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俺がローグライトになったため、ダンジョンが終わった  作者: 6k7g/中野在太


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3/5

どんどん死に至る

 未開封の段ボール箱をちゃぶ台がわりに、いるはレンジアップした冷凍パスタをすすりながらHUDを見ていた。

 上部のタブからステータスを選び、LV、HP、各種能力を表示させる。

 ステータス。人間の持つ能力を数値化する、魂のアセンブラ。ダンジョン都市〈町田〉に踏み入ってしまったのだと、己もまた変状してしまったのだと、冷たい数字は自覚を迫る。


 では、アップグレードというタブは?

 渺茫びょうぼうたる四角い面に拭いがたく刻まれた〈ランダマイザ〉は?


 モブを倒して上がったレベルも、獲得した武器〈コンポジットボウ〉もスキル〈ブリンク〉も、芹が谷公園を脱出した際、きれいさっぱり失っていた。〈ランダマイザ〉はしっかり自分の取り分を持っていった。


 町田市を出入ではいりする、『初期化』と呼ばれるテクニックも試した。横浜線の南口から出て、ヨドバシカメラ大断層を横目に境川さかいがわ大橋を渡ればすぐに相模原だ。

 もちろん、〈ランダマイザ〉は消えなかった。永続アップグレードを謳っているだけあるなと、鋳はいっそ感心した。


 これは、魂に打ち込まれたくさびだ。


 集めた攻略情報は、なにも当てにならない。とくに繰り返し見た動画『芹が谷公園からできる! 汎用ぶっ壊れビルド!』は、鋳になんの力も与えてくれない。


 だが、退かない。


 大学を休学し、ダンジョン都市〈町田〉に越してきた。親とも友人とも縁を切る覚悟だった。

 ついでにいえば、鋳は楽天家だった。


 皿を洗って薄手のフライトジャケットを羽織った鋳は、再び芹が谷公園に向かった。





 今回は高架から飛び降りるのではなく、小田急小田原線側、北西の入口から鋳は芹が谷公園に突入した。

 公園に一歩踏み入ると、HUDが軽く振動して眼前に文章が浮かび上がる。



 芹が谷公園 浸度レベル1



 システムメッセージが溶けて消え去ると同時に、三つの光球が出現した。芹が谷公園ダンジョン浸度1突入時にのみ提示されるスタートボーナス、通称『最初の三択』だ。

 通常であれば灰色コモンの球が三つ浮かぶはずだが、今回は右から灰色、灰色、緑色アンコモンとなっていた。

 光球に目線を合わせると、説明がポップアップする。鋳はそれらをまじまじと読もうとし――すぐに力尽きた。


 説明文が、長い。

 レシートみたいに長い。

 その割にたいしたことが書かれていないし、なんとなく日本語が不可解だ。


 もっとも説明文が短い緑色アンコモンのスキル〈ドープ!〉でさえ、こうだった。


〈使用者はこの戦闘中、継続的に筋力+5を得る〉

〈使用者はこの戦闘中、デバフ:毒を得る。毒状態のプレイヤーは継続的に最大HPの15%を失う〉

 

 すべてのスキルは最低一つのメリットとデメリットを持っている。たとえば〈ブリンク〉は前方15メートル跳躍/4秒間、スロウ25%だ。これは分かりやすい。


 だが、筋力とはなにか。メリットに提示されているのだから、バフなのだろう。しかしそれはなにを意味するのか。ステータスのSTRとは異なるのか。

 毒はともかく、継続的とはなにを意味するのか。


 説明文はなにも語ってくれない。


 ここまで理解できないと、かえって気楽だった。鋳は〈ドープ!〉を選択し、紅葉した藤棚の下をずんずん進んだ。

 まっすぐ歩いて四叉路に突き当たると、モブがいた。アミガサと呼ばれる、50センチほどのキノコの化物だ。


 アミガサは短い無関節の二本足でちょこちょこと歩き、けなげにも倒れ込み攻撃を仕掛けてくる。ぷくぷくした見た目ものそのそした動きもなんだかのろまで、芹が谷公園ダンジョンのマスコットキャラとして市民に愛されていた。

 スキルを試すのには、都合がいい。


 アミガサはノンアクティブのモンスターだ。近づいてもばかでかい声で怒鳴っても敵対しない。鋳は小石を拾ってアミガサに投げつけた。アミガサは驚いたように小さく飛び跳ね、正面を鋳に向けた。

