毛で覆われており、手には肉球が見える。そして、頭には猫耳がついており、まるで猫を擬人化したような姿をしていた。

ちなみに、獣人種には犬型や兎型など、色々な種類がいるらしい。ネオの場合、猫型と言うことになる。

「初めまして。私はシトラスといいます」

「……シアン」

「俺は風槍秋斗。最近この世界にやって来た人間だ」

「おー、やっぱりそうだったんすね!最近、人間が来たって噂を耳にしたんすけど、まさか会えるとは思ってなかったっす」

どうやら、もう秋斗の存在は噂になっているようだった。この世界での人間は珍しいらしいので、噂が広がりやすいのかもしれない。

「それで、なんで人間君がこんなとこに来たんすか?」

「実は──」

シトラスが秋斗がこの世界に来た理由。そして、指輪の情報集めのことについて簡単に説明をした。

「なるほど。そんなことのためにわざわざこんなところまで来たんすね。人間君も物好きっすね〜」

にゃははと独特な笑い方をするネオ。その様子は、シトラスの話を聞いたとは思えないほど気の抜けたものだった。

「なぁ、もう少し危機感ってのはないのか?世界が脅威に晒されそうなんだぞ?」

「でも、それって君らが勝手に予想してるだけっすよね?この体になってからそれなりに経ちますけど、今まで何もなかったっすよ?」

「そ、そうなのか?」

何かしら被害が出ていると思っていた秋斗は、訴えるような目でシトラスを見た。

シトラスは表情を曇らせながら小さく頷いた。

「ヴァンパイアの討伐に向かった人達を除けば、どの場所でもまだ被害が出ていないみたいなんです。もちろん、私達が知らないところで被害が出ている可能性もありますが、今のところは何も……」

「そういうことっす。別に何もないならそれでいいんじゃないすか?」

「それは……」

もし、このまま被害が出ず何も起きないのであれば、こちら側も何もしない方が安全かもしれない。逆に刺激をして事態を悪化させることだって充分ありえる。

だが、それではリンブルの住人達はどうなる?ずっと子供のままなのか?もし元に戻る方法があったとしても、現時点では何も分かっていない。このまま永遠に子供のままで生きていかなければならないかもしれないのだ。

「もしかしてリンブルの住人って危機感持ってるやつ少ないのか?」

「ネオさんと言う通り被害が出ていませんからね……私達が想定している事態もあくまで予想ですし……」

被害がなければ警戒もしない。当たり前のことだ。

だが、それでは何も解決しない。子供の姿から戻ることもないし、もしかしたら命を狙われるかもという恐怖からも解放されない。

もちろん、そんな考えをしないからこそ危機感がないのだろうが。

「あのー、人間君に聞きたいんすけど」

「……なんだ?」

「どうして見ず知らずの人達を助けようなんて考えるんすか?身内ならまだしも、他人なんて助けたところでなんのメリットもないっすよ?」

「………………」

「それに、死ぬ可能性だってあることは分かってるっすよね?他人に命をかけるほど、人間君の命は軽いものなんすか?」

ネオが最もらしい疑問をぶつけてくる。誰がどんな目に遭おうと、自分さえ無事ならいい。そんな考えを持つことだって、間違いじゃない。ましてや赤の他人のために危険な目に遭いに行くなど、考えもしないだろう。自分が一番可愛い。それが普通の考えだ。

