(幕間)ザックの悪夢 ~もし、あの屋敷を燃やした本人が、そのまま目を覚ましていたら~
結婚翌日
前任のオリヴィアは、ぱちぱちと瞬きをした。
視界いっぱいに広がっているのは、青空。
そして、自分の背中にあるのは――草。
「…………は?なんで私が草の上に寝ているの!?」
オリヴィアは、この意味不明な状況に飛び起きた。
「うおっ!?」
すぐそばにいた男。ザックが、驚いて飛び退く。
「ちょっと!あなた!なんで私がこんなところに寝かされているの!?」
「いや、だって……屋敷が燃えて、みんな避難と消火活動で必死だったんだよ。しょうがねぇだろ」
「だからって、私を草の上に寝かせる!?」
「悪かったって。そこまで怒るなよ」
「これだからスラムは!!」
「……は?」
「そういえば、あなた」
「スラム育ちのくせに、ちゃんと言葉が喋れるのね」
「お前、スラムをなんだと思ってんだよ!!」
そして数時間後。
オリヴィアは、新しく用意された家の前に立っていた。
「……何この小屋」
「いや、これでもかなり立派な家だろ?自分が燃やしたんだから文句言うなよ」
「手が滑ったのよ」
「いや、お前『燃やしてやる!』って叫んでたぞ」
「それより、こんな家じゃとても住めないわ。いったい何を考えているのかしらお父様もお兄様も」
結局、オリヴィアは兵士たちに次々と無理難題を押し付け、部屋を改造していく。
そして庭にはいつの間にか、立派な犬小屋のようなものが建設されていた。
「うん。いいじゃない」
オリヴィアは満足そうに頷いた。
「……なんで犬小屋?」
「やだわ。あなたの部屋じゃない」
「……は?」
「あなた、スラムのくせに喋れるみたいだから、とりあえず小屋くらいは準備してあげるわよ」
オリヴィアは顎を思い切り上にあげ胸を張った。
「感謝しなさい」
「…………おれ……ここで……寝るのか?」
ザックは、結婚したことをもの凄く後悔した。
「何を言っているの?スラムの人間は、屋根があれば喜ぶんでしょう?」
「そういう問題じゃねーよ!!おれ……やっぱり軍で寝ようかな……」
その時、後ろにいた兵士がおずおずと箱を差し出した
「王女殿下、こちらが王太子殿下より預かりました、王国最新型の監視・護衛ロボットでございます」
「監視?」
「えっと、監視だけではなく、任務を与えれば実行もできるとのことで……」
オリヴィアはロボ丸をじろりと見た。
「へぇ。ずっと使える兵士ってことね。いいじゃない」
『はい!お任せください!私の名前は――』
ロボ丸が嬉しそうに自己紹介を始める。
「あぁ、名前はいいわ。お前。あの塀が邪魔なの。全部壊しなさい」
『かしこまりました』
チュドーーーン
オリヴィアの命令で、新居の塀は一瞬で崩れ去った。
「ぎゃあああーーーー!!!王女殿下!さすがにそれは!!」
兵士たちが慌ててロボ丸を取り押さえる
「申し訳ございません王女殿下!こちらのロボットは試作品のようでして、すぐに王宮へ修理に出させていただきます!!」
兵士の英断だった。
「なによ。じゃあ、代わりにお前」
「はっっ!はい!」
突然指をさされた兵士が緊張に背筋をただす。
「そうねぇ。あの辺がいいかしら。あそこに塀を作ってちょうだい」
そう言ってオリヴィアが指さした先は丘の向こう側。
「いやいやいや!!」
兵士が慌てて駆け寄る。
「王女殿下!そこは敷地の外です!」
「だから?」
「目の前は公道ですし、この丘には他の住人の家も……」
「何言ってるの?……どいてもらえばいいじゃない?」
「そんな簡単な話では――」
「じゃあ、よろしくね」
「え?」
「とりあえず、三日は我慢してあげるわ。それまでになんとかしなさい」
「そんな、無茶苦茶な……」
兵士はその場に崩れ落ちた。
オリヴィアが屋敷の中へ入ると、ザックがまだそこに立っていた。
「どうしたのよ」
「いや……」
「立派な部屋をあげたじゃない。まだここに居たの?」
