丸腰で謝罪に伺います
クラリスに相談し、謝罪の意思を伝える手紙を送ってから数日後。
そのうちの一人から返事が届いた。
オリヴィアは封を切り、目を通す。
『何なんですの、あの手紙は!!』
手紙の冒頭から、怒りがにじみ出ている。
『”謝罪の際は、丸腰で何も持たずに行く”とは、どういう意味ですの!?』
……確かに、書いた。
『当日は何も持たず、丸腰でお伺いいたします』
と。
もちろん、武器など持っていくつもりはない。謝罪に行くのだから、相手を警戒させないための配慮。
……それを教えてくれたのは、クラリスだった。
数日前。
「えっ、手土産とかもいらないの?」
謝罪の手紙を準備していたとき、オリヴィアはクラリスに尋ねた。
「はい!いりません!」
「あると困っちゃうって、お父様が言っていました!!」
「……困る?」
「はい。あると怖がらせるらしいです!ですから、訪問するときは、心配させないように丸腰で、何も持たずに行くと伝えるんです!」
「なるほど……高位貴族からの手土産だと、恐縮させてしまうのかしら」
オリヴィアは真剣にうなずいた。
なお、これは毒物を扱う一族であるベルクロード家ならではの、独特な習慣である。
周囲の貴族から警戒されやすい彼らは、訪問先を無用に緊張させないため、何も持ち込む意思はないと事前に伝えることにしている。
もちろん、一般的な貴族のマナーではない。
しかし、そんな事情を知らないオリヴィアは、クラリスの言葉をすっかり信じ込んでいた。
オリヴィアは、再び手紙に目を落とした。
「…………どうしよう」
その声に、ザックが顔を上げる。
「ん。どうした?」
「……あ、ううん。この前見つけたアクセサリーの令嬢のうちの一人からお返事が来たのだけれど……」
オリヴィアは手紙を見つめたまま、困ったように眉を下げた。
「……かなり、お怒りのようなの」
ザックは手紙をのぞき込む。
「一人で大丈夫か? 俺も一緒に行こうか」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
「無理すんなよ?別に俺が行ってもいいんだろ?」
「ううん。私、何も持たずに伺うと書いてしまったし……。私一人で伺ったほうが、ローズ様もお話ししやすいと思うの」
「そんなもんか?」
「それに、これは私自身が、きちんと謝罪しなくてはいけないと思うの」
「そっか……分かった。でも、ロボ丸は連れて行けよ?」
「ロボ丸、連れて行っても大丈夫かしら」
「良いだろ。護衛だし」
「ハイ!私はオリヴィア様の護衛です!」
そして、約束の日。
伯爵令嬢ローズは、屋敷の応接間でオリヴィアを待ち構えていた。
「……よくいらっしゃいましたわね」
眉間にしわを寄せ、腕を組み、じっとオリヴィアを睨みつけている。
(……想像していた以上に怒っていらっしゃるわ)
オリヴィアは緊張しながらも、気を引き締めた。
ここで逃げるわけにはいかない。
きちんと謝罪し、誠意を伝えるのだ。
(大丈夫。お辞儀も練習したもの!)
数日前、クラリスの屋敷で繰り返した練習を思い出す。
あのときは、二人で何度も首を傾げることになったけれど。
最終的には、クラリスも大丈夫だと言っていた。
オリヴィアはローズの前に立つと、ゆっくりと頭を下げた。
だらぁ……。
首を、丁寧に垂らす
(よし……!教わった通り完璧にできたわ!)