「……別に、自分の命を軽く見てる訳じゃないさ。俺だって死にたくない」

「だったら──」

「でも、だからと言って助けを求めている人を見捨てたりはしない」

「………………」

「もし誰かが俺に助けを求めるのなら、例え死ぬ可能性があったとしても助ける」

「……実際に死の恐怖に直面したら、そんな甘い考えはなくなるっすよ」

「確かに、恐怖で足が動かなくなるかもしれない。逃げ出したくなるかもしれない。それでも、最後には必ず助けるさ」

「ふーん……」

言っていることはめちゃくちゃだ。ただの理想論に過ぎない。だが、秋斗の目が本気であることにネオは気付き、そのまま黙り込んでしまった。

「それじゃあ、今度は俺の方から聞きたい」

「……なんすか?」

「元の体に戻りたくはないのか?」

「そりゃあ、戻れるに越したことはないっすけど……」

「それなら、俺は戦うよ。お前達を元の姿に戻すためにも」

もしヴァンパイアが何もしてこないのであれば、その時は元に戻す方法を探せばいい。だが、確証がない以上放置するわけにもいかない。

「……へぇー、お人好しっすね」

「よく言われるよ」

「なら、自分が助けを求めたら助けてくれるんすか?」

「当たり前だ」

即答すると、ネオは驚いたような顔をして、そして笑った。

「にゃはは、君面白いっすね。なんか興味出てきたっす」

すると、先程までのネオからは考えられないことを口にした。

「指輪の情報集め、自分も手伝ってもいいっすか?」

「え?な、なんで急に?」

シトラスもシアンも秋斗と同じような反応をする。さっきまでどうでもよさそうにしていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。

「いや〜、なんでっすかね〜?もしかしたら、人間君のかっこいい発言に惚れちゃったかもしれないっす〜」

明らかに冗談を言っているようにしか見えないが、協力してくれることに関しては本当のようだ。

「そういうことならありがたいが……本当にいいのか?」

「別に減るもんじゃないっすからね。それに、なんだか面白いことになりそうなんで」

「遊びじゃないんだがな……」

こんな様子で大丈夫かと不安になるが、情報を集めやすくなったのはいいことだ。

「エルフの森に行くってことは、フェルに会いに行くんすよね?」

「フェルって、フェルノートって人のことか?ネオは知り合いなのか?」

「まぁ、そんなとこっす。フェルはめちゃくちゃ優しいんで力になってくれると思うっすよ。ただ、怒らせるのだけはやめた方がいいっす……自分一回殺されかけたんで……」

その時のことを思い出したのか、体をブルブルと震わせている。

普段優しい人が怒ると怖いというのはよく聞くことだが、ネオの様子からして秋斗が想像している以上に怖いのだろう。

シアンとシトラスも同じことを考えたのか、苦い顔をしている。

(絶対に怒らせないように気をつけよう……)

