今夜は、おまえを寝かせない
2人が劇場に入る少し前
劇場の周辺は、開演前から異様な熱気に包まれていた。
「エリック様ぁぁぁ!!」
「今日こそ、目が合いますように……!」
「私、三日前から楽しみで眠れなかったの!!」
「私もよ!」
劇場の入り口には、長蛇の列ができている。
その大半は若い女性だった。
手には色とりどりの扇子や、見慣れない形の応援グッズ。
中にはエリックの顔が刺繍されたハンカチを持っているものもいた。
「……すごい人気なのね」
オリヴィアは、隣を歩くザックに声をかけた。
「おう!あのヴァイオリン弾きの兄ちゃんが言ってた通りだな!」
「そうね……?」
「本日はご来場ありがとうございます。チケットを拝見いたします」
「お2人ですね。こちらの浮かんでいる丸いものは……?」
『私はロボットです』
「チケットはございますか?」
『私はこのように浮いています。チケットは必要ありません!』
「浮いているかは関係ございません」
『!?』
「チケットのない方のご入場はお断りしております」
『私は王女の護衛用最新式の特別ロボットです!常にオリヴィア様をそばでお守りします!』
「ロボ丸。いいわ、大丈夫。終わるまでここで待っていてくれる?」
『かしこまりました』
「ありがとうございます。こちら、入場特典でございます」
そして受付で手渡されたのは、黒いタオルだった。
「……タオル?」
「はい。入場特典で、皆さまにお配りしております」
「ありがとう」
案内された席に座る。
オリヴィアが正面を見上げると、舞台を覆う巨大な幕が目に入った。
そこには、黒い衣装に身を包んだ青年が、こちらを睨みつけるような顔で描かれている。
「……演奏会って、こんな感じなの?」
この国で音楽といえば、宮廷楽団による優雅な演奏や、吟遊詩人の歌が一般的である。
観客は静かに耳を傾け、演奏が終われば拍手を送る。
前任オリヴィアの記憶をたどっても、このようなスタイルの演奏会は聞いたこともなかった。
ザックは食い入るように見つめていた。
「これがエリックかぁ……!かっけえじゃん!」
(……あれ?)
よく見ると、幕に書かれている顔、名前にも妙な既視感があった。
けれど、いくら記憶を探っても出てこない。
(前のオリヴィアって、なんだか肝心なところの記憶が抜けてるのよね……)
そして照明が落ちた、その瞬間
「きゃあああああ!!エリック様ぁぁぁ!!」
突然、会場にとてつもない熱気の歓声が響き渡る
「なに!?何が起こっているの!?」
「すげぇな!何だこの熱気!戦場でもここまで盛り上がることはなかったぞ!」
漆黒の衣装に身を包み、派手な化粧をした少年が、ゆっくりと姿を現した
音楽界の革命児――エリック。
既存の音楽の常識を覆し、新たな音楽ジャンル――ロックを生み出した天才。
その原点は、
かつて王女オリヴィアの理不尽な要求によって、屈辱の子守唄を演奏させられた、あの日だった。
彼はマイクを握り、ゆっくりと顔を上げた。
「……お前ら!」
『きゃああああああああ!!』
「今夜も……」
「誰一人っっ!眠らせねぇぞぉぉぉーーーー!!」
『きゃああああああああ!!エリック様ぁーーーーーーー!!』
「寝かせないでぇぇーーー」
イントロが始まる。
激しいギターの音が会場を貫き、エリックがマイクを握りしめ、歌い始めた。
『うるせぇと言われたあの日の屈辱!!』
『歌えと言われた子守唄!!』
『忘れられるかこの痛み!!』
(なに、この歌…………)
『ベッドを蹴散らし俺は歌う!!』
『今夜は絶対寝かせねぇ!!今夜は絶対寝かせねぇ!!』
『お前がくたばるその日まで!!』
『俺は歌い続ける!!』
『今夜はお前を寝かせねぇ!!今夜は絶対寝かせねぇ!』
『二度と!!誰も!!寝かせない!!』
「うおおおおおおおおおおお!!」
「きゃぁぁぁあああーーー!!!」
観客が一斉に派手に飾った扇を振り回す。
「エリック様ぁぁぁ!!」
「こっち向いてぇぇぇ!!」
「もっと恨んでぇぇぇー!!」
(なんなの、この国の音楽事情……)
オリヴィアは、困惑しながら舞台を見つめていた。
セットリストを確認する。
一曲目『今夜は、おまえを寝かせない』
最初は、何かこう、淫靡な恋愛の歌なのかと思った。
エリックが舞台の上で、激しく頭を振る
「お前らぁぁぁ!!」
『イエエエエエエエエ!!』
「眠いかぁぁぁ!!」
『眠くなぁぁぁい!!』
「これで眠れるかぁぁぁ!!」
『眠れなぁぁぁい!!』
「そうだ!!その調子だ!!」
(何の確認なのよ……)
ザックが隣で感動したように頷いた。
「すげぇ……!」
「……何が?」
「いや、これ、軍で流したら絶対士気が上がるぞ!」
「……え?」
「眠るな!って、こう、気合が入るだろ!」
(やめて!!軍に持ち込まないで!!)
