Slay the Spireであそぼう! その①
二日後、鋳と愛奈は、自室に届いた大荷物を開封していた。
「イルは机を組み立てておいて。わたしはこっちをやるから」
「分かった。ところで、それはなんだ?」
「ゲーミングPC」
裏配線対応のフルタワー・ピラーレスPCケースには、Wi-Fi・bluetooth内臓のATXマザーボード、液晶ヘッド搭載の320mm簡易水冷CPUファン、縁がなんかぎざぎざしたCPU、人を殴り殺せそうなほどでかいGPU、そんなに要らんだろぐらいのワット数の電源ユニット、冗談みたいにびかびか光るケースファンが格納されている。
M.2スロットはシステム用×1、データ用×2のSSDで埋められ、AAAクラスのゲームをほとんど無際限に収容可能だ。
「こいつはとんだモンスターマシンだね」
愛奈がいっしょうけんめい説明している間に、鋳は電動昇降機能付きゲーミングデスクを組み立て終え、ゲーミングチェアに取り掛かっていた。
「ずいぶん張り込んだように見えるが、いくらかかったんだ?」
「ダンジョンの儲けをぜんぶ突っ込んだよ」
鋳がきょとんとし、愛奈は絶句した。
「イル、知らないの?」
「なんのことだ」
「モブが落とす通貨だよ。両替できるんだ。あ、これはガチで知らなかった顔だね」
鋳はゲーミングデスクとゲーミングPCとゲーミングチェアと、PCケース内に飾るつもりらしい初音ミクのフィギュアとずんだもんのぬーどるストッパーを順番に見た。
「最初のダンジョンを、クリアしてもいないのにこれか」
「おかげで高騰してるフィギュアも……イル?」
鋳は作業の手を止めずに、うっすらと笑った。
「探し人がいると、前に言ったろう」
愛奈は鋳をじっと見て、静かに肯いた。
「彼女はきっと、稼ぐために町田に来たんだろうな。いつも金に振り回されて、苦しんでいたから」
「大事な、人だった?」
「幼馴染だ。ずっと一緒にいて、家族みたいなものだった」
立ち上がり、歩み寄り、愛奈は鋳の頭を抱き寄せた。鋳はぎょっとして体を固くした。
「なんだ急に。危ないから離れてくれ」
「やだ」
「……そうか」
鋳は身のこわばりを解いた。
「大丈夫。大丈夫だよ、イル。かならず、見つかる。愛は奈辺にありて、ひとつであった君たちをきっと引き寄せるものだから」
「ありがとう、愛奈」
黄紫水晶色の目を、愛奈は春の月のように細めた。
「いいよ。お姉さんだからね」
「……作業に戻ろう。率直に言って、気まずい」
「んふん。照れるな少年」
4K解像度、OLED、360Hzの怪物的モニタをモニタアームに取りつける。
「このへんの余っているスペースに棚を置いて、たまごっちのぬいをしこたま詰め込んでいい?」
「好きにしてくれ」
「わたしはいるかっちにするけど、鋳は?」
「みみっち」
「いいね」
机の天面の半分を専有するゲーミングマウスパッド、複数の発光パターンをロードアウト管理可能なゲーミングマウスが配置される。
「ほら見て。雪ミクがライトアップされているよ。ピラーレスにして良かったと思う瞬間だね」
「これも初音ミクなのか。知っている姿とずいぶん違うな」
「ミクちゃんは観音さまみたいなものだからね。いろいろな姿を持っているんだよ」
額装したキャラクタークリアファイルやポスター、タオルを壁に張り、空いた場所にはアクリルスタンドを隙間なく並べる。
こうして、究極のゲーミング空間が完成した。殺風景な八畳の居室に、異様な存在感だった。
「完璧だね。さあ、始めようか」
愛奈がPCの電源を入れ、修行が始まった。
世界最大のゲーム配信プラットフォーム、Steamを運営するValve Corpによれば、ローグライク/ローグライトとは、以下の要素を持つゲームを区分するためのサブジャンルである。
まず第一に、RPGの要素が含まれていること。
戦闘、収集、成長がこれに当たる。
「一般的な町田市民、わたしたちみたいに〈ランダマイザ〉を所有しているわけでない人たちは、ふつうにRPGをやっていると言えるね」
Steamのインストールを待つ時間、ゲーミングチェアにあぐらをかいた愛奈は解説を始めた。
「ダンジョンで戦い、装備やスキルを集め、レベル上げしてステータスを振り分ける。そして次のダンジョンへ、ということだな」
「その通り、いい理解力。では続けて――」
第二に、パーマデスのメカニクスを採用していること。
「パーマデスっていうのは、死んだら終わりってこと」
「普通は死んだらおしまいだと思うが」
「ゲームにおける死の話だよ。『奥の歯』のテキストみたいなことを言わないで」
むっとした愛奈は椅子をくるくる回転させた。
「それは、すまなかった。『奥の歯』のことは知らないが」
「SEKIROの……それは今いっか、いつかプレイしてSEKIROは絶対に。とにかく、死ぬと全てを喪うのがパーマデス。レベル、武器防具、アイテム、進行状況、ぜんぶなくして最初から」
しっかり傾聴した鋳は、愛奈の説明をじっくり咀嚼した。
「俺たちの状況と合致しているな」
「分かってもらえてよかった」
「それで、ローグライクとローグライトはどう違うんだ?」
「おや、そこに踏み込んでしまう?」
「ああ、頼んだ」
愛奈はローグライク/ローグライトの違いについて熱く語り、鋳は傾聴の姿勢で受け止めた。
「――近年のローグライトの特徴は、スキルやレリックの掛け合わせで爆発的なシナジーを生み出し、非線形的な成長でゲームがぶっ壊れることかな」
「よく分かった」
根気強く三十分ほど愛奈の語りに付き合っていた鋳が、とうとう口を開いた。
「本当に? わたしの話にうんざりして遮ったのではなく?」
「君が卑屈になる必要はない。分かりやすい話だった。俺たちも、有効なスキルやレリックの組み合わせを見つけて一気に成長するべき、その感覚を掴むためにローグライトの主要タイトルを遊ぶべき、と言いたいんだろう」
「すごい、よく分かりすぎている。もうゲームの必要なさそう」
鋳は首を横に振った。
「今の俺たちに必要だと、君が言ったんだ。俺は、君を信じている」
「ひょえっ」
耳までまっかになった愛奈はごまかすように椅子を回転させてディスプレイに向き直り、ゲームをかたっぱしからカートに入れていった。
「Risk of Rain、溶鉄のマルフーシャ、Vampire Survivors、ダンジョンクロウラー-幸運うさぎと魔法の爪-、Clover Pit、Ballionaire……ああそうそう、戦国ランスも実はローグライトなんじゃないかとわたしは思うわけだけど」
ものすごい猫背のとんでもないストレートネックで愛奈はもごもご呟いた。
複数のゲームをインストールしている内に顔の赤みが引いたのか、やがて愛奈は椅子を回して鋳と向き合った。
「まずとにかく、Slay the Spireをやろう。それが一番だよ」
「分かった」




