ローグライト
短く息を吐いて前髪をかきあげた鋳は、アミガサから獲得した〈ティーラテ〉を呑みながら愛奈のところに歩いていった。
「どうだった?」
「なんか……シンプル暴力だった。不良だったの?」
鋳は苦笑してかぶりを振った。
「小中とまじめに野球をやっていた。10年かけて自分が団体競技に向いていないことを学び、MMAを始めたんだ」
「えむえむえー」
「総合格闘技。蹴ってもいい、殴ってもいい、倒して絞めても極めてもいい」
鋳はステップを踏み、拳と蹴りのコンビネーションをいくつか披露した。
「野球から格闘技、だいぶ離れてる気がする」
「そんなにおかしな経歴じゃない。なにかスポーツはしていたい、協調性は無い、淡々と考えたり積み上げたりしたい。そういう人間は格闘技に流れ着く」
愛奈は相づちを打ち、〈アイスカフェモカ〉のストローの端を前歯で咥えた。
「そうか。フィジカルの中のフィジカルだ」
鋳は肯いた。
「ということは」
犬歯でストローをぱちぱち噛みきりながら、愛奈は考えごとを始めた。
「――装備を集めて、フィジカルで攻略?」
「そうなるだろう。『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れコンボ集!』でも、一層は装備ゲーだと」
「その動画のことは忘れて」
「良い動画だと思うんだが」
「おすすめに表示しないで」
「それはYouTubeのUIに言うべきことだ」
かくして二人は、装備を求めてのモブ狩りを始めた。
殴る、蹴る、絞める、極める。
青色装備〈OFG〉の攻撃力42はばかにできない数字で、なんの困難もなく狩りは進んだ。
最終的な装備は、以下の通りだ。
武器:〈OFG〉 攻撃力+42
頭:〈フルフェイスヘルメット(金)〉 防御力+5
体:〈フリューテッドアーマー(金)〉 防御力+20
腕:〈ヴァンブレイス(金)〉 防御力+3 筋力+2
脚:〈レガース〉 防御力+3
足:〈プレートアーマー(金)〉 防御力+5
アクセサリ:〈ゴルゲット〉 防御力+2
アクセサリ:〈マジックリング(スピネル)〉移動速度+25%
「すごい……ゴールドスモーだ」
完全武装した鋳を見た愛奈は、感に堪えて呟いた。
「なんだそれは」
フルフェイスヘルメットの奥から、くぐもった声で鋳は問うた。
「モビルスーツだよ。最強」
「最強か。それはいい」
金属鎧をがしゃがしゃ鳴らしながら、鋳は前進した。
「終わらせよう、愛奈」
数分後、HUDにシステムメッセージが表示された。
DEFEAT
鋳は死んだ。
◇
飛び起きると、自室だった。
「あ、起きた」
カーペットに寝そべってスマホをいじっていた愛奈が、ベッドの鋳に顔を向けた。
「……何があった?」
「わたしたちは、負けた」
「そうだろうな」
芹が谷公園のボス、スキルヘイストに立ち向かったところまでは覚えている。以降の記憶はあいまいだ。
スキルヘイストは、蒼い被毛に包まれた体高2メートルの狼だった。三又に別れた尻尾の先端を覆う棘を飛ばし、牽制しながら突進や噛みつきを繰り出してくる。
「初手で武器を盗まれたんだよ」
「ああ……そうか」
泥棒の名の通り、スキルヘイストはこちらのスキルや装備を強奪する。最初の噛みつきでまず〈OFG〉を、続く突進で〈マジックリング(スピネル)〉を奪われた。その後のことはまだぼんやりしているが、なぶられたのだろう。
「だから、か」
鋳には得心するところがあった。
『【RTA】芹が谷公園浸度1 NG Any% 8:19【ずんだもん実況】』でも『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れコンボ集!』でも、スキルヘイストは〈コンポジットボウ〉に〈ブリンク〉を絡めた引き撃ち戦術で倒されていた。
こうした動画では、最初のダンジョンの最初のボスが持つギミックなどわざわざ語らないことにしていたのだろう。倒し方さえ分かっていれば、理屈など知らなくても良いというわけだ。
