私、寝るから
「これ、二人じゃ使い切れないわね」
オリヴィアの前には、使いきれない食材や日用品が大量に積まれていた。
これまでの諸々への詫びなのか、2人で暮らすには少々多すぎるほどの量である。
「じゃあさ、近所に配ろうぜ!」
余った食材を抱え、二人は近所の家へ向かう。
「まぁ、ありがとう。助かるわ!」
ザックの大声の挨拶やオリヴィアの地域との交流のおかげか、
初日の警戒が嘘のように今では自然に住民たちが笑顔を向けてくれていた。
オリヴィアが、ふと庭のほうを見るとそこにはボロボロになった塀がある
「うちの塀が壊れちゃってねえ。直したいんだけど、今は少し腰が痛くて……」
「大丈夫か、ばぁちゃん。じゃあ俺が直してやるよ!」
「本当かい?」
「おう!任せろ!」
ザックは腕まくりをすると、渡された金槌を握った。
「こういうのはな、力を込めて――」
ドゴォン!!
振り下ろした瞬間、塀が音を立てて崩れ落ちた。
「なんでだよ!!!!」
『力加減を、あと75%ほど抑える必要があるかと』
ロボ丸が淡々と分析をつたえる
「そんなに!?」
「ザック……どれだけ力を込めたのよ……」
「ふふっ……力持ちなのねぇ。いいのよ、中途半端に壊れているよりさっぱりしたわ。ありがとう」
「だめだよ、ばぁちゃん!一人暮らしなんだろ?今度はちゃんと直すから待ってろ!」
「そうね、材料はどこで買えるのかしら?」
ザックは急いで塀の残骸を片付けると、材料を買うために街へ向かった。
買い物を終え、帰り道に広場を通りかかったとき
初めて聞く音色が、風に乗って聞こえてきた。
「……なんだ、あの音?」
広場では、一人の演奏家がヴァイオリンを奏でていた。
アップテンポな曲に、指が素早く。でも正確に弦の上を走り回る。
「すげえ……!!今の、どうなってんだ!?」
「気に入ってくれました?」
ヴァイオリン弾きの青年は嬉しそうに微笑んだ
「ああ!めちゃくちゃすげえよ!指が10本くらいあるように見えたぞ!」
「はははっ、よかったら、少し触ってみます?」
「いいのか!?」
「もちろん」
ザックは恐る恐るヴァイオリンを受け取り、手ほどきを受ける。
「こうか?」
「そうそう。そこはしっかりと弦を押さえて――」
ミシッ。
「え……」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!!」
『先ほどの塀と同様の現象です』
「なんでだよ!!」
『力加減の学習をお勧めいたします』
「くそ。本当にすまねえ!!大事な相棒を壊しちまった。修理代は俺が払う!」
「相棒?」
「楽器ってさ、俺にとっての剣みたいなもんだろ?あんたの演奏本当にすごいから!修理してまた聞かせてくれよ!」
そうして、3人は近くの楽器修理店へ向かうことになった。
「なぜこんなところに穴が……これは少し時間がかかるな」
「本当にすまねえ……」
「まあ、直せないわけじゃないさ」
その時、ヴァイオリン弾きの青年が店に置いてある一枚のチラシを手に取った
「あ、これ……!」
「エリックのコンサートだ!」
「エリック?」
「はい! 僕の憧れの演奏家なんです!」
『音楽界の革命児――エリック特別公演』
オリヴィアが文字を読み上げる。
「へー!コンサートか!行こうぜ、オリヴィア!!」
「ふふ。いいわね。せっかくだし、行ってみましょうか」
「兄ちゃんも、良かったらヴァイオリン壊しちまったお詫びにどうだ?」
「ありがとうございます。でもその日は外せない用事があって。お2人で行ってきてください」
「きっと驚くと思うよ。エリックの音楽は、本当にすごいからね」
「おおお……!!楽しみだぜ!」
そして公演当日