しかし、ローズが顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がった。
「ちょっと!!馬鹿にしていらっしゃるの!?!?」
「…………えっ!?ご、ごめんなさい!!」
オリヴィアは慌てて顔を上げ、反射的に謝罪する。
しかし、ローズの怒りは収まるどころか、ますます激しくなっていくのだった。
「なんなんですのその謝罪は!!謝罪なのに何も持ってこないし!!……本当に悪いと思っていらっしゃるの!?」
「……はい」
「それに、何なんですの!?この丸い物体は!」
ローズは、オリヴィアの肩の上でぷかぷかと浮かぶロボ丸を指さした。
「ごめんなさい、この子は私の護衛なの。もしダメなら外に待機してもらうわ」
「…………可愛いから、別にいてもいいわよ」
ローズはすねたように口をとがらせると、一つ咳払いをした。
「それにしても!わたくしがあのネックレスをどれほど気に入っていたか、ご存じ!?」
「毎日のように身につけていたんですのよ!どこへ行くにも、何をするにも!!それなのに……あなたが気に入ったからと、無理やり持っていってしまったのですわ!」
ローズは、びしっとオリヴィアを指さした。
「わたくし、嫌だと申し上げましたのに、あなたは何とおっしゃったか覚えていらっしゃる!?」
「……ごめんなさい。覚えていないわ」
ローズは悔しそうに唇を噛みしめた。
「『じゃあ、これと交換であげるわよ!』ですって!!わたくしも『やったー』と思ってつい受け取ってしまったけれど!大変な罠でしたわ!」
「王家主催のアクセサリー交換会で、あのアクセサリーの持ち主が分かったのです!」
「……はい」
「その持ち主が、あの女……!」
「……あの女?」
「そうですわ!!会うたびに嫌味を言ってくる嫌な女がいますのよ!!その女のものでしたの!」
ローズは悔しさに、何度もこぶしを上下にブンブン振り回す。
「可愛いやつもらえたと…………丁寧に保管して、新しいお気に入りだったのに!悔しいですわ!!」
「それは、ごめんなさい」
「あなたが謝る必要はありませんわ!」
「え。そうなの?」
「でも、あの女!わたくしが大切にしていたものが、その日に戻ってこなかったと知った途端、何と言ったと思います!?」
ローズは、悔しそうに唇を歪めた。
「『今日ここにないなんて、狂言だったのではなくて~~?』ですって!!」
「わたくしが嘘をついているとでも!?大切なものを奪われたうえに、今度は嘘つき扱いですわよ!! あの女、わたくしの反応を見て楽しんでいるんですわ!!」
ローズは、バンッバンッ、と何度もテーブルを叩いた。
「わたくしがどれだけ悔しかったか!!あなたに分かります!?」
「…………」
「ここは謝ってくださいませ!!」
「……本当に、申し訳ありませんでした」
「ふんっ。謝っていただいても、時間は戻りませんわ!!わたくしがどれだけ腹立たしい思いをしたか、本当にあなたに分かりますの!?」
「……はい。今のお話を聞いて、ようやく分かりました」
ローズは一瞬、言葉に詰まったように固まると、勢いよく顔を背けた
「…………ふんっっ!!!!」
ローズは侍女にネックレスを預け、再びオリヴィアに向き直る。
「ですが!!これだけで済んだと思わないことね!」
「……はい?」
「あなた、この屋敷に見覚えがあるでしょう!!」
「えっと…………」
「言い訳は結構ですわ!!あなたのせいで、この屋敷は一週間、凄まじい匂いに包まれたのですからね!!」
オリヴィアは覚えていなかったが、理解した。
目の前のローズこそ、兄が先日言っていた『馬車三台分の香水を撒いたせいで、1週間軟禁状態になった令嬢』であることを。
「……本当に申し訳ありませんでした」
「そんな適当な謝罪は結構ですわ!!」
ローズが、ぱんっ、と手を叩いた。
「さあ、皆さん!例の部屋へ!!」
「かしこまりました」
ずらりと並んだ使用人たちが、一斉に動き出すと、オリヴィアは勢いよくローズに手を引かれ連れていかれる。
「…………え?あの、どちらへ?」
「いいから来るのですわ!!」
「はいっ!!」
オリヴィアは使用人たちに囲まれ、屋敷の奥へと連れていかれる。
『護衛対象の危険を検知シマシタ。攻撃を開始シマスカ?』
「大丈夫よ!ロボ丸!大丈夫だから、このまま側にいて!」
(え…………本当に、大丈夫なの?)
オリヴィアは恐怖に震えた