もし怒らせて殺されでもしたら大変なことになる。そのことを頭に入れながら、慎重に行動することにしよう。

「んじゃ、自分はそろそろ行くっす。何か分かったらエルフの森に向かうんで、その時はよろしくっす」

「ああ。協力してくれてありがとな」

ネオは大きく手を振ると、砂埃を立てながらものすごいスピードで走り去っていった。

「すごい速さだな……」

「獣人種は身体能力がどの種族よりも高いですからね」

「顔に砂飛んできた……」

「それは、位置が悪かったな……」

どこか悲しそうに見えるシアンの顔を洗ってから、エルフの森に向けて再出発した。


日も落ちかけ、空がオレンジ色に染まる頃。ついにエルフの森に辿り着いた。

「ここが、エルフの森……」

「すごいな。森っていうだけあって木しかないな……」

ここからでもかなり広い森であることが分かる。

森の中に入ってみると、見たこともない植物が生えていたり、輝いて見える泉があったりと、とても神秘的な場所だった。

少し歩くと、開けた場所に出てきた。そこにはたくさんのエルフがいた。もちろん、皆子供の姿だが。

「おや、お客様ですか。珍しいですね」

秋斗達の存在に気付いた一人のエルフがこちらに近寄ってきた。

まず目に入ってきたのは、その長い耳だった。人間の耳とは違い、長く尖った耳をしており、彼女がエルフであることを実感させられた。

次に金色に輝く長い髪。少し動けばしなやかに髪が揺れる。目を惹かれるほど美しいその髪は、子供であることを忘れさせるほど綺麗なものだった。

そして何より、子供の姿であるはずなのに溢れ出る大人びた雰囲気。その矛盾した存在に、秋斗は謎に緊張していた。

「ようこそいらっしゃいました、旅の方」

「初めまして、エルフさん。私はシトラスと言います」

「シアン……こっちの人間が……」

「か、風槍秋斗です」

「まぁ、これはこれは。人間様がいらっしゃるとは。ふふっ、長生きはするものですね」

その幼い姿からは想像もできないほど色っぽく笑う。その姿に秋斗はかなり動揺した。

「申し遅れました。わたくし、フェルノートと申します。このエルフの森の長をやっております」

「フェルノートって……え?あなた、フェルノートさんなんですか?」

「はい、そうですが」

まさか、目的の人物にこんなにすぐ会えると思っておらず、秋斗とシトラスは互いに目を見合わせた。

「も、森の長って……すごいですね」

「そう大それたものではありません。ただ、一番長生きをしている私が長を務めているだけのことです」

フェルノートが喋れば喋るほど、大人な女性に見えてくる。容姿だけでなく声も子供のままのはずなのに、この包容力は一体何なのだろうか。

「えっと、俺達、フェルノートさんに聞きたいことがあってここに来たんですけど」

「そうでしたか。では、ゆっくり話ができるところまで行きましょうか。こちらに」

フェルノートについて行くと、椅子や机がいくつか並んでいる場所までやって来た。

何で作られているかは分からないが、真っ白でとても綺麗な家具に目を奪われた。

「お好きなところへお掛けください」

「あ、ありがとうございます」

なんだか高そうな椅子だったので、恐る恐る座る。そもそも、この世界に高い安いの概念はあるのか不明だが。

「……?」

「どうしました、シアンちゃん?」

「……なんでもない」

何か違和感を感じるシアンだったが、特に何も言わずそのまま椅子に座る。

「改めて。ようこそ、エルフの森へ」

「早速で悪いんですが、私達の話を聞いてもらえませんか?」

「はい。何でもお聞きしましょう」

シトラスが自分達の目的を話す。フェルノートは笑みを崩すことなく、静かに話を聞いていた。

「なるほど……大体、私の想定通りのお話でした」

「「え?」」

「……分かってたの?」

「はい。秋斗様達がこちらにいらした時から、なんとなくですが」

秋斗達がここに来た時点で察しがついていたらしい。

「その指輪は私が拾った物ですよね?人間様を連れていらっしゃるということは、その指輪について知りたいことがあるのでしょう?」

秋斗の左指に視線を向けて話す。

「は、はい。この指輪の使い方を知りたいんですけど……」

フェルノートなら何か知っているかもしれない。そう思ったが、フェルノートは残念そうな顔をした後、首を横に振った。

「その指輪についてですが、残念ながらそちらが持っている情報と似たようなものしか存じ上げません」

「そ、そうですか……」

やはり、そう簡単に新しい情報を手に入れることはできなかった。分かっていたことだが、実際に聞かされると余計にテンションが下がってしまう。

(見つけた本人すら何も分からないのか……これじゃあ、どうしようもないじゃないか……)

完全に振り出しに戻ってしまい、顔を下に向ける秋斗達。

「……そういえば、指輪を拾った時に声が聞こえてきましたね」

「声?それってどんな声でした?」

「女性の声だったのは覚えていますね。確か、『オソレヲコロセ』と言っていたような……随分と昔のことですので曖昧な記憶ですが……」

「いえいえ、充分です!ありがとうございます!」

『オソレヲコロセ』、この言葉が一体どんな意味を持つのかは分からない。だが、指輪に大きく関わってくることは確かだろう。

(とりあえず、一歩前進ってとこか)

