Slay the Spireであそぼう! その②
Slay the Spire! それは、デッキ構築型ローグライクの金字塔!
ゲームの目標は三層からなるランダム生成ダンジョンの完全攻略だ。プレイヤーは戦闘やイベントでカードやレリックを集め、己のデッキを強くしながらダンジョンを進んでいく。
勝っても負けても、一つのランが終われば集めたカードやレリックは失われる。しかし、プレイヤーの手元に経験が残る。
「まずはお姉さんがお手本を見せてあげよう」
愛奈はマウスをかちかちと威嚇的に鳴らした。
「流れが飲み込めたら、イルの番。そこからは死に交代だね」
鋳は小さく笑った。
「懐かしいな。楽姫とも……幼馴染とも、そんな遊び方をした。一台のswitchで、代わりばんこにゼルダをやったよ」
「良いゲームチョイスだね」
「いつまで経っても『雷の神獣ヴァ・ナボリス』がクリアできなくて、けんかになったな」
「それは、すてきな思い出だ」
「ああ、そうだな。本当にそうだ」
三十分後。
「ま、ざっとこんなもんだね」
勝利でランを終えた愛奈は、力いっぱい小鼻をぷくつかせた。
「イルもやってみようか。クリアできなくても安心して。難しいゲームだから」
「ゆっくり学ぶさ」
愛奈にかわってゲーミングチェアに腰かけた鋳は、マウスを手にした。
一時間後。
「すごい……初見でクリアしちゃった」
「初見ではない。愛奈の手本を後ろから見ていた」
「んぐむむ」
愛奈は低めの鳴き声を漏らした。
「イル、ここまでがチュートリアルだよ。このゲームには20段階の難易度と隠しボスがいるんだ」
「そこまでクリアすることで、ローグライトのなんたるかを学べるということか?」
鋳の忠実な柴犬みたいな表情に、愛奈はちょっと怖気づいた。
「あ、えと、や、そこまでは……いや、そう。うん、そうだよ。そういうこと」
「分かった。ではここからはSlay the Spire合宿だな」
「いいね。合宿。お菓子とか冷食とかいっぱい買おう」
「冗談みたいな量の砂糖とカフェインが入った飲みものもだ」
「最高」
Slay the Spireの最高難易度、通称A20Hの攻略は簡単なものではない。道のりは、長く険しいものとなった。
「愛奈、そのカードを切ると次のターンで死ぬぞ」
「え? ああー……んはぁー。だめだ、シャワー浴びてくる」
「食事の準備をしておこう。何にする?」
「家系のやつ。冷凍ほうれん草まだあったら乗っけて」
「了解だ」
二人して冷凍の家系ラーメンを啜りながら、録画を見返し、負けたランの反省会。
「ここで無理にでも堕落を切っておくべきだったか」
「そうだね。でもそれ以前のピックミスが――」
ときには、他のゲームにも手を出してみる。
「イル、すごいよこのゲーム。台の上に竜巻が発生してコインをぜんぶ巻き上げてる」
「コインプッシャーとはこういうものだったのか」
「絶対に違うと思う」
箱買いしたエナジードリンクを飲み干し、爆裂しそうな鼓動に耐え、吐き気をこらえながらプレイする。
「や、やった! 倒した、倒した、倒したぁああ! ついに心臓を倒した!」
興奮した愛奈が鋳に飛びつき、二人は部屋の中で三回転ぐらいした。床に飛散する菓子の袋や空のペットボトルを蹴散らしながら。
「打点の出るカードを初期に拾ったのが功を奏したな。良いランだった、愛奈」
「最高の気分!」
「次は最高難易度への挑戦か。面白くなってきた」
「うぼぇげぼ出るげぼが今ここで」
一歩ずつ、着実に、二人は学び成長した。
そしてとうとう、そのときが来た。
「それ、ピックするの? Tier低いカードだよ」
愛奈に横から口出しされ、鋳はかぶりを振った。
「おそらく、これが今のデッキにはいい」
「Tier低いのに?」