「犬小屋な!!?」
「もう。なんでそんなに怒ってるのよ?」
「もう、俺……何を言っていいのか分からねぇ」
ザックが頭を抱えていると、オリヴィアの視線が足元に落ち、首を傾げた。
「……そういえば、なんで靴が二つあるの?」
「なんでって、左右だろ!」
「違うわよ!!私のと、なんでもう一つあるのよ!」
「俺のだよ!!」
「…………え?」
「えっ?てなんだよ。俺の靴だよ!」
「……スラムの人って……靴、履くの?」
「履くだろ!!」
「…………え?」
「なんだよ、その顔」
「じゃあ、まさか……パンツも?」
「履くよ!!」
「…………え?……本当に?」
「本当にだよ!!さっきからなんなんだよ、お前?」
オリヴィアは、口元を押さえていた手を震わせながらそっとザックのほうに伸ばすと
びよーーーーん。と、ズボンを、ひっぱった
「おっっっ!!???おまっっ!!お前!!何してんだ!!」
「本当だわ……。本当に履いてる」
「当たり前だろ!!履いてなかったらお前今どうしてたんだよ!?」
「スラムなのに感心ね」
「だからお前!!スラムをなんだと思ってるんだよ!!」
「だって……スラムって、裸足でうんこでサッカーしてるんでしょう?」
「は……?」
「気持ち悪いわ…………」
オリヴィアはそう言って身震いをした。
「いや、俺だってそれは気持ち悪いよ!!」
「え、違うの?」
「違うよ!!だいたいさっきから、何情報だよ、それ!!」
「だって、スラムってその辺のもの蹴り飛ばすくらいしか娯楽がないんでしょう?」
「そんなことねーよ。ていうか、なんでうんこだよ」
「え?だって、その辺でするんでしょ?うんこ」
「しねーよ」
そして三日後。
「ねえ。なぜまだ近所の住人、移動できてないの?」
「……え?」
あれからずっとこき使われていた兵士が固まった。
「三日って言ったわよね?私」
「いや、その……」
「もういいわ。あなたたちは役に立たないし、ここはつまらないし。私この家出ていくから!!」
「え?……は!?」
オリヴィアは颯爽と馬車に乗り込み、走り出した
「じゃあねーー!」
「ちょ、おい!どこ行くんだよ!!」
そして一か月後。
軍に届いた新聞を見てザックがコーヒーを吹き出した。
『隣国にてオリヴィア王女、拘束される。ポーカーを利用した巨額投資詐欺に関与か』
「…………何やってんだ、あいつううぅぅぅーーー!!!」
「悪いルシウス!1週間くらい頼めるか!?迎えに行く!!」
ザックが慌てて隣国へ向かった。
だが、ザックが到着した時には、すでにオリヴィアは解放されていた。
隣国の担当者は、困り果てた顔でこう言った。
「それが……『はげた魔王』に連れ去られた、と」
「…………は?」
「我々にも、何が何だか……」
「くそ!!なんなんだよ!!」
「――と、いう夢を見たんだ」
朝食の席でザックはげっそりしていた。
「なんだか……大変だったわね」
「本当に疲れた……」
「俺、オリヴィアがオリヴィアでほんと良かったよ」
「ふふっ。なによそれ」
そう言って笑ったオリヴィアの脳裏に、嫌な記憶がよみがえってきた。
「……ちょっと待って」
「ん?」
(前任者の記憶の中に……確かにその記憶が、ある……)
「私、前までスラムではみんな裸足でうんこでサッカーしてると思ってたかも……」
オリヴィアの顔から、みるみる血の気が引いていく。
前任者の記憶をたどると、幼い頃のオリヴィアには、こんなやり取りがあった。
「お待ちください!王宮から脱走しないでください!!!」
「なんでよ?」
「なんでって、外では……道にうんこが落ちているかもしれません!」
「何それ気持ち悪い。街ってそうなの?」
「えっと……はい!スラムではそうだと思います!」
「やば。」
前任オリヴィアの性根は、たぶんこの世界の誰よりもスラムに適しているんじゃないかと思います。
ちなみに、今回ひっそり登場したはげた魔王ですが。たぶん実在します。