まだ使い方が分かったわけではないが、本来の目的である情報収集はできた。この調子でもっと情報を集めたいところだが。

「なぁ、シトラス。次行くとしたらどこで情報収集するんだ?」

「そうですね……ここからは何も当てがないですからね。地道に聞いて回るしか……」

「それでしたら、サキュバスの町に行ってみてはどうでしょうか?」

行く当てがなく悩んでいると、フェルノートがそんな提案をしてきた。

「ここから一番近くにある町です。いい人ばかりなので、協力してくださると思いますよ」

それだけ聞くと行ってみてもいい気がするが、秋斗にはある不安があった。

「……サキュバスって、俺大丈夫なのか?」

サキュバスといえば、男性を誘惑し精を糧として生きている存在というイメージがある。そんなサキュバスがたくさんいる町に男である秋斗が行けば、ただでは済まないのではないだろうか。

「安心してください。サキュバスは秋斗さんが想像しているものよりずっと常識的です。許可なく精気を吸い取ったりはしないと思いますよ」

「そうか、ならいいんだが」

「なんの心配、してるの?」

「そ、それは……シアンは気にしなくてもいいことだから……」

「……?そう」

シアンはそういう知識がないみたいだ。あまりシアンの前でこの話はしない方がいいかもしれない。

「じゃあ、次はサキュバスの町に行くか」

「そうですね。それで、今日の寝床なんですけど……」

期待の眼差しを向けながら、三人でフェルノートを見る。

「もちろん、今晩はここでお休みください。私達も歓迎しますよ」

「「ありがとうございます!!」」

「ん、ありがとう」

こうして、今日はエルフの森に泊まらせてもらうことになった。


食事を振る舞ってもらいお腹いっぱいになった後、ネオのことを思い出し話を聞いてみることにした。

「そういえば、ここに来る途中でネオって人に会ったんですけど、フェルノートさんの知り合いなんですよね?」

「あら、ネオにお会いしたのですね。彼女はとてもマイペースなのですが、何か失礼なことをされませんでしたか?」

「いえ、むしろ情報集めに協力すると言ってくれて、とても助かりましたよ」

実際はちょっとした口論になったのだが、言う必要もないので伏せておく。怒ったら怖いとも聞いているし、余計なことは言わない方がいいだろう。

「あのネオが……珍しいこともあるものですね」

「ネオさん、気分屋って感じですもんね。フェルノートさんのことをフェルって呼んでたんですけど、二人は仲がいいんですか?」

「はい。私はネオが子供の時から……と言っても、今は皆子供の姿ですが。その頃からよく面倒を見てあげていましたね」

昔のことを思い出したのか、懐かしむように語る。

「友人というよりも、親子みたいな関係って感じですね」

「うふふ。実際、ネオと過ごす時間は多かったですね。大きくなって自立するまでは、この森で育ってきましたから」

「ネオって、この森で育ったんですか?」

秋斗が尋ねると、フェルノートは首を縦に振り肯定した。そして、暗い表情でネオについて語り出した。

「……ネオは、私がこの森の近くを歩いていた時に拾った子なんです」

「拾ったって、もしかして……」

「はい。ネオは捨て子だったんです。まさか、子を捨てる親がいるなど想像もしませんでしたが……」

話によると、ネオが捨てられたのはまだ赤ん坊の時で、フェルノートが見つけなければ餓死していたらしい。

そのままにしておく訳にもいかず、森に連れて帰り育てることにしたそうだ。

「大きくなってからのネオはとてもマイペースな性格になってしまいましたが、根は昔から変わらず優しい子なんです」

「フェルノートさんは、ネオのことが大好きなんですね」

「はい。私はネオのことを実の娘のように思っていますから」

そう話すフェルノートの表情は、娘を大切にする母親そのものだった。

「それにしても、この世界でも自分の子を捨てたりする人がいるんだな」

「残念ながら、いないとは言い切れません。数はそういないとは思いますが、世界のどこかでは同じようなことをしている人がいても不思議じゃありません」

(どこにでもいるんだな。育児放棄なんてするクズは……)

