人間が、そう簡単に変わるはずがない
次の日
老婦人への花壇の件の誤解も解け、2人は穏やかに朝食を食べていた。
「ねぇ、あなたっていつも私のこと『お前』って呼ぶけどさ。私の名前オリヴィアだから、名前で呼んでもらえないかしら?」
「確かにな。分かった!」
「それでさ、おまっ……お……オリヴィアさん?」
「なんで『さん』付けになるのよ!」
「いや、名前で呼ぶって急に言われてもよ……」
「普通にオリヴィアでいいの!」
「お、おう……オリヴィア」
「うん。それでいい」
「じゃあさ、オリヴィアも、俺のことザックって呼んでくれよ」
「じゃ、じゃあ......ザック?」
「……なんか照れるな」
「照れないでよ。私も照れるじゃない......」
「ところで、なんの話だったの?」
「そうだ。俺、ちょっと思ったんだけどさ。もしかして今までも、こんなことあったんじゃないか?」
「こんなこと?」
「自分が知らない間に、起きたらなんか起こってるとか?」
「……え?」
「ほら。オリヴィアってこうしてると普通なのにさ、でも、目が覚めたら屋敷が燃えてたりするだろ?」
「......ごめんなさい」
「いや、違くて!それはいいんだけど、よく考えたら俺、噂でしかオリヴィアのこと知らないからさ」
「だから、今までの噂もさ、寝てる間に勝手に暴れちゃう病気とかだったのかな......って」
「まあ、違ったらごめんな!」
(......そうよね、中身が変わってるなんて普通思わないわよね......)
「ありがとう…………ザック。そうやって考えてくれてるの、嬉しい」
「でも違うと思う。私、前のことも全部覚えているから」
「そうなのか」
「じゃあ、よく分からねぇけど……やっぱり、お前変わったんだなー」
「今、お前っていった?」
「......あ」
「ふふっ」
「……慣れねぇな、これ」
一方その頃
ルシウス・シャルディエルは、机の上に広げられた一枚の紙を睨みつけていた。
そこに書かれているのは、王女オリヴィアによる悪行の数々。
「……人間が、そう簡単に変わるはずがない」
ルシウスは立ち上がると、机の隅に置かれた小さなザック人形を手に取った。
「おはようございます、閣下。本日も素晴らしい朝でございますね」
昨日ザックから言い渡された、一週間の出入り禁止。
いつもなら本人のもとへ行って告げるはずだった言葉を、人形に向かって真剣な顔で告げる。
そしてルシウスは、ふと昔のことを思い出した。
王国でも名の知れた名門。シャルディエル家
その長男であるルシウスが軍に入ったのは、当然のことだった。
幼い頃から家名に恥じぬよう、剣術だけでなく歴史、地理、兵法、情報戦まで徹底的に叩き込まれてきた。
だからこそ、軍に入ったばかりのルシウスは、一人の男が気に入らなかった。
ザックというスラム出身の男。
まともな教養もなさそうで、言葉遣いも粗い。
しかも、将軍の親戚の近所に住む兵士の甥の、その妻の父親がどうとかいう、もはや他人とも言える縁故で軍に入り、なぜかすでに周囲に人が集まっていた。
「……何なんだ、あの男は」
力なら、もっと強い者がいる。
身体能力は確かに高いが、一番というわけではない。
頭脳なら、当然自分のほうが上だ。
なのに、ザックが動けば次々と人が動く。
気づけば、場そのものがザックを中心に回っている。
だから最初は何度も突っかかった。
作戦の穴を指摘し、ザックの判断を否定した。
それでもザックは、なぜかいつも嬉しそうに笑った。
『すげぇな!そんなところまで見てたのかお前、頭いいな!』
『助かった!ありがとう、ルシウス!』
『ルシウスがいると、なんか安心するんだよな』
そして、ザックは周りをいつも振り返る。
「みんながいたから上手く行ったんだよ!本当に、みんなありがとな!」
ルシウスは、名門シャルディエル家に恥じない、隙のない完璧な軍人こそが素晴らしいと考えていた。
なのにこの男は、他人を手放しで褒め、そしてその功績を決してひけらかさない。
そしていつも、豪快に笑う。
『ルシウス、お前やっぱすげぇよ!』
その言葉を聞くたびに、もっと役に立ちたいと思うようになった。
ザックの隣にいることも、頼られることも、いつの間にか心地よくなっていた。
最初は気に入らなかったはずなのに、気づけば次に何をするのか目で追い、その隣で自分には何ができるのかを考えている。
そして気づけば
閣下のためなら平気で花壇くらい掘り起こす男に、成長していた。
「次こそ……必ず、本性を暴いてみせます。待っていてください閣下」
ルシウスは人形をそっと机に戻す。
「あの王女に恨みを持つ被害者は、たくさんいる……」
クラリスという毒薬研究を得意とする令嬢。
かつてオリヴィアから
「毒なんて陰気くさいのよ!」
「そんなもの、強さとは呼べないわ」
「あなたも地味だしひょろひょろでつまらないのよね」
と侮辱され、それ以来屋敷にずっと引きこもっているらしい。
被害者リストの中からその記録を見つめ、ルシウスの口元がわずかに上がる
「見つけた」
きっと消えない傷を抱え、強い憎しみを募らせていることだろう。
彼女こそ、王女の本質を暴く手がかりになる。
ルシウスは静かに笑いながら
「次こそ終わりです、オリヴィア様」
と不敵に告げるが、その時はまだ知らなかった。
数年という時間が、人をどれほど変えるのかを。
冒頭の発言を振り返ってみましょう
ルシウス「……人間が、そう簡単に変わるはずがない」
ビフォー「軍に入ったばかりのルシウスは、一人の男が気に入らなかった」
アフター「おはようございます、閣下。本日も素晴らしい朝でございますね(※人形)」




