次は壁がなくなりました
朝の火事から数時間がたち、昼を過ぎた頃。
オリヴィアとザックは、数人の兵士と使用人たちに囲まれて、一軒の家の前に立っていた。
「こちらが、お二人の仮住まいでございます」
案内役の兵士が、緊張した面持ちで頭を下げる。
「なにぶん急なことで、十分な準備が整っておりません。こんな小さな家に王女殿下をご案内してしまい、誠に申し訳ございません」
オリヴィアは何も言わず、目の前の家を見上げている。
「…………あの、命だけは」
兵士たちは固唾を呑み、早くも命乞いを始めた。
(まずい。こんな小さい家にふざけるなって、絶対怒り出すぞ……)
兵士たちが身構える中、オリヴィアはしばらく家を眺め――
「いいお家ですね!」
「……え?」
兵士は、何を言われたのか理解できない様子で顔を上げた。
そして、隣にいた別の兵士をちらりと見る。
「え。まさか……お気に召したのでしょうか?」
「……? えぇ。素敵だと思います」
「そ、そうでございますか……?」
「?」
オリヴィアが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ! 何でもございません!」
兵士は慌てて頭を下げた。
その横で、ザックは家を見上げながら嬉しそうに笑っている。
「おお! 俺、こういう家好きだぜ!」
「そうね。静かで暮らしやすそうだわ」
「だよな!」
兵士たちは、ますます戸惑った。
(王女って、こんな感じだったっけ?)
「家具は最低限のものをこちらで運び込んでおります」
兵士がそう告げると、後ろに控えていた使用人たちが、待っていましたとばかりに荷物を運び始めた。
部屋にはあっという間に家具が設置され、生活用品が整えられていく。
「わあ……」
オリヴィアが感心したように声を漏らす。
すると、兵士たちの動きがぴたりと止まった。
「何か、問題……ございましたでしょうか?」
「朝から、これを全部準備したんですか?」
「は、はい! 申し訳ありません!」
「王太子殿下より、できる限り急ぐようにとのご命令を受けておりますので!」
「不備がございましたら、すべて王太子殿下の責任――」
「凄い! ありがとうございます!」
朝から急いで準備したとは思えないほど、家具までしっかり整えられている。
オリヴィアにとっては、十分すぎる内容だった。
「「「「…………?」」」」
身を固くして怒鳴られる準備をしていた兵士たちは、普段と違いすぎるオリヴィアの反応に、互いに目を見合わせた。
「え、いえ! これも我々の務めでございますので!」
兵士たちの様子を不思議そうに眺めていたザックが、首を傾げた。
「なんか、みんな緊張してないか?」
「え?」
「そ、そうでしょうか?」
「うん。朝から大変だったしな。疲れてんのか?」
(疲れてるんじゃない。そこの王女が怖いんだよ!!!)
兵士たちの心の叫びが一致した。
だが、それを口にするわけにもいかない。
やがて最後の荷物が運び込まれる。
「こちらは、王太子殿下よりお預かりしております」
「なんだこれ?」
「ええと……」
「こちらは王国最新型、第七世代超高性能自律型監視・護衛ロボット、AX-07です!」
「ロボット、ですか?」
「はい。王女殿下の監視役兼、護衛とのことでございます!」
「監視……」
オリヴィアの眉がぴくりと動いた。
兵士はその表情を見て、思わず身構える。
(来る。今度こそ怒られる……! やはり気に入らなかったのだ!)
「はい!不満がございましたら、すべて王太子殿下の責任――」
「……まあ、そうですよね」
しかし、オリヴィアは小さく息を吐いただけだった。
「王女を監視もなしに置いておくわけにもいきませんものね」
「……は、はい?え、怒らないの?」
兵士の顔が間抜けに固まる。
「?」
「あの。では、すべての荷物をお届けいたしましたので、我々はこれで失礼いたします!」
「ではーーーーーっっっ!!」
兵士たちは一斉に頭を下げると、逃げるような勢いで家を後にした。
勢いよくドアが閉まり、箱を持ったザックとオリヴィアが、静かな部屋に取り残される。
「すげぇ! ロボットだって! 俺、はじめて見た!」
「開けてみようぜ!」
ザックが豪快に蓋を開けると、中から丸い球体が静かに浮かび上がった。
ピピピッ
「起動を確認」
「おお!」
「喋った!」
「私は王国最新型――」
「おおーーー! 目が付いてるこいつ!!」
「すごい、可愛いわね!」
「超高性能自律型監視・護衛ロボット、AX-07――」
「それ名前か? 長いな……」
「はい。私の名前は超高性能自律型監視・護衛ロボット――」
「よろしくな! ロボ丸!」
「……?」
「エラー。エラー。私の正式名称は――」
「ロボ丸、呼びやすい名前ね!」
「護衛対象、オリヴィア様からの名称変更依頼を確認…………」
「……私の名前は、ロボ丸です」
「おう!」
「じゃあ、今日からよろしくな!ロボ丸!」
「よろしくお願いいたします、ザック様」
「お前も一緒に暮らすんだよな?」
「はい。オリヴィア様をそばでお守りします!」
「そっか!」
ザックはもう一度、部屋を見回した。
「部屋が二つだから、ちょうど俺とオリヴィア、一人一部屋使えるな!」
「そうね」
「まあ、ロボ丸も入れると、王女が住むにはちょっと狭いかもしれないけど――」
その瞬間、ロボ丸の光がぴかっと明滅した。
「……部屋のレイアウトを確認」
「ん?」
「部屋が狭いとの要望を確認しました」
「え?」
そして次の瞬間
チュドーン!!
「きゃあああああ!??」
「なに!? 壁が無くなったんだけど!?」
「すげー! お前、いま何したんだ! ビーム出せるのかよ!」
部屋中に舞い上がった砂ぼこりが落ち着くと、ぽっかりと開いた壁の向こうから、隣の部屋が丸見えになっていた。
「初任務完了。居住空間を拡張いたしました」
ロボ丸は、何事もなかったかのように満足そうに宙に浮かんでいる。
「……広くなったっていうか」
ザックが壁の残骸を見ながら呟く。
「潰れたの間違いじゃねーの?これ……」
結婚2日目の昼。
二つ目の新居は――
2LDKから、1LDKになった。
――一方、その頃。
帰路についた兵士たちは、ようやく安堵の表情を浮かべていた。
「……良かった」
「ほんとな。今日は、なんだか機嫌が良かったな」
「そうだな。家を焼いて、スッキリしたんじゃないか?」
「ハハッ。まさか。あの王女殿下が、そんなんで大人しくなるなんてこと――」
その時、背後から轟音が響いた。
ドゴォォォォォーーーン!!
「「「…………」」」
兵士たちは、ゆっくりと振り返った。
先ほどまで自分たちのいた家の窓から、砂煙が勢いよく立ち上っている。
やがて一人の兵士が、震える声で呟く。
「や……やっぱり……」
「気に入らなかったんだ……!!」
「急いで王宮に戻って報告だ!!」
「お前! 早く逃げろ!!」
「俺たちまで巻き込まれるぞ!!」
兵士たちは一斉に駆け出した。
こうして王宮には、その日のうちに新たな報告が届けられた。
『王女殿下、新居の壁を破壊』
ルシウス
「ふふふっ、街の皆さんにも、きちんと何が起こっているのかをお知らせしてあげないといけませんね……」
「閣下をお守りするためですから」
手に大量の紙を抱え、燃え尽きた屋敷から急いで駆け付けた男が、街の片隅で不気味に笑っていた。