いくら治安がいい世界とはいえ、全ての人が善人ではないということだ。秋斗は、そんな人がこの世界にもいるという事実が許せなかった。

「ネオさんは今どうしてるんですか?この森では暮らしていないみたいですけど」

「彼女なら、今は獣人の里で暮らしていますよ。自分の居場所を見つけたんだと言って、森を出て行きました」

「そうですか……寂しくはないんですか?」

「ないと言えば嘘になりますが、時々こちらに顔を出してくれるので、寂しさはあまりありません」

「お二人は本当に仲がいいんですね。私とシアンちゃんみたいです〜」

「……そう?」

「酷い!」

フェルノートの話を聞いて、ネオに対する印象が少し変わった。ヴァンパイアと敵対する危険性を忠告してくれたり、情報収集を手伝ってくれると言ってくれたのも、その優しさからくるものなのかもしれない。

「皆様、次ネオとお会いした際には、是非仲良くしてあげてください。私もネオのご友人が増えると嬉しいですから」

「もちろんです!ネオさんも可愛かったですし、私も仲良くしたいです〜」

「シトラスは可愛いものならなんでもいいんだな……」

「な、何を言ってるんですか!私はシアンちゃん一筋ですよ!」

「いや、そういうことを言ってるわけじゃないんだが」

暴走するシトラスを他所に秋斗も応えた。

「俺もネオとは仲良くやっていきたいと思ってます。もちろんシアンも」

「……ん」

「うふふ、ありがとうございます。ネオもきっと同じことを思っていますよ」

それから、フェルノートからネオの思い出話を聞いて楽しんだのだった。


空も暗くなり、森の中はランプの灯りで照らされていた。ランプは至る所に置かれており、森全体が明るくなっていた。

どういう原理かは分からないが、就寝時間になると全ての灯りが消えるらしい。改めて魔法が便利な物だと実感する。

夕食をご馳走になった後、泉で体を清める。この泉は、ここに来る途中にあった泉よりも綺麗で、天然の風呂にでも入っている気分だった。

まぁ、その例えだと水風呂に入っていることになるのだが。というか、水浴びしているだけなので肩まで浸かってすらいないのだが。

「そろそろ戻るか」

布で体を拭いてからシトラス達の元へ戻る。

(魔法は便利だけど、タオルとかないのは不便だよなぁ……)

所々濡れたまま服を着たので少し気持ち悪いが、そのうち慣れるだろう。

戻ってくると、シアンがエルフ達に囲まれていた。

「シアンちゃんほんとに可愛いですね〜」

「お人形さんみたいです〜」

「………………」

どうやら可愛がられているようだ。シアンは相変わらず無表情で、突いたり撫でられたりしても抵抗することなく立ち尽くしている。

「シアンちゃんはこの世界の何よりも可愛いんですよ!さぁ、もっとシアンちゃんを可愛がってあげてください!」

「アイツは何やってるんだ……」

シアンの可愛さを布教するシトラスに呆れながら、二人の様子を眺める。

こうして見ると、子供が友達と一緒に楽しく話しているようにしか見えない。だが、なぜかシアンは他の人達よりも幼く見える。そのせいか、余計に可愛がられることになっていた。