そのときだった。
舞台の上のエリックが、突然ぴたりと動きを止めた。
激しい演奏が、すっと途切れ会場が静まり返る
エリックは、ゆっくりと観客席を見渡した。
「……今日は、お前らに紹介したい人が居る」
(……?)
オリヴィアの背筋に、嫌な予感が走った。
「俺の人生を変えた女、俺の音楽の原点だ」
エリックの目がまっすぐオリヴィアをとらえる
(ちょっとまってやめて!?……いったい何なの?記憶!もう一度、前任者の記憶を思い出すのよ!!)
エリックが、ゆっくりと指を伸ばした。
「王女――オリヴィア!!」
会場中の視線が、一斉にこちらを向いた。
(本当に待ってーーー!!プライバシーとかないわけ!?前任者!あなた何をしたのいったい!)
ザックが隣でキラキラした瞳でオリヴィアを見つめる
「すげぇじゃん!オリヴィア!あのエリックの音楽の原点なのかよ!!」
(お願いだから黙ってぇぇ!!)
舞台の上で、エリックが不敵に笑った。
「よぉ、王女」
「俺は今日、この日のために、とっておきの準備をしてきたんだ!!!」
「やっと!お前にこれを見せる時がやってきた!」
エリックがマイクを握りしめる。
「見せてやるお前らぁぁ!!今日は特別だ!!!行くぞ!!」
バァァァアン!!
轟音とともに、舞台の両脇から火花が弾け飛んだ。
「きゃあああああ!!」
客席が歓声に揺れ、
ザパァァァアン!!
頭上から大量の水が降り注いだ。
「…………え?」
オリヴィアは、ずぶ濡れになった自分のドレスを見下ろした。
髪から水が滴り、頬を伝って床に落ちる。
(本当に、なんなの今日は………………)
「うおおおおおおおおおおお!!」
「エリック様ぁぁぁ!!」
「最高だあああああ!!」
「もっと降らせろおおおお!!」
周囲の観客たちは、濡れた髪を気にするどころか、配られた黒いタオルを一斉に頭上へ掲げた。
「エリック様ぁぁぁ!!」
タオルが、ぶんぶんと振り回される。
オリヴィアは、自分の手元にあるタオルを見た。
「…………これ、そういうものだったの?」
「すげええええ!!テンション上がるな!これ!!」
隣ではザックが、全身ずぶ濡れになりながらタオルを振り回し、完全にあっち側の人間になっていた。
舞台の上では、エリックが濡れた前髪をかき上げ、満足げに笑っている
「どうだ、王女サマ!!お前が俺に教えてくれたんだ!!」
(教えてない……絶対、教えてない!)
「どんな場所でも、人は眠る!!」
「ならば!!俺が眠る暇などない世界を作ってやる!!」
バァァァアン!!
再び火花が散る。
「ぎゃあああああ!!」
オリヴィアの悲鳴が、歓声にかき消された。
「エリック様ぁぁぁ!!もう、私眠れなぁぁぁい!!」
「そうだ!!誰も寝るんじゃねぇ!!」
エリックは、最高の笑顔で親指を立てた。
「最後まで楽しんでいってくれ!!」
オリヴィアは、眠くはなかった。
眠くはなかったが、絶望感にそっと、目を閉じた。
翌日の新聞
『王女、エリックの特別公演にて感涙。全身ずぶ濡れで熱狂』
「違う!悲鳴と!放水だから!」




