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俺がローグライトになったため、ダンジョンが終わった  作者: 6k7g/中野在太


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4/12

つるはし(DARK SOULS II)

 現在HPは4/50。あれから二度の戦闘を経て、鋳(いる)は著しく弱くなった。おまけに相手取ったのがモブの中でも弱プールのザコばかりで、レベルも上がっていない。手に入れたのは数枚のはした通貨(ピアスタ)。これがいつどこで何に使えるのかもさっぱり分からない。

 

 互い違いに水を吐く彫刻噴水・シーソーの脇を、げっそりした表情で歩む。

 彼はほとんど無意識に、何度も観た動画『【RTA】芹が谷公園浸度1 NG Any% 8:19【ずんだもん実況】』の手順をなぞっていた。強烈な一撃に意識を刈られた格闘家が、肉体に染みついた打拳やタックルを意思もなく繰り出すように。


 鋳は版画美術館を素通りし、公園南の第1駐車場に到達した。そこでは芹が谷公園ダンジョンのボス、スキルハイストが町田市民を待ち受けている。

 もちろん、死にスキルを抱えた死にぞこないが立ち向かえる相手ではない。鋳はボスギミックを確認する間もなく、一撃で引き裂かれて終わるだろう。


 そのはずだった。


 鋳の鼻が、どこか嗅ぎなれた匂いを感覚した。

 血の匂いだった。


 痛みと興奮、喝采と傷の記憶が、鋳を現実に引き戻す。


 一つの肉体が、血だまりの中に転がっている。


 少女だった。

 少女という形容でもなお持て余すような、ちいさいからだだった。


 ジャンパースカートの腹のあたりが横に引き裂かれ、海老茶色の血にまみれた、ぬるぬるするものが飛び出していた。


 心臓が圧壊するような、凍えて痺れる恐怖感に鋳は打たれた。ただちに振り切り、少女に駆け寄った。

 鋳は血だまりに膝をつき、少女の呼吸をたしかめた。かぼそく、冷たく、喉を鳴らす猫のような音だった。


「生きて……おい! 生きているのか!? 返事はできるか!?」


 鋳は少女の手を取り、耳元で怒鳴った。返ってきたのはますます弱弱しくなっていく呼吸だった。


「何があった! 返事をしろ!」


 少女のうつろな目が、焦点を結んだ。黄紫水晶(アメトリン)色の瞳が、鋳の視線を捉えた。


「あい――は――」


 鋳は耳をそばだて、喘鳴の中からあいまいな音を拾おうとした。


「なへん、に――」

「なに、なんだと、ああ、くそっ! なにか、なにかできることは……!」


 鋳はHUDに意識を向け、タブを片っぱしから開いたり閉じたりした。アイテム>道具>非消費アイテムの、不可解なほど深い階層で、ようやく探していたものに辿り着いた。



〈触発(しょくはつ)の撫手(ぶしゅ)〉:使用することで、対象をパーティメンバーに勧誘することができる。



「どうしてマルチプレイのタブに無いんだこれが! ばかにしているのか!?」


 毒づきながら、少女に〈触発の撫手〉を使用する。


「聞こえているか? 君を助けたい! 承認してくれ!」


 血にべとつく小さな冷たい手を強く握りながら、鋳は怒鳴った。声が届いたのか、はたして、HUDにシステムメッセージが表示された。



〈■■■があなたのパーティに加わりました〉



 鋳は一瞥もくれずにメッセージを閉じると、立ち上がった。駐車場のすぐ外で、一体のアミガサが心配そうにこちらを覗いているを見かけ、猛然と走った。


「悪い!」


 左足で鋭く踏み込みながら、当てるだけのジャブを放つ。よたついたアミガサからヘイトラインが伸びきるより早く、鋳は〈ドープ!〉を起動した。

 毒が瞬時に鋳のHPを削りきった。意識の全てが金属を切り裂くような甲高い雑音に満たされた。



 DEFEAT



 真っ赤な単語を視認することなく、鋳は死んだ。



◇



 目を開けると二つの宝石があった。


 黄紫水晶(アメトリン)と思ったものは、しかし水気を帯び、かすかに揺れ動いていた。

 それは瞳だった。


「うおあうあ」


 鋳はうめき声を上げた。


「あ、起きた」


 人の声がして、瞳が遠ざかった。鋳は首を持ち上げ、まわりを見た。

 まだ馴染みきってはいない、アパートの一室。やはりまだ体にしっくり来ていないマットレスの感覚。

 自室のベッドに、鋳は横たわっていた。