鋳はマットレスに倒れ込み、ため息をついた。いちいち何も知らずに負けているし、何を知ればいいのかさえ分からない。
「今の俺たちは……」
「『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れコンボ集!』以下だね」
二人は力なく笑った。
「反省会しようか。こっちおいで」
愛奈はローテーブルの上にお菓子と飲みものを並べ、鋳を手招きした。
「ほら、なんとドリトスがあるよ。ドリトスのディープタコス味が、なんと今なら」
「知らんが、うまそうだ」
二人はローテーブルを囲んだ。
「結論から言えば、フィジカル作戦は失敗だった。俺の技術は四足歩行相手に使えるものではない――うまいなこれ」
「ディープタコス味だからね。失敗というのは早計かな。〈マジックリング(スピネル)〉との相性はよさそうだった。問題は、わたし」
「そうだったか? ああ、いや、思い出してきた。戦闘中に君が使ったスキルだ」
「実績タブから確認できるよ」
実績>履歴から、PTメンバーがそのランで獲得したスキルを確認する。
「これか」
〈自己血輸血〉
〈対象はこの戦闘中、継続的に、HPを喪失するたびHPを筋力×3回復する〉
〈対象の筋力を-5する〉
「急に足から力が抜けたのは、これで筋力を減らされたからだな」
「効果説明を取り違えていたんだ。わたしの筋力を犠牲に、イルの筋力を参照して回復すると思った」
「俺は〈ヴァンブレイス(金)〉で筋力2を持っていた。〈OFG〉を強奪されても、最低限のダメージは保証されていたはずだ」
「そう、そこにわたしが、余計なことをした」
愛奈の使用した〈自己血輸血〉によって何が起きたのか、二人は事後的に検証しはじめた。
「〈自己血輸血〉でイルの筋力は-3になったから、どれだけ殴っても打点はゼロだね。もしかしたら、回復してたかも」
「あり得る。というか今の話で思い出した。筋力マイナス状態で〈自己血輸血〉が発動したんだ」
「そっか。あれ、そうだったんだ。突然死したと思った」
〈自己血輸血〉の回復量は筋力×3であるが、筋力がマイナス状態では負の回復、つまりダメージが発生する。すると、『HPを喪失するたび』という回復トリガーをスキル自ら引くことになる。
当然、ここで発生する回復もダメージであるため、また回復トリガーを引き、また負の回復が発生する。
以降、この挙動は〈自己血輸血〉の対象が死ぬまで繰り返される。無限ループだ。
「つまり〈自己血輸血〉は回復スキルではないね。相手の筋力をマイナスして、ついでにDoTを与えるスキルだったんだ」
「ドット?」
「ダメージオーバータイム、継続ダメージのことだよ。今回のイルの場合、GCDが空けるたびに-3×3回復の9ダメージを受けてた」
鋳は腕を組んで唸った。
「なんというか……説明文が意地悪に思える」
「ごちゃごちゃしているからね、書き方が。でも、ごめん。わたしのミス。すごいアナジーだった」
「いちいち聞き返してすまないが、アナジーとはなんだ?」
「アンチシナジー。いろんな効果を組み合わせたら、悪い結果になっちゃうこと。ローグライクだと……んんむ!」
とつぜん愛奈が大声を出したので、鋳は即座に傾聴の姿勢を取った。
「そうだ、ローグライクなんだ。いや、ローグライトかな? こういうのはちゃんとしておかないと、詳しい人にめがねクイッされちゃうから」
愛奈は架空のめがねをクイッした。
「イル、ゲームをしよう。わたしたちの成長のために」
「分かった。何をすればいい?」
即答すぎて愛奈はややひるんだ。
「頭から信じてる……?」
イルはあまりにも主人に忠実な柴犬っぽく愛奈を見つめていた。
「オタクのキショ妄言だと切り捨てられる覚悟で口にしたのに」
「そんな悲壮な覚悟をさせてしまってすまない」
「嘘じゃないよ。お姉さんを信じて」
「最初から信じている」
「ひょえっ」
白皙を赤らめてしばし黙った愛奈だが、やがてじわじわと小鼻がぷくつきはじめた。
「それじゃあ、はじめようか。Slay the Spireを!」