「次私が撫でたいです!」

「私は抱きしめてあげたいです〜」

「あ、抱きしめるのは私の専売特権なのでダメです!」

シアンの周りにいるエルフ達を押し退け、そのまま抱きつくシトラス。

いつも頼りになるお姉さんのような存在なのに、シアンのことになるとなぜあんな風になってしまうのだろうか。

「あらあら、今日は随分賑やかですね」

フェルノートが微笑みながら秋斗の隣にやってくる。

「あ、すいません、騒がしくしちゃって」

「気にすることはありません。こんな風に賑やかなのも良いことです」

まるで子を見守る母親のようにシトラス達の様子を眺めていた。

「そうだ、フェルノートさん。個人的な話で聞きたいことがあるんですが」

「はい、何でもお聞きください」

「セイギの指輪には莫大な魔力が込められているって聞いたんですけど、もし指輪の力を引き出せたら、俺でも魔法が使えたりするんでしょうか?」

先日、秋斗に魔法が使えるかどうかという話をシトラスとした際、指輪の力を使えばいけるかもしれないという話になったが、結局シトラスにも分からなかった。

「そうですね……セイギの指輪にどういった力があるか分からない以上、断言することはできませんが、難しいと思いますね……」

「や、やっぱりそうですか……」

シトラスも難しいと言っていたが、フェルノートに聞いてもそれは同じだった。やはり、人間である秋斗が魔法を扱うのは無理なのだろうか。

「ですが、可能性がない訳ではありません。指輪の力によっては、秋斗様も魔法を扱えるかもしれませんよ」

「ほ、本当ですか!」

少しだけ希望があるだけでもありがたい。魔法なんて空想上のものでしかなかったので、それが自分にでも使えるかもしれないと思うとテンションが上がる。

「希望を持たせてしまって申し訳ないのですが、本当に可能性があるという話だけですので……」

「いえいえ!魔法が使えるかもしれないってだけでも嬉しいです!ありがとうございます!」

もし魔法が自由に扱えるようになれば、シアン達の力になれるかもしれない。そう考えると、嬉しくて堪らなかった。

「では、秋斗様。私も一つ、少し話を聞いて頂けませんか?」

拒否する理由もないので頷くと、「ありがとうございます」と言って小さく頭を下げた。

「ご存知かと思いますが、私はこう見えて長い年月を生きております。しかし、今まで争いなど起こったことはなく、毎日が明るく平和なものでした」

今までのことを思い出しているのか、懐かしむように語る。

「ですが、今その平和が壊されようとしています。何をするつもりか分かりませんが、皆をこんな体にしたのです。きっと、よからぬことを考えているのでしょう……」

「フェルノートさんは、今後何かが起きると考えているんですよね?」

「はい。秋斗様達と同じようなことを、最近よく考えていました。近い将来、この世界で初めての戦争が起きるのではないかと」

戦争という言葉を聞き息を呑む。戦争がどれほど醜く、残酷なものかを秋斗はよく知っている。しかし、それは秋斗の想像を遥かに超えるものになるのだろう。

力ある者がそれを悪事に使った時、その被害は計り知れないものになるはずだ。

「私が大好きなこの世界を、邪な心で壊さないで欲しいんです……私の幸せを、奪わないで欲しいんです……」

「フェルノートさん……」

「秋斗様、どうかお願いです。皆の笑顔を、美しい自然を、この世界をどうか守ってください……」

秋斗の手を強く握り、頭を下げる。

この人がどれほどこの世界を愛しているのか、今の話からよく伝わってきた。

「頭を上げてください。俺は、最初からこの世界を救うために、守るために来たんです。フェルノートさんが愛したこの世界、必ず守ってみせます」

「……っ、ありがとうございます。秋斗様のような方が来てくださって、とても嬉しく思います」

「いえいえ、そんな!」

「……本当に、秋斗様でよかった」

握った手を離さないまま、秋斗に身を寄せてくる。

「えっと、フェルノートさん……?」

声をかけるが返事はない。ただ、その小さな体を秋斗に密着させていた。

そのまま、こちらをじっと見つめてくる。身長差のせいで自然と上目遣いになり、必然的に心臓の鼓動が速くなっていた。

「あ、あの……」

「秋斗様……貴方ほど優しい方は、この世界にはそういないでしょう。それ故に、秋斗様の魅力にお気づきになる方もいることでしょう……」

