炭化屋敷前の兄弟宣言
燃え尽きた屋敷を前にして、王太子はしばらくの間、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
もともと、気性の荒い妹の結婚初日、何かあるかもしれないと心配はしていたのだ。
胸騒ぎもしていた。
どうか思い過ごしであってくれと何度も神に祈りながら、念のため屋敷の周りに部下を配置していた。
そして朝5時。
「屋敷が燃えました!!」
「は?」
部下のその言葉に王子は最初、耳を疑った。
急いで駆け付けた先では、ザックが使用人をねぎらって焼け跡の片づけに走り回っていた。
スラム出身でありながら己の力だけで這い上がり、この国を救った英雄であり、さらに昨日、自分の妹の夫となった男でもある。
「……本当に、申し訳なかった」
王太子はザックへ歩み寄ると深く頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください」
ザックは困ったように微笑みながらそう言ったが、王太子はすぐに顔を上げることができなかった。
「いや、これは王家の責任だ」
妹の問題から目を背けていたつもりはなかったのだが、注意の言葉は彼女には届かず、横暴さは日に日に増していっていた。
そしてとうとう、事態は国同士の問題にまで発展しかけてしまったのだ。
「妹の問題を、君に背負わせるべきではなかった」
「オリヴィアについては、今後こちらで対応する」
ザックが顔を上げる。
「対応?まさか......」
「いや、処刑はしない。帝国側がかなり怒っていたのだが、なぜか突然潮目が変わったんだ。」
王太子は小さく息を吐きながら言葉を続けた。
「君との婚姻も解消して構わない」
「君は十分すぎるほど付き合ってくれた」
結婚初日に屋敷を失ったのだ。これ以上何を求めることができるというのか。
「我が国の英雄にこのような仕打ちをしてしまったこと、本当に申し訳なく思っている」
「もちろん謝罪も補償も改めて用意する」
「別に、俺は何も失ってないのでいいですよ」
燃え尽きた屋敷を前に、何も失っていないというザックに王太子は怪訝な顔を向ける。
「俺はどこでも寝れますし、家はまた建てればいい。誰もケガしてない」
「ね?問題ありません」と笑う男に、王太子はしばらく言葉を失う
「君は、すごいな。皆に怪我がなくかったのは良かったが。本当に申し訳ない。」
「オリヴィアは、王籍から外そうと思う」
「王都の外れに小さな塔を用意する。そこで一人静かに暮らさせるつもりだ」
「……一人で?」
ザックは少し黙った。
昨日の炎の中で見た、あの顔が浮かぶ。
あれほど追い詰められていた女を、一人きりにする。
王女として何不自由なく育ってきたオリヴィアにとって、それは十分すぎるほどの罰に思えた。
「だから、君はもう自由だ」王太子がそう言いかけたところで、ザックが口を開いた。
「それって、どこですか?」
「……何?」
「その塔です」
「なぜそんなことを聞く?」
「いや、俺も一緒にそこに住みますよ」
一瞬、王太子はその意味を理解できなかった。
「今、何と言った?家なら別のところをきちんと用意させてもらう。離婚して構わないと言っているんだ。だから......」
「うん。やっぱ俺も行きます」
「なぜだ?今説明しただろう。君はもう自由になっていい」
「はい」
「なら、なぜ」
ザックは少し考えるように空を見上げ、それから軽く笑った。
「俺、昨日結婚したんですよ」
「あぁ。そうだな。」
「一日で嫁さん置いて出ていくのも、なんか違うかなって思って」
「あの妹のことだ、君に酷いことを言ったんじゃないのか?」
「あー。まぁ?」
「屋敷も燃えてしまっただろう」
「確かに、すげー燃えましたね」
ザックは振り返り、黒焦げになった屋敷を見つめる。
「なぜそれで怒らないんだ、君は」
「怒りましたよ」
その答えは意外だった。
「俺だって、普通に怒りますよ。何をされてもいいわけじゃない。」
「でも、昨日怒ったとき、なんかすげー泣きそうな顔したんですよ」
「……オリヴィアが?」
「はい」
あの妹が、誰の言葉にも耳を貸さなかった妹が、そんな表情を見せたというのか。
「だから、まだ何とかなるかもしれないなって思ったんです」
「それに――」
ザックは少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「俺が自分から引き受けるって言ったんですよ。だったら、途中で放り出すのも違うでしょう?」
「最後まで、付き合いますよ」
(なぜ、君がそこまで......)
王太子はただ黙って、目の前の男を見つめた。
正直、王太子にはさっぱり理解できなかったのだ。
「妹のために、そこまで言ってくれるのか......そうか。ありがとう」
王太子はしばらく考えた後、ゆっくりと告げる。
「だが、我が国の英雄を道ずれに幽閉することなどできない。父上と相談してまた必ず新しい家を用意する。」
「兄として、改めて大変申し訳なかった。妹のことをここまで考えてくれて、本当にありがとう。」
「俺、昔は外でも寝てましたし、また家がもらえるなら嬉しいです!」
なぜここまでできるのかと問いかけようとした、その時だった。
「あ、そうだ」
ザックが何か思いついたように顔を上げる。
「俺、オリヴィアと結婚したんですよね」
「ああ」
「じゃあ、今日から俺たち兄弟ですね!」
突然の兄弟宣言に、王太子は面食らって固まってしまう。
王太子はもう一度、焼け落ちた屋敷を見つめ、それから目の前で「ん?いや、昨日からか!」ハハハッと軽やかに笑う男へと視線を戻した。
この男なら、もしかしたら誰にも届かなかった妹に届くのかもしれない――
そんなあり得ないはずの希望を、ほんのわずかに抱いてしまったのだった。
王太子と王様、名前なくてどこまでいけるか耐久レース中。
いつか名前が出てきたら、負けたと思ってください。