「どこで見たのか分からんが、君が信を置くからには正しい評なんだろう。しかし、大事なのは時と場合だ。これを見てくれ」
鋳は巧みにテンキーを叩き、魔法のような手さばきでカードを切っていった。
「す、すごい。状態異常カードがドローとダメージとブロックを産みはじめた」
「しかも無限ループできる」
「最強だ」
「積み上げたブロックを攻撃値に変換して……これで、終わりだ!」
マウス左ボタンのクリック音、その余韻が、しばし消えない。
「……やった」
「ああ、俺たちの勝利だ」
Slay the SpireA20H攻略をとうとう成し遂げた二人は、桜木花道と流川楓のようなハイタッチでゲームを締めくくった。
「これは、祝杯ものだね」
「ふさわしい偉業だろう」
二人は街に繰り出した。
よく晴れた10月の夜、星光とエーテルの渦巻く空は近づく冬を予感させてきりりと高く、眩しい。
「イル、なに食べたい?」
「すこし、冷えるな。温かいものが良い」
「じゃあ、決まりだね」
1677万色LEDライトで縁どられたビニールカーテンをくぐると、舌の裏を撲つような強烈なだしの香りがした。
身の丈三メートルを越える多腕の女店主は、入店した鋳と愛奈に黙礼して最下段の腕で空席を示した。
「五種盛りと……武相。イルは? 呑む?」
「同じものを」
切子のグラスに注がれた薄桃色の武相特別純米が、次いで、平皿に盛られたおでんが供される。
「それじゃ、かんぱい」
グラスを鳴らし、酒を口に入れる。粗野で、辛く、かすかに渋い。北部丘陵のパブリックダンジョンに産するマリシアス米を原料としたもの。
「腑に落ちた」
「なにがだ?」
「イルが、淡々と積み上げたり考えたりするの好きって」
ああ、と肯いて、鋳はサカウタガニのカニ面に箸をつけた。驚くほど締まった身の味が、濃い。
「あれは格闘技のことだが……そうだな。応用が利いたのかもしれん」
「殴ったり蹴ったりってそんなに考えたり、するもの?」
「すくなくとも俺の周りの強い人たちは、ずっと考えていた。アーセナル、という言葉をよく使う先輩がいたな」
鋳の頼んだアルラウネ焼酎、きぬのみち。花の香りと透明感があり、ストレートで甜い。
「どう蹴るか、どう倒すか、どう極めるか。そうしたスキルセットを、自分の武器庫に用意する」
「デッキにカードを追加したり、ダンジョンでスキルを獲得したりするみたいに?」
「近いものがある」
「納得した。それはそれとして、わたしはA17から上がれなかった。Slay the Spireの才能がない」
「才能ではなく、気づきのタイミングでしか無いだろう。ちょうどそのあたりで、考え方の質的転換が必要になってくる。今の俺たちと同じだ」
愛奈は厚切りのマンドラゴラに前歯を立てて、噛み切った。よく染みて、やわらかく、水気がある。
「まずはダメージ源を確保すること――フロントロードと言ったか。ランを通じて、常にどれだけ出力できるかを考えること。このあたりに向き合う意識が作れたのは、良い経験だった」
イッカクイノシシのテビチ。皮はむちむちとし、とろけ、骨周りの肉はほどけながら舌に味を振りまく。
「君の言った通りだ、愛奈。Slay the Spireには、本当に多くの深い学びがあった」
「へ……んふん。そうだよ。お姉さんの言ったことだからね」
「ありがとう。君がいなければ、諦めていたかもしれない」
「そうはならなかったと思うけど、どういたしまして」
同じくイッカクイノシシの、肺。ぜんたいにもっしりと柔らかく、気管がぱつりと弾け、風味はレバーのよう。
「時は満ちた?」
「同意する」
バケットホエールエクスカベーターのサエズリ。同時に、ほおばる。つるりとして甘く、噛みしめると滋養がある。腹の底から力が湧くのを感じる。
「やろう、イル」
「やるぞ、愛奈」