「え、えっと、それは一体どういう……?」

「例えば、私のような──」

フェルノートが秋斗の頬に手を触れたその時、

「ちょ、ちょっと何やってるんですかー!」

秋斗達の存在に気付いたシトラスが、大声を上げながら無理矢理間に入ってきた。

「フェルノートさん!今秋斗さんに何しようとしてたんですか!」

「あら、別に何もしていませんよ。ただ、秋斗様とお話をさせて頂いていただけで」

「……本当ですか?」

シトラスが疑いの目でこちらを見てくる。

「あ、ああ!ただ話していただけだ!」

「じゃあ、なんであんなにくっついてたんですか?」

「………………」

これに関しては何も答えられないので目を逸らす。当たり前だが、その行動は逆効果になり、シトラスは更に声を上げた。

「目を逸らさないでください!まさか、秋斗さんは子供の姿をしたフェルノートさんに興奮するようなロリコンさんじゃないですよね?」

「し、してないしてない!俺はロリコンじゃない!」

あらぬ疑いをかけられ、必死に否定する。

「ウフフ、私は秋斗様がお望みでしたらなんでもして差し上げますよ?」

「ちょっとフェルノートさん!?」

普通に危ない発言をするフェルノート。まさか揶揄われると思わなかったので、驚愕と困惑で汗がダラダラと出てきた。

「フェルノートさんも秋斗さんを誘惑しないでください!」

「ウフフ、何のことでしょうか〜?」

その後、なんとかシトラスを納得させたがロリコン疑惑が晴れることはなかった。

「……誰か助けて」

一方、シアンは就寝時間ギリギリまでエルフ達に可愛がられていたのだった。


翌日、今後どのような動きをするか四人で話し合っていた。

「まず、次に向かう場所ですが、昨日話した通りサキュバスの町に向かおうと思います」

「ここから一番近いって話だったが、具体的にはどのくらいで着くんだ?」

「そこまで距離はありませんよ。ここからでしたら、半日もあれば着くでしょう」

ここに来るまでの距離を考えたら、半日がまだマシに思えてくる。今から向かえば、暗くなる前には着けそうだ。

「ただ、今回私は同行できません」

「え?なんでだ?」

しばらく行動を共にすると思っていたので、まさかここで別行動になるとは思っていなかった。

「シアンちゃんには既に話してますけど、調べたいことができたんです。かなり遠い場所なので、別行動をした方が効率がいいと思いまして」

「なるほど……それなら、俺は邪魔になっちゃうしな」

遠い距離でも、シトラスなら飛んですぐに向かうことができる。それに、手分けして情報を集めた方が分かることも多いだろう。頼りになるシトラスがいなくなるのは心細いが。

「私からも一つよろしいですか?」

「なんですか、フェルノートさん?」

「もしかしたらですが、指輪について何か知っているかもしれない方を思い出したのです」

「ほ、本当ですか!?」

思いもよらない情報に興奮気味に席を立つ。

「この森に住んでいるのですが、とても博識な方なので協力してくだされば心強いのですが……」

何か問題があるのか、困ったような顔をして続ける。

「あまり人前に顔を出す方ではなく、いつもどこにいるかが分からないのです……たまに見かけることはありますが、いつもこの森にはいないので、すぐ協力を仰ぐことは出来なさそうです……」

「そうですか……でも、その人が見つかれば何か分かるかもしれませんね」

手がかりが少ない今、その人の存在はかなり重要になってくる。もしかしたら今と状況が変わらない可能性もあるが、そんなネガティブなことを考えている場合じゃない。

「皆様がいない間、私はその方を探してみます」

「分かりました。俺達も情報収集が終わり次第こっちに戻ってきますね」

その人のことはフェルノートに任せて、今は自分にできることをしよう。

「では、私はもう行きますね。シアンちゃん、秋斗さんをよろしくね!」

「ん、任された」

シトラスは四枚の翼を広げると、一瞬で空高く飛んでいってしまった。

シトラスを見届けた後、秋斗達も出発の準備を済ませる。

「俺達も行くか」

「準備万端」

「お二人とも、どうかお気をつけください。今の状況では、何が起こるか分かりませんので」

フェルノートの警告を頭に入れつつ、新たな情報を求めてエルフの森を出た。

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