 腹の上に乗っている、身に覚えのない存在に鋳は目を向けた。


 長い長い銀髪は、シーリングライトの光を受けて虹のような構造色にきらめいていた。

 黄紫水晶(アメトリン)色の瞳には奇妙な深い奥行きがあって、感情は読み取れなかった。

 腰を絞ったジャンパースカートの裾は長く、銀髪といっしょに、シーツに放射状に広がっていた。


 およそ人とは思えない、夢の中にあるような見た目だった。


「おはよ、ニンゲン」


 かすれたような、鼻にかかったような、甘く低く背筋をくすぐるような声。

 

「君は……」


 口を開くと、記憶が戻った。


 死んだのだ。

 彼女を救うために。


 マルチプレイでは、パーティメンバーを対象に取ることのできるスキルがある。鋳はあの局面で、永続アップグレード〈ランダマイザ〉も適用されるのではないかと直感した。

 どうも、試みは成功だったらしい。二人で無事に死に戻れたようだ。


「君は……何があったか把握してるのか?」

「細かくは。でも、助けてくれたんだね」


 体を前に倒し、少女は鋳の額に額を押し付けてきた。


「ありがと、ニンゲン」


 息をするのもはばかられるような距離感で、少女はささやき、ほほえんだ。


「……まずは離れてくれないか」

「おっと、こいつは失礼」


 少女はベッドから飛び降りてフローリングに腰を下ろした。鋳は起き上がり、ベッドの縁に座った。


「どうやら、俺が助けたようだ」

「ようだ?」


 ここまでに何があったのか、〈ランダマイザ〉を発見したところから、鋳はかいつまんで話した。

 少女の反応は、以下の通りだ。


「それは、つるはし……!」

「ふむ?」


 鋳はひとまず傾聴の姿勢を取った。


「そう、それはつまり、その、つるはし」


 少女はもう一回同じことを言ったが、いささか自信を失ったような口ぶりだった。


「つるはし。DARK SOULS IIの。ね、つるはし。ね」

「すまない、なんのことだか分からない。教えてくれるか?」


 少女の口調がけっこう、あんまりにもすがるような感じだったので、鋳はひとまず相づちを打つことにした。


「とあるモブをとある地点まで誘導することで手に入る隠し武器。その意味不明すぎる入手難度から、開発者がスレにタレコミしたのではないかと言われている」


 かなり早口だったし小鼻がちょっとぷくぷくしていたので、鋳は再び傾聴の姿勢を取った。


「咎人の剣“神を斬獲せし者”。ひまんパタこうら。おっと武器だけじゃないね。『ときメモが好きなようだな』。リンクのはか。テミーむら。ニンゲンが見つけたのは、そういうものだよ」

「そうか。それは……すごいことなんだな」


 鋳の困惑を察したらしい少女は、ちょっとうなだれて頭頂部を見せてきた。


「ごめん。オタクのキショいところが出てしまった」

「こちらこそ理解がなくて悪かった。まずは自己紹介しよう。生田(いくた)鋳(いる)だ」

「愛奈(まなな)。バナナじゃないよ。ま。ま、な、な。あらためて、ありがと、イル」

「気にしないでくれ」


 愛奈が伸ばした手を、鋳は握った。血が通って、あたたかい。そのことを鋳は心からうれしく思った。

 安堵と同時に力が抜けて、鋳はベッドに倒れ込んだ。


「イル、疲れてる?」

「疲れているし、腹も減った。君は?」


 愛奈は斜め上を見ておなかをさすった。


「言われてみたらぐーぺこりんだ。イルは好きなお店、ある? お礼したい」

「越してきたばかりなんだ。コンビニとダンジョンとこの部屋しか知らない」


 愛奈はきょろきょろし、山積みになった未開封の段ボール箱に目を留めた。


「ふうん。それは、もったいないな」


 立ち上がった愛奈は、ブリムが長い黒のベースボールキャップをかぶり、ぶかぶかのスカジャンを羽織った。


「動けるなら、出かけようか」

「かまわないが、どこへ?」

「んふん」


 ごつごつしたソールのハイテクスニーカーに爪先を突っ込んで、愛奈は小鼻をぷくぷくさせた。


「お姉さんが町田を教えてあげよう」

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― 新着の感想 ―
毒でリーサルはするのか? →した 本人はともかく、パーティメンバーは呪われた繰り返しからは逃れられるのか?
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