 モブから赤いヘイトラインが飛び出し、放物線を描いて鋳と繋がった。


 戦闘開始だ。


 HUDの左上、スキルアイコンに目をやり、〈ドープ!〉を起動する。

 たちまち、鋳の体に力が漲った。筋力+5の詳細はまだ分からないが、ものすごく、やれそうな気がする。これが継続的に繰り返されれば、どんなことになるだろう。


 すごいぞ、どんどん強くなる。


「んぶぇ」


 血が出た。

 鋳の口から、いっぱい血が出た。

 〈ドープ!〉のデメリット、毒もまた起動していた。


「ごぼぇろろろろ」


 まずいぞ、どんどん死に至る。


 鋳はよろめきながらアミガサと距離を取った。ステータス画面を確認すると、HPの表示が43/50となっていた。


「なる、ほど、なるごぼぇお`お`っ」


 鋳は再び全身にみなぎる力を感じながら血を吐いた。HPは35/50だ。これで〈ドープ!〉の挙動は理解できた。

 スキルの発動は4秒のGCDグローバルクールダウンに律速される。〈ドープ!〉もその点は変わらない。

 つまり〈ドープ!〉を起動すると4秒に一回のペースで筋力+5され、最大HPの15%分のダメージを受けることになる。これが『戦闘中、継続的に』というテキストの正体だ。


 アミガサがよちよちと迫り、大きくのけぞった。倒れ込み攻撃の予兆だ。鋳はほとんど自覚なく、固めた左拳を前に投げ出した。

 カウンターで入ったジャブがアミガサの傘にめりこみ、スポンジ質の肉が飛び散る。左手を引きながら、右脚、腰、肩を回して右手を放り出す。ストレートが、アミガサの上半身を粉々に砕き散らす。


 軸だけの姿になったアミガサは短い足で数歩のステップを踏むと、その場にどさりと倒れた。残った肉体は光るパーティクルとなって数十センチ立ち昇り、煙のように消えた。後に残ったのは、灰色コモンの光球。


 光球に触れた鋳は、消費アイテム〈いちごスムージー〉を獲得した。HPを5回復するだけの外れアイテムだ。しかし、この5が今は本当にありがたい。


 鋳はHUDのアイテムタブに目線を合わせ、〈いちごスムージー〉を使用した。手の中に現れたプラカップ、その中身をいっぺんに飲み干す。喉にまとわりつく血が、いちごとヨーグルト味のどろっとした液体とともに胃に滑り落ちていく。


 ぜろぜろとあえぎながら、鋳は分かったことを整理しようとつとめた。


 筋力は数値分の単純なダメージ加算で、武器の挙動と同じだ。たとえば武器〈コンポジットボウ〉は攻撃力15を持っているが、これはダメージ計算の最後に15を足す。

 ここまではいい。


 問題は、〈ドープ!〉が悠長すぎるし使えば普通に死ぬしもうとにかくただならないほど弱いという点にある。


 〈ドープ!〉の筋力バフは4秒ごとの+5だから、灰色コモンの武器〈コンポジットボウ〉に追いつくのに3回発動、つまり8秒かかる。

 一方でHPは、最大値が50だとすれば毒により8秒で22~23減る。


 間尺に合わなすぎる。


 なによりも重大な欠陥は、筋力が加算であるにも関わらず、毒が割合ダメージであることだ。

 4秒ごとの+5ダメージは敵が強くなるにつれ価値を失っていくが、毒の脅威度はこちらがどれだけ強くなっても変わらない。レベル999だろうと最大HP1.8e308だろうと、〈ドープ!〉を起動すれば24秒で死に至る。


 リタイアという単語が鋳の頭に浮かんだ。文字通りの死にスキルを抱え、祈りながら敵を倒し、またゴミ同然のスキルなり装備なりを得たそのとき、自分は心折れるかもしれない。だとしたら速やかに『このランを終了する』を選び、まともなスキルが引けるまで最初の三択を繰り返すべきではないか。


 鋳は頭を振って、選択肢を思考から掃き出した。ここでリタイアすれば、逃げぐせが付く。


 手持ちで勝負する覚悟を、今、この肉体に叩き込め。





 十分後、鋳はフラフラになりながらどこかそのへんを歩いていた。

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