おすすめに表示しない
芹が谷公園 浸度1
灰色、青色、灰色。
最初の三択の前で、鋳は長考に入った。
さんざんだった前回のランで、一つ分かったことがある。モブ撃破の報酬で必ずスキルや装備が提示されるわけでない。最初の三択で獲得したものを抱えてエリートやボスに挑む局面が考えられるのだから、もっとも慎重になるべきだ。
最悪なのは最初の三択で通貨や消費アイテムのみが飛び出してくる場合だが、そうなればリタイアする他ないだろう。
幸いにして今回は青色装備、灰色スキル、灰色レリックが提示されている。さて、どうしたものか――
「おー。本当にランダムだ」
隣の、けっこう低い地点から声がした。
今回は愛奈とPTを組んでの突入だった。〈ランダマイザ〉は彼女のスタートボーナスにも適用されている。
「なんてこった。こんなのデータにないぞ」
愛奈はめがねのレンズが砕けて飛び散るジェスチャーをした。
「俺が観てきた動画でも出てこないスキルばかりだ」
「どんな動画を観たの?」
「『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れコンボ集!』だ」
愛奈はブロワーのようなばかでかいため息をついた。
「ああ、もう、だめすぎる。それはぜんぜんだめだね」
「そうなのか」
「サムネに信号機みたいな色合いで汎用! とかぶっ壊れ! とかでっかく書かれた動画は、見た瞬間、『おすすめに表示しない』が鉄則だよ」
「それは知らなかったな」
「そう? それじゃあお姉さんが今ここで教えてあげよう」
鋳の相づちに気をよくした愛奈は早口のギアを上げた。
「反応集、まとめ動画、ゴミみたいなショート動画。AIぽん出しでしかない、うっすら黄ばんだ絵にかすれた丸文字。こういうサムネの動画を、ありがたがっちゃだめ」
愛奈はうんざりするぜ…の身振りをしてみせた。
「では、何を観るべきなんだ?」
「有志がひっそり作った変な名前のwiki。どうしたって最後は文字情報に行きつくね」
「しかし、君は死にかけていたが」
「んむぐ……火力が……高い……」
ごまかすように、愛奈はスタートボーナスに目線を向けた。
「お、パリィ盾ある。こんなの一択だね」
ボーナスを選んだ愛奈が、
「お先に失礼」
手刀をひゅっとやりながら歩き出した。思わず追うような一歩を踏み出すと、三つの光球が一つにまとまり、HUDの左下隅に格納された。
どうやら、スタートボーナスは保留できる。意外なユーザビリティだ。
どこの誰がどんな理由で町田をこんな風にしたのかは知らないが、UXについてはしっかり検討を重ねたらしい。
先を進んだ愛奈は、アミガサと対峙していた。
「パリィのすごいところ、見る?」
すでに愛奈は小鼻をぷくつかせかけていた。
「どんなスキルなんだ?」
「武器ね。マルチプレイのタブから詳細飛べるよ」
言われたとおりに、マルチプレイ>パーティメンバー>状態>装備とHUDを潜っていく。
〈ランタンシールド〉防御力+3 攻撃力+3
プロパティ:パリィ
視線を合わせると、詳細がポップアップした。
パリィ 対象の攻撃を盾で弾き、無効化する。パリィ成功時、対象にデバフ:ストップを1付与する。ストップ状態の対象はGCDが停止する。
「なるほど、これは強力に見える」
「ジャストアクションはどんなゲームに足してもおもしろいからね。ハイミーみたいなものだよ。SEKIROにエルデンリングに九日ninesolsにClair Obscur: Expedition 33にマリオ&ルイージRPGに――」
愛奈は小鼻を力いっぱいぷくつかせながら早口で語り、鋳は傾聴の姿勢を取った。
「――AI LIMIT 無限機兵やStrayed Lights、Thymesiaにソラテリアといった器量よしの佳作も見逃せないね。巫兎って知ってる? 個人制作のSEKIROライクで」
鋳は愛奈が我に返るまで、かたくなに傾聴の姿勢を取り続けた。
「ごめん。オタクのキショいところが出てしまった」
愛奈はうなだれて頭頂部を見せ、銀髪が構造色できらきらした。
「そんなことはない。参考になった。多くのゲームに採用されている、信頼性の高い能力なんだな」
要約してみせると、愛奈の顔がぱあっと輝いた。
「そうかも。そうそれ。それが言いたかった、言語化の天才だね。お姉さんが実地で見せてあげるから、おおいに学ぶといい」
愛奈はのしのしとアミガサに近づいていき、ぽこんと拳をぶつけた。ヘイトラインが一人と一体を結び、戦闘が始まった。
「はぁああああランタンシールド!」
高く突き出した右腕に、小手と刃のついた盾が生じた。
「おらこい。こいや」
アミガサが大きくのけぞった。倒れ込み攻撃の予兆だ。
「はぁあああああパリィ! ぎゃーん!」
ぶっとばされた愛奈はラグドールみたいにごろごろ転がり、便所の壁に激突した。
「愛奈! 大丈夫か!」
「よゆう」
ふらふら立ち上がる愛奈を、アミガサがのそのそ追う。
「パリィ! ぎゃーん!」
「駄目そうだな」
「もういっちょう、あ、キャンパスモードでもういっちょう! パリィ!」
今度は、決まった。倒れ込みを跳ねのけられたアミガサは、片足を上げた転びかけの体勢で静止した。
「ちょあよ!」
愛奈は、盾から伸びた刃をアミガサの傘にぶっすり突き刺した。
「はあ!」
深く差し入れた刃ごと、盾を振り上げる。傘をまっぷたつに裂かれたアミガサは、静止したままパーティクルとなって消え、灰色の光球を残した。
「うあ、や、やった……」
へなへなとその場にうずくまった愛奈は、笛みたいな音を鳴らしながら呼吸した。