王都の劇場は、開演前から大勢の観客で賑わっていた。
正装した貴族たちに、音楽好きの市民。遠方からわざわざ足を運んだという者もいる。
その中を、ザックは落ち着かない様子で歩いていた。
「すげえ人だな……!!」
「本当ね。人気の演奏家みたい」
「音楽ってすげえな。剣みたいに、使い方ひとつで全然違うんだろうな」
「この前の広場の演奏、俺には絶対できねえもん」
「そうね。きっと、たくさん練習したんでしょうね」
「おう……。俺も、なんか楽器やってみようかな」
「……壊さないところから始めないとね」
「うっ……」
「ふふっ」
そして二人は会場につき、客席に座るザックとオリヴィアは落ち着かない様子でそわそわと周りを見回している。
舞台袖、そんな2人を見つめる人影があった。
その瞳には、燃えるような決意が宿っている。
(忘れもしない。あの王女の顔……)
数年前
その日、王都の劇場では一人の少年がアコースティック・ギターを抱えて歌っていた。
透き通った歌声が、どこか懐かしい優しい曲に乗ってホールに広がる。
「泣いてるのかい?ハニー」
「ええ……ダーリン。故郷を思い出してしまって……」
「まったく。君を泣かせていいのは僕だけなのに」
「もう、ダーリンったら」
ホールの片隅では、観客の男女がイチャコラしていた。
そして、その観客席の中央。
豪華な観覧席の上では当時15歳だったオリヴィアが大きなあくびをしていた
一曲が終わり、少年は少し照れたように小さく笑う。
「ありがとうございました」
客席からは、さらに歓声が上がった。
「まだ一曲目なのに、涙が止まらない!最高だ!エリック!」
まだあどけない少年――エリックは、再びギターを構えて歌い始める。
誰もが聞き惚れ、心を震わせる不思議な歌声。
美しい旋律が響き、だれもがその音色にうっとりと聞き入っていた。
オリヴィア以外の、誰もが
「…………眠くなってきたわ。私、寝るから」
「…………はい?」
「そこのお前。ベッドを持ってきて」
「…………ベッド。でございますか?」
王女の側近たちが慌て始めた。
「そうよ、早くしてちょうだい」
「しかし、今は公演中で……」
「そんなの関係ないじゃない。持ってこれないの?」
「いえ………。かしこまり………ました」
そして、しばらくして
豪華な客席の中央、天蓋付きの巨大なベッドが運び込まれた。
そしてオリヴィアは当然のように横になり……
寝た。
「……ぐおぉぉぅぅううーー」
「……がおぉぉおおーーうぅぅ」
そして響き渡る猛獣のような王女のいびき
エリックは動揺と屈辱に震えながら、それでも必死に歌い続けた。
曲がサビに差し掛かり、曲が少し激しく、そしてギターの音も大きくなる。
エリックも大きく声を張った
その時
「うるさいわね」
「え………」
「起きちゃったじゃない。あなた、もっと穏やかな曲を弾きなさいよ」
会場が静まり返り、エリックは命令通り穏やかな曲調の歌へと急遽プログラムを変更する。
しかし
「あの歌がいいわ。あの歌。えっとー」
その日、王女の一言により、エリックは誰よりも屈辱的な子守唄を演奏することになった。
そして、公演を終え、観客がいなくなった会場で。
エリックは、一人拳を握りしめていた。
あの日を、忘れたことなど一日たりともない。
自分の歌、自分の公演で。
客席の真ん中に運び込まれたド派手なベッドで。
堂々といびきをかいて眠った王女。
エリックは、静かに目を細めた
あの日の借りを返すチャンスが、ようやく巡ってきた。
「……覚悟しろ。王女」
前任オリヴィアは、極悪というより欲望にブレーキがないタイプです。
……いや、やっぱり結構悪いですね。
※ちなみに、おばあちゃんちの塀はちゃんと直りました!




